第56話 レクス 対 ガイネル
更新が遅くなり大変申し訳ございません。
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闘技場内に一瞬、一陣の風が吹く。
乾燥した空気が更なる風を呼び、砂埃が舞い踊っていた。
対峙するのはレクスとガイネル。
いよいよ竜前試合中等部の決勝戦が行われる。
レクスは口元に笑みを湛えながら、その漆黒の瞳をガイネルに向けており、視線を決して外さない。転生してから既に2年目に突入し、その体は成長期と言うこともあって大きくなっている。細かった体も毎日の剣術と魔法の身体強化の鍛錬の結果、よく引き締まっているのが青色の服と革鎧の上からでも良く分かる。
「よう。ガイネル。決勝で戦えるとは思ってもみなかったよ。運命ってのはつくづく面白いもんだ」
ガイネルも随分と変わってしまった。
甘い正義を語るだけの坊ちゃんだった頃の彼はもういない。
長かった金髪は肩ほどまでに短く切り揃え、その濃紺の瞳はレクスに向けられ、同じく視線を逸らすことはない。
レクスの見た限りでは体格に厚みが出ており、鍛練をしてきたであろうことが予想できた。
「僕は最初から戦うつもりだったよ。レクスは僕が勝ち上がってこないとでも思っていたのかい?」
「いや、悪かったよ。そう言う意味じゃなくてさ。俺の1、2回戦の相手が本気で殺しに来てたから……」
あの戦いの光景がフラッシュバックしてレクスは思わず遠い目になってしまった。その疲れたような表情を見て、緊張がほぐれたのか、ガイネルが愉快そうに笑う。
こんな少年が双龍戦争の裏側で、アングレス教会や神殿騎士団、漆黒天使――魔神、もしかするとガルダーム率いる漆黒教団と戦っていくのかと思うと、同情してしまうほどだ。
「(ん……? よーく考えたら俺も東部戦線でいきなりストーリーに絡むやんけ! 何とか双龍戦争の前に収めたいな……)」
そうなのだ。
竜前試合の結果次第で東部戦線に赴くのが決定しているレクスの方が、ガイネルよりも先に動くことになるのだ。
『それではいよいよキタキタ決勝戦!! レクス・ガルヴィッシュ選手対ガイネル・ド・イヴェール選手ーーー!! いっくぞーーー!! ファイッ!!』
「では戦ろうか……」
込み上げてくる喜びを我慢できずに、満面の笑みでそう言ったレクスが、腰に佩いた剣をスラリと抜き放った。
淀みのない動作――何度も繰り返してきたが故の所作である。
大分傾いてきた太陽の光に照らされて煌めく剣を見て、ガイネルが応える。
「ああ、いざ!」
こちらも手慣れたもの。
淡い緑色の刀身を持つ大剣を両手に握り締めたガイネルが、剣先をレクスへと向けた。
どちらからともなく一歩を踏み出すと、両者は中央で激突した。
交わる剣と大剣が火花を散らす。
と同時に鍔迫り合いとなった両者の視線も超至近距離で火花を散らした。
ガイネルからは強き意志を持つ者の気迫が感じられる。
力づくで無理やり大剣を押し出したガイネル。
少しばかり上体が浮かび上がったレクス。
その両者にできた僅かな間――
歯を喰いしばった渾身の袈裟斬りが、ガードが開いたレクスへと肉迫する。
「甘いッ!!」
レクスは上体が浮いた瞬間にそのまま後ろ体重となり、剣を横薙ぎに払いつつ後方へと飛んだ。
威力は完全に殺されてガイネルの一撃は届かない。
着地を待たずに、ガイネルがダッシュを掛けてレクスへと迫る。
疾走――だがそれも想定内。
「2ndマジック【氷錐槍】」
空中からレクスが魔法を発動する。
ガイネルが能力の【魔封剣】を使えば隙ができるのは必然。
実際に前の試合ではマルグリットにそれで惑わされていた。
着地したレクスはそのまま強く大地を蹴って、すぐさまガイネルに向かい駆ける。
ガイネルが取る選択肢は4つ。
【魔封剣】で魔法を吸収するか、大剣に魔力を込めて薙ぎ払うか、古代神の力で魔法を叩き斬るか、回避するか。
「まぁ1択だろうな……」
腰を低くして走りながらレクスが呟いた。
ガイネルの取った行動は――魔法を叩き斬る。
彼の纏う魔力量はそれほど多くはない。
レクスの見立てでは、恐らく魔法系の職業で位階を上げていないし、熟練度も上がっていないはずだ。
【魔封剣】で前試合と同じ過ちを繰り返すとは思えないし、回避されても自分なら問題なくガイネルに一撃を入れられるだろうとレクスは思っている。
「神の想い出の力を上手く引き出せるようになったなぁ!!」
「レクスのお陰さッ!!」
魔力で創られた氷の破片が粉々に砕け散り、煌めきながら虚空へと消える。
再び始まるは両者の剣による殴り合い。
流石はローグ公の片腕で武門の家柄たるイヴェール伯爵家の者だけはある。
どんな剣の鍛錬を積んでいるのかは分からないが、剣筋は悪くない。
だがレクスには見える!
ガイネルの空気を切り裂きながら迫る大剣の軌道が。
レクスの右側からの横薙ぎの一閃は右胸部から入り左脇へと抜けるだろう。
紙一重でその攻撃を見切って躱したレクスは、爆発的なまでの推進力で加速すると、ガイネルの丹田に剣の柄を叩き込んだ。
「ぐぁッ……」
苦痛の声を上げて宙へ浮かぶ体に、レクスが追撃を加える。
魔力を込めた左掌底でガイネルの顎をかち上げると、『騎士剣技』を発動する。
「【紫電一閃】」
目では追えないほどの『騎士剣技』である、【虎狼一閃】をも上回る雷光の如き剣の閃き。
ガイネルは右側から薙ぎ払われて、胸から血をほとばらせながら大きく吹き飛んだ。そして追加で付与される雷が彼の行動を阻害する。
声にならない悲鳴を上げたガイネルが、大地に何度も叩き付けられてようやく止まった。
「4thマジック【氷結晶断】」
レクスが魔法陣を展開して太古の言語を吠える。
ようやく入手した氷系の第4位階魔法!
大地に仰向けに倒れ伏しているガイネルの真上に、小さな氷の結晶が出現したかとと思うと、クリスタルのようにカットされた鋭く尖った氷塊が落ちる。
慌てて上体を起こそうとするガイネルだが、レクスの一撃が重く響いているようだ。
何しろ損傷回避型障壁を破って流血させるほどの威力を受けたのだ。
となると選択肢は2つ。
だがレクスが予想する現時点のガイネルが取れる選択はただ1つ。
「うう……【魔封剣】」
迫る氷塊。
掲げられる大剣。
まさにガイネルの体を断とうとする勢いで落下してきた氷塊は、ギリギリのところで軌道を変え、大剣へと吸収される。
かん高く澄み渡った音が鳴り響いた。
それは上体を起こしかけていたガイネルの大剣を、レクスが弾き飛ばした音。
「くそッ……ぐぅ……」
「ガイネル、前言撤回だ。神の想い出の力をまだ使いこなせてないみたいだな」
レクスがガイネルを見下ろしながら自然に会話するかのように語り掛けた。
「まだだ……古代神の力を制御するのは……難しい」
「これからは力がないと生き抜けない。世界が荒れるからな」
苦悶の声を上げるガイネルだが、レクスが予想した通り、まだまだ力を上手く扱えないようだ。
こればかりはレクスにも感覚が分からないので、助言できることはない。
「な……? それより……ぐ……レクスはどうしてそんなに強いんだ……?」
不思議そうな表情で一瞬何かを言い掛けたガイネルだったが、レクスの強さについて言及してきた。少しばかり首を傾げて考えたレクスは、すぐに考えながら思っていることを口に出す。
「強いかは分からないが、剣も魔法も鍛錬は欠かさなかったからかな。努力を継続すれば誰でもとは言わんが多くの人間は強くなれる。後は考えられるとすれば……俺の中にも何かが……いや……」
レクスは自らの言葉を飲み込んだ。
流石に努力だけでここまでの高みに至れたとは思ってはいないレクスは、自身の内に何かが眠っているのではないかと考えていた。
それに強いと言っても、まだどの程度通じるのかなど全くの未知数だ。
ガイネルが顔しかめながらようやく立ち上がった。
その苦悶に満ちた表情は見ているだけでも痛々しく感じられる。
気力を振り絞って立ち上がる姿勢に、レクスは心の底から嬉しそうに笑う。
これから起こる陰謀のことを考えると、強い味方は1人でも多い方が良い。
単純に頼もしくなったガイネルに喜びを感じているのだ。
「それじゃあ試合再開だな。ガイネルが戦う気力を失うとは思えない」
「……その通りさ。僕はまだ負ける気はない!」
そう吠えたガイネルは、すぐ目の前にいるレクスへと殴り掛かった。
大剣を拾いに行く素振りすら見せずに。
レクスの顔に走る動揺――
「ッ!?」
「【封拳】!!」
ガイネルの右拳が唸り、下から抉り込むように打つ。
至近距離からのレクスの想像を超える速度での攻撃。
拳は見事にレクスの左脇腹に突き刺さった。
【封拳】――封魔騎士の能力『封剣』の中の1つ。
その文字通り受けた者が就いている職業の能力を封じて、一切の使用を不可能にする職業殺しの力だ。
今までの苦しげな表情から一転、ガイネルが渾身の笑みを見せる。
そして攻撃をまともに喰らったレクスの顔も――
自信がみなぎるガイネルの表情。
一方のレクスは衝撃で吹き飛ばされるものの、側転でくるりと回転してガイネルから少し離れた場所で態勢を整える。
ガイネルはその隙を逃さず、弾き飛ばされた自らの大剣を取りに走る。
まだ勝機は残されている。
そう感じさせるほどの活力がガイネルから湧き出していた。
が――
「2ndマジック【雷撃】」
太古の言語がガイネルの耳に届いた。
自分の耳を疑ったガイネルの身を天空からの雷が焼き焦がす。
「がああああああ!!」
あまりの激痛にガイネルの口から絶叫がほとばしる。
一体何が起きたのか信じられないと言った表情で、後方を見たガイネルの目に飛び込んできたのは、余裕の表情で平然と立っているレクス。
「な、何が……?」
思わず疑問の声がガイネルの口から吐いて出るが、それに答えたのはレクスの暗黒魔法であった。
「4thマジック【爆撃烈風】」
あまりの暴風と連鎖する大爆発に巻き込まれて、ガイネルの体は観客席まで吹き飛ばされるが、絶対魔力障壁の効果により弾き返されて大地に叩き付けられてしまった。
全身に激痛が走るが、何とか追撃から逃れるべく身を起こしたガイネルが、大剣に向かって疾走する。
剣さえあれば【魔封剣】で魔法を吸収できるから。
「2ndマジック【雷撃】」
再びレクスが魔法を放つ。
堪えたくても口からはガイネルの意思に関係なく苦しみの声が上がる。
そしてようやく大剣を掴んだガイネルは、ボロボロになりながらもレクスの方を睨みつけた。
「何で俺が魔法を使えるのか不思議か?」
ガイネルは答えない。
ただただキッとレクスを睨みつけるのみ。
その目には未だ戦意が宿っていた。
「お前が【封拳】を使ってくることは予想していた。」
「なん……だと……?」
ガイネルの口から吐いて出たのは驚きの声。
「簡単な話だよ。ガイネルの職業が封魔騎士なんだから知っているのは当然のこと」
「レ、レクスは……ぼ、僕の使える能力……を把握していると言うのか……?」
レクスの話すこと全てが、ガイネルにとって受け入れがたいものであった。
一気にどっと体が重くなったような感覚に陥るガイネル。
気力はある。
あるにはあるが、体がついて来ない。
「まーな。どの職業がどんな能力を持つのかくらいは全部記憶してる」
「そんな……馬鹿な……そ、そんなこと学者だって……理解していないぞ!」
ガイネルの精神を絶望が侵食し始め、言葉には震えが混じり出す。
「まぁ俺のことはいいよ。それよりガイネルはもっと力を引き出して身体強化を磨いた方がいい。物理、魔法の攻撃に対する防御力が跳ね上がると思う」
話について行けないガイネルは、もう開いた口が塞がらない状態だ。
何のことはない。
レクスは自分の知識を語っているだけなのだが、現地人――キャラクターに言っても理解できるはずもない。
「でもこれで課題が見えてきたろ? 最後に俺の聖剣技を喰らって落ちろ。ガイネル」
「せ、聖剣技だって……!! レクスが……? つ、使えるのか!?」
これ以上に驚くことがあるのかとばかりに、目を剥いたガイネルが上ずった声を上げる。
「まぁ見てなって。それより全力で古代神の力を纏えよ?」
「レクス……さっき能力のことは全て知っていると言ったね。それは嘘だ! 【魔封剣】がある限り……僕は負けない!」
あくまで自身の能力に縋るガイネル。
最早、縋ることしかできないから。
「知っている。ガイネル。終わりの声を聞け!」
「【魔封剣】!!」
レクスの言葉を無視したガイネルは、大剣を天に掲げて能力を発動した。
全ての魔力は吸収される。
これは世界の理。
そんなことは一切お構いなしに、レクスも太古の言語を紡いでゆく。
フルバージョンの聖剣技。
その威力は簡易版の比ではない。
レクスに集まるのは、ただの魔力ではない。
「【神聖なる破邪の雷撃、今こそ悪を滅さん!】」
この世界にある通常の魔力の元――マギア。
徹底解説ガイドの設定を頼りにレクスは転生してからずっと魔力について研究してきた。
魔力波分析もその1つ。
「【集いし雷よ! 天空を裂く雷光よ!】」
そして設定からマギアは粒子のようなものであるとされている。
ではその粒子を根本から作り変えてしまったら?
レクスが創り出したのは所謂、元素同位体――魔力そのものが変質する。
つまり【魔封剣】で吸収することも、何を持ってしても相殺することすらできない別物の魔力。
「【荒れ狂う咆哮となり轟け!】」
絶対神の創りし世界の理さえをも捻じ曲げる。
「【雷轟神聖撃!!】」
無音――
レクスの装備するガントレットと足甲に雷光が反射した。
青天のはずの空に一瞬の光る烈光。
呆気なく粉砕する大剣。
「うがああああああああああああああ!!」
響くのはガイネルの絶叫。
遅れてきたのは――大轟音。
空から落ちた神聖なる怒りの鉄槌が、ガイネルに振り下ろされる。
爆心地であるガイネルを中心に、大きなクレーターができ、眩い光がこの場にいる全ての者の目を焼いた。
同時に凄まじいまでの衝撃の余波が周囲一帯に、拡散していく。
レクスの黒髪が逆立ち、額の切り傷を浮かび上がらせる。
そして……。
光が治まった後には――倒れ伏してピクリとも動かないガイネル。
「ふぅ……ガイネルは生きてるな。手加減したし大丈夫だ」
魔力波を飛ばし命の鼓動を確認したレクスは、ガイネルに近づくと回復魔法を掛ける。その表情が安らかなものに変わり、落ち着いた呼吸音になったのを確認するとレクスの表情に安堵が戻る。
これでガイネルはもっと強くなるとレクスは確信していた。
「東部戦線から戻ったときが楽しみだな……」
レクスはそう言い残すと、闘技場の出口に向かって歩き出した。
勝利宣言が行われたのは、全てが終わってしばらく経った後であった。
ありがとうございました!
次回、アングレス教会の神殿騎士団が闇の中で蠢く。




