第55話 マルグリットとガイネルと
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中等部の竜前試合も準決勝に突入した。
レクスと戦うのはダイダロス公爵家が第1公子テステム・ド・ダイダロス。
血は濃くないが、血脈に連なる者と言うだけでも十分強い存在だ。
「ふん。お前がレクスか。ロクサーヌを倒したからと言って調子に乗るなよ? この魔法だけの弱虫野郎が」
声をかけて来たから何かと思えば、レクスが剣も使えない者だと思われているようだ。テステムは剣に自信があるようだし、試合を見た限りでも悪い腕ではないとは思う。
「(うーん。こいつはゲームでも端役だったからな。双龍戦争の何処かの場面で殺されたはず……)」
いきなり噛みついてくるテステムだが、レクスは特段気にしていなかった。
最初から吠える奴は大抵の場合、弱い。
「おい……俺の言葉を無視するなよ。平民」
逆立った逆立った茶髪に、レクスを睨みつける切れ長の目。
ソバカスがある強面の男。
興味は特にないのだが、彼がどんな戦い方をするのかだけは心惹かれるレクスであった。
『ではーーー!! テステム・ド・ダイダロス選手対レクス・ガルヴィッシュ選手ーーー!! ファイッ!!』
試合開始早々にテステムが大地を強く蹴って急加速し、レクスに迫る。
レクスの懐に入るべく大きく踏み込んだテステムが、先手を打って正面から横薙ぎ払いを掛ける。
響いたのは鉄と鉄が激しくぶつかり合ったような澄んだ音。
「は? 前に出るだとぉ!?」
テステムの口から驚愕の声が吐いて出るが、剣王レイリアと戦ってきたレクスからすればあまりにも遅い一撃。
剣が伸びる前に受け止めれば威力も殺せるので、レクスに攻撃を躱すと言う選択肢は存在しなかった。受けた剣を力任せに一気に押し込んだレクスは、一旦、テステムの体を突き放す。
全ては自分の間合いで戦うため。
始まるのは――豪撃。
レクスが、テステムの目と体捌きを観察しながら動く。
袈裟斬りからの中段、横薙ぎ払い。
フェイントを入れつつ、テステムの視線が泳ぐのを見て、ガードの開いた右横っ腹へ剣を叩き込む。
「ガハッ……」
右足に力を込めて踏ん張ったテステム。
流石に一撃で倒れるほど甘くはない。
が、隙を逃すレクスでもない。
バランスを崩したテステムに、次々とレクスの剣撃が唸りを上げて迫る。
弾くのが精一杯のようだが、威力は強力だ。
「(やっぱ血の力って反則級だよな。更に技を磨いたらもっと強くなるだろうに……残念だ)」
テステムに浮かぶ焦燥感をレクスは見逃さない。
剣を下からかち上げると、ガードが開いた彼の体を袈裟斬りに斬って捨てる。
「がぁ!!」
あまりの衝撃で倒れ込まずに、吹っ飛ばされるテステム。
この一撃を喰らっても大怪我に至らないのだから損傷回避型障壁の魔導具は、とてつもない発明品だ。
流石の古代人である。
足を震わせながらも、剣を支えに立ち上がろうとするテステムの顔面をレクスが蹴り上げる。顎を下からかち上げられた彼は、またまた大きく吹っ飛ばされて大地に仰向けに倒れた。
「弱いな。そんなんだから姉ちゃんのクレマンティーヌに馬鹿にされんだろ」
脳震盪でも起こしたのか、ふら付きながらふらふらと立ち上がろうとしているが、足元が覚束ない。
だが言いたいことはあったようだ。
「あの女のことを口に出すな……俺がダイダロス公爵家を継ぐべきなのに……」
「まぁ血が強いんだから仕方ないだろ? それにコンプレックスがあるなら努力しろよ。世の中には、もがきたくてもそれすらできない人がいるんだぞ? その点、あんたは良い環境が整ってるんだからさ」
どんなに頑張っても、足掻いても負の連鎖から逃れられない者などたくさん存在する。周囲の環境がそれを許さないからだ。
レクスも転生したせいか、恵まれた環境に育った。
それでも努力した結果、今があると思っている。
最初の頃や、探求者になったばかりの頃は魔物に苦戦していたのが懐かしい。
「煩いんだよ! たかが平民が吠えるな!」
テステムが構えるのを待って、レクスは再び攻撃に移った。
特段、彼のことを嫌っている訳ではないが、この世界の貴族たちの実情を知ったレクスにとってはもう少し、立場を自覚して欲しいところだ。
幸いにして、レクスが交流をもつ貴族――ロードス子爵やバルバストル侯爵、イフェド侯爵には良くしてもらっている。
レクスが放った上段からの力を込めた振り下ろしを、慌ててテステムが剣を横にしてガードする。
その手に僅かな反発力を感じたレクスだが、構わずにそのまま振り切った。
澄んだ音と共にテステムの剣が半ばで圧し折れる。
衝撃で手が痺れたのか、彼は折れた剣を放り出して震える手をジッと見つめるだけ。
唖然とするテステムの首元へ突きつけられるレクスの剣。
「それなんだよ。平民を馬鹿にしてたら国は終わるだろ。まぁ逆もまた然りだけどな」
レクスは膝を付くテステムを見下ろしながら無表情でそう告げた。
だからセレンティアは戦争の惨禍に巻き込まれることになるのだ。
勝負あり――ここに判定が下された。
『勝者! レクス選手!! ロクサーヌ選手、テステム選手と使徒の子息を次々と撃破だーーー!!』
未だ、敗北を受け入れられないテステムを残してレクスは何の感慨も抱かぬまま闘技場内から出て行った。
◆ ◆ ◆
『さぁもう1つの準決勝!! マルグリット選手対ガイネル選手ーーー!! ではーーーファイッ!!』
実況のアナウンスが流れる中、両者は動かない。
勝気なマルグリットに、負けられない意志を持つガイネル。
不敵な笑みを浮かべるマルグリットに、真剣な表情のガイネル。
その視線が虚空で交わる。
「ガイネル先輩ッスね。レクス殿と戦うの自分ッス」
「君は僕には勝てない。神聖魔法は全て封じるからね。レクスと戦うのは僕さ」
好戦的な姿勢を崩さないマルグリットが宣戦布告すると、ガイネルもようやく表情を緩めて胸を張り言い返した。
「自分が神聖魔法しか使えないと思うッスか? 試合見てなかったッスかね? 覚えていないだけなら、この十字架でぶん殴って思い出させてあげるッス」
「知っているさ。討伐隊でも君を見ていたからね」
ふざけているのかと思わされるほどに表情をコロコロと変えるマルグリット。
「はわわわわッス……まさか自分の虜になっちゃったッスか!?」
「残念だけど違うよ。僕はレクスの虜だ」
「ええええええッス!! 意外な情報にびっくりどっきりッスー!!」
今度はおちゃらけた様子ではしゃぎ出す。
何を考えているのか全く読めないのがマルグリット・ファビウスと言う少女。
「ではいくぞ!」
ガイネルが走る。
咄嗟に巨大十字架を前面に押し出して構えるマルグリットの左手に回り込んだガイネルが横薙ぎの一閃を放つ。
凄まじい速度の攻撃だが、マルグリットは巨大十字架をフルスイングして弾き返した。あまりの衝撃に剣が持って行かれそうになるガイネルだったが、腹筋に力を込めて上ずった上体を戻すと、振り抜いた直後の彼女に能力を発動する。
いきなりの『騎士剣技』――【剛剣突貫】
ガイネルの体が剣と一体化して刺突となって、隙だらけのマルグリットに肉薄する
口角が吊り上がったのはマルグリット。
「2ndマジック【神気烈光】」
刺突も速いが光はもっと速い。
ガイネルの攻撃がマルグリットを捉える前に、収束した光線が彼に直撃する。
肉体と精神の両方にダメージを与える神聖魔法。
「速度が緩んだところで、ジャストミーーート!!」
驚異的な膂力を持って1度振り切った巨大十字架を、今度は反対方向へとフルスングする。
太古の言語の力により加速されていた速度が弱まって、刺突が届く前にガイネルの体が跳ね飛ばされて闘技場の壁に叩き付けられてしまった。
その衝撃は結界で護られた壁にクレーターのような跡を付けるほど。
「うぐぅ……」
いきなりの大ダメージにガイネルの口から呻き声が漏れるが、何とか体を動かそうともがいている。
マルグリットは追撃に移るべく十字架を肩に担ぎ直すと大きく跳躍した。
理由は当然――ガイネルを叩き潰すため。
「5thマジック【神聖強撃】」
ついでに第5位階の神聖魔法。
マルグリットの咆哮と共に神聖なる薄く青みがかった白い光が、口の辺りから発生してガイネルへ。
「ぐあぁぁぁぁああ!!」
神聖力の衝撃波をまともに受けたガイネルの口から絶叫がほとばしった。
直撃した神聖力は、どことなく出力が落ちているようにも見えるが……。
そこへ空から重力に任せたマルグリットの一撃が決まる。
大きく天に掲げた巨大十字架をその質量を持ってして、直接叩き込んだのだ。
ガイネルは大ダメージ……あわよくば戦闘不能になるほどのダメージのはず。
そんな考えがマルグリットの脳裏を過り、より笑みが深くなる。
砂塵が舞って視界が利かなくなるが――
「手応えありッス……ってあれ……?」
手にした巨大十字架が押し戻される。
困惑の表情になるマルグリットの視界に飛び込んできたのは、壁に背を預けて右手1本だけで巨大十字架を受け止めているガイネルの姿だった。
「はぁ……?」
一体何処にそんな力が残っていたのか理解できないマルグリットが思わず間の抜けた声を上げた。一方のガイネルは剣に力を込めてぶつかり合う巨大十字架を押し除けながら立ち上がる。
「古代神よ……僕に力を……」
「ぐぎぎぎぎぎ……」
両者は鍔迫り合いのように全力を持って押し込み合う。
あまりにも化物染みた力を感じてマルグリットの顔が怒りに歪む。
彼女は全てを理解してしまったから。
「おのれぇ! 古代神がぁぁぁ!!」
「無駄だ……古代竜をも超えるこの世界の絶対なる神の力を受けてみろ」
ガイネルの言葉を聞いた瞬間、マルグリットが怒りを突きぬけて激昂し吠える。
何処か我を忘れているかのような形相だ。
「何も知らぬ愚か者がッ!! 畏れ多いにもほどがあるぞッ!!」
力を相殺して、マルグリットが後方へ下がる。
ガイネルは体の調子を確認しながら、彼女の方へと近づいていく。
「確かに僕は何も知らないのかもね。だけど知ろうとしているところなんだ。今はそれで許してくれないかな?」
俯き加減でそう言ったガイネルが駆ける。
怒りのマルグリットは当然、それを迎え討つべく巨大十字架を振りかぶった。
しかし疾走するガイネルが――速い!
誰もが想定する以上の踏み込みで、右足を大地に強く叩き付けたガイネルが渾身の横薙ぎを放った。
闘技場の観客からどよめきが起こる。
次の瞬間、ガイネルの剣はマルグリットの右腕を圧し折り、浮き上がった体に向けて今度は右からの薙ぎ払いを掛けた。
とてつもない力によって剣で殴り飛ばされた彼女は左腕までも圧し折られて闘技場の壁に叩き付けられる。
ガイネルは振り払ったまま――残心。
『勝負ありーーー! ガイネル選手の勝利だ!! 物魔の聖女マルグリット選手は惜敗だーーー!!』
勝利の判定がアナウンスされる中、マルグリットに近づいたガイネルが口を開く。
「僕はレクスと戦わなければならない。世界に起きようとしていることを理解しなければならない。僕だっていつまでも操り人形でいる訳にはいかないんだ」
「はッ……自分としたことがちょいとキレちまったッス。まーレクス殿には勝てないッスよ。あれは別格ッスから」
少し気まずげに視線を逸らしながら告げるマルグリットを残して、ガイネルは踵を返して立ち去っていく。
「はぁ……久々にキレちまったッスよ。これだから世界の理を知らない者は……って自分、老人ッスか……」
自嘲気味に呟いたマルグリットは天を仰ぎ見た。
「大いなる絶対神、必ずや世界に平穏を……ッス」
救護班が走ってくる中、マルグリットは遠き神に祈りを捧げた。
いよいよ決勝はレクスとガイネルの戦いとなる。
ありがとうございました!
次回、レクスとガイネルの戦い。
レクスは東部戦線へ向かうべく戦う。




