第54話 漆黒を祓う者
いつもお読み頂きありがとうございます!
「うおおおおおお! 間に合え! 『虎切』!!」
ヴァイの咆哮が波動となって『虎切』に伝わる。
刀は職業『刀工』が魂を込めて打ち上げた霊魂の結晶。
その精神性を引き出して解放できるのが『侍』たる職業であった。
ユベールを取り囲む漆黒の立方体が濃度を増す中、ヴァイが振り切った『虎切』から霊魂が湧き出るように発生する。
立方体の内部では苦しげな表情で悶え始めている。
解放された力は漆黒術と同様にユベールの体を護るかのように包み込むと、両者の力が拮抗して眩く煌めいた光の靄が立方体を侵食していく。
「護れ!! そして漆黒術からユベール様を解き放て!!」
刀は使用者の心の叫びも聞き届ける。
ましてや愛刀や古刀にもなれば、効果は絶大だ。
多くの者たちが目を見張る中、全てを侵食された漆黒術【アドラメレク】は儚くも霧散した。
「はぁ……ぐは……ま……さか……」
暗闇から抜け出したユベールが苦痛のあまり、四つん這いになって乱れた呼吸を整えようとしている。
「おい! 怪しい者を探せッ! 漆黒のローブに身を包んだ者だッ!」
100士長であるヴァイの命令を受けて、反射的に動き出す騎士たち。
ヴァイも周囲のゴブリンを片手間で斬り殺しながら、力の根源を探る。
「(射程はそれほどでもないはずだ。必ず近くにいる)」
ヴァイが力の発信源を特定するのと、騎士が漆黒のローブを着た者を見つけたのはほぼ同時。
「いたぞ! あそこだ!」
「屋根の上にいる! 漆黒……司祭か?」
すぐにヴァイは素早い身のこなしで大集会場の屋根に登ると、そこには茫然と佇む漆黒司祭の姿。目深にかぶったフードのせいで表情こそ読めないが、手が震えているのが見て取れる。
間違いなく漆黒術を防がれたことに動揺しているようだ。
「ヴァイ・ヴィレット。参る!」
術発動後の硬直。
連続発動が困難。
物理防御力の低さ。
色々な要素を考慮すると、この距離は必殺の間合い。
ヴァイの放つ覇気に気圧された漆黒司祭は、かなりの速度で近づいて来る様子をただ見ていることしかできずにいた。
「死ね……ガーレの末裔よ!」
「なッ……何者だ……きさ――」
何も答えずに振り払われる気合の一閃。
体を右脇から左肩まで大きく斬り裂かれた漆黒司祭は瞬時に己の死を悟る。
「ガーレ帝國に栄光あれ……ぐふッ」
ヴァイは更に返す刀でその首を薙ぎ払った。
微動だに出来ぬまま、名も知れぬ漆黒司祭は絶命した。
最期の言葉を残して。
ヴァイが薙ぎ払った愛刀を鞘に納めるとキンと澄んだ音が響く。
同時に転げ落ちる首。
残る頭部のない死体は噴水のように血を撒き散らしながら、屋根から転がり落ちて行った。
この瞬間が決着の刻となった。
暴れていたゴブリンたちは慌てて逃げ惑い始め、後は雷光騎士団の独壇場であった。逃げようとした者も降伏しようとした者も全て、ユベールの命によって殺された。
街から1体も逃してはならない。
徹底的に情報を封鎖して、ロストス王国側に状況を把握させないための措置だ。
当然、突如侵略されたことと、敵が亜人だったことも大いに関係しているが。
斯くしてシナーヴの街は解放された。
死者は出たとは言え、迅速な援軍と侵攻してきたゴブリンが比較的弱い部類だったことが原因だろう。
「少しばかり留まる。しばしの間、英気を養っておけ! 斥候を放ち、ひとまずロンメル卿と合流する。それに再びこの街が襲われては適わんからな」
領民たちが各々の家に戻る中、ユベールは次々と命令を下してゆく。
テキパキと指示を出すが、犠牲者のことになると彼の言葉からは悔しさが滲み出る。
「しばらくすれば領兵や光魔導士たちも来る。この街にも司祭殿がいるしすぐに怪我人の治療に移らせよう。後は遺体を弔わねばならん。さぞ無念だったことだろう……」
あらかたの指示を出し終わると、ユベールは街の広場に雷光騎士団を集合させた。
目的は彼らの前でヴァイを直接労うこと。
騎士たちの前で、直接称賛するのは大事なことだ。
「ヴァイよ。お前には助けられた。礼を言わせてもらうぞ。必ずや恩には報いてみせよう」
「ありがとうございます」
胸に手を当てて王国式の敬礼をするヴァイに、ユベールは疑問の言葉を告げる。
「それにしてもよく漆黒司祭が相手だと分かったな。関わりがあるのか?」
「い、いえ……」
いきなりの質問にヴァイの視線が虚空を彷徨った。
「ああ、別に問い詰める気はなかったのだ。許せ。少し気になってな」
言葉を濁したヴァイに何か思うところがあったのかユベールはすぐに自らの言葉を流した。ヴァイとしては一瞬迷ったのも確かだったが、自分がここにいる使命を思い出してはっきりと明言する。
「奴らは世界に混乱をもたらす者です。秩序を護るためには殺すしかないでしょう」
「……そうか。その通りだ。彼奴らは滅ぼさねばならん」
静かな闘志を心に燃やすかのようにユベールも断言した。
そして見張りを立てつつも休める者は休むことになり、ヴァイは広場のベンチに腰掛ける。
「やっぱり漆黒司祭がかかわってるんだな。何処にでも出てくる奴らだから仕方ないけど……」
ロストス王国に漆黒司祭の息が掛かっていることは知っている。
そもそもロストス王を唆したのも彼らなのだ。
これから全面戦争になる。
それに漆黒司祭だけではなく、ゴブリンの中にも猛者がいたはずである。
決して気は抜けないとヴァイは身を引き締め直した。
「それにしてもユベール様はよくやるよな」
ヴァイが目を向けた先には、領民の仕事を手伝おうとするユベールの姿があった。
◆ ◆ ◆
ユベールが犠牲者の遺体を清めて運ぼうと、領民に手を貸しているところにヴィエラが慌てて走ってきた。
そして声を潜めて告げる。
小声だが厳しい声色だ。
「ユベール様、このようなことはお止めください」
「何故だ。私はファドラの血に連なる者。民を助けるのは当たり前のことだ」
「それはその通りだと存じます。しかし騎士たちのことも考えて頂けますようお願いしたいのです」
「どう言うことだ……?」
怪訝な表情になるユベールにヴィエラは噛んで含めるように言って聞かせる。
「よろしいですか? 大将が率先することで着いてくることもございましょう。しかしそれは戦争の話。今、必要なのは騎士団に休息を取らせることです。ですがユベール様が懸命に働かれるのを見て騎士たちはどう思いますか?」
「ん……? どうとは……」
いまいちピンときていないようで、ユベールは首を傾げて不思議そうなままだ。
「あ、これ分かってないやつだ」と即座に理解したヴィエラは、もっと細かく説明することに決めた。
その顔は真剣そのものである。
「自らの上司に当たる者にだけ働かせて心休まる者などおりません。ユベール様が働けば働くほど、騎士たちは自分も休んでいる場合ではないと動き出すでしょう。街の復興も大事ですが、今為すべきことはロストス王国軍を叩き出すことです。よろしいですか? これは騎士団にも領民にも気を遣わせるだけで、良い結果には繋がりません。領民は畏れ多いと恐縮してしまい、騎士は我も働かねばと心に負担が掛かります。お気持ちは十分理解致しますがどうかご自重ください」
これはヴィエラの諫言であった。
彼女もユベール同様、まだ若いがまだ下々の者の考えを理解していた。
そして上司たるユベールの考えもまた理解できる。
所謂、中間管理職として双方の気苦労を知っているだけに言わざるを得なかったのである。
「そ、そう言うものか……そうか。お前が言うのならそうなのだろう……分かった。私も大人しく休むとしようか」
ジッと目を見つめられて、未だかつてない強い口調で言われたものだからユベールも面喰ったようだ。
すごすごと肩を落として広場の方へ歩いていく。
「ふう……分かってもらえたようで良かったわ。きっとお気持ちは伝わっているはず。団長たちがいない今、私がユベール様をお支えしなければ……」
そう言ってヴィエラは大きなため息を吐いた。
そこへ伝令が走り寄って来たかと思うと、喜ばしい顔付きで敬礼して報告した。
「間もなくロンメル男爵が到着されるようです!」
「ご苦労。これで……これから我が軍の反撃が始まるぞ!」
ヴィエラの表情は希望と期待に溢れていた。
あろがとうございました!
次回、東部戦線に赴くべくレクスは戦いを続ける。




