第53話 ファドラの進撃
いつもお読み頂きありがとうございます!
ロンメル男爵領の街の場所は把握し地図に写されている。
雷光騎士団を率いるユベールは、神速を持ってして全力で駆け続けた。
領兵の一部は避難民をまとめて領都ファドルフィスへと送り届けるよう申し付けてある。ロンメル男爵が安全な場所にいることが判明したため、そちらには光魔導士たちを送った。
残りの領兵は引き続き避難民の保護を優先させる。
最初に到着した街はまだロストス王国軍の魔の手に落ちていなかったらしく全員が無事であったが、各地でゴブリンたちが暴れ回っていると逃げ込んできた領民から聞いて既に避難の準備を終えていたようだ。
すぐに全員に領都へ向かうように指示を出すと、再び、進撃を開始する。
余程の危険地帯以外の街は、ほとんど防備が整えられていない。
せいぜいが板塀で街を囲んでいる程度のものだ。
故に侵入は容易で、護るのは難しいと言える。
領境沿いにあった街から1時間余りで次の街へと到着するが、こちらではあちこちから火の手が上がっている。
となれば、やることは1つ。
突撃してゴブリンを撃破し速やかに制圧するだけだ。
頑丈な門がある訳でもなかったので雷光騎士団は、行軍のままの勢いで街に侵入。今まさに虐殺が行われているところだったようだが、領民が激しく抵抗しているらしく、剣撃の音が至るところから聞こえてくる。
「全軍突撃だ! とにかく領民を助けよ! ゴブリンは1体も生きて返すな! 雷光騎士団の誇りを示すは今ぞ!!」
ユベールから叱咤激励の声が飛び、騎士たちからは怒りのこもった喊声が上がった。
何しろ、友邦の民が殺されようとしているのだ。
決して許せるものではない。
彼らの目は憤怒に染まり、ギラギラと輝いていた。
ゴブリンたちはただただ暴れているだけなので、隊列を組んでいる訳ではない。
集団戦であれば一気に突き崩すのも容易だろうが、ここは1体ずつ確実に仕留めて行く外ないだろう。
先頭をいくユベールが進路上にいたゴブリンを馬上から叩き斬る。
上半身を縦に両断されて最初の死体が大地に転がった。
「敵は弱い! だが舐めることだけは許さん! 無駄なプライドで死ぬことは許さんぞ!」
『うおおおおおおおおおおおおおお!!』
事前の打ち合わせ通り、5騎1組になって各地に散らばっていく騎士団。
念のため、ユベールにだけは10騎が付いている。
ユベール、ヴィエラを筆頭に各地で無双が始まった。
見つけ次第にゴブリンを一刀の元に斬り捨てていくユベール。
全て一撃。
怒りは攻撃力を引き上げる。
父親から聞かされたことであったものの、あまり信じてなどいなかったのだが、事実なのかも知れないと思い始める。
「この街はまだ良い方なのかも知れないな……弱い者ばかりだ。位階は12、3と言ったところか?」
襲撃を受けて間もないのか、犠牲者は少ないように見える。
往来に領民らしき遺体があまり見られないのだ。
戦っている領民もいるが、そこまで多くはないので、もしかして何処かに立てこもって戦っている可能性もあるだろう。
「助けてぇぇぇぇぇぇぇ!!」
女性の叫び声がユベールの耳に届く。
方向に当たりを付けてすぐに駆けつけると、古代竜信仰の教会に扉付近で領民とゴブリンが戦っていた。
「ゴブリン共! ファドラが嫡男! ユベールここにあり! 勝負しろ!」
一気に教会まで騎馬で乗り付けると、下馬して片っ端から斬り刻む。
それほど大柄ではないユベールだが、古代竜の血を色濃く受け継ぐ者だけあって、その膂力は凄まじいの一言。
ゴブリンたちはまともに剣を交えることすらできずに、殺されていく。
1薙ぎすれば1体のゴブリンに死が与えられるのだ。
教会前での戦いは一方的なものに終わった。
情報を集めるべく領民に話を聞こうとしていたところに、中から1人の男が姿を現した。彼は司祭のようで、ユベールはこれ幸いとばかりに尋ねる。
「他の者たちはどうした? 何処かに集まって抵抗しているのか?」
「ファドラ卿から援軍が……これは……助けて頂き感謝申し上げます……恐らく街の大集会場にいるのかも知れません。あちらの方角にございます……」
司祭の男は指差した方へ向かうべく、騎乗したユベールは直ちに命令を下した。
「貴様らはここを護れ。3人もいれば問題なかろう」
「しかし――」
「私が負けるはずないだろう。俺は許さん。ゴブリン共を殲滅するまでは死なん!」
「いや、殿下に死なれても困るのですがね……」
反論の声を遮ったユベールの言葉を聞いて、苦笑いする3人の騎士たち。
だがユベールに死ぬつもりはないし、負けたとしても必ずや再起を図ると決めている。
「死なんよ。俺たちの戦いはまだ始まったばかりだ」
「なんだか、不安になる言葉ですね……」
ユベールがポカンと口を開ける様子を見て騎士たちから笑いが漏れるが、それも一瞬のこと。
笑っている状況ではない。
殺された者たちのことを考えると決して許せないと全員が思ったからだ。
結局3人が教会に残り、ユベールと7人の騎士が大集会場に向かうこととなった。
馬を走らせて、出会う敵を葬り去りながら進んでいく。
やがて広場を抜けると大きな建物が見えてくる。
一○○はいようかと言うゴブリンの姿が遠目にも分かった。
必死の抵抗をしている領民たちの姿もだ。
ユベールの心に激しい火が灯り、極炎のように燃え上がる。
許せない!
空の王国へ攻め入り、虐殺と略奪の限りを尽くす亜人共!
亜人などとは相容れることなどできようはずもない!
そんな激怒に頭を支配されながらユベールと騎士たちは、迷うことなく突撃を敢行した。
◆ ◆ ◆
「ここの奴らは弱いな。早いとこ殲滅して次の街へ向かうべきだろ」
若干15歳にして雷光騎士団、5番隊の100人士長になったヴァイ・ヴィレットは、この街のゴブリンの弱さに思わず呟いていた。
独り言のつもりだったが、他の騎士にも聞かれていたようで横から話し掛けられる。
「士長、ではここはいつもの強力をゴブリンたちに見せつけてやってくださいよ」
「そうそう。所詮はゴブリン……とは言いませんけど、ここに攻めてきたロストス王国軍の指揮官は弱いでしょう」
「まぁ、なんであれ倒すだけだよ。さっさと指揮官を見つけよう」
そう提案したヴァイはすぐに馬に乗って駆け出した。
彼はグラエキア王国出身ではない。
このロンメル男爵領から東にあるグロスター半島の更に東――世界の最果て。
そう呼ばれるイポーニアと言う島国出身の男であった。
別に故郷が嫌いだった訳ではないが、世界風雲の刻にイポーニアにいてはいけないと思い立ち、遠いグラエキア王国のファドラの地にたどり着いたのだ。
ファドラ公爵家に12歳で士官した彼は、才能を開花させ、めきめきと力を付けていった。職業は生まれついての侍であり、黒い長髪を後頭部で結び、平たい顔をしている。
ただその黒い瞳には強い意志の光を湛えており、見る者を引き付ける。
右耳にシルバーピアスをした立派な戦士であった。
「おい。あのでかい建物に群がってるのってゴブリンじゃないか?」
最初に気が付いたのはヴァイ。
目が良いのか、遠くまで見渡せるし夜目も利く方だ。
「そうみたいですね。急ぎましょう」
馬の速度を上げると一気に距離が近づいていく。
領民とゴブリンの激戦になっているようで剣撃の音が響いてくる。
その形相は凄まじく必死の一言だ。
急がねば被害が大きくなると判断したヴァイが即座に指示を下す。
「全員、撃つぞ! 【雷光・激】!」
「応! 【雷光】!」
近づく前に雷光騎士団やファドラの血に連なる者のみが使用できる古代竜の力を借りた魔法を放つ。
青天にもかかわらず、横殴りの雨のように一筋の電撃が斜め上空からゴブリンたちに降り注いだ。固まっていた者が巻き込まれて多数のゴブリンが感電し、戦闘不能に陥っている。
「突撃だ。全員斬りまくれ!」
『応!!』
騎乗突撃をして勢いに任せて跳ね飛ばし、叩き斬り、踏みつぶす。
勢いが止まれば、下馬して白兵戦の始まりだ。
ヴァイの武器は故郷から持ってきた愛刀である。
白兵戦を大得意とするイポーニアの血が騒ぎ、彼の無双乱舞が始まった。
戦う理由など決まっている。
全てはこの刻のため。
ヴァイの膂力から繰り出された斬撃はゴブリンを容易く斬り刻み、細かい肉片に変えた。
職業こそ違うが、狂戦士と言うに相応しいほどの暴れっぷり。
仲間の騎士たちは、この状態になったヴァイには決して近づかない。
巻き込まれると、待っているのは死だと知っているから。
「俺は! この日のために! 腕を磨いてきたんだよッ!」
その声には決して負けられない者の魂からの叫びが込められていた。
ユベールが怒りから戦っているのに対して、ヴァイは使命感に従って戦っているのだ。ヴィレット家伝来の重量のある愛刀『虎切』を振るえばゴブリンなど容易く一刀両断にできる。
1度振れば、ゴブリンなど数体まとめて地獄へ落とすことができるだろう。
「貴様ら! よくぞ持たせたッ! このユベールが助太刀仕る!」
頼もしい声にヴァイが後ろを振り返れば騎馬から降りて、突撃してくるユベールの姿があった。
しかし――
ヴァイが気付く。
高まる漆黒なる力に。
「……!! 漆黒司祭がいたのかッ!?」
まさかこんなところで出会うとは考えてもみなかったため、無意識に驚愕の声を上げたヴァイに騎士たちが問う。
「……漆黒司祭? 何者です?」
騎士たちがゴブリンを圧倒しながら疑問の声を上げるが、それに答えている暇はない!
狙いは――ユベール
「ふはははは! 飛んで火に入る夏の虫よ! 喰らえ! 【アドラメレク】!!」
何処からか声が聞こえるが居場所が分からない。
となれば防ぐしかない!
そう即決したヴァイがユベールの元へ走る。
「何ッ!?」
ようやく異常な力の高まりに気が付いたユベールだが、完全なる不意打ち。
彼の体が漆黒の立方体に包み込まれていく。
ヴァイがそれを助けるべく力を解放した。
「うおおおおおお! 間に合え! 『虎切』!!」
ありがとうございました!
次回、ユベールに迫る危機に100士長のヴァイが吠える。




