第49話 東部戦線とレクスの決断
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「何なんですか……急に……」
レクスの目の前で頭を下げているのは、王家の影〈蜃気楼〉の隊長ウィリアム・キルシュであった。
観覧席で試合を見ていたレクスにこっそりと近づき、闘技場内にある個室に無理やりつれてこられたのである。一緒にいたセリアに不審な目で見られたが、最近カルディア公と絡んでいたこともあって彼女も納得はしてくれたようだ。
「すまない。レクス殿。危急の話と言うことです」
嫌に神妙な表情をしていると思ったが、想像通りであった。
と言うかもしかしたら、想定外の出来事でも起こったのかも知れない。
興味が湧いたレクスであったが、取り敢えずはすっとぼけてウィリアムに尋ねる。
何も分かりませんよと言うアピールである。
「え……それほどのことが……?」
「そうなのだ。レクス殿」
興味を惹かれたような態度で、前のめりになるレクスの背後からカルディア公の声がした。
ビクリと肩を震わせて恐る恐る振り返ると、そこには第3王子のフォロス、カルディア公、クロノス、ついでにホーリィまで雁首並べて立っているではないか。
皆、真面目な顔をしているが、普段のホーリィを知っている身としては少しだけ面白い。
全員が席に着くとカルディア公が話し始めた。
「君の話していた通り、ロストス王国が我が国に攻め込んだ。現在はロンメル男爵領で戦いになっているらしいが、情報伝達に時間がかかるからな……君の予想通りならもしかしたら既に領都が落ちている可能性がある」
カルディア公が言葉の最初部分を強調するように話しているが気のせいだろう。
ここは誰でも思いつくような無難な返事をしておくレクス。
「そうですね。でもファドラ公のユベール公子が援軍に駆け付けているのでは?」
「ファドラ子息の性格なら大いにあり得るとは思う」
フォロスが事もなげにそう言うが、使徒の息子の性格まで把握しているのは流石に驚きだ。それにしてもどうしてこの場に呼ばれたのだろうとレクスが考えていると、フォロスが続けて尋ねてくる。
無表情だが、心なしか視線の圧が強い気がするのだが気のせいだろう。
そうに違いない。
「それで君は今後はどうなると考える?」
「えっと。それは公子が押し返すのではありませんか?」
「まぁそうだろうな。だがロストス王が大人しく引き下がると思うか?」
「いえ、引かないでしょう。面子があるでしょうし……」
まさか漆黒司祭との約束があるとは言えない。
徹底解説ガイドの設定には密約内容はグラエキア王国東部の領有と精霊の森の移譲とあったはず。
「領都ファドルフィスにいる兵は少ない。雷光騎士団が壊滅したからね。無茶なことはしないと思うのだがね」
カルディア公は以前、レクスが話したファドラ公爵家の暴走を暗に否定しているのだろうと思われる。
「でもぉ……それじゃあ、やられっぱなしじゃない……1度負けてもまた攻めてくると思うけどぉ? 護ってばかりじゃいつか負けるかもねぇ……」
ホーリィが凄くまともなことを口にしているが、レクスも全くの同感である。
援軍に行く気がないのだ。他の貴族諸侯は。
ファドラ公の裏切りは既に公然の秘密。
「援軍を出したいところなのだがな。父上状態が少しな……命令を出しても渋る可能性がある」
「……国王陛下が? どうかなさったのですか? よく分かりませんが、公爵家の連名で命令を出せば良いのではありませんか?」
一応、国王であるヘイヴォルの容体は伏せられているため、惚けるレクス。
もしユベール公子が敗北して、ロストス王国軍が更に西進すれば、セリアの故郷であるロードスまで迫られることも考えられるのでレクスとしても避けたいところなのだ。
最近ずっとレクスは悩んでいた。
最初は縁のある大切な者を護れれば良いと考えていた。
しかし縁とは奇なるもので巡りに巡り、多くの人間と関わりを持ってしまった。
カルディア公やフォロスが良い例で、カルディア公がどんな人物か知っているレクスでも接していれば情が湧くのが人間と言う難儀な生き物。
となると、ゲーム通りの進行自体を止めるべく動くべきではないか?と自問自答する日々が続いていたのだ。
「現在、各貴族の思惑が王城内で入り乱れている。誰の下に集まろうかとね。恐らく使徒自ら動かねば、その派閥貴族も動かないだろうね」
カルディア公が動くのは危険そうだ。
王家の後継問題に隙が生まれてしまい、ゲーム世界より事態が悪化する可能性がある。
双龍戦争で争うローグ公とダイダロス公も王都から動こうとはしないだろう。
イグニス公は遠くジャグラートの地におり、残るはアドラン公だが――彼は自らの国家を建設する野望を持っている。
下手をするとロストス王国だけでなく、ゲーム世界の通り他国にまで侵攻し大戦を引き起こしかねないので不安が大きい。
レクスとしてはアドラン公も流石にそこまで馬鹿ではないと思いたいのだが……。
「(ロストスの地は肥沃で恵まれた土地じゃないからな……だが国を救う覚悟か。あれはグラエキア王国を救えと言う意味だったのか? となれば動くのは今しかないか……)」
全ての視線が俯いて黙考するレクスに集まっているのだが、彼は全く気が付いていなかった。
付喪神には早く出てきて使命を伝えて欲しいところだ。
何をして欲しいのかが分からないとどう動けば良いのかも分からない。
だからこそレクスは家族や身内から護ることに決めたのである。
今や連鎖的に護るべき者が増えている訳だが。
「(恐らくだが……古代神と漆黒神は顕現するだろうが……いや問題は絶対神か? 弑されたと思われているが絶対神は生きている。本来であれば何も問題はない……まさかその身に何か起こるのか……?)」
レクスが顔を上げると視線の集中砲火を浴びていることに気付かされる。
ギョッとしたものの、気を取り直して咳払いを1つするとレクスは重々しく口を開いた。今の予想が当たるとしたら予想もつかない最悪な展開になってしまう可能性がある。
「えっと……よろしければ私が東部戦線に赴きましょうか?」
世界を護るにはルートから外れることになるかも知れない。
となれば最早、展開が読めなくなると言っている場合ではないだろう。
レクスが心配しているのは、身のほどを弁えていること――つまりレクスは特段、頭がキレる人間ではなく平凡な一般社会人だったと自覚している言うことだ。想定外の出来事に即座に対応できるかが問題なのである。
レクスの口から飛び出した言葉にカルディア公もホーリィも何処か納得しているような表情をしているが、フォロスは別だったようだ。
「君が行って何とかなるのかね? まさか1人で行くつもりなのか?」
疑念のこもった目、そして呆れたような口ぶりだ。
そりゃそうだ。
レクスもそう思う。
カルディア公からは何か聞いているらしいが、やはりたかが中等部1年で13歳になる少年が大言を吐いたのだ。
気持ちはよく分かる。と言うか分かり過ぎて辛い。
「では竜前試合の結果で判断して頂ければ……」
フォロスの表情がますます怪訝なものに変わり、眉間には深い皺が刻まれるほどだ。
進言しようと口を開きかけるカルディア公の機先を制しレクスは断言する。
下手をすれば大事な者に何かしらの危機が訪れる。
それだけを考えてレクスはルート破棄すら視野に入れる覚悟を決めた。
「優勝するのは当然として、それでもお疑いのようなら指定の猛者と戦って勝って見せますよ」
レクスははっきりとそう言い切った。
これは慢心ではない。
覚悟である。
フォロスにはそれが通じたのか、その表情が劇的に変化した。
もう口を挟む者は誰もいなかった。
ありがとうございました!
次回、ロストス王国軍の猛攻を受けるロンメル男爵領では。




