第48話 竜前試合 ⑥
いつもお読み頂きありがとうございます!
すみません。長くなりすぎたので分割しました。
他の参加者が下馬評通りに勝ち進む中、注目の1戦が行われようとしていた。
ガイネル・ド・イヴェール対ブラドリィル。
双方、魔法が使えないため、物理攻撃によるガチンコバトルになると予想されていた。ただ暗黒闘士のブラドリィルには、能力の『暗黒闘技』があるため、イシュタルを完封したガイネルと言えども苦戦は必至だろうとも。
太陽も中天から傾き始めているが、まだまだ青天で空からは眩しい光が振り注いでいる。
『注目の1戦だーーー!! あのイシュタル嬢を完封したガイネル選手ー!! バーサス、圧倒的な攻撃力を誇る暗黒闘士ー! ブラドリィル選手だーー!! ではーファイッ!!』
闘技場の中央で対峙していた2人が、どちらからともなく徐に歩き出す。
ガイネルは抜き身の剣を右手にぶら下げて。
ブラドリィルは両手の漆黒の鉤爪ナックルをはめて。
お互いの距離が縮まり、体が触れんばかりの位置で2人は足を止める。
両者の視線が交錯し虚空で絡まり合って火花を散らす。
ブラドリィルの方がガイネルより頭1つ分ほど大きいが、ガイネルは下から見上げる格好になりながらも、彼女が放つ覇気に全く怯んではいなかった。
このようなものはヌルい。
今まで戦ってきた経験、猛者との対峙――ヒース、ギュスターヴ、パスカル。
そしてまだ戦ったことはないが、あのレクス・ガルヴィッシュ。
神の想い出の力を得た今、ガイネルは今自分にできることは何なのかをずっと考え続けている。
時代は移ろい、新しい時代がやってくる。
そんな予感はしているが、一体何が起こるのかは想像もつかない。
だが備えよう。
心構えだけでもしておくべきだし、難局に直面した時に決して間違わないように。
「後でレクスにも会っておかないとな……」
思わずガイネルの口からそんな呟きが漏れた。漏れてしまった。
当然、睨み合うブラドリィルの耳にも入るのは必然。
「ああ? オレを目の前にしてもう先の戦いの心配か? レクスが面白いヤツだってのは分かるが、正直不快だぜ」
ブラドリィルの目が鋭さを増し、言葉通り苛立っているのが良く理解できる。
これから戦う相手を前にして、上の空――敬意に欠けた言動だったなと反省しながらガイネルは素直に謝った。
「すまないな。ちょっと違うことを考えていた。でも君もレクスを意識しているようだね」
まさかあっさりと謝られるとは思ってもみなかった上、潜在的に持っていたレクスへの対抗意識を自覚して表情が緩むブラドリィル。
「……あいつは常人とは違う何かを感じる。オレが使う力ともどこか似ているようで違う」
「それには同意するよ。でもせっかくの竜前試合だ。レクスとは1度戦ってみたいと思っていた。勝つのは僕だ」
「フン……よろしくな。ガイネルセンパイよ」
何処となく照れくさそうにしながらブラドリィルがそっぽを向いてぶっきら棒に言い放った。
試合が始まっているのにもかかわらず、彼女にしては迂闊な言動である。
彼女もレクスには得体の知れないナニカを感じているようだと感じて、ガイネルの心にはますますレクスへの興味が浮かび上がってくる。
刹那――
ガキイイイイイン!!
そんな金属が激しくぶつかり合う音が鳴り響く。
剣と鉤爪による一進一退の鍔迫り合い。
「ハッ……油断もしてねぇか!」
「敵が目の前にいるんだから当然だ」
両者が笑みを浮かべながら一切の遠慮なく相手を押し込もうと力を込める。
普通であれば体格と膂力で勝るブラドリィルに軍配が上がるところ。
そう――普通であれば。
ガイネルに宿る古代神の力が物理法則すらも捻じ曲げる。
慌ててガイネルの剣を弾き返したブラドリィルは一旦距離を取るべく後方へ下がると、気迫あふれる声で太古の言語を発した。
「【暗黒闘気】」
全身が漆黒に覆われたブラドリィル。
だが続けざまに能力『暗黒闘技』を使用する。
「【暗黒の波動】」
拳のような闇なる力が波動となり、高速でガイネルへと迫る。
同時にダッシュを掛けたブラドリィルが凶悪な鉤爪を煌めかせ、黒の波動の後方から近づいてくる。
躱しても後方に控える彼女からの強烈な攻撃が飛んでくるのは目に見えている。
ガイネルは古代神の力を乗せた剣で暗黒の波動を斬り裂くと、そのままの勢いでブラドリィルにも襲い掛かった。
「なにッ……!?」
思わず吐いてでたブラドリィルの驚きの声。
明らかに迎え討つガイネルの行動を意外に感じている表情だ。
だがガイネルには分かる。
レクスと共に過ごす内にこの世界には幾つもの異なる力が存在すると漠然とだが理解できから。
ガイネルの斬り込みに焦った表情を見せたブラドリィルであったが、それを何とか鉤爪をクロスして喰い止めると瞬時に動いた。
左足を大地に叩きつけ思いきり重心を乗せると『暗黒闘技』を行使する。
「【暗黒裂界掌】」
連携技は想定済みなのだろう。
一切の淀みのない流れるような動作で攻撃を連続で繰り出してくる。
掌ではなく両鉤爪をドリルのように回転させた一撃が目と鼻の先にいるガイネルの胸元へ――
付与された暗黒の力と共に鉤爪が、ガイネルの鎧を貫く!
ブラドリィルはそう確信した顔付きになりニヤリと笑んだ。
だが――
待っていたのはカウンター。
「【粉砕撃】」
狙いは鉤爪のナックルだ。
鋼鉄すらも粉砕する『騎士剣技』
ブラドリィルの完全なる想定外。
澄んだ音を残して砕け散る鉤爪。
この世界の者は生まれ持った職業に囚われがちで、職業変更する者が少ない。
条件を知らないと言うことも大きいが、従騎士、暗黒導士、光魔導士、魔導具士の基礎4職業には誰にでもなれるのだ。
転職士がいなくても。
それにガイネルは貴族なので職業変更を依頼することも別に難しいことではない。ガイネルは従騎士から剣士を経て騎士となり、経験を積んだことで『剣技』、『騎士剣技』の一部が使えるようになっていた。
そして――更なる追撃。
連撃に継ぐ連撃でブラドリィルが完全に守勢に回る。
古代神の力を得るだけではこうはいかない。
心が折れ、救われたその裏で人知れず続けたガイネルの努力が今、実を結んだのである。
ガイネルが覚醒したのは力だけでなくその精神性もであったと言うことだ。
「(何とか『封剣』の能力を見せずに勝ちたい! でないとレクスには勝てない!)」
破れかぶれの右拳が唸りを上げてガイネルに迫る。
ブラドリィルが放った執念のこもった攻撃であったが、ガイネルはタイミングを合わせて剣を薙ぎ払い弾き返す。
「チッ……」
ブラドリィルの小さな舌打ちが耳に入るが、気にせず懐に飛び込むべく『騎士剣技』を連発する。
「【剛剣突貫】」
瞬間的に爆発的なまでの速度を叩きだして刺突を放つ剣技。
とは言え既に双方の距離は――零。
零距離から放たれた刺突はブラドリィルの纏う暗黒闘気すら突き破り、彼女の脇腹へと突き刺さった。
漏れる苦痛の声。
だがそれも一瞬のこと。
ブラドリィルはせっかくのチャンスを逃さずに、ガイネルを羽交い絞めにする。
「ちょっと動き過ぎだぜ。センパイよ」
彼女がじわじわと真綿で首を絞めるように力を込めていく。
その膂力で締め上げられて、ガイネルの口からは意図しない呻き声が上がる。
その分、ブラドリィルの流血も激しくなるのだが、ここで解放してしまえばどうなるか理解しているようだ。
気迫の表情でひたすら力を込めるのみ。
「(くそッ慢心か! これが慢心なのか!? レクス以外にも強敵はいると言うのに僕は……また間違ってしまうのか!)」
もう声も出せなくなるほどの強烈な力。
内臓が口から飛び出してきそうなほどの苦しみがガイネルを襲っていた。
ここが仕掛ける最後のチャンス!
決死の思いで言葉を紡ぐ!
勝負の太古の言語だ。
「【神気解放】」
呻くように呟いた言葉が世界に奇跡を引き起こす。
能力は光の古代神の力。
圧倒的な聖なる力が爆発的に解放されて、ガイネルを羽交い絞めにしていたブラドリィルを一気に飲み込んだ。
光に溺れて暗黒闘気が消失していく。
力が相殺されて脱力感に襲われているブラドリィルの隙――
――斬
意識が朦朧としながらも立ち上がった彼女の体をガイネルは横薙ぎに斬り払った。更に背中にトドメの袈裟斬りを見舞う。
大地を揺るがすような重い音。
ガイネルが見たのはかなりの出血で地面に倒れ伏すブラドリィルの姿だった。
直ちに救護班が駆けつける。
『勝負ありだーーー!! ガイネル選手が見事にブラドリィル選手を撃破だーーー! 強い! これが武門の家の実力かーーー!!』
武門の家柄だからどうだと言うのか?
無責任なことを叫ぶ実況の言葉を聞き流しながらガイネルは小さくガッツポーズを決めた。
「力を付けて理想を追う。僕はシグムントが生きていると信じる。必ず君を探しに行くんだ!」
次回、竜前試合と東部戦線と。
※ちなみにガイネルは勘違いをしています。




