第47話 竜前試合と漆黒なる野望
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レクスが使徒であるイグニス公爵家令嬢であるロクサーヌをあっさりと撃破した衝撃で闘技場内は未だ騒ついていた。
そんな中、セリアとマルグリットの戦いが始まろうとしていた。
既に両者は闘技場の中央で対峙している状況だ。
とは言え、何処か弛緩した空気が漂っている。
「うーん。何だか戦りにくいッスねぇ……」
憂鬱そうな言葉とは裏腹に、嬉々とした表情を湛えているマルグリット。
相対するセリアはそれを聞いて思わず小声で呟くも、静粛にするように呼びかけるアナウンスに掻き消される。
「こっちの方が戦りにくいわよ……」
暗黒騎士のセリアと聖女のマルグリットの戦い。
どうしても過去のあの1戦を思い出す。
そう――堕ちた聖者ジャンヌとの戦いだ。
あの時はレクスが傍にいて共に戦ってくれたが、今回は1人である。
心細くなってしまうのも仕方がないことであった。
セリアとしては当時からは間違いなく強くなったと自信を持って断言できるレベルだが、それでも神聖属性の攻撃は特効であり脅威なのだ。
『えーそれでは次の試合を開始しまーーーす!! セリア・ド・ロードス対マルグリット・ファビウス! 注目の1戦だーーー!! それではーファイッ!!』
開始早々、いつもの余裕の笑みでセリアに向かって突っ込んでくるマルグリット。神聖魔法を使って来られるよりも近接戦闘の方が有り難い。
「【ダークソード】」
セリアはすぐに『暗黒剣』を能力を行使する。
小型の損傷回避型障壁の魔導具を身に付けている以上、体力を奪うものや攻撃力上昇系は効果がでにくいだろう。
だが、相手は聖女のマルグリット。
呪いや弱体化の能力は神聖結界で防がれる可能性が高い。
となれば暗黒の力を増大させて物理的な攻撃力を高める上に、神聖属性にも効果のある能力の1つである【ダークソード】が最適解。
「おりゃああああッス!!」
ファイト一発、巨大十字架で殴りつけてくるマルグリットの攻撃を見切って躱し、その懐へと飛び込むセリア。
躱した瞬間、体の近くを通り抜けて行く轟音。
無意識の内に冷や汗が滴るほどの圧力だ。
あの質量による攻撃をまともに受けていては、裁き切れない可能性がある。
下手をすれば剣が圧し折れる可能性も……。
「ハッ!!」
気合と共にセリアの横薙ぎの一閃が唸る。
かつて片田舎で剣の英才と呼ばれたほどの剣技は、剣王レイリアやレクスとの稽古で更に鋭さを増していた。
少なくともマルグリットが展開している神聖結界を破れるほどには。
「ちょッスッス!! 痛たたたッス!」
脇腹に打撃を受けて痛むマルグリットだが、それで怯む様子はない。
痛いと言いつつも態勢を立て直して巨大十字架を器用に扱い、セリアの攻撃を悉く弾き返していた。
ひたすら鈍い衝撃音が闘技場内に響き渡る。
どちらも譲らない一進一退の攻防に、観客たちは歓声を上げながらも固唾を呑んで勝負を見守っている。
「ちょりッス!!」
マルグリット渾身の一撃――躱しきれないと判断したセリア。
「【鉄壁】」
技能を使って完全に受け止める。
かなりの衝撃にもかかわらず、セリアの体は微動だにしない。
完全防御の技能の1つである【鉄壁】の効果である。
相手の攻撃力にもよるが、強烈な一撃を受けても態勢が崩されることはない。
「ちっちッス!!」
マルグリットは舌打ちをしながらも攻撃の手を緩めようとしない。
――その余裕を吹き飛ばしてあげるんだから!
キッとセリアはマルグリットを強い意志のこもった目で睨みつける
攻撃の流れが一瞬止まったことで、セリアが一転して攻勢をかける。
「【漆黒剣】」
攻撃力強化、呪い、弱体化の力を扱える強力な能力。
白銀の剣が漆黒に染まり、青天の光を浴びて妖しく煌めく。
流石のマルグリットも表情が強張った。
鋭い風切り音共に一閃された剣撃は、神聖結界を容易く破り彼女の脇腹を薙ぐ。
「ぐぅ……」
顔をしかめたマルグリットは、その膂力で巨大十字架を大地に叩きつけた。
土煙が巻き起こり、セリアの方に石礫が飛んでくるが攻撃を緩める訳にはいかないのだ。
彼女は聖女なのだから。
マルグリットが煙に乗じて後方へ大きく跳ぶが、それを読んでいたセリアも同時について行く。
「『聖域』」
聖女の能力を発動したマルグリットが続けざまに叫ぶ。
「2ndマジック【神気烈光】」
神聖なる一筋の光線が、セリアの右肩を貫き激痛が走る。
損傷回避型障壁の効果も絶対ではないと言うことだ。
痛みは集中力を奪い、焦燥を生む。
それでもマルグリットの周囲に展開された『聖域』を破壊すべく剣を叩きつける。
「(うぐ……まさかの攻撃魔法!? これがあるから神官系は……!)」
『聖域』は聖女が常時纏っている神聖結界などとは比べものにならないほどの強度を誇る。
ジャンヌとの戦いで大いに懲りていたセリアとしては泣きたくもなる。
だが負けられない!
セリアにも矜持はあるのだ!
「あの時はレクスのお陰で勝てたけど……私だってぇぇぇ!!」
神聖なる結界を破ったのはレクスの魔力分析のお陰。
命を拾ったセリアとしては、大敵たる聖女には2度と負けたくなかった。
「4thマジック【神聖神柱】」
天空から光の柱が回避もできぬほどの速度で落ちてくる。
「きゃあああああ!!」
マルグリットが神聖魔法を連発し始める。
安全な『聖域』の中から暗黒騎士のセリアに特効となる神聖魔法だ。
最初からこの戦いを選択しなかったと言うところが、如何にもマルグリットの好戦的な性格が表れている。
直撃を受けたセリアの意識が朦朧として、体がふら付いてならない。
「2ndマジック【中回復】」
天から降り注ぐ光がマルグリットを明るく照らす。
第2位階の回復魔法だ。
目を閉じてその光を浴びていたマルグリットがゆっくりと目を開くと、無慈悲な一言をセリアに向かって余裕たっぷりに告げる。
「セリア殿ーそろそろ終わりッスよー」
完全に傷が癒えたマルグリットが自ら、セリアに向かって近づいていく。
勝負は決まったと確信している余裕の表情。
「この……放てッ! 【漆黒剣】!」
1回戦と同様に闇の靄がマルグリットを襲うが、『聖域』の能力に阻まれて、儚くも吹き散らされた。
精も根も尽き果てたセリアは膝をつき、目の前までやってきた彼女を見上げる。
溢れ出す心情。爆発する感情。
「く……悔しい……悔しい悔しい……」
意識が暗闇に沈んでゆく。
そしてセリアは自身の意識が途絶える前に、マルグリットの聞いたことのない言葉を聞いた気がした。
「セリア殿、主は神聖力も漆黒力も平等に創り給うたのです。主の存在は絶対。今の神々に惑わされぬよう……」
◆ ◆ ◆
「グハハハ……どうだ? ロードスの娘が負けたが少しは溜飲が下がったか?」
「そうですな。多少は……ですが……」
そう言ったケルミナス男爵であったが、内心では未だロードス子爵家には尋常ならざる恨みを抱いている。嫌がらせの1つもしたいところだが、伯爵から男爵へと降爵した上に、現在は大長老衆筆頭である傲慢のスペルビアの指示の下で動いている。
重要案件のため、そちらに忙殺されており、他のことにかまけている暇などない。複雑な表情で口ごもるケルミナス男爵の反応に、興味を持ったスペルビアはからかうような言葉を掛ける。
彼としては表情には出していないつもりだったのだが。
「グハハ……貴様の成り上がり、上昇志向もここまでこれば大したものよな。ロードスには報復したいであろうにな。グハハ……」
「お前がこき使うからだろうが」と言う言葉が喉から出かかるが、ケルミナス男爵は何とかそれを飲み込んだ。
別に恩に着るタイプではないが、一応は蘇らせてくれた者。
ただその方法が禁断の外法であると言うことに対しては文句の1つも言いたくはなる。
「そうですが、私には与えられた任務がございますので」
「良いのだ良いのだ。グハハ……。オレをせいぜい利用するのだな。オレが貴様を利用しているようにな」
全てを見通すかのような目を持つ大長老スペルビア。
ケルミナス男爵は最早、人外なる存在なのだ。
今まで通りとはいかないだろうが、諦める気はない。
この腐りきった古代竜の国――グラエキア王国に巣食う病魔を何としても取り除かねばならない。
そうケルミナス男爵は誓ったのだから。
「はッ……」
少し遅れて返事をしたことでスペルビアが不審に思ったのか、チラリとケルミナス男爵の表情を覗き込むようにして見つめる。
無表情にして不気味な紅の瞳、全く持って何を考えているのか分からない。
「まぁそう硬くならぬことよ。だが漆黒神の聖遺物たる深淵なる真実は……やはりあの小僧に宿っていると考えて良いのか?」
「はい……ガルダーム率いる漆黒教団の司祭もレクス・ガルヴィッシュから漆黒なる力を感じると言っておりました。それにリーン聖教国(東方教会)の手練れを雇い入れましたので、間もなく力の根源が分かるかと」
ケルミナス男爵は何とかレクスの力の根源を探るべく、漆黒教団にも諜報の手を伸ばしていた。
そしてリーン正教会――漆黒神信仰の聖なる国家。
何とか渡りをつけられたのも、探求者時代の伝手があったからこそ。
このスペルビアと言う男はほとんど自分で動くことがない。
収集した情報をまとめて思考し、結論を導き出す学者の側面を強く持っている人物だ。
「グハハ……そうか。間もなく……ようやく判明すると言う訳か。後は贄だが――当てはある。古代竜共の力を頂くとしようか」
不穏なことを言い出すスペルビアの言葉を聞きながら、ケルミナス男爵は王国の未来を憂えていた。
次回、竜前試合ともたらされる新情報と。
ありがとうございました。
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明日は12時の1回更新です。




