第45話 ローグ公とグレイテス
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王城で戦勝の報告を終えたローグ公は、イヴェール伯爵家を訪問していた。
普通ならば配下の貴族に公爵直々に出向くことは滅多にになが、イヴェール伯爵家は特別。ローグ公の姉が現当主であるグレイテス・ド・イヴェールに嫁いでおり、王国最強を謳う天龍騎士団を率いる家系である。
何よりグレイテスはローグ公の信頼が厚く歳こそ少し離れているとは言え、その関係は友人に近い。
この日、ローグ公が態々足を運んだ訳は臥せるグレイテスの見舞いと、彼の嫡男の件、そしてこれからについて話すためだ。
――グレイテスの寝室。
派手な装飾が施されておらず、豪奢な調度品もない。
重厚で質の良い赤いカーペットと、現在グレイテスが体を横たえているベッド以外は高級品は見当たらない質実剛健で無骨な部屋である。
ローグ公が寝室へ入ると、それに気付いたグレイテスが体を起こそうとするが、もう力が入らないのか、ただもがいているようにしか見えない。
「グレイテス……無理をすることはない。大人しく寝ておるのだ」
それでも納得がいかないグレイテスは足掻くのを止めない。
すぐに侍女が駆けつけて何とかその体を支えて上半身を起こす。
「か、閣下……ご無事なようで何よりです。ゴホッゴホッ……戦勝をお祝い致します……」
「ああ、心配は無用だ。全ては計画通り。万事上手くいったのだからな」
ローグ公は態と元気づけるかのように明るい声色で告げると、用意された椅子に腰を降ろす。
それを聞いたグレイテスは侍女や使用人たちを下げさせて人払いをした。
2人以外には誰もいなくなり、沈黙が流れる。
周囲から人の気配が消えたことを感じ取ったのかようやくグレイテスが口を開く。
「では……ゴホッゴホッ!」
「貴公の嫡男は討ち死にした。残念なことにな」
動けぬグレイテスの代わりに少数の天龍騎士団を率いて出陣した嫡男のガルバーグの死を、ローグ公は無表情のままで伝えた。
「そ、それは残念なことです。ゴホッゴホッ……天龍騎士団の精鋭を一部失わせてしまったことはゴホッゴホッ……申し訳ございませぬ」
「そのようなことは良い。グレイテス、かなり調子が悪そうだが、薬は効かぬのか? 原因が分からぬようだが……」
だがグレイテスの反応は素っ気ないもの。
むしろ天龍騎士団の心配をしている様子が窺える。
「ゴホッゴホッ……寄る年波には勝てぬと言うことでしょうなゴホッゴホッ」
「本当なら貴公にはまだまだ現役でいて欲しいものなのだがな……後継はどうするつもりだ? やはりバンディットか?」
グレイテスの咳の激しさに、ローグ公は非常に心配げな表情だ。
何度も良い錬金術士や薬師を紹介しているのだが、症状は一向に良くならない。
そのためか、グレイテス自身も己の限界を感じ取っているようにも見える。
となれば心配なのは後継者問題だ。
「……いえ、バンディットは団長よりも閣下のお傍で参謀役としてお使い頂いた方がよろしいかとゴホッゴホッ」
「そうか。となるとコルネウスと言う訳だな?」
ローグ公を長きに渡り支えてきた忠臣であるグレイテスを失うことは痛いが、バンディットとコルネウスと言う優秀な子がまだ存在する。
いや天騎士グレイテスと言う名を失うことが最も痛い。
生きているだけで価値を持つ男グレイテス。
ローグ公爵家にこの男が健在であると言うだけで影響は絶大なのだ。
「あ奴は勇猛果敢に育ちましたゴホッゴホッ……役割を果たせると思っております」
「よかろう。そのように取り計らうとしようか。だが……確か貴公にはもう1人子供がいなかったか?」
「ゴホッゴホッゴホッ……ガイネルですな。あの子は思うままにさせてやりたいとゴホッゴホッ……」
「まぁ我が家の血も継いでおらんしな……それもよいかも知れんな」
ガイネルの話を聞いてもローグ公は特に関心を示すことはなかった。
古代竜の血、それもローグ公爵家の血に連なる者でない以上、彼にとってはどうでも良いことでなのである。
「それでゴホッゴホッ……となれば後はお世継ぎですな……」
「ふッ……貴公としたことが失言だな……まだヘイヴォルが生きているのだぞ?」
ローグ公が思わずニヤリと笑う。
「ゴホッゴホッ……そうでしたな。私も老いたもの……ゴホッゴホッ……しかし効果は出ているのでしょう?」
「ああ、それはそれは酷い体たらくであったわ。顔色も悪く、自分で立つことも叶わん。恐らく言っていることも理解しておらんだろう」
「後はゴホッゴホッ……タイミングですな」
「そうだな……それに懸念事項が1つ消えたわ」
勿体ぶった物言いで含み笑いをするローグ公だが、その顔は愉快そのもの。
何かを思い出しているかのようだ。
「それは僥倖ですゴホッゴホッ……お聞きしても?」
「くっくっく……恐らくだが……黄金竜の宝珠が失われたようだ」
「なッ……!?」
「ふははははは!! これでもしも順番が逆になっても安心と言う訳だ」
驚いて二の句が継げないグレイテスに、ローグ公が高笑いで応えた。
「ゴホッゴホッ……ゴホッゴホッ……」
「何だ? 驚かせすぎたようだな。これでリーゼが後継者になったとしてもどうとでも難癖を付けられる」
リーゼの母親――ヘイヴォルの側室であるヴェリタス王妃はダイダロス公とのいざこざのせいで、黄金竜アウラナーガの力を持つ王家の者にのみ与えられる『アウラ』の称号を与えられなかった。
そのせいもあって彼女への風当たりは強い。
当然、背後には王妃の親であるダイダロス公の影響力があるので公然とは批判されていないが。
「全てが順調すぎて怖くなるわ……しかし長かった……ヘイヴォルに毒を盛り衰弱させ、その継室には我が子マクシマムの子種を仕込む。アウラナーガの宝珠は失われ血を判別することもできん。後はダイダロスの戯けを失脚させるだけだ」
ローグ公が感慨深げな表情になって懐かしそうに今までを振り返るが、それも一瞬のこと。
すぐに不敵な笑みへと変わる。
その鋭い目は野心的な光を宿しキラリと輝いた。
◆ ◆ ◆
――バンディットの私室では。
ドルナードと言う魔物の高級革で作られた椅子に座り、天井を見上げると大きく息を吐いたバンディット。
これまた高級なキングビートルの甲虫の殻を削り出したデスクの上には小さな黒い立方体の魔導具が置かれている。
「やはりこうなったか……」
何処か諦めた表情で呟きながら、目を閉じて頭を整理している。
バンディットは信じたくはなかったが確信していた。
まさかそんなことが……とは考えていたものの、実の父親であるグレイテスの性格からして十分あり得ることだと思っていたからだ。
「兄上は死んだ……いや、消されたと言った方が正しいのか」
ガルバーグは非常に優秀な騎士であり、軍略に優れるだけでなく勇猛。
まさにイヴェール家に産まれた天下の傑物であった。
今、グレイテスはローグ公爵家にはイヴェールの英傑――天騎士グレイテスありと言われており、その名は世界に轟いている。
だがいつの頃からか嫡男たるガルバーグの天賦の才が王国内で話題になり始めた。ガルバーグは父親と同じ天騎士であり、その才覚は親をも凌ぐと言わしめるほどであった。
人格者であり英傑と言われてきたグレイテスにとって、それは屈辱的なことだったのだろう。
同じ天騎士でイヴェールの名を継ぐ者。
自分の勇名が上書きされ、歴史から消えていくのが余程耐えられなかったと見える。
「奴の気持ちは知っていたが……まさかローグ公も絡んでいるとはな。一体どう言い包めたのか……」
それと同時にバンディットは自身も屈辱を味わっていた。
兄であるガルバーグは死に追いやるほど憎みながらも、自分やコルネウスにはローグ公の配下として今後の役職を進言している。
これでは大した器ではないと言われたようなものだ
「しかも俺が団長ではなく参謀だと……?」
バンディットはガルバーグのことが嫌いだった訳ではないが、もしいなくなれば正統な後継者となって天龍騎士団を率いる団長になれると考えていた。
だからグレイテスのガルバーグへの妬みを見て見ぬ振りをして、存在を消そうとしているようだと知った時も知らぬ振りをしたのである。
がそれも皮算用に終わったと言うことだ。
とは言え、バンディットも手をこまねいて見ているだけだった訳ではない。
裏で気取られないように秘密裡に動いていた。
兄を殺すような父親の野心の道具になるつもりなど毛頭なかった。
そしてそれが今、実を結ぼうとしている状況だ。
バンディットは考える。
ローグ公がイヴェール伯爵家を利用し、更には王家を乗っ取ろうとしているのであれば、自分も同じことをして成り上がってやる。
そう言う野心が頭をもたげてきた。
「そうよ……信頼を得て同じようにすれば良い」
今まで何処か悔しいような悲しいような微妙な表情をしていたバンディットであったが、野心が顔を覗かせた瞬間、彼のそれは晴れやかなものへと変わっていた。
そう考えると、なんと痛快なことか!
バンディットは込み上げてくる笑い声を何とか噛み殺す。
その時、部屋の扉がノックされた。
「俺もそろそろ父上の元へ行かねばならん。やっと来たか。入れ!」
入室を許可したバンディットの目の前に現れたのは、ガイネルであった。
利用できるものは全て利用してやろうじゃないか。
バンディットはいつもの真剣な表情を作りながら、そう考えることに決めた。
次回、竜前試合と進む後継者問題と。
ありがとうございました。
また読みにいらしてください。
申し訳ございませんが、土日は(恐らく)投稿しない予定です。




