第44話 ジャグラート懲罰軍の帰還
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――聖グローリア暦1329年5月16日
竜前試合が開催されている最中、ジャグラート王国へ出兵していた懲罰軍が王都へと帰還した。
占領統治を任されたイグニス公は残党狩りや国民統制を行うために現地に残った。
戻ったのはローグ公、ダイダロス公、アドラン公。
そこにファドラ公の姿はない。
ジャグラート王国を滅ぼした英雄の帰還であるはずが、国民の盛り上がりはいまいちであった。
理由は明白――ロイナス王太子が死亡したから。
国民に慕われていた王家の後継者の訃報が王都に陰を落としていたのだ。
竜前試合で盛り上がりを見せ始めていたところに、現実に引き戻された形になったのだから、ある意味しょうがないとも言える。
一応形式的に凱旋パレードが行われたものの、熱狂的な騒ぎになることはなく、貴族諸侯はすぐにヘイヴォル国王へ戦勝を報告するために玉座の間へと集まることとなった。老齢で立ち上がることも難しくなったヘイヴォル国王が両側を侍従に支えられて玉座へと座る。
その隣には難しい顔をしたカルディア公が控えていた。
貴族諸侯は跪き頭を垂れながらも、多くの者がその様子を窺っている。
「お、面を上げよ……」
ヘイヴォル王の覇気のない、しわがれた声で告げた。
ローグ公を筆頭に貴族諸侯が顔を上げると、そこには一気に老け込んだ1人の老人がいた。誰もが我が目を疑うような変化に一部から騒めきが起こる。
「此度は、ご苦労であった……だが……我がカルナック王家は優秀な後継者を失ってしもうた……」
そう呟くように言った言葉には力はなく、虚空を彷徨う目は焦点を結んでいない。
「何が起こった……何故、ロイナスが死んだのじゃ……」
誰に言うでもない問い掛け。
貴族諸侯は誰も口を開かない。
いや、開けない。
「貴様らが付いていながらロイナスを討ち死にさせるとは何事かッ!!」
油断していた貴族たちの鼓動が跳ね上がる。
ヘイヴォル王のあまりの豹変ぶりに多くの貴族が狼狽する。
「直ちに申し開きせよ」
誰も答えようとしないため、カルディア公が重々しい口を開く。
自身も絡んでいる事変なのでどうしても後悔ばかりが先に立つ。
「は、自由都市サマサに到着した我が軍は北上、ジャゴー、ジェイグラート、ヴァクスルートを順調に制圧したのですが、ジャクラート王国王都シェールグラート攻略戦になると抵抗が激しくなり前線に私、ローグ、ダイダロス公、イグニス公の騎士団が出ることとなり、王太子殿下の護りにはファドラ公と他の貴族の軍が付いておりました。流石のラーマ・ヴァルクス・ジャグラート国王――使徒だけあり苦戦致しましたが何とか優勢に戦を進めていたのですが、不意に我々の後方で騒ぎが起こりお味方が混乱し始めたのです。本陣で何かが起きたと確信し一旦後退しようとしたのですが、そこへラーマ王が突撃して参りました。おい、本陣の様子をご説明しろ」
ローグ公が後ろを振り返り、とある貴族に声を掛けると、1人の男が立ち上がった。
「はッ……私、ミリオネ子爵軍は全てを目撃致しました。戦況が一進一退の中、ロイナス王太子殿下が本陣前方2kmに陣を敷いていたファドラ公の元へ参られたのですが、突如として陣が乱れたのです。異変を感じた私共がすぐに兵を向かわせたところ、そこでは既にアドラン公とイグニス公がファドラ公の軍と戦っている光景を目の当たりにしたのです。確認できたのはファドラ公爵家の雷光騎士団の壊滅、そしてロイナス王太子殿下の討ち死にでした。ファドラ公の姿は確認できませんでした」
「つまり報告通り、ファドラ公がロイナスを殺めたと言うのか……?」
ヘイヴォル王の問いに答えたのはアドラン公。
跪いたまま起こったことを話している。
その表情は真に迫っていた。
「それにつきましては、間違いないかと思われます。本陣付近が混乱したことで私は不吉な予感がして取って返したのであります。そこで目にしたのはロイナス王太子殿下の軍に襲い掛かっているファドラ公の姿がありました。我が軍は公の謀叛と断定し強襲を掛け雷光騎士団を壊滅に追い込んだのです」
「そうか……ではファドラ公はどうなった」
「現地でイグニス公が捜索しているはずでございます。我々も帰路で方々に捜索隊を出しておりますが、今のところ発見の報はございませぬ」
「ではロイナスの宝珠――」
「陛下!」
カルディア公がヘイヴォル王の言葉を遮った。
宝珠のことに関しては使徒派の4公爵家には秘密にするよう進言していたのだが、弱り切った王は忘れているのか言葉に出そうとしてしまった。
当然、貴族諸侯は訝しげな表情になるが、カルディア公はそれ以上何も言わせなかった。その様子をローグ公とダイダロス公、アドラン公が表情を変えずにじっと見つめている。
「ロイナス王太子殿下は暗殺されたものとして私が調査する! 聞いた限りではファドラ公が怪しいのは間違いないが、ジャグラートの仕業と言う可能性も捨て切れん。陛下、ここはファドラ公爵家の処分は保留とし嫡男のユベールに領政を任せるべきかと存じます」
「そうか……よきにはからえ」
このままファドラ公爵家を取り潰してしまえば使徒の力が弱体化して、喜ぶのはガルダームや漆黒竜派の貴族たちだけだ。
それに東方の護りも考えなければならない。
レクスはロストス王国が攻め込んでくると言っていたなとカルディア公は思い出していた。既にファドラ公爵家の嫡男であるユベールは領都に帰還させているが、レクスの言ったことが真実だったとして果たして間に合うかと言ったところだろう。
労いの言葉もなく、ヘイヴォルは側近たちに寝所へと連れていかれた。
もう高齢である上、溺愛していたロイナス王太子が死んでしまったのだ。
しかも宝珠まで失われてしまったとなれば、幽鬼のような状態になるのも仕方のないことかも知れなかった。
「正式に後継者を決定する前に……危ういやも知れん……急がねば」
1人、グラエキア王国の行く末を案じるカルディア公の元にローグ公とダイダロス公、アドラン公が近づいてきた。
「カルディア公、陛下はもうかなり具合が悪そうだが……」
そう如何にも心配しているような体で話し掛けてきたのはアドラン公だ。
ダイダロス公はヘイヴォルの様子を見ても、余裕の表情である。
何故なら、ヘイヴォルの側室はダイダロス公の娘であるヴェリタス妃であるから。
「後継者を決めねばならぬだろうな。とは言え、ロイナス王太子が亡くなったのだ。継承権を持つのはリーゼ王女殿下となる訳だな」
それを聞いたダイダロス公は我慢ができなくなったのか、思わずニヤリと笑う。
一方のローグ公だが、こちらは余裕の表情をしている。
彼とダイダロス公は犬猿の仲であり、後継者のことを考えるとそんな顔はできないはずなのだが……。
カルディア公はまたもレクスの言っていた言葉を思い出していた。
「……まぁ後継者はおいおい決まるだろうが、陛下は先程何を仰ろうとしたのだ? 貴公が遮ってしまったがね」
「……宝珠を託す者――つまり後継者のことを考えられたのだろう。しかしあの状態でまともなご判断ができるとは思わぬ。よって止めたまでだ」
ローグ公はニヤリと口元を吊り上げて嗤う。
それを見て確信するカルディア公。
「(流石に見破るか……宝珠の行方を速く探さねばならん。レクス殿は何かを知っている様子だった。何とかして知ることはできないだろうか……)」
黙り込むカルディア公に、アドラン公が平然と尋ねる。
こちらは後継者争いには興味がないようだ。
「ジャグラート王国領はこのままイグニス公が治める形になるのかね? 私との約束も守って欲しいものなのだが」
「貴公の心配は無用だ。しばらくすれば何処ぞの土地が空く。大人しく待っておられるがよかろう」
イグニス公とアドラン公の野望は自らの国家を建設することであった。
レクスの言っていたことを信じれば、世界大戦規模の戦争になる可能性がある。
「ほう……それは重畳。貴公がそう言うなら大人しくしておこうか」
厭らしい笑みを浮かべるアドラン公の姿を見て、カルディア公は思わず過去の自らの姿に重ね合わせてしまい、苛立ちが止まらない。
何とか無表情を取り繕っているが、その拳は強く握りしめられていた。
次回、ローグ公が病床に臥せるイヴェール伯爵家の当主グレイテスを見舞う。そこで明るみになることとは……?
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