第40話 竜前試合 ②
いつもお読み頂きありがとうございます。
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VRMMORPG『ティルナノグ』のゲーム世界に転移した主人公。
元NPC達の手前、覇王ムーブで威厳を保ちねば……
勘違いと無自覚で無双しながら異世界を生き抜く!
◆2度目の人生はゲーム世界で
~NPCと共に国家ごと転移したので覇王ムーブから逃げられません~
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レクスとローラヴィズが巡回がてらのデートから戻ると、セリアが頬を膨らませて拗ねていた。
細く整えられた綺麗な眉を曇らせている。
取り敢えずはお約束だと思ったレクスは膨らんだ頬を人差し指で突いておいた。
セリアの口からぷしゅる~と間の抜けた音と共に空気が吐き出される。
「ぷっ……」
「あー! ローラ酷い! 鬼ー! 悪魔-!」
思わず噴き出したローラヴィズにすかさず喰って掛かるセリア。
「ごめんなさいね。セリア……あはははは!」
「もう! レクスと一緒にどこかに行っちゃうし酷いじゃない!」
「あら? 巡回よ? じゃんけんで負けたのがいけないんじゃないの?」
「ぐぬぬ……」
ローラヴィズの正論にセリアが悔しそうな表情で歯噛みしている。
じゃんけんで勝負と言う話はいつか聞いたな。
レクスとしては喧嘩でさえ華麗な貴族の令嬢についつい表情が緩んでしまう。
「こらぁ! 今から中等部の大会が始まるんでしょ~! レクスは早く準備しないと!」
たまにはまともなことを言う系女子――ミレア。
確かにほのぼのしている場合ではないと考えたレクスはすぐに得物を手に取った。
いつも丁寧にメンテナンスを行っている相棒だ。
特別に高価な物ではないが、魔鋼が使用された逸品である。
昨夜にもチェックはしたが、少しばかり魔力を流してみたり、刃の具合を確認する。
「よし! 行くか!」
事前に中等部の竜前試合への出場は、運営委員長にも話してあるので、レクスたちは温かく送り出された。皆がレクスの実力を知っている訳ではないが、どうやら強いらしいと言う認識のようだ。
感謝と多忙なのに運営を離れる申し訳なさから、レクスはぺこぺこと頭を下げて声援に応えつつ闘技場へと向かった。
人ごみを掻き分けて何とか到着したレクスとセリアは、選手の控え室へ移動するためにミレアたちに手を振ろうとした。
「レクス、頑張れよ!」
「レクス~、セリアちゃ~ん! ファイト!だよ~! セリアちゃんはレクスなんかやつけちゃっていいんだからね~」
「レクスぅ……あなたの本気を見せてもらうわぁ……」
カイン、ミレア、ホーリィは口々に激励の言葉を掛けて闘技場の観客席の方へと消えて行った。ミレアの言ったことが果たして激励なのかは置いておいて、カインと特にホーリィには期待されている様子。
トーナメントなので強者とあたった場合は仕方がないが、出来る限りは彼らの気持ちに応えたいと思う。
控室の大部屋には既に全員が集まっているようであった。
室内は綺麗な物で、柱には精緻な彫刻が施され黄土色の壁や天井は造られた当時の面影を残しているらしい。
設定には暗黒時代から存在していると書いてあった記憶がある。
つまりこの場所で無理やり戦わされて死んでいった奴隷戦士たちがいたと言うことだ。
レクスは今、彼らが生きたその現場にいる訳だ。
「おし……問題はない。トーナメントは16人。目立つのは避けたいが頑張るか。迂闊に触れると危ないってことくらいは理解してもらう必要があるからな」
重心を確認しながらいつもの稽古を思い出して素振りをするレクス。
準備はこれだけだ。
戦い続けてきたレクスにはもう戦い方が染みついている。
剣だけでなく、魔法もありなら負けるつもりはない。
「レクス、頑張ってね……」
「ああ、勝ってくるよ」
セリアは心配そうな視線を向けてくるが、レクスはとびきりの笑顔を見せてそう断言すると試合の待合室へ向かう。
すぐに開始時刻が来て闘技場内からは実況の声が風に乗って聞こえてくる。
マイクのような声を増幅する魔導具でも使っているのだろう。
初戦を飾るのはレクスと同級生の大魔導士ディアドラ。
彼女も対面の待合室で待機しているはず。
呼び出されるまでの間、レクスは瞑想して心を集中させ神経を研ぎ澄ませていた。
『では東から現れるは中等部の麒麟児レクスーーーガルヴィーーッシュ!!』
運営から闘技場へ向かうように促されると、レクスは立ち上がり狭い通路をゆっくりと歩く。
そして開ける――青天の空。
凄まじいまでの歓声がレクスの耳をつんざく。
感じられるのは熱狂と興奮。
それらがとてつもない一体感となって押し寄せてきて、レクスは自分が異常な雰囲気に包まれているのがよく分かった。
知らぬ間に高揚している自身の心にも気付かされる。
「レクスーーー!!」
「レクスぅぅぅ!! 勝って! 勝つんだ! 勝てぇぇぇ!!」
どこに誰がいるかは分からないが声援が聞こえてくる。
あれはリスティルだな。
今日も圧が強めだ。
同じくアナウンスがされ、対面の通路からディアドラが姿を現した。
銀髪をお下げにまとめているのでいつもと雰囲気が違って見えるが、その表情にはいつも通りの気品ある微笑みを湛えている。
「レクス君。お手柔らかにお願い致しますわ」
「ディアドラこそな。大魔法の使い手たる大魔導士の系譜の力を見せてもらおうか」
レクスは魔法戦で負ける気などなかった。
使用できる大魔法が何なのかも知識として持っているので、実力以上に有利だと思われる。
だが――油断はしない。
『ではレクス対ディアドラーーー!! ファイッ!!』
大きな鐘が打ち鳴らされる。
瞬間、レクスの姿が消える。
ディアドラとの間合いを一気に詰めたレクスが剣を一閃する――
「6thマジック【轟炎閃烈】」
魔法の展開が速い――
紅蓮の炎が閃光のように収束してレクスに迫る。
一気に間合いを詰めたせいで、まるでレクスが自分から魔法に当たりに行ったように見えることだろう。
交錯する視線――ディアドラが妖しく微笑んだ気がした。
だが――迫りくると言うよりも、既に体に触れかけていた紅蓮の炎をレクスは剣で弾き散らす。
炎の余波が周囲に散らばり爆発を起こすが、その威力は拡散してなお大きいことが分かる。常時発動している魔力障壁によってレクスには熱気すら届かないが。
しかしディアドラもさる者。
レクスが防ぐことを読んでいたようで間合いを取ると再び魔法陣を展開した。
「4thマジック【轟渦爆炎】」
中等部に入ってようやく魔法陣が知ることができた魔法。
「おいおい、ディアドラさん、殺しに来てない!?」
まともに喰らえば体の内外を焼き尽くされ消し炭になってもおかしくはない高威力の魔法――それが第4位階魔法【轟渦爆炎】
初っ端の大魔法と言い、【轟渦爆炎】と言い、もう殺しに来ているとしか思えないレベルだ。
ド派手な魔法の連発に闘技場の熱気はいきなり最高潮なようで大歓声と悲鳴が混じって聞こえてくる。
「4thマジック【烈風衝撃】」
姿が地獄の業火が荒れ狂う渦の中に消える中、レクスも反撃のオリジナル魔法を発動した。
殺さないし殺せる訳もないが、決してディアドラを舐めている訳ではない。
手加減して勝てるレベルでなければ、これからの戦いを乗り切れるはずがない。
そんな思いがレクスにはあった。
見えない衝撃が放たれ、業火が一瞬だけ揺らめくとディアドラに直撃する。
あまりの威力に、彼女の体は大きく吹き飛ばされて壁に叩きつけられる。
「かはッ……」
何が起こったか理解していない表情だ。
自分が攻撃を何の攻撃魔法を喰らったのかさえ分かっていないだろう。
まだまだ炎の渦が治まらない中、レクスは大量の魔力弾を虚空に出現させる。
オリジナルの第7位階魔法【機関銃弾】の威力を弱めた物だ。
レクスからディアドラの姿は見えるが、逆は炎と煙で視界が利かないため無理なはず。
放たれた魔力弾は、身を起こして魔法を使おうとしていたディアドラへと降り注いだ。
「6thマジック【封魔防盾】」
ディアドラがまたもや大魔法を発動する。
高速で撃ち出されたレクスの魔力弾は、彼女の周囲に張り巡らされた淡い緑の盾に当たり消滅する。
炎と煙の中からゆっくりと歩いていくレクスがディアドラに告げる。
「まさか防御系の大魔法を使うとは思わなかった。追撃が来るかと思ったんだけどな」
「ふふふ……あの程度で終わるレクス君ではありませんわ。となると攻撃魔法がくるのは必定」
「流石は大魔導士の血に連なる家柄だ。あれを貫けなかったのも驚きだしな」
「余裕ですわね。わたくしはレクス君に勝ちますわ。覚悟してくださいまし」
お互い睨み合いながらも口角が吊り上がっている。
強敵と相対した時の感情――畏怖と歓喜。
「ではこれを防いでみな。7thマジック【機関銃弾】」
本当の太古の言語による魔法である。
ディアドラはすぐに先程使用した防御の大魔法を選択する。
【機関銃弾】の威力を落とした魔力弾よりもかなりの高威力。
貫通は容易だ。
「6thマジック【封魔防盾】」
そうくるしかないよなぁ。
予想通りの展開にレクスの胸に狂喜が込み上げてくる。
ディアドラの魔法の腕は一流だ。
その大魔法を貫くことができれば、どの程度の魔力のぶつかりあいで、どのような結果が出るのか検証にもなる。
魔力弾よりも高速、と言うか一瞬でディアドラの【封魔防盾】に【機関銃弾】が雨霰のように衝突する。
刹那――ガラスが砕けるような音を残して、儚くも防御シールドが貫かれてひび割れ崩壊していく。
それを見たディアドラの驚愕の顔。
防御を破った魔弾に全身を貫かれて彼女は大地に倒れ伏した。
あちこちから流血しているので危険な状況だと判断したレクスは、ディアドラの側へと駆け寄る。
ゾクリ――
悪寒が走り、一瞬で背筋が凍るような感覚に見舞われるレクス。
「6thマジック【漆黒流麗】」
ディアドラの掲げた右手から放たれた荒れ狂う漆黒の奔流がレクスを飲み込んで、その姿を隠す。
更には闘技場の観客席まで減衰ことなく威力は撒き散らすが、こちらは絶対魔力障壁の魔導具によって完全に防がれたため観客に被害はない。
ディアドラのアルネイズ伯爵家にのみ伝わる大魔法。
レクスと言えども、これを喰らってただですむはずではない――彼女はそう確信しながら痛む上体を起こした。
やがて漆黒なる奔流が過ぎ去った後には――
目を未だかつてないほどに見開いて固まるディアドラ。
「なるほど……。その大魔法は知らないな。秘伝か? かなりの魔力障壁が破られたぜ。全く大した威力だよ」
そこにはまったくダメージ負った様子すらない、無傷のレクスが立っていた。
ディアドラはここに至っては、止む無しと判断したようだ。
「わたくしの負けですわ……」
切り札を出してまでの敗北に、ディアドラがガクリと項垂れる。
『勝者ーーー!! レクス・ガルヴィーーーッシュ!! 初戦から何と言う激戦だーーー!!』
実況によってレクスの勝利が告げられた。
観客席からは大歓声が送られ、いきなりの大規模魔法戦に熱気が渦巻いていく。
救急班がすぐに駆けつけて神聖術でディアドラの傷を癒してゆく。
「全く……もう何が何やら理解できませんわね……」
「相手が悪かったなディアドラ。悪く思わないでくれよ?」
2人の間にあった闘志は既に霧散し、周囲には温かい雰囲気が漂っている。
ディアドラもどこか嬉しそうな表情をしていた。
これまで全力で戦えなかった鬱屈した感情を発散できたかのような。
そんな顔。
「レクス君が優勝しそうね」
「少しは牽制しとかなきゃいけないからな。ディアドラの分まで勝つから安心して見学しててくれよ」
レクスはそう言うと、右手を上げて観客に応えながら闘技場を後にした。
そしてますます闘技場のボルテージは上がってゆく。
次回、竜前試合・中等部トーナメント戦は続いていく。
ありがとうございました。
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明日は12時の1回更新です。




