第39話 竜前試合の合間に
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竜前試合は剣、魔法、技能なんでもありで実力を競うものである。
闘技場には、探求者ギルドの昇級試験でも使用されていた絶対魔力障壁の魔導具が設置されている。お陰で闘技場外へ被害が出ることはないし、内部でも魔力を使った攻撃の威力はある程度抑制される。ただ物理的なダメージは別なので、剣士系や修道僧系の職業だと有利になるかも知れないが。
かなり危険なガチンコバトル――それが竜前試合である。
レクスは王立学園小等部のトーナメント戦が行われている中、休憩に入っていた。時間帯が同じローラヴィズに一緒に見て回ろうと言われたが、他にも約束があったので2人きりで回るのは無理だ。
特に竜前試合を観戦するつもりもなかったので結局、ローラヴィズとカイン、ミレア、ホーリィと出店ブースを見て回ることにした。
カインはキレル男爵の誘拐の件が気になっているようで、レクスから少し距離を置くようになった。レクスとしては依頼内容を詳しく聞かされていたなかったのだから、特に気にしないように伝えたし問題はないと思っている。
確かに探求者としては迂闊な行動だったとは思うが。
そう言えば――カインは昔から人間と亜人は相容れるのかと、いつも気にしていたことを思い出す。
豹族の村が奴隷商人に襲われて、命からがら逃げてきたのだから人間に対する恨みがあるのは良く分かる。
だからこそ、無遠慮にレクスから距離を詰めようとするのも憚られた。
正確に言えば、遠慮して――カインを慮ったとしても彼の心は晴れないだろう。
人間とそれなりに上手く付き合っていたように見えるザルドゥとドラッガーですらレクスより大金を選んだ。
レクスに「気にするな」と言われても簡単には割り切れないであろうことは分かり切っている。
「レクスったら心ここにあらずね。何かあったのかしら?」
「ん……いや別に何でもないよ。ごめんな。ちょっと考え事してたよ」
ローラヴィズはいつもレクスのことを気に掛けて声を掛けてくれる情の深い女子だ。お陰でレクスも救われている部分がある。
「あ~レクスがまたローラちゃんといちゃいちゃしてる! セリアちゃんに言いつけちゃお~!」
自分がBクラスになってレクスと会う機会が減ってしまったミレアとしては、幼馴染としての立場がない。ただただレクスに構ってもらえなくなったので、とにかくイチャモンをつけてやろうの精神だ。
「いちゃいちゃしてねーよ! 普通にしゃべってるだけだぞ!」
「へ~んだ! Sクラスだからってぇ~。ローラちゃん騙されないで! この男はハーレムを作ろうとしているんだよッ!!」
「んなもん、作るか!! てかハーレムとか何処から仕入れてきたんだよ……」
「ミレアぁ……あなたはブレないわねぇ……」
ミレアの偏見に満ちた発言に流石のローラヴィズも苦笑い。
そして呆れたような視線を送るのはホーリィだ。
こいつは俺になら何を言っても良いと考えている節があるからな……。
多分、俺じゃなかったら縁を切られてるレベルだろ。
そう言う考えがレクスの脳裏を過る。
一同は笑いながらブースを見て回っていくが、カインだけはあまり会話に加わろうとはしない。ローラヴィズはそこまで親しい訳ではないので話し掛けづらいだろうし、ミレアも何と声を掛けるべきか迷っている様子だ。
となると声を掛けるのはレクスしかいない。
レクスが口を開きかけたその刻――
「カイン? あなたぁ、こんな時にそんな顔するのは止めなさい? レクスは何も悪くなんてないわぁ。それと人間とか亜人とかってぇ大きな括りで比較するのは止めた方がいいわぁ……個人と個人が信頼関係で繋がっていればそれで良いと思わない?」
まさかのホーリィが項垂れるカインを窘めた。
彼女は亜神であり、基本的に何者にも干渉してくることがない。
レクスには何かと絡んでくるのだが……。
だからこそ静観するだろうなと考えていたレクスは少し驚いたし、そもそもどうしてギクシャクしている関係に気付いたのか疑問なところだ。
ホーリィが物事を良く見ていることは理解していたとは言え、何でもお見通しのようである。
「聖下……分かってはいるつもりなんです。ですが何処かで割り切れない自分がいるんです」
「知ってるぅ? 人間が亜人を差別してるって言うけどぉ、亜人側だって人間を排除してる国や地域なんかがあるのよ?」
「そ、そうなのですか!?」
「当然よぉ。種族間の対立なんて普通のことよぉ? そもそも同じ種族同士ですら争ってる訳だしぃ……。それを考えたらあなたたちは上手くやってると思うわぁ」
カインが素っ頓狂な声を上げて驚いているが、何処の世界も似たようなものだ。
地球でも亜人こそいないが、民族間紛争、人種の違いからくる争いなどが絶えることはなかったのだから。
レクスは種族は違えど、個々では良好な関係を築けると考えているが、集団になれば不可能だと思っている。
よく言われる○○人の中にもいい人はいる理論だ。
そりゃそうだ。個人単位であればお互いに譲歩しあって上手く付き合うことはできる。
だが集団や国家レベルになった時にはそれが通じない。
信頼関係など容易に築けると楽観的に考えている者が国家中枢がいれば、その国は亡国の道を辿るだろう。
「そうか……聖下、レクス……皆もすまなかった」
ホーリィが諭したことで、何かを悟ったカインが勢いよく頭を下げた。
雰囲気が元の弛緩したものに変わっていく。
「気にする必要はない。カインの過去は理解してるしな。人間にも亜人にも色々な奴がいるってことだろ。分かり合える奴もいれば、分かり合えない奴もいるって話だ」
「そうか……そうだよな……!」
カインの表情が自然と緩むのがレクスには良く分かった。
久しぶりにこのような顔付きになったと思う。
その刻――
「オラァ!! てめぇは亜人の分際で人間様に難癖つけてんじゃねぇぞ!!」
「く……何だって言うんだ……俺は品物を見て質問しただけじゃないか……?」
「あぁん? 質問だと!? この品に傷がある……偽物じゃないかと言ったな? 俺の職業は『鑑定士』だ! てめぇは俺の能力を疑う気か!」
「ただ聞いただけじゃないか……それだけで殴るなんて人間は本当に野蛮だな」
「今なんつった? もう1度言ってみろ。大体、亜人が王国でぶらついてんじゃねぇよ。それに亜人がこの品の価値が分かるとは思えねぇな」
「野蛮人だと言ったんだ! 俺も一端の商人だ! 目利きくらいはできる!」
聞こえてくるのは怒鳴り声の応酬。
レクスはローラヴィズと顔を見合わせると頷き合って走り出した。
喧嘩を治めるのも運営の仕事だ。
ホーリィたちも後に付いて走ってくる。
レクスたちが現場で見たのは、大柄な商人らしき男とブースの前で倒れ伏す猫人。
見たところ、商品が地面に散らばっているようだが……。
「俺ぁキレちまったよ。おい! お前ら! 出番だ出て来い!」
ブースの奥から人相の悪い3人組みの男たちが現れた。
太い腕、これ見よがしに露出させた筋肉、厚い胸板……見た限りでは腕っぷしは強そうだ。
「あー。そこの方々はすぐに一方的な脅迫行為は止めて下さい」
レクスは取り敢えず会話を試みる。
相手は人間だ。
恐らく言葉は通じるだろう。
「あーん? ガキは引っ込んでろ!」
禿頭で瞼に傷のある大男が凄んでくるが、それで怯むレクスではない。
潜ってきた修羅場が違う。
「いやね。私は竜前試合の運営なんですよ。目の前で一方的に被害に遭っている方を見過ごす訳にはいかないんですよね。ルールはご存知ですか? 喧嘩や暴動を起こした場合は認可を取消して追放処分ですけど」
「運営だと? うちの商品を馬鹿にされて傷物にされたのはそこの亜人のせいだぞ!? 運営は悪者の亜人の味方をするのか?」
店主の自称『鑑定士』の男が語気を強めて怒鳴ってくるが、一方の主張だけを聞いて終わりにするはずがない。
今思い出しても竜神裁判は酷かったなと場違いなことを考えるレクス。
「いえいえ。私たちは暴力や脅しをする方が悪者だと考えておりまして」
倒れたままの猫人に手を貸して立ち上がらせると、状況を説明してもらう。
彼が言うには、この店で出品されていた宝石、魔核、鉱石、晶石を見ていたところ、気になる物があった。そこで目当ての品を見せてもらうことになったのだが、傷がついており価格に釣り合っていないので交渉しようとしたところ、難癖を付けられたそうだ。
「これですか。ちょっと拝見してもよろしいですか?」
「あ? 運営の子供に価値なんて分からねぇよ。商人を舐めんじゃねぇ!」
凄んでくる店主を軽くスルーしたレクスは習得していた能力を発動する。
職業が鑑定士の『鑑定』と商人の『相場理解』だ。
レクスが職業変更できる総数は既に36にも及び、多くの能力を習得している。
「うーん。これはアレクサンドラの宝石ですか。でも――これ偽物ですよね?」
店主が言った宝石名とは異なる鑑定結果が出た。
本当はエーセアレクサと言う物で、一応は宝石ではあるが価格にすればグラエキア王国の金貨で3枚程度。
本物なら30枚以上はする代物だ。
「えっと猫人さんは商人をされてるんですよね? これはどの程度の価値があると思ったんですか?」
急に話を振られて少しばかり逡巡しながらも彼が口を開く。
「アレクサンドラではないようで……高く見積もっても王国の金貨5枚と言ったところだろうか」
「私もそう思います。この宝石はエーセアレクサ。相場は王国金貨3枚程度でしょうね」
店主の顔色が青ざめていくが、ここで引く訳にはいかないと思ったのか最後の抵抗を始めた。
「何故分かる? たかだか子供にな。それに傷付けられたからな。その亜人は値切りたいだけなんだろ?」
「いえ、実は私……『鑑定』と『相場理解』の能力持ちなんですよ。だから分かるんです。貴方の職業が『詐話師』だってこともね」
レクスの言葉がトドメになったようで、店主は最早抜け殻のようになってしまった。しかしこのままではマズいと言うことくらいは理解したのか、護衛の3人をけしかけてくる。これはもう詐欺行為なので、王都の衛兵に引き渡しになる案件である。
「クソがッ……お前ら! そのガキをやっちまえ!」
その言葉に男たちは一斉にレクスへと殺到するが、男たちは素手。
歴戦の猛者にそこらのゴロツキが勝てるはずがない。
例え武装していてもだ。
レクスは最初に飛んできた右ストレートを右手でいなしてバランスを崩すと、くるりと回転して男のみぞおちに後ろ回し蹴りを叩き込んだ。
大きく吹っ飛ばされてブースに突っ込み、大きな音を立てて店舗が破壊される。
あり得ない光景を目の当たりにして大きく目を見開いて固まる男に、飛び掛かったレクスは懐に飛び込むとみぞおちに掌底を撃ち込んで、更に顎をかち上げる。
残る1人がその背後に迫ると右拳が唸りを上げて、レクスの右肩にめり込んだ。
手応えありとニヤける男だったが、魔力で強化されたレクスの防御を貫けるはずもない。
と言うか態と肩で受けたのだが、男は気付いていないだろう。
そして最後の男の腹にレクスの左拳がめり込んだ。
膝から崩れ落ちるように倒れ伏す男。
「ふう……まだ戦るか?」
振り返って店主にそう告げると、彼は全て諦めたような表情になり崩れ落ちてへたり込んでしまった。
あまりの制圧速度にその場に居合わせた全員が、目を見開いて固まっていた。
不敵な笑みを浮かべているのはホーリィのみ。
一瞬。
あまりにも速い攻撃。
まさに一撃必殺。
瞬殺である。
その後、店主たちは衛兵に突き出されたが、その前にレクスは1つの晶石に目を付けてを購入した。店主からは訝しげな目で見られたが、気にする必要はない。
絡まれていた猫人からは御礼を言われてしまった。
「すまないな。本当に助かったよ……君がいなければどうなっていたか……」
「悪……と言うか法を守らない者は相応の報いを受けてもらう。それが当然のことです。気にしないで下さい」
レクスがにっこりと笑ってそう告げるが、1つだけ忠告するために口を開いた。
「ただ1人で来たのは少し無謀でしたね。次は仲間と一緒の方がいい」
今までとは違う気迫に圧倒された猫人は思わずたじろいだ。
レクスから漏れ出していたのはドス黒い圧力。
「(人間って奴は本当に愚かだ。こんな奴らなんて護る価値があるのか?)」
「レクスぅ……あなた強くなったわねぇ。それにやっぱり色々と使えるようだしぃ……"あれ"が何だか気付いてるしぃ」
ホーリィの意味ありげな笑みに、レクスの中の黒い衝動は霧散した。
周囲の雰囲気が緩みお祭り特有の喧騒が戻ってくる。
「レクス! ありがとう! 亜人として俺からも礼を言わせてくれ!」
「いつの間にか凄くなったものだね~。流石は私の幼馴染だよね~」
「……レクス。大丈夫なのかしら?」
1人、ローラヴィズのみが心配そうな視線を送ってくる。
レクスはそんな彼女にケロッとした表情を見せる。
何か問題でも?とでも言うような。
「ああ、問題ない。じゃあ、引き続き色々と回ろうか」
そして刻は再び日常へ回帰する。
次回、竜前試合・中等部トーナメント戦開幕。
ありがとうございました。
また読みにいらしてください。
明日は12時の1回更新です。




