第36話 ロストス王国の挙兵
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グラエキア王国東にある小鬼の国家――ロストス王国では小鬼王、ロストス王に漆黒司祭が謁見していた。
玉座の間の雰囲気は重々しい。
普段は騒がしくもロストス王の纏う覇気に当てられて、緊張感の中にも安心感を抱くゴブリンたちであるが、この得体の知れない漆黒なる者がいる時は別だ。
この場にいるゴブリンたちは皆苦々しい表情をして、王に対して跪きもしない無礼者に鋭い視線を集めている。
「結果はお聞きになったと存じますが、ご決断頂けましたかな?」
相変わらず不敵な笑みを浮かべながらら不遜な姿勢を取る漆黒司祭。
丁寧なので言葉遣いだけだが、その中にも煽りを含んでいるように感じられる。
「まさか本当に乱が起こるとは思わなかったぞ」
玉座の左右に並ぶ歴戦のゴブリンたちが、目に余る態度に怒りを露わにするが、ロストスはそれを宥めて言った。
それでも騒めく玉座の間であったが、漆黒司祭は一向に気にする様子はない。
「我々、漆黒教団が動いているのです。結果は決まっているのですよ」
「ほう……大した自信なのは変わっておらんな。」
「グラエキア王国は領土拡張主義に走っております。更に言えば人間至上主義の国家。次に狙われるのはこのロストス王国であるのは間違いございますまい」
「しかしな……ロイナスが死んで、確かに後継者争いは起きるかも知れん。だが亜人国家たる我が国が兵を挙げれば、彼奴らは一致団結して軍を派遣してくるだろう」
領土が侵されようとしているのに内戦をやるほど、グラエキア王国は落ちていないと言うのがロストスの判断だ。ロストス王国内にいくら人間にも負けず劣らずの強者が増えているとは言え、まともにぶつかれば勝ち目は薄い。
「それは有り得ませぬな」
「はっきりと言い切るものだ。ではそこまでの自信の源が何なのかを聞かせてもらおうか」
断言する漆黒司祭に、ロストスは興味の気持ちが湧き起こった。
その言葉を待っていたかのように漆黒司祭の表情が狂喜に満ちる。
「我が漆黒教団は既に漆黒の宝珠を発見致しました。漆黒竜の復活は目前でございます……となればグラエキア王国が東の果てに援軍を送れるはずがございません」
「なにッ!?」
驚きのあまり、目を見開いて驚愕するロストス王。
漆黒竜の血に連なる者に漆黒の宝珠さえ宿すことができれば――
その反応に興が乗ったのか、漆黒司祭は興奮したかのように先を続ける。
「これは我らがガーレ帝國の復活を意味します。すぐにでも挙兵されるのがいいでしょう」
「ふむう……」
ロストス王が顎に手を当てると瞑目して黙考する。
考えるべきなのは第一に種の存続であるが、遥かなる過去に故郷を追い出された時に抱いた屈辱と怒りを忘れたことはない。
可能ならば、グラエキア王国を滅ぼしたい気持ちを持っていた。
「ガーレ帝國が復活するとなれば、世界各地に隠れ住んでいるガーレの民たちが一斉に立ち上がるでしょう。その数100万は下らないでしょうな」
悩んでいるのを見た漆黒司祭は、ロストス王の背中をそっと押すように耳触りの良い言葉を掛ける。人間と亜人の確執は遥か昔から存在し、未だ怨恨と怒りは両者の間で残されたままだ。
近年になって融和が進んでいるようにも見えるが、問題は根深い。
「しかし戦士ではないのだろう? 戦う者がいなければ何人いようが勝てまいよ」
「我々のような漆黒司祭がおります。漆黒騎士もおります。そしてグラエキア王国貴族の中の漆黒竜派が起ち上がるでしょう!」
漆黒司祭は大袈裟にも見える身振り手振りを交えて、流れるような弁舌を駆使し感極まった感じで叫ぶ。
ロストス王国を始めとした亜人国家のほとんどが人間中心の国家とは国交を結んでいない。多種族が共生している国家もあるが、その存在はまだまだ稀である。
未だ決断しきれないロストス王に焦れた漆黒司祭は、決定的な事実を突きつける。
「そして何より! 我らが漆黒竜ガルムフィーネ様の力があるのです! グラエキア王国の使徒など束になろうがガルムフィーネ様の足元にも及ばぬ!」
それは漆黒竜は使徒が力を結集しても勝てぬ相手だと言う厳然たる現実だ。
「しかしだな。絶対の力を持つ黄金竜アウラナーガはどうするのだ? 流石の漆黒竜と言えどただでは済むまい」
ロストス王は黄金竜が漆黒竜の天敵であると知っていた。
他の11使徒が集まろうと、最終的に勝負を決めるのは黄金竜だと。
「ご心配には及びません。アウラナーガの宝珠は最早失われてしまったのです。濃い血を持つ者がいようとも宝珠がなければ何もできぬのです!」
「何!? 宝珠が失われたと言うのか? それが真実である保証はあるのか?」
「ございませぬな」
「では宝珠を見抜く者が現れるやも知れんではないか!」
「ええ、ですが見抜ける者は非常に限られております。宝珠はオーブのような物。分かるのは使徒くらいのものでしょうな」
確かに一旦、散逸してしまえば捜索は困難を極めるだろう。
となれば勝機はあるかとロストス王は考える。
だが――
問題は復活した漆黒竜、正確には憑代となった者が亜人種に対してどのような処遇をするかである。
「漆黒竜の復活が為ったとしてお前らは何を望むのだ?」
「我々が望むのは1つ、ガーレ帝國を再興。後は漆黒教団による人間の選別が始まるでしょう」
「その選別とやらに我々は含まれるのか?」
「まさか! 我らが漆黒竜へ献じる生贄として人間やハイエルフ、エルフなどは狩りますが、漆黒なる存在に近い貴方方を滅ぼすことはないと断言致しましょう。それにむしろ漆黒なる力は貴方たちを強化する!」
ロストス王としては天敵たる光に祝福されし存在を消し、自分たちを強化してくれるとなれば非常に有り難いと言える。小鬼族を散々馬鹿にして見下してきた人間やハイエルフなど全員地獄へ送ってやりたいと言う強い気持ちも持っている。
「よかろう。後はこちらにて検討する。お前は別室にて待つがよかろう」
「良い返事をお待ちしておりましょう」
漆黒司祭はネットリとした声で、そう返事すると玉座の間から退出していった。
場を支配していた緊張感が解け、ゴブリンたちの表情が緩み、体からは力が抜ける。ロストス王は退出を見届けると、大きくため息を吐いて居並ぶ同胞たちへと告げる。
「聞いた通り、漆黒司祭共が言っていたことは現実のものとなった。我が諜報部隊も確認しているから間違いはないだろう。皆の意見を聞きたい。忌憚のない意見を述べよ」
最初に進み出たのは、王国内でもロストス王に次ぐ猛者とまで言われるベリムであった。
「漆黒司祭は信用し過ぎてはいかんが、ロイナスが死んだのは確か! 今の機会を逃す手はないと考える。強大な力を持つグラエキア王国に打撃を与える刻は今をおいて他にないだろう!」
「その通りだ。西にはグラエキア王国、北にはドレスデン連合王国、海を越えた半島にはチェスター王国。いずれも人間の国家だ。今、動かずしてどうすると言うのか!」
「我々が如何に強くなったとは言え、人間に連携されて攻め込まれてしまえば亡国への道へ繋がるは必至! 先手を打って攻め込むべきだ!」
ベリムに触発されて、次々と案が出てくるが、そのほとんどが挙兵賛成派の意見であった。だが一部で顔色が優れない者、何か言いたげにしている者がいることに気付いたロストス王は反対する意見についても発言するように促す。
特に罰することはしないと約束して。
初めは周囲の様子を窺っていた反対派であったが、少しずつ意見する者が出始めた。
「私は反対です。漆黒司祭が全く信用ならない。現在の世界を変革すると言っているようだが、所詮奴らは人間です。使徒が滅んでも漆黒竜が世界を牛耳るのは目に見えています」
「だから今の内に恩を売っておくのが良いのではないか? 協力しなければ後になって言い掛かりをつけられて滅ぼされかねん」
反対派に賛成派が反論し返して、お互いに口角泡を飛ばしている。
「俺も賛同はできんな。奴らは排他的過ぎる。現在のグラエキア王国なんぞかわいいものだ。奴らは遥か昔、教義が違うと言うだけで何百万と言う人間を生贄として残虐に殺したと聞く。ならば種族の違う我々はどうなるのか?と言う話だ」
「我が国は今まで通り、どんどん強者を増やして行けば良いと思うがね。陛下のお陰でかなりの強さを持つ者が着実に増えている。無理をして戦いを挑むべきではなかろう」
淀んでいた空気が熱せられて議論が白熱していく。
どの顔の国の行く末を案じているのがよく分かるのだ。
侵攻賛同派も反対派もどちらも、将来の国家を見据えて発言している。
ロストスはそんな様子を見て満足そうに目を細めた。
「おいおい。人間にやり返せる好機じゃねぇか! 攻めない理由はないぜ! 俺様が直接先陣を切ってやる! お前らは付いて来い!」
侃々諤々とした玉座の間に第1王子のゴスゲスの一際大きな声が響く。大の人間嫌いで父親であるロストスに対して、度重なる侵攻の要請をしている巨漢のゴブリンだ。
「俺も異論はないな。あの漆黒司祭たちも攻撃に加わると言う話ではないか。何のために長年雌伏してきたのか? それは今起つ刻のためではないか!」
第2王子のキンゴストスも右手を振り上げて、対グラエキア王国強硬論を展開する。
2人は漆黒司祭とは非常に懇意にしており、その影響を強く受けていた。
思想に染まっていたと言っても良い。
ロストス王はそれを心配していたが、同時に何処か納得しているような自分を感じて少し驚いていた。
自分自身が国のためにと心の奥にしまっていた感情。
それを2人の子供たちが代弁したと言える。
「(ふッ……結局は我も戦いたくてうずうずしておるのやも知れんな。それに人間に打撃を与えられれば何と痛快なことか)」
元よりロストス王は開戦に傾いていたのだ。
王子を始めとした侵攻賛成派の意見を聞いて、ようやくそれを自覚したのである。
200年もの間溜まりに溜まっていた鬱憤を晴らす刻が来たのだと確信する。
ロストス王はスックと玉座から立ち上がると、大音声で告げた。
「我は決断した! 我がロストス王国は大動員令を発令する! 覚悟せよ! グラエキア王国を必ずや討ち滅ぼしてくれん!」
その一言で全ては決定した。
弱小なる小鬼族をここまで強くした、偉大なる国王ロストス。
彼のカリスマ性は全ての同胞を熱狂させる。
つい先ほどまで反対を唱えていた者たちでさえも。
熱狂が渦巻く中、そんな様子を悲しそうな目で見つめるのは第3王子のレムロスだけであった。
次回、非日常が迫る中での日常。
ありがとうございました。
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明日の更新は未定です。




