第35話 レクスとカルディア公
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応接室の人口密度が増えた。
向かい合うソファのレクス側に腰掛けるヒナノとテレジア。
レクスは流石に重鎮との密会なのだから2人を追い出そうとしたのだが、どうしても聞き入れてもらえない。
この人たちはこんなにお馬鹿キャラだったかな?と思いつつ、カルディア公の様子を窺うレクスだがどうやら問題ないようだ。
カルディア公がヒナノとテレジアを信用していると言うことなのか。
いや恐らくレクスとのお馬鹿な会話を聞いて諦めたのだろう。
「リーゼ王女殿下の保護は良いのだが、王位継承させるのは厳しいだろうな。私もそれなりに影響力は持っているつもりだがね。女王となったリーゼ王女殿下を保護するとなると、私に野心ありと見なされる恐れがある。何よりヘイヴォル陛下がご存命だ」
「確かに仰る通りですが、近衛としての立場はどうされるのですか?」
「私の立場はあくまで近衛であって、王都にて主を護る者に過ぎない。それが保護となると話は変わってくるのだよ。王位に就いた御方をお守りするのがカルディア公爵家であり、誰かが王位の座を巡って戦うとなると介入することになる。と言うことはどちらか一方に肩入れすることを意味する」
まさにカルディア公の言う通りなので何も言えない。
自分の頭が良かったらと思わざるを得ないが、レクスはあくまで現代日本から転生したただの一般人なのである。長年、貴族社会で揉まれ、処世術を身に着けて、政治への造詣も深いカルディア公の考えについていけるはずがない。
持っているのはゲームの知識のみなのだ。
ローグ公とダイダロス公の内戦を止めるとしたら、これから生まれる予定のアルス王子とリーゼ王女が黄金竜アウラナーガの血脈に連なる者であると証明させることだ。ロイナス王太子の宝珠は紛失しているはずなので、何としても探し出す必要がある。
血の有無や濃い、薄いは宝珠がないと証明できないからだ。
レクスは宝珠が流れ流れてガルサダス枢機卿の下へとたどり着くことを知っている。
「ロイナス王太子の宝珠はありますか?」
「いや宝珠は行方不明なんだ」
レクスの質問にカルディア公は表情1つ変えることなく答える。
だが隣のクロノスは違っていた。
明らかにレクスの言葉に反応を示したのだ。
「一刻も早く見つけないと大変なことになると思いますね」
「それには同意するが、一体何が起こるのかな?」
「ガルダームが漆黒竜を復活させます。そうなればこの国は亡国の道をたどることになるでしょう」
「奴が漆黒竜を復活させようとしているのは知っている。だが使徒が結集してかかれば倒せないとは思えないな。君の言い方では勝てないように聞こえるのだがね」
そう言われてレクスは少し情報を出し過ぎたかと後悔した。
カルディア公の認識は甘い。
普通の使徒だけでは決して漆黒竜ガルムフィーネを宿した者には勝てない。
漆黒竜に対して特効となる力を持つ、黄金竜の宝珠を宿す者がいなければ必ず敗北する。
「勝てないでしょう。ガルダームが言ってましたよ」
ここでの沈黙は怪しまれるだけなので、取り敢えずレクスはガルダームのせいにしておいた。実際に古代竜の世界である虚界では、ずっと黄金竜と漆黒竜が争い続けていたのだから。
「ガルダームが……? ハッタリに思えるがね。君はそれを信じたのか? 君はそんなことを信じるようなタマではないだろう?」
レクスに焦りが募っていく。
やはり適当な言い訳が通用する相手ではない。
「(何か言った方がいいか……? いや付け焼刃の言葉では通じない……しかし黙っていては……)」
「あのさーレクスっち。あーしは正直に言っ――」
「いえ、ヒナノっち、大丈夫ですから心配しないでください」
ヒナノによって思考の海から引き揚げられたレクスは、漆黒竜については一旦保留にすることに決めた。今のやり取りでカルディア公が何を感じたかは気になるが、致し方のないことだ。
食い下がるかと思いきや、あっさりとヒナノは大人しく引き下がった。
レクスを案じるような表情でじっと見つめているが。
「そうでした。ガルダームなどに惑わされてはいけませんね。ではまずは宝珠を探すとして、やはり問題は内戦でしょう。いくらリーゼ王女殿下がご存命とは言え、これからご正室のお子様が生まれてくるはずです。もし彼がアウラナーガの血を色濃く受け継いでいれば担ぎ出そうとする者も出てくるでしょう。ご側室の子であるリーゼ王女殿下にはダイダロス公が、ご正室の子にはローグ公が後ろ盾となるかと」
「何故、お生まれになる御子にローグ公が味方すると思うのかな?」
「両家は龍の紋章を掲げる家としての確執があると聞いております。ダイダロス公の影響力が強まるのを良しとしないでしょう」
国王であるヘイヴォルの正室はローグ公の姉だが、次に生まれる予定なのは継室の子、アルス王子である。
レクスとしては何とかボロを出さずに済んだとは思うのだが。
「ふむ……そのような噂が王都に流れているのか……」
「そう聞いたことがあります」
「そうなると王国が割れるな……それで君が言っていたアングレス教会が出しゃばってくると言う訳なのかな?」
「はい。その通りです。閣下だから胸襟を開いてお話しますが、教会は腐りきっています。必ずや権威を取り戻そうと介入してくると予想しております」
本当ならアングレス教会の野望――新12使徒を誕生させ、神聖アングレス帝國を建国する野望を持っていることを伝えたいところだが、ただの中学生が言っても説得力がない上に怪しまれるだけなので言う意味はない。
教会の動きも大事だが、本当にストーリーに絡んでくるのは神殿騎士団の方なので何としても動きを把握したいところだ。神殿騎士団は漆黒神の復活を目論んでいるのでガルダームよりも性質が悪い。
「奴らが神の名の下に胡坐をかいて権力と権威を欲しいままにしてきたのは確かだ。活発に動いているのは私も確認しているのでね。注視しておこう」
「それがよろしいかと」
「神の名を騙る者たちは私ぃが断罪してあげるわぁ」
ホーリィが物騒なことを言い出したので、流石のカルディア公も少し表情が引きつっている。
あー本当にやってくんねーかなー。
俺としては一向に構わん!!
レクスとしてはそう考えているのだが。
「聖下にお力添え頂けるとは心強い。もしもの時はご助力お願いしてもよろしいでしょうか?」
「いいわよぉ……面白そうだしぃ」
カルディア公の頼みに気軽な口調であっさりと了承の返事をするホーリィだが、古代神の部下である亜神が出てきたら事態が余計に混乱する気がするのは気のせいだろうか。
「後はファドラ公が暴走すると言っていたが、どう言う意味かな?」
「これはあくまで予想ですが、ロストス王国がグラエキア王国に攻め込むでしょう。となれば防波堤になるのは王国東部の盾であるファドラ公爵家です。この国は他国から危険視されているように思えますのでファドラ公爵家が戦えば、他国を巻き込んでの大戦になる可能性も否定できません。実際に他国にも漆黒司祭が動いているのではありませんか? もしかしたらロストス王国以外の国も動くかも知れません」
敵に攻め込まれた場合、防衛だけに徹していても待っているのはジリ貧な未来だけだ。今回の戦争ではまず、王国の極東部にあるロンメル男爵領が攻められて、救援に向かったファドラ公爵軍がそれを蹴散らすこととなる。
だが追い払うだけでは駄目なのだ。
残念ながら敵は何度も侵攻を繰り返すだろう。
援軍があれば敵も諦める可能性もあるだろうが、有力貴族が動くことはない。
それ故に攻められないために攻め続けることになってしまうのである。
「ガルダームの手先が動いているのは間違いない。恐らく周辺各国にも密書が行っているだろうね」
「それじゃあ、その周辺国家がぁ兵を挙げたら王国は防ぎ切れるのかしら?」
「内輪もめしてる場合じゃないよねー」
カルディア公は漆黒司祭の動向をしっかりと監視している様子である。
レクスの懸念に疑問の声を上げるホーリィと、それに頷きながら賛同するヒナノ。と言うか、公爵を前にしても自分を出すのを恐れない辺り流石のヒナノだと思わず感心させられてしまう。
周辺国家が動けば流石に国内がまとまるとは思いたいが、むしろ外国勢力を味方に引き込んで戦う可能性もある。ゲームでは他国が攻め込んでくることはほとんどないが、あくまでほとんどである。
稀ではあるが侵攻してくる国があると言うことだ。
場に沈黙が降りる。
それを見計らったように〈狼牙〉のイリアスがカルディア公にそっと耳打ちする。
この人も一応はキャラとして徹底解説ガイドに載っている。
もしかしたら、この世界でも何か役割を持っているのかも知れない。
「すまないが、急用が出来てしまった。こちらから面会を申し出ておいてすまないが、帰らせて頂こうか」
何か重大事が起こったのかも知れないが、カルディア公にあまり慌てた様子はない。
「閣下、後1つお話がありまして。よろしいですか」
「何かな?」
浮かせた腰を戻したカルディア公に、キレル男爵邸での出来事を話す。
目的はザルドゥとドラッガーの処遇についてだ。
レクス自身が殺さないと決めた以上、正規に裁いてもらう他ない。
「なるほど、そのような背景があったのか……良いだろう。身柄を引き取って裁判に掛けるとしようか。だが刑は重いだろうな」
「ありがとうございます。承知の上です」
カインにはザルドゥたちの処遇を説明して納得させた。
このまま放っておいては、レクスが考え直して殺すだろうと考えたカインが取れる選択肢は1つだった。
レクスはようやく肩の荷が下りた気がした。
本来ならば確実に殺していただろうが、全てはカインの頼みとマールの制止故。
仲間が悲しむ顔は見たくない。
話は終わったとカルディア公が再度腰を浮かせようとしたので、レクスは最後にせっかくだからともう一声掛ける。
「あ、閣下。せっかくの機会なのでこれ召し上がってみてください。美味しいですよ。頭を使った後は糖分を補給しておくと良いですし」
「ん? ああ、君が態々言うほどだ。頂こうか」
レクスは立ち上がりかけたカルディア公に、手が付けられずにいた羊羹を進めてみた。
爪楊枝の使い方が分からなかったようだが、カルディア公は何とか口に運ぶ。
今までほとんど表情に変化のなかった顔が劇的に変わる。
「うまい! 甘い! なんだ……何なのだこれは……。レクス殿、これは一体……?」
蕩けるような緩みきった表情を見せるカルディア公に、レクスはしてやったりと笑いを浮かべた。
「砂糖たっぷりお茶のお供にぴったりな羊羹と言うお菓子です。赤豆を使ってます」
「これはご馳走になってしまったな。これは何処で?」
「私と侍女のシャルで作ってみました」
「自作したのかい!? 凄いな……しかも砂糖がたっぷりと……何と贅沢な逸品なんだ」
「いいなぁ、僕も食べたい」
滅多に見ることのできない顔を見れたのでレクスも満足だ。
隣ではホーリィも面白い物が見れたと言った表情でニヤニヤとしている。
物欲しげな目で食べたいアピールをしているテレジアはこの際無視しておく。
「これはまた頂きたいものだね。子供たちにも食べさせてやりたい。それにしても良い話し合いの機会だった。時間があればまた色々聞かせて欲しいね」
「またご用意しておきますよ。話が参考になったのなら幸いですし、またいらしてください。いや、こちらから伺いますよ」
カルディア公とクロノスが席を立って応接室から出ようと扉を開けたので、レクスたちも見送ろうと後を追う。玄関ホールで立ち止まったカルディア公が手招きをしたので、レクスは疑問に思いつつも近づくと小声で耳打ちされる。
「君には大いに期待している。貴族になってくれないかな? 領地は弾むよ?」
「ええッ!? 本気ですか?」
とんでもないことをいきなり聞かされて慌ててしまい、レクスの声が自然と大きくなった。
周囲の視線がレクスに集中する。
カルディア公は人差し指を立てて「しー」と言いながら不敵な笑みを浮かべているが、冗談はほどほどにして欲しいものだ。
「冗談ではないよ。君にはその素質がある。まぁ考えておいてくれたまえ」
「最後にとんでもない爆弾残していきやがった……貴族なんか超絶ブラックじゃねーか……勘弁してくれよなもう」
去りゆくカルディア公を見送ったレクスは茫然と呟くことしかできなかった。
次回、ゴブリンの国家、ロストス王国の動向は?
ありがとうございました。
また読みにいらしてください。
明日も12時の1回更新です。




