第33話 凶報
いつもお読み頂きありがとうございます。
本日は12時の1回更新です。
聖グローリア暦1329年5月3日、王城に衝撃が走った。
『王太子ロイナス、討ち死に!!』
超特大の凶報である。
グラエキア王国の大軍を率いてジャグラート王国へ遠征していた王太子ロイナスが討ち死にした。
享年33。
これはつまりカルナック王家の後継者が不在になったことを意味する。
圧倒的な戦力差があったのにもかかわらずこのような凶事が起こったのは、6公爵家の1つ――ファドラ公爵家が突如裏切ったためだ。
伝令によれば、ファドラ公の陣中に訪れていたロイナスが護衛兵諸共、奇襲を受けたと言うことであった。ロイナスを討ち取ったファドラ公は雷光騎士団を率いて王国軍を強襲し、これを撃破。
しかし異変に気付いたアドラン公とイグニス公の騎士団が逆襲したため雷光騎士団は壊滅に追い込まれた。
首魁たるファドラ公は逃亡し、目下のところ行方不明となっている。
これがグラエキア王国に伝わった情報の全てであった。
玉座の間で報告を聞いた国王ヘイヴォルは茫然自失となり、その場に崩れ落ちる。ちょうどその場に居合わせたカルディア公が支えるも、ヘイヴォルはぶつぶつと譫言のように呟いている。
「そんなことがあるはずがない。そんなことが……今のあれを殺せる者などそうはおらぬ……何故だ、な、ぜ……」
貴族諸侯や武官、文官に至るまで信じられないと言った表情をしており、増々混乱は加速してゆく。
騒々しさを増す中、カルディア公は必死にヘイヴォルに声を掛け続ける。
「陛下、まだ第1報です。お気を確かに! 神聖術の使い手もかなり同行しております! まだ亡くなったと決まった訳ではありません!」
計画を知っているカルディア公としては、流石に知らぬ振りをするしかない。
ジャグラート出兵前に4公爵に計画の中止を告げたが、やはり聞き入れるはずがないかと悔恨の念を強くする。
娘の難病ために動いてくれなかったカルナック王家を恨んでの計画。
レクスが入手した神の想い出のお陰で快癒したが、それはあくまで結果論に過ぎない。
あの時のカルディア公は完全に理性を失っていたのだ。
「宝珠を継いだ完全体なのだぞ……? まさか……そんな馬鹿な……」
猶も呟き続けるヘイヴォルの言葉を聞いて、カルディア公の顔色が変わる。
「(宝珠を継いだだと……? まさか既にロイナス王太子に宝珠を継承させていた!? となれば宝珠が失われる? それはマズい!)」
宿主が死ねば宝珠は体外へと排出されてしまう。
もしそのまま失われてしまえば、漆黒竜が復活した際に対抗できる大きな存在を失うことになる。ファドラ公以外の5使徒が合力すれば倒せないはずはないと思うが黄金竜アウラナーガの力は絶大だ。
もし他の公爵家の誰かの手に渡れば、将来の禍根となる可能性もある。
「この場にいる者たちに箝口令を敷く!! 此度のことは他言無用だ! 決して誰にも漏らすことは許さん!!」
カルディア公の大喝に玉座の間にいる者たちは全員口を噤んだ。
彼は更に命令を飛ばす。
ジャグラートの情勢を見極めるために直ちに正式な軍監を派遣することを申し付けた。ただ、カルディア公爵家子飼いの諜報部隊〈狼牙〉にも現地の動向は見張らせているが報告がなかったことが気になる。
他にも問題はある。
ファドラ公に罪を被せる計画なのだから、現在王都にいる公子ユベールと公女イシュタルの身が危ない。秘密裡にカルディア公の護衛が彼らについてはいるが、ここは一旦保護するべきだろう。
ロイナス死亡の報が漏れなければ問題はないが、他の公爵家が動くことも考える必要があるためもしもに備えなければならない。
ヘイヴォルが怒りのあまりに、ファドラ公の一族郎党を皆殺しにする可能性も否定できない。使徒の血脈が途絶えるのは避けなければならない。
「(ふッ……カルナック王家の血を絶えさせようとしていた私が言えた話ではないな……)」
カルディア公が自嘲気味に笑う。
「陛下、とにかく寝所に。陛下! まだファドラ公の謀叛だと決まった訳ではございません! 決して早まったことだけはなさいますな!」
「あ、ああ……」
ヘイヴォルは幽鬼のような状態で、承諾した返事なのか、単なる呻き声なのか判断がつかない。
とにかくヘイヴォルを寝所に押し込んで側近に監視させるしかないだろう。
カルディア公は側近たちに指示を出した後、自らの部下にファドラ公爵家の公子を保護するように伝えた。
「後は他国に漏れぬようにせねばな。一時的に公子たちを領都へ帰らせるか……? いやそれも不自然か」
今、できるのは計画が成功してしまった時のために考えておいた対応策を実行することだけだ。
ロイナスが死んだとなれば、必ず起こるのが後継者問題。
今のところはヘイヴォルの側室であるダイダロス公爵の公女ヴェリタスが生んだリーゼに継承権が回ってくる。
リーゼよりも年上の兄がいるが2人ともアウラナーガの血が弱いため後継候補には上がっていない。側室の子である次男のストルフォ・アウラ・カルナックと、正室の子である三男のフォロス・アウラ・カルナックだ。
心配なのは継室であり、ドレスデン連合王国から嫁いできたファルサ・アウラ・カルナックが現在懐妊していると言う点である。
誕生した子供が、例え血を色濃く受け継いでいたとしても、年齢的にはリーゼが順当なのだが、陰謀渦巻く貴族社会だ。
絶対はない。
懸念点は他にもある。
国王であるヘイヴォルの第1王女がヴァリス王国へ、第2王女がジオーニア王国へ嫁いでいる点だ。ただでさえややこしいところへ、外国勢力が口を挟んでくる可能性も考えられるのである。
カルディア公は、武官と文官たちに幾つかの指示を出した後、王城を後にした。
―――
貴族街の邸宅へ戻るとすぐに〈狼牙〉のイリアス隊長が出迎える。
カルディア公の帰りを待っていたらしく、直ぐに報告があると伝えてきた。
それを聞いたカルディア公は、戦闘執事のクロノスを呼んで個人用の執務室へ向かう。
羽織っていたマントをソファに放り投げると、執務用デスクの席に腰を降ろす。
目の前にはクロノスとイリアス。
「それでどうしたイリアス。何か重要な情報でも掴んだのかな?」
「は……先月の下旬頃なのですが、キレル男爵がガルダームと接触していたようです」
「キレル男爵と言えば、漆黒竜派のメンバーに名を連ねておりましたな」
クロノスはカルディア公の代理で漆黒竜派を纏めていたため、メンバーには心当たりがあった。密談は仮面を付けて行われていたが、そのようなものなど見る者が視れば簡単に見破られる。
「そうだな。だがガルダームが? 直接? やはり動き回っているようだな……あいつは速やかに殺さねばならん。それで何があった?」
「キレル男爵の邸宅で漆黒司祭との戦闘があったようで、双方に争った形跡が見られました」
「何? 争っただって? あの男は男爵ながら中々のやり手だぞ? 自分の屋敷でガルダームたちと戦り合うとは思えぬが……」
カルディア公の認識では抜かりがなく決して危険を冒さない、慎重な男だ。
しかも第3位階魔法まで使いこなす強者でもある。
現時点で彼がガルダームと対立することに利はないはず。
「それが調査の結果、判明したのですが双方の者たちを倒したのは、例の少年のようなのです」
「例の……レクス・ガルヴィッシュ殿か?」
「は……。従僕が一部始終を見ていたようです」
レクスのことは調査しており、現在も〈狼牙〉が張り付いている。
他にも複数の勢力が監視しているようで、キレル男爵もその内の1人だったはずである。
確かマールと言う少女だったはずだが……。
「レクス殿はガルダームに手傷を負わせ撤退に追い込んだようです」
「何ッ!? あの男に手傷を負わせただって!?」
ガルダームの化物染みた強さ――特に防御結界と漆黒術――を知っているカルディア公からすれば一介の中学生に出来る芸当ではない。今までの調査報告を聞けば聞くほど、レクスからは底知れないナニカを感じさせられる。
「これは早急にレクス殿に会った方が良いな」
「閣下、おおっびらに動くといらぬ誤解を招きますぞ。それに他の監視者も接触で動き出すかも知れません」
クロノスが主を思って敢えて危険性を口にするが、カルディア公には漠然とだがレクスには何か秘密があると考えていた。
彼の強さは〈義國旅団〉、〈血盟旅団〉討伐戦でも際立っていたし、何をするにしても何か特定の考えに基づいた行動が多いように思われるのだ。特に、スラム街にギルドハウスを作ったと聞かされた時には、レクスが何をする気なのか全く理解できなかったものだ。
「構わない。彼の強さ……いや、それよりも考えを直接聞きたい。この国の行く末にも絡んでくるだろう。彼のギルドハウスを訪ねる。クロノスも来るんだ。イリアスはすぐに書状を渡して約束を取り付けろ。面会日に動員をかけて他の諜報員を牽制するんだ」
「御意にございます」
「全力で事に当たりましょう」
2人の返事を聞かずにカルディア公はすぐさま、レクスに渡す書状を書くべくペンを走らせた。
次回、衝撃は更なる広がりを見せ……
ありがとうございました。
また読みにいらしてください。
明日も12時の1回更新です。




