第32話 人間と亜人
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キレル男爵の邸宅から逃げ出した後、レクスはギルドハウスの敷地内にはる離れに亜人たちを放り込んでおいた。
【眠神降臨】の効力によって死んだかのように眠るカインとザルドゥ、ドラッガーであったが、徐々に目を覚まし始める。全員が覚醒したところで、レクスはホーリィとマールを連れて離れへと足を運んだ。
レクスが離れに入るなり、忌々しげに睨んでくる者が2人。
その視線からは悔しさが感じられる。
背後の亜神に驚かない辺り、彼らはホーリィのことは知らないのかも知れない。
「よぉ、ザルドゥ、ドラッガー。遅いお目覚めのようだが、たっぷり眠れたようで何よりだ」
レクスの皮肉にも特に動ずることなく、ザルドゥたちはただただ睨みつけるのみ。
話にならないなと思いつつも、キレル男爵やガルダームの情報があれば聞き出したいのがレクスの本音である。
正直、殺すつもりでくるなら殺される覚悟を持つべきなのだ。
そう考えているレクスはザルドゥとドラッガーはここで殺しておくべきだろうと判断していた。
何故ならば、生かしておけば必ずや将来の禍根となり、読めないピースとなる。
何より、家族や身内にまで累が及ぶのは目に見えている。
「だんまりかよ。まぁいいけどな。で、質問なんだがどうして俺を攫った?」
「金を稼ぐために決まってるだろ。オレたちゃ探求者なんだからな」
「……」
レクスは誰もが思いつくであろう質問を最初に尋ねたが、返事は単純明快。
ドラッガーはいつも通りのだんまりだ。
「そうか。それは残念だった。俺もあんたらを信用し過ぎていたようだ」
大きなため息が吐いてでるが、ある程度は想像していた通りなので特に問題はない。今までカインと共に育ってきたこともあってか亜人種にはネガティブな感情はなかったのに残念には思う。
「では次の質問だ。キレル男爵やガルダームに関して知っていることを全て話せ。言わなければ殺す。嘘を言っても殺す。誤魔化そ――」
「レクスッ! すまなかった! 俺は依頼の内容なんて知らなかったんだ。きっとザルドゥさんたちも騙されてやってしまったんだ! どうか許してくれないか!?」
言葉の途中で割り込んでくるカインだが、あのカフェでの不自然な態度、戦闘中の言動から考えれば自らの意思で行ったのは疑い様のない事実。
不安の芽は摘んでおくに限る。
「カインは黙ってろよ。俺はこいつらに聞いてんだ」
「……!!」
レクスのあまりにも冷たい声色に、カインは絶句して閉口してしまった。
「ガルダームとか言うヤツのことは知らねぇ……キレル男爵は上客だった。大金と人間の誘拐を天秤に掛けた場合どっちに傾くかなんて決まってるだろ」
「お前も所詮は、そこらの人間嫌いの亜人か……と言うか依頼人も人間だけど、金には尻尾を振るんだな」
「どうとでも言ったらいいさ。探求者ってのはそう言うもんだ。利用したり利用されたりの関係なのさ」
「ほーん。ってこたーお前らに掛ける慈悲はないな」
開き直ったかのように話し始めるザルドゥだが、レクスはそうは思わない。
いや正確に言えば、そう言う側面があるのは否定しないが、物欲で損切りするのは違う。レクスは少し遠い目になって昔カインが人間と亜人は相容れるのか?と言っていたことを思い出していた。
結局のところ、根本的な問題はそこじゃないのかと思う。
「はッ……何をバカな! ガキに人殺しができるものかよ」
「馬鹿はお前だよ、ザルドゥ。俺がキレル男爵邸で何人殺したのか理解しているのか?」
ようやく思い出したのか、脳が記憶を消したかっただけなのか、ザルドゥの顔がハッとした表情に変わる。
「殺すなら殺すがいいだろう。俺たちはそれだけのことをやった」
「レクスッ! 頼む! 俺が2人を説得して2度とこんなことが起こらないようにする!」
ドラッガーは既に覚悟を決めているようだが、カインは諦め切れないようで必死に懇願する。王都へ来て仲良くなった最初の知り合いなのだから、レクスとしても気持ちは分からんでもない。
だが――
「無理だな。俺は人間と亜人は上手く付き合って行けると思っている。だが現在に至っても尚、両者に確執があるのは何故か考えたことはあるか?」
レクスは心を射抜くような目でカインを見据えると先を続ける。
「亜人は人間だけのせいにしたがるようだが、こいつらみたいな奴が暴発するせいで両者の間に亀裂が入るんだよ。結局、金程度で関係が壊れても構わないと考えているのなら世界はずっと変わらないだろうな」
カインは何か言いたげにして、拳を固く握りしめているが言葉が出て来ない。
「一部の馬鹿が全てを壊す。それが真理だ」
考えるだけで怒りが湧いてきて語気が荒くなりそうなレクスだが、何とか堪えて淡々と言葉を続けるのみ。
「人間が亜人社会に入るなら、彼らの文化や思想を尊重して言動に気をつけなければならない。そしてその逆もまた然りだ。一方通行では駄目なんだよ」
レクスから滲み出る覇気にカインも耐えられないのか、図星を突かれて言い返せない自分が情けないのか、思わず視線を外した。
「大体、人間同士でさえ駄目なんだ。郷に入っては郷に従えない奴が多過ぎなんだよ」
「あッ……思い出したぞ! レクス殿、キレル男爵は確か……漆黒……そうだ、漆黒なる者を探していたはずだ!」
レクスの話を聞いて茫然とするカインから視線を逸らすと、今更ザルドゥが醜くも足掻き始めた。
レクスの気迫が伝わって理解したのだろう。
彼が本気であると。
「漆黒なる者? ガルダームが漆黒竜の憑代を探してんのは知ってんだよ。そんな情報に価値はない」
「いや、いや違う! 違うんだッ……確か漆黒神が何とか言ってたはずだッ!!」
「漆黒神か……」
漆黒神を復活させようと目論む誰かが蠢いていると言うことだろう。
ゲームでは復活はしないが、その眷族でもある漆黒天使はボスとして現れる。
呼び出すのはアングレス教会の神殿騎士団のはずだが、それ以外にも動いている者がいる可能性がある。
「そうか、まぁ想定の範囲内だな。と言う訳でサヨナラだ」
レクスが冷酷に死の宣告をすると、ザルドゥは狂ったように暴れ出した。
「約束が違うッ!! 人間は嘘つきばかりだッ!! お前がぁぁぁお前がぁぁぁ!! クソッタレ! なんでオレがぁぁぁ!! 死ねぇ!!」
「おい。ザルドゥ、自業自得なんだ。獣人としての誇りはないのか」
一方のドラッガーの方は潔く最期の刻を受け入れている様子だ。
「約束なんかしてないんだがな。安心しろ。苦痛のないように殺してやる」
レクスとしても長く知り合いとして付き合ってきた者を殺すのは忍びない。
これまでの態度が全て偽りだったのかと考えてしまうと、心に痛みが走るのが分かるのだ。しかしここで見逃せば逆恨みしたザルドゥは間違いなく暴発する。
仮にもゴールド級探求者。
スターナ村の皆、学園の皆が襲われる可能性があると考えると、落ち着いてなどいられようか。襲われない確率が0%でない以上、レクスはここで自分が手を汚すしかないと決意する。
「レクスッ! 考え直してくれ! 頼む!」
レクスはチラリとカインと沈黙を貫いていたマールに目をやる。
カインは必死に頼みこんでおり、その行動は真に迫っている。
マールは意外にも覚悟を決めたような表情でレクスをじっと見つめている。
それは批難している視線ではない。
一瞬、マールにどうすべきか聞いてみようかと言う思いが心に湧きあがってくるが、それは逃げと言うものだ。
今回の件で苦しんでいた彼女に更なる厳しい選択を委ねるのは違うし、そもそも彼女はザルドゥたちとは関係がない。
カインに恨まれようとも殺るべきなのだ。
例えそれが私刑であろうとも。
大事な者に危機が迫ってからでは遅い。
それがレクスの出した結論――
「じゃあな、ザルドゥ、ドラッガー。地獄で会おうぜ」
虚空に魔法陣が描写される――その刻。
「止めて!」
レクスが太古の言語を発動する直前でそれを止めたは、マールであった。
驚いて腕にすがりついた彼女を見ると、首を横に振りながらレクスに告げる。
「やっぱりダメだよ。レクスくんが犠牲になっちゃう。レクスくんは私を助けてくれた。レクスくんはいつも他人のために力を使ってる。そんな人たちは王国に突き出して刑を受けさせるべきだよ!」
じっと目を見つめてくるマールからレクスも目が離せなかった。
しばしの刻そうしていると、ふっとレクスの体から力が抜けた。
「そうか。そうか……」
結局、レクスは2人を殺すことはできなかった。
これが最善だったのかレクスには分からない。
消さないとなるとどうすれば良いのか、他に良い手はないかと考え始めるが、今は何故か頭が働かなかった。
ああ面倒だ。
後で考えることにしたレクスは縛られているザルドゥたちを放置してギルドハウスへ戻った。
次回、王国上層部に衝撃が走る!
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