第27話 マールの想い
胸糞だったらごめんなさい。
いつもお読み頂きありがとうございます。
本日は12時の1回更新です。
私の名前はマール。
生まれはキレル男爵領にあるボスケテ村。
現在の私は、グラエキア王国の王都グランネリアの王立学園中等部統合科の1年生をやっている。職業は何処にでもいるような単なる付与術士だが、どうやら私の技能は凄いらしい。
そのせいでと言うか、そのお陰と言うか、まぁそれが理由で私は今ここにいる。
私が受けた命令はレクス・ガルヴィッシュと言う男の子を監視して、その本質を確かめろと言うもの。
監視は理解できるけど、本質を確かめるって何?
私は最初に聞いた時、率直にそう思ったのを覚えている。
でも彼に近づくのは危険だった。
諜報員として鍛えられた私でも、彼には迂闊に近づけなかった。
普通の少年に見えるのに、彼はいつも周囲を警戒して何かを発しているのだけは分かった。それに触れれば、私の正体なんてすぐにバレてしまうほどヤバい相手。
仕方なく私はレクス君の幼馴染らしいミレアと言う少女と友達になって、そこから彼を攻略していくことにした。彼女がいたのは本当に幸運だったとしか言えない。
緩い雰囲気と全ての空気を破壊するミレアちゃんのお陰で、近くにいても私と言う異質な存在を薄めることができたと言っても過言ではない。念のため天然でお馬鹿な娘のように振る舞ったことも意味があったかも知れないけど。
目の前で見た彼はごくごく普通の少年だった。
それが見た目だけなのは先に言った通りだけど、私の技能【万眼万視】で彼を視た時、その体に戦慄が走ったのは今でも忘れることができない。
『本質を確かめろ』――その意味がようやく理解できた気がした。
レクス君は異物なのだ。
体内にはとてつもなく大きな黒い力が眠っているが、このような力を感じ取ったことは今まで1度もない。
強大な漆黒の力――これが彼の本質?
彼の存在自体が、この世界の理から外れていると私の技能が教えてくれる。
私の技能は【万眼万視】は存在の全てを視通す神の目とも言えるレアものらしい。単純な情報だけでなく、対象の精神性など曖昧なことでも分かってしまうため、レクス君を丸裸にできた。
当然、彼のステータスも視ることができる。
私の技能は万能の力を持っているけれど、使用するにはかなりの集中力を必要とする。なので、彼が購入したと言うギルドハウスにミレアちゃんの友達権限で侵入することができたのは大きかった。
そしてレクス君が油断して炬燵で寝ているところを狙って私は技能を使用したのだ。
そこでようやく最初に技能が教えてくれた世界の理から外れた存在と言う意味が理解できた気がした。
称号にあった文字――転生者。
意味が分からなかった。
転生者?
転生者とは?
技能でも読み解くことができない辺り、何らかの力が働いているのだろう。
私は恐らく世界の異物であると言うくらいしか言葉の意味が理解できなかったが、キレル男爵に報告したところ彼にはよく分かったようで興奮気味に笑っていたのが印象的だった。今でもあの歪んだ狂気の笑みを忘れることなどできない。
そして驚いたのは位階だ。
信じられないほどの高位階。
原初の使徒様が位階99だと伝えられてることは知っているが、それを考慮に入れても十分高いと私は思った。
そんな彼がただの人間であるはずがない。
ここからは驚きの連続だった。
職業は1人につき1つ修めるのがやっとであり、職業熟練ともなれば偉人と讃えられるレベルだと言う話。
それがどうだ。
職業熟練の職業こそなかったが、彼が職業変更できる職業の数は32。
有り得ない。有り得ない。有り得ない。有り得ない。有り得ない。
ただの暗黒導士じゃなかったの?
そして各職業の熟練度も軒並み高レベルばかり。
習得している能力の多さは最早数えきれないほど。
更に技能の数が10。
最初に授かるのは1つだけで、天才や偉人と呼ばれる者でも3~5個くらいらしい。
怖いのはこれは私が視た時点での情報だと言うこと。
現時点でもっと凄い状態になっていたとしても私は驚かないだろう。
私は調べ上げたこれらの事実を、漏らさずにキレル男爵に報告した。
本当はこんなことなんてしたくない。
ミレアちゃんはお馬鹿なところも多いけれど良い友達になれたと思っているし、当のレクス君もとても良い人でとても同い年とは思えないほど知的で優しくて信念を持った人だと実感させられた。討伐隊に選抜されて〈義國旅団〉と〈血盟旅団〉を壊滅させた立役者の1人だと言う。
何より私を輪の中に入れてくれたことは感謝してもしきれない。
本来、裏切り者の私がいても良い場所ではない。
それもこれもキレル男爵に脅されているせい。
あいつは領内で見初めた女性に関係を迫っているらしい。
事は全て秘密裡に行われていて知っているのは当事者の女性のみ。
私もまだあまり詳しくないからよくは分からないんだけど、既に結婚している人の奥さんを奪ったり、新婚夫婦に難癖を付けて領主の権利と言うものを行使しているって話。
お母さんもその権利を使われたみたいで、それで生まれたのが私と言うこと。
そう。私にはおぞましい穢れたあの男――キレル男爵の血が流れているのだ。
しかも私のお父さんはそのことを知らない。
バラしたら私の身がどうなるか分からないと脅されているからお母さんは本当のことを言えずにいる。こんな汚い私の命のために、口を閉ざして未だに好いようにされているお母さん。本当なら愛するお父さんとの子供じゃない私のことなんて見捨ててもいいはずなのに。
産まれたのが男なら近衛騎士に、女なら各地を歩き渡る諜報員にさせられる。
幼い頃から徹底的に洗脳染みた教育が施されるので、彼らの男爵に対する忠誠心は確固たるもので揺るぎがない。
私が洗脳されていないのは早い段階で教えられたのと自身の技能のお陰なのだ。
諜報員の少女は女の武器も使って情報を得る必要がある。
だから彼女たちは皆、男爵に手籠めにされる。
私も直に寝所に呼ばれると思う。
全部、お母さんが教えてくれたことだ。
そんな鬼畜外道でも王国内では忠臣とされているらしい。
領内は魔導具産業で得た資金で潤っているため税が安く暮らしやすい。
聖ガルディア市国からの盾の1人として騎士団の他に常備兵団を作り、国境を護っている。ちなみにその常備兵団には婚約や結婚してすぐ飛ばされる男性が多いらしく、その間に旦那さんは奥さんの身に何が起きているのか知る術もない。
私のお父さんも現在、そこに配属されている。
内政に軍事に結果を出しているのだから、それはそれは評価も高いだろうし、キレル男爵は外面も外聞も良いし立ち回りも上手いようで、領内で彼のことを悪く言う人に会ったことはない。
助けて欲しい。
この身動きが取れなくなってしまった魂の牢獄から。
そして尊い生命をまるで工場のように作り出す行為を止めさせて欲しい。
まさに赤ちゃん工房と言ってもいいと私は思っている。
もちろんそこで生み出された私と言う物は、ただの道具であり、そこには生命も意思も何も存在しないのだ。
皆、騙してごめんなさい。
レクス君、ごめんなさい。
勝手なお願いで申し訳ないけれど、できるならこんな私を止めて欲しい。
例え私を殺してでも。
マールは日本の戦国時代で言う歩き巫女みたいな感じです。
まだキレル男爵の毒牙には掛かっていません。
キレル男爵の領主の権利とは所謂、初夜権と同じ物です。
次回、レクスを攫ったザルドゥとドラッガーであったが……。
ありがとうございました。
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明日も12時の1回更新です。




