第26話 不覚?のレクス
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レクスはこの平穏なる日常を噛みしめていた。
季節は春――まだ4月の上旬だ。
暖かい日差しの中でレクスは退屈な授業を聞き流しながらマールのことを考えていた。
レクスを調べている者など腐るほど存在している。
だが果たしてマールはその何処に所属しているのか?と言うのが問題だ。
そして彼女が自分の意志でレクスを監視しているのかも疑問点であった。
レクスにはどうにもマールから敵意を感じられないのだ。
余程の腕を持つ諜報員なのかとも考えたが、そんな気配もしないし、何よりシャルに看過されるほどである。
「背後に誰がいるのかだよなぁ……」
レクスとしては流石に現時点でアングレス教会とガチる状況は作りたくない。
素直にカルディア公の庇護に入れば問題ないのだろうが、せっかく作った貸しは大事な局面で活かしたいと考えていた。
相手がケルミナス元伯爵ならば返り討ちにすれば良いだろうが。
「いや、ケルミナスは襲撃されて生き残った。誰かの庇護下に入ったと考えた方がいいのか……?」
レクスは考え直した方がよいことに気付く。
ここから激動の歴史が紡がれる以上、もっと慎重になるべきだろう。
そんなことを考えていたらあっさりと授業が終了し放課後となった。
第三騎士団が未だ辺境から戻らないため、レイリアとの稽古はできていないレクスはギルドハウスでセリアと模擬戦を繰り返している状況だ。
統合科1年には騎士系の知り合いが少ないため、逸材を探すのも良いかも知れない。後は主人公の1人であるアキレスほどの腕なら問題はないと思うのだが。
最近はカインは探求者ギルドに入り浸っているし、ミレアは心地良い暖かさの中、寝てばかりいるか、マールとお喋りしている。ホーリィも何処か退屈そうだが、ヤンたちの相手をしてあげていることが増えた気がする。
レクスはさっさとギルドハウスに帰ろうかとも考えたが、もう1度アキレスを探してみようかなと考え直して探求者ギルドへと足を向けた。
最近は討伐戦続きだったので探求者ギルドの依頼など全くこなしていない状況で、ギルドハウスに舞い込んだ情報も整理できていないので何とか時間を捻出しなければならない。
意外と多忙なレクスであったが人ごみの中、ギルドへ向かう道すがら見知った顔と出会うこととなった。
獅子族の半獣人のザルドゥと龍人族のドラッガーである。
「いよう、レクス殿じゃないか」
右手を軽く上げて手を振るザルドゥに近づいたレクスは久しぶりにあった彼らに対して丁寧に挨拶を返す。
「ギルドにでも行くのか?」
「あ、はい。アキレスでも探そうかと思って」
レクスの出した名前に首を傾げると、少し考えてからザルドゥが思い出したかのように答える。
「ああ、あいつか。怒涛の勢いで依頼受けてるらしいぜ。あの坊主」
「なんだ。まだ会えていないのか……? つくづく縁がないのだな」
どうやら2人は既に会っているようだが、レクスとしてはどのような印象を受けたのか聞いておきたいところだ。
もしかするとアキレスルートに入る可能性が出てきたのだから。
「えー、お2人とも会いました?」
「会ったぜ。まだまだガキだな」
「忙しない奴だった……」
子供と言う印象しかないのかと失望しつつもレクスは素直に質問してみようと口を開きかけるが、先に話を切り出してきたのはザルドゥの方であった。
「ま、その辺りの話を聞きたくてな。これから茶でもシバかないか?」
「え、俺も聞きたいと思ってたんですよ。アキレスの情報」
「では行くか……適当なところで良いだろう」
ドラッガーも乗り気なようで、あまり興味がないように思っていただけにレクスとしては少し意外に感じた。
ザルドゥが先頭となって歩き出したので、取り敢えずついて行くレクス。
大通りから外れて裏路地に入っていくが、何処か既視感。
なんだったかなと考えていたらすぐに思い出すことができた。
はい。バウアーたちをボコった件でした。
あの時も裏路地の寂れたカフェに連れていかれたんだったなぁと懐かしさが込み上げてくる。
「着いたぜ。オレたちがよく屯している場所だ」
中に入ると確かにいるのは亜人ばかりだ。
レクスが入った瞬間、あちこちから粘りつくような視線が飛んでくるのを感じる。
「(こんなものか。日本の中の外国人コミュニティもこんな感じだからな。彼らは日本で権利を主張するけど馴染もうとはしないからな……)」
「亜人種ばかりで居心地が悪いかも知れんが気にせんことだ」
まるでレクスの思考を読み取ったかのような発言をするドラッガー。
レクスが覚えたのは微かな違和感。
「おーい。マスターいつもの頼むぜ。この子はまだ酒はなしでな。とびっきりの奴を一杯だ。レクス殿、ここはオレに奢らせてくれ」
「あ、はい。すみません。ありがとうございます」
レクスとしては驕られる理由などないのだが、特に断るのもなかったのでお言葉に甘えることにした。
人間関係を円滑に進めるためには、潔癖すぎるのもよくないのである。
「それでアキレスの件ですが、今、彼はどうしてます? どんな印象を受けましたか?」
単刀直入に聞いたつもりのレクスであったが、返ってきたのは困った顔と口ごもった内容。
「どうしてますと言われてもな。さっきも言ったが依頼を受けて意欲的にこなしてるみたいだが……。それに印象つってもなぁ……。ガキのくせに強いと思わせられる時がある……ヤツは売られた喧嘩は片っ端から買ってたからな」
「確かにあの殺気は凄まじいものがあったな。人間とは思えん」
身体能力が高い亜人種にして、そこまで言わしめるとはアキレスも大した者である。
「なるほど。依頼こなしに忙しくて中々会えなかった訳か……流石のサマルトリアもびっくりだな」
「ん? さまる……? 何だ?」
小声で呟いた言葉に喰いついて来られたので、首を横に振って何でもないと言っておく。半獣人だけあって聴覚も優れているようだ。
「アキレスがギルドに来る時間帯って分かります? やはり早朝ですかね?」
「あー確かに依頼を確認しに来るのは早いかもな。それにしてもどうしてあそこまで依頼をやろうとするのかねぇ……」
「ただ昇級したいだけじゃないのか?」
レクスの印象ではそんな感じはしなかったが、それはあくまでゲームでの話なので解釈違いがあるかも知れない。
徹底解説ガイドには戦いに飢えている、とか古代人の血が騒ぐとか色々なことが書かれていた気がするが、やはり実際に会って確かめたいところだ。
アキレスは使徒レベルでも普通に戦えるだけの力を持つ古代人の末裔なのだ。
古代人は神をも殺すと設定されていたから強いのも頷ける話だ。
「お、きたきた。これが美味いんだよ。ただの果実水じゃないぜ」
アキレスのことを思い出そうと黙考していたレクスは、目の前にドリンクが置かれたことで現実に引き戻される。
「変わった色ですね。血のように赤い……」
「ああ、『ヴァンパイア・レッド』って言うカクテルの果実水バージョンだからな」
レクスはちらりと視線だけで2人を窺った。
ザルドゥはいつも通りのにこやかな顔だが、ドラッガーがやたらとレクスを凝視している。ここまで来たら飲まない選択肢はないので、レクスは覚悟を決めると対策を施してからドリンクを呷った。
「おおー! いい飲みっぷりだな。流石はレクス殿だぜ」
途端にレクスの視界がボヤける。
平衡感覚がなくなり、座っているのにふらつくような感覚。
「どうだ? 末期の一杯は美味かっただろう」
ドラッガーの言葉を聞いた直後、レクスの意識は消失した。
次回、マールの独白。
ありがとうございました。
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