第20話 オーガスティン廃砦の戦い
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ここ数日の間、相変わらず雨が降りしきっており一向に止む気配はない。
そんな中、ガイネル隊はようやくダビドたち残党が逃げ込んだ廃砦を発見していた。
かなり古びた砦であちこちが崩れて風化してしまっている。
かつての防壁なのかこちらも崩れている箇所が多いが、そこにガイネルたちは身を潜めていた。ガイネルからは砦に出入りする残党の姿が確認できるが、おそらく砦内からも外の様子は丸見えだろう。
既に他の部隊にも援軍依頼を掛けたが、待っている余裕はないかも知れない。
速く動かなければ、怪我を負って捕らわれている仲間が死ぬ可能性だって考えられる。しかし下手に動けば残党に人質を盾にされて戦えなくなってしまうだろう。
この決断を下すには15歳のガイネルにはまだ早かった。
まだ貴族士官学院に通う前の中等部生。
彼に最良に結果を求める方が酷だと言うものだ。
「クソ……僕はどうしたらいいんだ……攻め込めば人質が……奇襲しかないか……? 動かなければ状況は悪くなる一方だ」
ガイネルはそう呟きながら悪態をつく。
残党だけであれば時間を掛けてじわじわと締め上げていけばよい話なのだが、問題は貴族子女、そして何よりシグニューの存在だ。
隣で胡坐をかいているシグムントは激しい貧乏ゆすりをしており、落ち着きがないがそれも無理もない話だ。
「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる……」
こんな時にレクスがいてくれたら。
彼ならきっと困難な状況を打破する力を持っている。
そんなことを考えてしまうガイネルだったが、レクスはこの場にはいない。
連絡は行っているとは思うが、到着するには時間が掛かり過ぎるだろう。
ガイネルは決断を下す。
「よし……やはり奇襲だ。今夜決行しよう」
包囲網を敷いている部隊の仲間に連絡と決行時間を伝達したガイネルは、仲間に見張りを任せると夜まで体を休めるべく目を閉じた。
とにかく迅速に制圧しなければならない。
人質が1人でも死ねば敗北と言う厳しい勝利条件。
よしかかっている防壁は冷たく、ガイネルの体温を奪っていく。
そうなのだ。仲間たちの体力面も考慮しなければならない。
夜襲は確定事項であり、必勝を期す。
これが今できる最善のことだと自分に言い聞かせ、ガイネルは瞑目した。
◆ ◆ ◆
「ガイネル様! ガイネル様!」
何処からか声が聞こえる。
誰かに声を掛けられているようだ。
沈んでいた意識が浮上するようにガイネルは覚醒した。
「……!!」
「良かった……目が覚めましたか……」
目の前にあったのは年下の貴族子息のホッとした顔であった。
今夜に奇襲を掛けることは通達済みなので、今ガイネルを起こす意味となると。
「何があった?」
「あれを見てください。西から騎士団が参ります」
貴族子息は騎士団を見て援軍がきてくれたと喜んでいるようで表情は明るい。
一方のガイネルは整然と行軍してくる騎士団が掲げる軍旗を見て目を疑った。
「あれは……天龍騎士団……?」
〈血盟旅団〉の残党に奇襲を受けたことはまだ報告していない。
何としても自分の手で解決したいとガイネルが考えていたからだ。
それに嫌な予感を覚えたせいでもある。
時間はまだ夕刻。
夜襲をかける予定であったため、動くに動けない状況。
そもそも兄であるコルネウスはどうやって人質を取り戻すつもりなのかと、ガイネルの脳裏に疑問が浮かぶ。
「いや、兄上は人質のことなんて知らないはず……このまま強襲を掛けるつもりか!?」
流石にそれだけは避けなければならない。
ずっと共に戦ってきた仲間であり、同年代の貴族子女なのだ。
「ここからでは遠い。あの天龍騎士団にはコルネウス兄様がいるはずだ。すぐに渡りをつけてくれ」
連絡内容を詳しく伝えて伝令を走らせるガイネル。
焦燥感が胸に押し寄せてきて、今にも張り裂けそうだ。
「何事もなければ良いんだが……」
ガイネルの表情と心が晴れることはない。
◆ ◆ ◆
「ふん……所詮は妾の子か。部隊には貴族の子女もいたと言うのに何たる失態だ」
王都への帰還の途上で、ガイネル隊は〈血盟旅団〉の残党に急襲されて壊滅的打撃を被った。それだけではなく、多くの人質まで取られたと聞いた時はコルネウスは耳を疑った。
そしてその最期の足掻きを続ける者たちは今、眼下の廃砦にいる。
コルネウスの顔は冷酷に見えるほど冷め切っていた。
「ガストン。よくぞ知らせてくれた。この失態は俺が何とかしよう。貴君も大いに働くがよかろう」
「はッ! 私も閣下の指揮の下で励むつもりです」
隣にはガイネル隊から抜け出していたガストンが控えていた。
当然、報告したのは彼であるのは言うまでもないだろう。
その考えの根底にあるのは、あくまで勝ち馬に乗ると言うことだけ。
お家再興のためには手段は選ばないのがガストンだ。
「全員配置につきました」
「よし。直ちに総攻撃を掛ける。相手はテロリストだ。容赦なく殲滅しろ!」
無慈悲にもコルネウスの命令が下された。
それを合図に騎士団が一斉に動き出し廃砦へと侵入しようと試みる。
その動きは統率されていて一切の無駄がない。
流石に精鋭と言われることだけはある。
ガストンも手柄を立てるべく動き出したその時、戦場に大音声が響き渡った。
もちろんガイネルである。
「待った! 止めるんだッ! 中には人質がいるんだッ!!」
「シグニューがいるんだ! 止めさせてくれッ!!」
それに続いてシグムントの悲鳴のような声も聞こえてくる。
だが現実は非情であった。
「構わん。やれ!」
コルネウスの号令一下、騎士たちは一気に突入を果たした。
ガストンも負けじと敵を斬り伏せている。
多勢に無勢。
圧迫されてダビドたち数名が廃砦に押し込まれる。
まさか問答無用で攻め込まれるとは思ってもみなかったのが丸分かりの表情をしている。
だがその傍らにはシグニューと数名の貴族子女が捕らえられたままだ。
必死の抵抗を試みているものの、とても逃げ出せそうにない。
「お、おい! 貴様ら、このガキ共がどうなってもいいのか!」
ダビドは震えた声で怒鳴り散らすが、虚勢を張っているが見え見えだ。
「貴様らのようなテロリストと交渉の余地はない。根斬りだ。殺れ!」
一切表情を変えないコルネウスの冷徹な指示が飛び、この場にいる大勢の顔色が変わる。
敵だけでなく味方もだ。
「シグニュー! クソッ……待てッ!」
シグムントの焦りの表情は、今や鬼気迫るものに変わっていた。
妹であるシグニューを助けるべく一直線にダビドたちの元へ駆ける。
「兄上ッ!! 止めさせてくださいッ!!」
悲痛な叫びを上げるガイネル。
「クソックソックソッ!! こうなればただでは死なんぞ! 全員道連れだッ!!」
ダビドはヤケクソになってシグニューを引きずりながら廃砦の一室へ向かっている。大将首を取るべくガストンの室内に侵入してダビドたちへと近づく。
これで終り。
ガストンの顔から笑みが零れる。
「シグニューだったか? お前ら兄妹はまぁ、よく足掻いた方かも知れんな」
「……私にはもう大切な物は兄さん以外にありませんでしたから……覚悟なんてものはとっくの昔に決まっているんです。それに例え私が死んでも兄さんがいれば私はその中で生き続けられる」
何のことはないただの最期の言葉。
平民の世迷い事。
だが彼女の声色は驚くほど落ち着いている。
それが何故かガストンの中に残っていた言葉を思い起こさせた。
『そうだな。少しだけ言っておこうか。お前の言動はこの国の行く末を決めることになるだろう。大切な者を失った者に怖い物はない。少しでも決断に迷った時は今、お前が抱いているものを良く吟味して判断するんだな』
ガストンの心に訪れる僅かな逡巡――レクスの言葉。
「クソックソッ近寄るなッ……早く付きやがれッ!! ええい! 貴様らぁ! 人質がどうなってもいいのか!!」
部屋の中にシグムントが飛び込んでくるのが彼の目に映る。
まさに修羅の如き表情。
サクッ
シグニューの小さな胸にガストンの剣が突き立てられた。
口からゴボッと吐血すると、静かに彼女の目が閉じられていく。
死に直面したシグムントから怒りと悲しみに満ちた叫び声が漏れる。
「シ、シグニュー……!? ガストン! 貴様ァァァァァ!!」
「なッ……貴様らには人の心がないのかぁぁぁ!!」
「お前が言うな」
人質をあっさりと手に賭けたガストンを見て驚愕のあまり叫ぶ旅団員。
ガストンはその首を斬り落とすが、何故かやたらと自分の行動が正しかったのか気になった。
「(あれは確かレクスが言っていた……これで良かったのか……? いや、少なくともオレは良く考えて行動した訳ではないのか……)」
その場に倒れ込むシグニューを支えたシグムントは必死に魂なき器に声を掛け続けている。既に顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。
瞬間――
爆音が周囲に鳴り響きオーガスティン廃砦は大爆発を起こした。
◆ ◆ ◆
「自爆して果てたか。熱と崩落が治まったら直ちに検分と騎士の救助に移る。それまで待機だ。光魔導士は準備しておけ」
コルネウスはそう指示を出すと後方の陣地へと去って行った。
ガイネルはシグムントがシグニューを助けるために廃砦に飛び込んで行ったのを目撃していた。
あの爆発では助かってなどいないだろう。
それにガストンも何故かコルネウスと共にいて騎士たちと廃砦に侵入して行ったはずだ。シグムントの怨嗟の声もしっかりと聞こえた。
「全員……全員が死んでしまったのか……」
膝から崩れ落ち大地に這いつくばると、人目も憚らずガイネルは大声で泣いた。
イヴェール伯爵家の者としての体面も恥も外聞も捨てて。
『何故?』――その言葉ばかりが脳内で反芻される。
これが貴族と言う生き物か。
シグニューを殺したのはガストンなのか。
シグムントはどんな想いを残して死んでいったのか。
ガイネルの胸に去来したのは無念と無情と理不尽であった。
「僕はいつまでも無力なままなのか……? 分からない。レクスに聞けば何かを得ることができるだろうか……?」
周囲に無様な姿を晒しながら、ガイネルの自問自答はいつまでも続いた。
次回、レクスが抱く悔恨。
ありがとうございました。
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