第19話 ガイネル隊、急襲
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パスカルは死に〈血盟旅団〉は壊滅した。
とは言え、彼女の息子であるダビドの行方は知れない。
懸念はあったが、残存兵力でイヴェール伯爵家を襲撃することはまず不可能だ。
事は起こらないとレクスは考えていた。
後は王都に帰還するだけだが、これほどまでに気が重いのは初めてだ。
まさか裏設定としてあのような出来事があったとは想像などできなかった。
ゲームでのパスカルも確かに強かった印象はあったが、ガイネルとシグムントとガストン、そしてプレイヤーが育成したキャラだけで倒すことができるレベルであった。それともゲームではガイネルは知らぬ間に古代神の力を解放し、覚醒していたと言うのだろうか。
レクスは今更ゲーム時代のことを考えてもしょうがないと頭を振ってこびり付いた考えを振り払う。
「レクス殿、ラヴァンド伯爵領はこれで残党は掃討できたと思うッス」
「ああ、お疲れ様、マルグリット」
「ッスッスー」
現在、各地に散らばった残党を討伐しているところだ。
〈血盟旅団〉はパスカルのカリスマでもっていたようなものなので、彼女が死んだ今抵抗してまで戦おうとする者はいない。
皆、必死に逃げるのみだ。
王国の手の届かな場所まで。
既に王都には早馬を出してあるため、直に統治戦力が送られてくるだろう。
これでしばらくは平穏な学園生活に戻ることができる。
双龍戦争と他国からの侵攻の間にもっと強くなることもできるはずだとレクスは考えていた。
「レクス殿はなんでそんなに強いんスか?」
突然、声を掛けられて驚いたレクスは背後に振り返った。
立ち去ったと思っていたマルグリットがまだ残っていたようだ。
表情を見るに特に何かを探ろうとして質問した訳ではなさそうなので、レクスは正直に答えることにした。
「俺はまだそこまで強くないよ。まだまだ上には上がいる。同世代より強いと言う意味ならそれは努力してきたからだろうな」
「努力だけであれほど強くなれるものッスかね?」
正確に言えば、自我が目覚める前はNPCが勝手に頑張っていてくれたのだが、その後の努力は自身の行動の賜物だ。
「他の奴らがやってない時にやるんだよ。同じことを同じだけやってても差はつかないだろ?」
「そう言えばそうッスね……でも自分、何かを感じるんス。よく分からないんスけどレクス殿から」
意味深なことを言われたレクスだが、謎多き出自を持つ彼女の言葉は心に留めておいて損はないと考える。それに何かあるのなら、自分はもっと強くなれる可能性を秘めているし、使徒にだって対抗できるかも知れない。
そんなことを考えながらレクスは不敵な笑みを浮かべて頼み込む。
「俺もよく分からないんだ。マルグリットも分かったら教えてくれよ」
「分かるか分かんないッスけど分かったッス」
マルグリットは分かったのか分からなかったのかよく分からない返事を返した。
だが先程とは違い、興味を引かれたような表情に変わっている。
「(マルグリットの直感が本当なら俺の存在意義が出てくるってもんだ。是非、力の根源を教えて欲しいもんだね)」
できれば自分の役割を早く教えて欲しいものだとレクスは呟いた。
◆ ◆ ◆
ヴィルヌーヴ侯爵領で残党狩りに励んでいたガイネルももう引き上げ時かと考え始めていた。
恐らくダビドは精霊の森に逃げ込んだのではないかと考えているが確証はない。
その精霊の森の恵みか、今日も朝から雨がしとしとと降り続けていた。
そのせいかガイネルは何処となく嫌な予感を抱いており、すっと落ち着かない様子だ。目撃情報ではダビドは数名と共に領都ジブラルタから出て行ったと言うことで、反転攻勢に移ろうにも戦力を掻き集めるのも難しい状況だと考えられる。
しかもガイネルがいるのはジブリル男爵領ではなく、ヴィルヌーヴ侯爵領である。問題はないはずであった。
「おーい、ガイネル。撤収の準備はどうだ?」
「ああ、問題ないよ。もうすぐ後詰の戦力がくるそうだからな。準備は万全さ」
シグムントはかなりの重傷を負ったものの、回復魔法により完全に復調し元気を取り戻していた。
表情も穏やかで特に変わった様子はない。
ただ、パスカルの話を聞いて彼が何を考えたのかは気になるところだ。
「一応、ここは侯爵領だからな……来るのは天龍騎士団のコルネウス様らしいぞ」
「バンディット兄様じゃないのか。まぁ本隊は嫡男のガルバーグ兄様が率いてジャグラートだからな……当然か」
本当は天龍騎士団の大部分が王国に残っているのだが、それはガイネルたちは知らないことだ。
つまりガルバーグは少数しか兵を率いていないと言うことである。
そうしている内に天龍騎士団を率いたコルネウスが到着し、ガイネルと対面した。
「ガイネルよ。よくぞ〈血盟旅団〉を、パスカルを討ち果たしたな。イヴェール家の者として鼻が高いぞ!」
「兄上。ありがとうございます。これもレクスのお陰のようなものですよ」
「レクス……? ああ、あの魔導士の子供か。まぁ謙遜することはない。隊を率いたのはお前なんだからな」
コルネウスはそれの何処に問題が?と言った表情だ。
「とにかくご苦労だった。後は我々が処理する。お前たちは王都へ帰還するといい」
「はい、兄上。後はよろしくお願いします」
思ったより騎士団の数が多かった。
恐らく精霊の森をくまなく捜査するのだろう。
全ては自分の栄達のために仕組まれた討伐隊だと思われるので達成感などないに等しいが、レクスのお陰で強くなれたのは大きな成果だとガイネルは満足している。
パスカルの身の上には同情を禁じざるを得なかったが。
貴族だろうが平民だろうが、1人1人が物語を持っている。
今回の乱でガイネルの心境には変化が訪れていた。
現在はただの貴族の四男であり子供に過ぎないが、いつか力を付けて腐った王国を変えなければならない。
とにかく力をつけるまでは雌伏するのみ。
そう自分に言い聞かせて、ガイネル隊は王都へ向けて出立した。
部隊は幾つかの小隊にばらけているので途中で合流する予定である。
王都周辺は基本的に平坦な大地が広がっているが、精霊の森の東側は少し小高い丘のようになっている。ガイネル隊が西の精霊の森と東の丘に挟まれた街道を北上している中、それは起こった。
突然の出来事。
丘の上から騎乗突撃してきた部隊がいた。
その数、およそ五○ほど。
完全に油断していたガイネル隊を襲ったのは言うまでもなくダビドたち〈血盟旅団〉の残党であった。
突撃で刎ね飛ばされて気を失う者、奇襲で何が起きたか理解することもできず落命する者、すぐに剣を抜いて対応する者。敵は少数だが、部隊は混乱の極みにあった。
「落ち着けッ!! 敵は突き抜けた! 前衛を押し出して魔導士たちを護れ! 一気に抑え込め!!」
ガイネルはシグムントやガストンと散り散りになって各所で剣を振るう。
あちこちで剣撃の音が鳴り響き、戦いは一進一退の状況。
気を失った者や力の弱い者は、ダビドと残党たちによって次々と捕まっていた。
「クソッ! 貴様らこんなことをしても無駄だ! 僕たちは貴様を何処までも追い詰めるぞッ!!」
近くにいた旅団員を斬り捨てながらガイネルが吠える。
修羅と化した彼は1人で周囲の残党たちを圧倒していた。
そんな中、はぐれた妹の名を叫び続ける者が1人。
「シグニュー! 何処だッ!! 返事をしてくれ!!」
連れ去られる仲間の姿を見たシグムントはシグニューの身にも同じことが起こっていると考えてひたすら彼女の名前を連呼する。
妹の身を案じながら戦うが、集中できずに上手く敵を倒すことができない。
「どけぇ!! シグニュー!!」
そして見つけた。
見つけてしまった。
そこには気を失って連れ去られようとしているシグニューの姿。
必死の形相で語気を荒げて怒鳴るシグムント。
「おい待てッ!! その子は貴族じゃないッ!! 人質の価値なんてない!!」
「はッ……知ったことかよ! お前らは敵だ! 貴族かどうかなど関係ないッ!!」
「そんなことをしてただで済むと思っているのかッ!!」
「それはこっちのセリフだッ!! てめぇらがしたことを忘れたか! パスカルの姐御を殺しておきながらよくもぬけぬけと言えたもんだぜ!!」
「俺は……殺していない……殺していないッ!!」
「殺したも同然に決まってんだろうが! 討伐隊に加わった時点でお前は当事者なんだよ!! 被害者ぶってんじゃねぇ!!」
「……!!」
残党の言葉にシグムントは二の句が継げない。
ただただ顔面蒼白になり、ガタガタと震えている。
そしてガストンはと言うと混乱する部隊を他人事のように眺めながらボヤいていた。
「ったく……最後の最後でこれかよ。大失態だぜ……これは戻ってガイネルの兄貴に報告だな」
そう言って近くにいた残党を叩き斬った。
ここにレクスが回避したと思っていたシグニューの拉致が起こった。
しかも貴族子女のおまけ付きで。
本来ならば〈血盟旅団〉の残党が襲撃するのはイヴェール伯爵家のはずだったのだが、ジブラルタでの圧倒的な敗北によって歴史が変わったのだ。
ガイネルは何とか撃退した後すぐに部隊をまとめると、焦って取り乱すシグムントを何とか宥めつつ人質を取り返すために急ぎ引き返す。
これは歴史の修正力がもたらしたものなのか、誰がの意志なのか、それとも宿命なのか。
それは誰にも分からない。
次回、血盟旅団の乱の最終決戦。
ありがとうございました。
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明日は19時の1回更新です。




