第17話 ジブラルタ決戦 ③
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本日は20時の1回更新です。
死が近づいてくる。
シグニューはその圧倒的な存在感に威圧されて動くこともままならない。
その存在は――『鏖のパスカル』
パスカルはシグニューの前まで来ると震えている彼女に向かって言い放つ。
「ガイネルはもう終わりだ。後はレクスを殺せばお前たち貴族の命もそこまでだ。まぁ私は貴族などどうでも良いがな……」
「私は平民です……ですが貴女のやり方ではこの世界を変えることは出来ないと思います……きっと平民もついて来ないわ……」
「勘違いしているようだな。何度も言うが私は貴族になど興味はないし、世界がどうなろうが知ったこっちゃない。標的は穢れし血脈を持つカルナック王家、そしてヘイヴォルだけよ」
確かに彼女の目は焦点を結んでいないようで、何処か遠くを見ているような感じに見えた。
「とは言え、これまで私に歯向かってきた者は全て殺した。お前もそうなる……覚悟はできたか? 神に祈ったか? 次の人生が良いものになれば良いな……」
感じられるのは絶望と諦念。
パスカルがシグニューに手を伸ばす。
「(この人はきっと私なんかが想像できないくらい、深い絶望の中で生きてきたんだろうな……それに比べたら私や兄さんが平民だってことなんてそれほど大したことじゃないわ……)」
「シグニューーーーー!! その手を離せッ! パスカルゥゥゥ!!」
回復したばかりのシグムントが憤怒の形相で大剣を片手に突撃してきた。
シグニューの首に手を掛けていたパスカルは、その手を離すと無表情でシグムントの大上段からの一撃を弾き返す。
「うおおおおおおおおお!!」
気合を魂に込めて撃ち続けるシグムント。
それを気怠げに払い、避け、弾き返し続けるパスカル。
「お前の縁者か? 想い人か? 護りたいならもっと力を付けるんだな。もう手遅れだろうが」
時に精神は肉体を凌駕するが、そんなことが通用しないほどの圧倒的実力差がそこには存在した。そんな男にパスカルは無慈悲に告げる。
「死ね。【神聖爆轟拳】」
何気ない右拳のストレートに見える一撃によってシグムントはその場から退場した。
手応えあり。恐らく体には風穴の1つでも空いているだろう。
明らかな致命傷だ。
シグニューには速過ぎて何が起こったのか理解するのにしばしの刻を要したが、兄が遠くで倒れ伏しているのを目にして声にならない悲鳴を上げる。
その時――大きな力が膨らんだ。
突如として背後に出現した大きな力の波動に驚いて、パスカルが振り返った。
そこに立っていたのはガイネル。
しかも彼から感じられるのは――神聖力。
あまりにも強大なもの。
できるのは動揺する心を抑え込むことくらい。
「パスカル。お前は僕が倒すッ! これ以上仲間を傷つけるのは許さない! 絶対にだッ!」
「何があった……? 何故突然!? その強大な神聖力は何処からきたと言うんだ……」
ガイネルの憤怒の表情に、パスカルの口から漏れたのは質問のみ。
「知ったことか。そんなことはレクスに聞け。今は僕ができることをやる。それは貴様を倒すことだッ!!」
「チッ……いきなり大きな力を得て気が大きくなっているようだな。殺してやるから掛かってくるがいいさ」
キレているガイネルだが、攻撃の動きは精彩を放っていた。
シャープな連撃がパスカルを襲い、スムースに剣へと神聖力を乗せた攻防を繰り広げている。
鍛え上げられた拳を振るうも、これまでとは異なりパスカルの方が弾かれる。
理由はレクスが知っている。
◆ ◆ ◆
レクスを前にしてギュスターヴの心は震えていた。
辛うじて表情には出ていないものの、明らかに自分の心はレクスを畏怖していると言う実感がある。
得体の知れない人の皮を被ったナニカ。
そうとしか思えない。
それほどの雰囲気をレクスから敏感に感じ取ってしまったから。
剣と剣ならまだしも魔法を喰らえば一撃で沈むだろうとギュスターヴは予想していた。いや、既に剣でも勝ち目は薄いかも知れない。
「(豪剣なら……豪剣ならやれるはずだ……全てはスピードが勝負を分ける)」
レクスの表情を盗み見るギュスターヴだったが、思わず目を大きく見開いてしまう。
「(余裕……か。それも圧倒的な余裕……だが……その表情を変えてやる!)」
「【豪打轟――」
ギュスターヴが『豪剣技』のモーションに入ろうとした瞬間――
レクスが目の前に――いた。
「チッ!!」
慌ててレクスの大上段からの剣撃を受け止めるも、その膂力に度肝を抜かれる。
思ってしまった。
これこそが豪剣と言うに相応しいのでは?と。
全力を使ってレクスの剣を押し返して反撃に移ろうとするも、既にレクスは攻撃のモーションに入っていた。横薙ぎの一閃がギュスターヴを襲い、それがいなされたと見るや、懐に入って柄での一撃をみぞおちに入れられる。
一瞬、呼吸が出来なくなるが、反撃しないと待っているのは一方的な展開だ。
動かない体に鞭を打って剣を強引に振るが、レクスは軽々と躱して攻撃を続ける。
「(レクスは……こいつは俺を殺す気はない!? 狙っているのは武器破壊か?)」
殺す気がないのなら戦い様があると判断したギュスターヴは、積極的に前に出始めた。
相変わらずレクスが体を狙って来ないと判断して剣での殴り合いに発展。
剣同士が火花を散らす。
「(いける! 驕ったな! レクスよ!)」
ギュスターヴが袈裟斬りからの払い上げ攻撃を掛ける。
「解析完了」
「……!?」
言葉の意味が理解できず戸惑ったものの、それも一瞬のこと。
ギュスターヴの連携攻撃によってレクスは大きく後ろへ飛んだ。
待っていたのは――この刻。
全てはこの間のため。
【呻れ豪剣! 爆裂せよ! その豪打は全てを爆散す! 爆ぜろ! 爆豪撃!!】
完全詠唱バージョンの太古の言語による豪剣。
その『豪剣技』はレクスの体の中心を見事に捉え、体を内側から爆発するかの如く破壊する!
――はずだった。
「!?」
レクスの近くの空間がたわむ。
ギュスターヴの目の前で起こったのはそれだけ。
何が起きたのか理解できないまま、レクスの声が響く。
「6thマジック【狙撃弾】」
熱いものが肩を貫通し、力が抜けて剣を落としてしまう。
何だ?
何が起こった?
ギュスターヴがそう考えている内に次々と攻撃が飛んでくる。
「6thマジック【狙撃弾】」
今度は右太腿に貫通だ。
ガクリと膝をつき、踏ん張ろうにも立ち上がることができない。
「終いだ。2ndマジック【雷撃】」
「ぐあああああああああああ!!」
天から落ちた雷撃がギュスターヴを焦がす。
辛うじて意識だけは失わずにすんだが、最早抵抗することなど不可能だ。
膝をついてうずくまり、痛みに耐えることしかできない。
剣を握ることすらできないし、ましてや立ち上がることなど無理である。
痛みに加えて電撃による痺れもあるのだ。
そんな状態のギュスターヴの元へレクスがゆっくりと歩いて近寄ってきた。
そして眩しい笑顔で言ってのける。
「理解できたかギュスターヴ。お前は俺には勝てないってことがな」
「理解……した。教えてくれ……何故、俺の豪剣が防がれたんだ……」
「お前の位相を解析した。それでお前の力を無力化した。それだけだ」
「ははッ……意味が分からん……」
ギュスターヴはそう言うと仰向けに倒れ込んだ。
完全に負けた。
圧倒的なまでの差があったと言うことは理解できた。
「まぁ気にするなって。お前は強いが、俺はもっと強かったってことだよ」
負けたと言うのに何故かそれほど悪い気分ではない。
実感がなさ過ぎてむしろ笑いが込み上げてくるほどだ。
「さぁ、後はパスカルだけだ。これで〈血盟旅団〉は壊滅する」
元々〈血盟旅団〉にはパスカルとダビドくらいしか猛者と呼べる者はいない。いるにはいるが、彼は現在、この戦場にはいないと言うことだ
そのダビドも決して強いとは言えない存在であり、討伐隊には勝てないレベルだ。
数では圧倒していたが精鋭には敵わない。
現に討伐隊は圧倒的に〈血盟旅団〉を押しまくっていた。
完全な包囲網も敷いているし問題はない。
レクスは勝利を確信していた。
◆ ◆ ◆
ガイネルとパスカルの戦いにも決着が付こうとしていた。
「何故だ……? 何故急に強くなったんだ貴様は……?」
息も絶え絶えになりながらパスカルが湧き出てくる疑問を口にする。
その表情には疲労の色が濃い。
「知らんと言っただろ。レクスにでも聞けともな」
パスカルの体は既に切り傷でズタズタであり、あちこちから流血していた。
そして今、ガイネルによって左脇腹を斬られ、更に袈裟斬りにされた状態だ。
あれほどの堅さを誇っていた防御力は突破されてしまっていた。
つまり死の一歩手前まで来てしまったと言うこと。
彼女は周囲を見渡すが、何処を見ても敵しかいない。
レクスはもちろん、怪我を負ったシグムントとガストンも回復して遠巻きにパスカルの出方を窺っている。またレクスによって回復させられ、剣を取り上げられたギュスターヴも様子を見ていた。
「そうか……私の復讐もここまでと言うことさね。無念さ……」
ついには観念したかのように構えていた両手を下ろして脱力した状態になる。
既に立っているのがやっとであり、気力のみで立っている状況。
覚悟を決めたパスカルを見て、慌ててギュスターヴが尋ねる。
彼は彼女の言動に興味を持っていた。
もしそこに情状酌量の余地があるならば、助命を嘆願したいとも思っていた。
「待て。待ってくれ! パスカル、お前は貴族の打倒には興味がないと言った。何故、カルナック王家に拘る?」
「ふ……どうせ最期。少し昔話をしようじゃないか」
パスカルがゆっくりと、そして淡々と語り出す。
そして聞かされた。
パスカルの独白――陰惨たる過去。
誰しもが息を飲んで動くことすら出来ずにいた。
壮絶な過去を歩んできたパスカルに一同は驚きを隠せない。
あのガストンですら唖然とした表情をしているほどだ。
「そうか……そんなものが存在していたなんてな。お前はよく戦い抜いたよ。俺が軽々しく褒めることすらおこがましいが……それをよく理解した。恐らく王家の血を断絶させることは難しいだろうが、ヘイヴォルのような男を出さないようにはできるかも知れない……パスカル、俺が介錯してやる。お前をその呪縛から解き放つ。逝け。安らかにな」
そう言うとレクスはパスカルの元へ向かって歩き始めた。
剣を抜き放って。
これで〈血盟旅団〉は壊滅。
イヴェール伯爵家の襲撃もなくなり、ガイネルとシグムントの仲に決定的な亀裂が入ることもないだろう。
「それにしてもガイネルもそうだが、あんたは何者なんだい? あんたも何かの血に連なる者なのかい? 使徒にも勝てる力……そんなものがあるなら世界は変わるかも知れないさね」
確かにそれはレクスにも分かっていない。
魔力の扱いについては努力と発想で今や世界屈指のレベルにまで到達しているが、何故、強くなれたのかは疑問なところだ。
自分の力の根源が分からないのだ。
もしかしたら異世界人特典なのかも知れないが、それこそ神のみぞ知る領域だろう。
「俺にも分からないな。だが俺は力を貸してくれと言われたからここにる。ならばセレンティアを護るだけだ」
「レクスッ! パスカルを助けることはできないのかッ!?」
ギュスターヴから助命を嘆願する言葉が飛ぶが、レクスは苦しみ続けた彼女を解放するには死しかないと思っていた。
そして答えたのはガイネル。
「無理だギュスターヴ。彼女は平民を殺し過ぎた。まぁ貴族もだけどきっと公爵家に潰されるだろう」
使徒の強さの異常性を知っているだけに、黙り込んでしまうギュスターヴ。
レクスは精根尽き果てて棒立ちになっているパスカルに静かに問う。
「何か、言い残すことはあるか?」
「母様と同じ場所へ行ければとは思うが、私では無理だろう。1つあるとすればダビドの命は見逃して欲しい」
結局はパスカルも1人の母親であったと言うことだろう。
「そうか……」
レクスがチラリとガイネルの方を一瞥すると、無言で頷いて見せる。
それを確認して、レクスは剣を一旦鞘へしまうと居合斬りの姿勢を取った。
「パスカル……逝け。【乾坤一擲】」
放たれた刹那の斬撃。
『秘奥義』の能力により首が落ちる。
血飛沫が舞い、レクスの顔にもそれが掛かった。
パスカルだった物は魂なき存在と化し、大地に倒れ伏した。
レクスは血を拭わなかった。
穢れた血などない。
「ガイネル!」
「分かっている。彼女は身を清めて丁重に埋葬しよう」
ガイネルも変わったか。
一部始終を見ていた他の貴族子女たちも思うところがあっただろう。
それにしても胸糞が悪い。
これが勝利か。
レクスはそう思いながら、どす黒い感情が込み上げてくるのを抑え込もうとしていた。
これで〈血盟旅団〉の乱は終わりだ。
残る懸念は双龍戦争と他国からの侵攻。
はてさてどのような展開が待っているやら。
感傷に浸っている暇はない。
レクスはすぐに頭を切り替えようとするが、そう割り切れないほどの独白だったことも事実。
苦々しい思いとやるせなさが胸にこみ上げてくる。
「いや、これはよく覚えておくべきことだろう……」
むしろ心に刻みつけておくべきだ。
レクスは考えるのを止めて薄暗い空を見上げた。
まるで自分の心境を表しているかのような曇天の空を。
血盟旅団の首領、パスカルの死。彼女がした独白とは?
ありがとうございました。
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明日は12時の1回更新です。




