第16話 ジブラルタ決戦 ②
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激しく雨が叩きつける中、ガイネルはパスカルと対峙していた。
目の前の女は貴族の領都を陥落させ、各地で残虐な行為をしてきたまさに賊徒である。
〈義國旅団〉と違ってそこに大義はない。
そう思っていたガイネルであったが、パスカルが王家に恨みを持っていそうなことだけは理解した。レクスの影響を受けて色々と考えさせられたガイネルだが、彼女に同情はしても見逃すことはできない。
「パスカル、ここが年貢の納め時だ。覚悟するんだな」
警戒しながらも距離を詰めていくガイネルに加わる者たちがいた。
シグムントやシグニュー、ガストンなどである。
目で止めるように訴えるがシグムントは従うつもりはないようで断固とした口調で言い放つ。
「相手は『鏖のパスカル』だ。ガイネルだけに戦わせる訳にはいかない」
「オレは手柄を立てるだけだ」
ガストンは成り上がりのための参戦である。
二つ名を持つほどの猛者であるパスカルを討ち取れば、それは至上の名誉となるだろう。
「なんだい……女相手に集団で掛かるなんて容赦のないガキ共だよ」
苦しげな言葉とは裏腹に態度には余裕が見える。
パスカルはレクスが相手でなければ勝てると思っていた。
レクスはその様子をギュスターヴと対峙しながら横目で見ていたが、魔力障壁で護るべき仲間が増えたことで少し面倒だなと感じている。複数人に強力な魔力障壁を展開するのにどれだけ集中力が必要になるかと言うことだ。
ガイネルが剣を構えることもなく、パスカルに向かって突進する。
遅れてシグムントとガストンも続く。
「真正面から来るとは、馬鹿正直さね。ガイネル……ギュスターヴに聞いていた通りのようだ」
正面からの袈裟斬りが届く瞬間、ガイネルは『封魔騎士』の能力を解放した。
「【魔封剣】」
左拳で受けてカウンターの右ストレートをお見舞いしてやろうとしていたパスカルの顔が驚愕に染まる。
「何ッ!?」
『聖闘士』の纏う神聖な力が吸収されていくのが分かったからだ。
能力、『魔封剣』は魔力だけでなく、その他の力をも吸収する。
驚いたせいで僅かにタイミングが遅れたパスカルの右拳をガイネルは紙一重で躱してみせる。
そしてすぐに剣によるラッシュが始まった。
攻撃し続けないで受けに回ってしまうと一気に勝負を持って行かれると言う判断だ。
魔封剣は取り込んだ力をそのまま剣に纏わせて戦うことができる。
魔法剣士の上級職業であるとも言えよう。
「チッ……」
「【上段斬り】」
「【粉砕撃】」
そこへシグムントの『戦技』とガストンの『騎士剣技』が迫り、パスカルは3方向から同時に攻撃を仕掛けられるが、その程度で殺られるはずがない。
左拳でガイネルの剣撃を防ぎながら、右手で【上段斬り】の攻撃を打消し、そこからの回し蹴りでガストンを蹴り飛ばす。その際にガストンに掛けた魔力障壁が2枚ほど澄んだ音を立てて破壊されてしまった。
ガイネルは一心不乱に攻め続ける。
実力で負けているからには手数で勝負するしかない。
刺突、払い上げ、斬り下ろし、横薙ぎ、更には足を使った攻撃まで繰り出す。
それと同時に2人の攻撃を受けているにもかかわらず、パスカルの動きには何処か余裕がある。これでレクスの与えたダメージがなければ、どうなっていたのかとガイネルが戦慄するほどの体捌きだ。
「【神聖大爆発】」
太古の言語が紡がれた瞬間、パスカルを中心に大爆発が起こり、その衝撃で3人が吹き飛ばされる。白銀の大爆発は周囲を巻き込み、戦いに見入っていた者たちにもダメージを撒き散らした。
ガイネルは超至近距離で爆発を受けたにもかかわらず、職業の特性のお陰であまりダメージを喰らうことなく再度、パスカルへと攻撃を仕掛ける。
シグニューから攻撃力強化と防御力強化の付与魔法が掛けられて、ガイネルの体を優しく包み込んだ。
自分を支えてくれる人たちが大勢いることを改めて認識させられる。
一体、過去の自分はどれだけ幼い子供だったのかと恥ずかしくなるガイネル。
「パスカルッ! 僕の剣は全ての力を吸収する! お前の神聖力も取り込んでやるぞ! 貴族がどれだけいると思っている? たった数人いなくなったところで何も変わらない! 大人しく降伏するんだ!」
「ふん……私は別に貴族などどうでもいいのさ。殺したいのは国王ヘイヴォル……そいつだけだ」
カルナック王家でもなく国王個人の名を挙げたことにガイネルは困惑せざるを得なかった。
パスカルとどんな因縁があると言うのか。
とは言え、ガイネルも王国貴族であり、カルナック王家の国王で使徒でもあるヘイヴォルを死なせる訳にもいかない。
「一体どれだけの憎悪があるんだ! 何が貴女をそこまで駆り立てるんだ!?」
「言っても貴族様には分からんさ。それより勝負を付けてやるからかかって来い」
パスカルが不敵な笑みを浮かべてガイネルを挑発する。
その時、背後から忍び寄っていたガストンが彼女の襲い掛かる。
「(殺った!)【閃烈剣】」
必殺の間合い。
だが――パスカルの口角が僅かに上がる。
「【神聖爆轟拳】」
振り向きざまの『聖闘技』がレクスが張った障壁を砕きながらガストンへと肉迫する。まさか凄まじい速度を誇る【閃烈剣】が躱されるとは思いもよらなかったため、その表情は凍り付いたように固まっている。
しかしそれも一瞬のこと。
障壁を貫いた神聖なる一撃は、ガストンの右脇腹へと吸い込まれるように直撃した。
「ガハッ」
障壁のお陰で体に風穴が空くことはなかったが、ごっそりと肉が抉られて吐血するガストン。そしてフォローに入ろうとしていたシグムントにも危機が迫る。
「【神聖爆裂打】」
慌てて剣で防ごうとしたシグムントであったが、直接殴ることのない虚空からの不可視の攻撃など防ぐ術を持っていない。
体中に攻撃を受けた彼は大きく吹き飛ばされてピクリとも動かなくなる。
「兄さん!!」
シグニューから悲鳴のような声が飛ぶが、付与魔法しか使えない彼女にできることはせいぜい精神系の攻撃魔法を放つこと程度である。それもガイネルがパスカルと戦りあっているため、迂闊に撃つことはできない。
「パスカルは僕が引き付ける! 光魔導士は2人を回復してくれ!」
再び、拳と剣の殴り合いが始まった。
剣をもしのぐと言われる修道僧の拳ですら硬いのに、聖闘士のそれは比較にならないほどの強度を誇る。
「(くそッ……これが聖闘士か……剣と剣じゃないとここまで戦りにくいのか!?)」
「ほらほら! あんたが負ければお仲間たちは身代金になるよ! おっとそれとも鏖の方がいいかい?」
本当のところはレクスの存在がある限り、そんなことは難しいと分かっているのだが、パスカルは挑発して冷静さを欠いてくれれば儲けもの程度にしか考えていない。
一方のガイネルとしては討伐隊の指揮官として許せるはずがない。
心の内に湧いてくる焦燥感を何とか抑え込み、パスカルに攻撃を間断なくし続けていた。
伊達にこれまで戦い続けてきた訳ではない。
しっかりと位階も上がり、ガイネルは確実に強くなっていた。
いくら『聖闘技』でもあまりの速度で攻撃されれば、能力発動の隙を突かれてしまう。ガイネルには力押しだけではどうにもならないと悟ったパスカルは、長年培ってきた老練な業を見せ付けてその一瞬の隙を作る。
振り下ろした剣をかち上げられてガード空いたガイネルに『聖闘技』が決まる。
「【神聖聖拳突き】」
パリンパリンパリンとガラスの割れるような音と共に魔力障壁が次々と破られて、強力な突きがガイネルに突き刺さる。
パスカルが感じた手応えは十分なものであった。
事実、大きく殴り飛ばされたガイネルはピクリとも動く気配はない。
「はははッ……少しはやるようだが、所詮はガキさ。私に勝てるはずがなかったと言うこと」
ここまで言ってパスカルは違和感を覚える。
【神聖聖拳突き】はその突きの鋭さから相手の防御を貫通し、その体に穴を穿つ。本来なら自分の目の前で腕に体を貫かれているはずのガイネルが吹っ飛んだのはおかしいと感じたのだ。不安はすぐに潰しておくに限ると考えるパスカルは、倒れ伏す彼の方へ歩き始めた。
「3rdマジック【魔霊猛撃】」
唐突な太古の言語。
ギクリとしたパスカルに緑色の矢のような魔法が迫る。
シグニューが意識を逸らそうと放った第3位階の付与魔法で、精神にダメージを与えることができる。
速度は速いが反応できないほどではない。
パスカルが神聖力のこもった右手でそれを払いのけると輝く矢は粉々に砕け散った。
「娘よ。死にたいらしいな。まぁどうせ全員死ぬ。遅いか速いかの違いだけだがな」
全てを斬り裂くような強く鋭い殺気を当てられて、動けなくなるシグニュー。
彼女を貫くのは全てを諦め切ったような冷徹な視線。
パスカルは進路を変えて、へたり込んでしまった彼女に向けて歩き出した。
ジブリル男爵領・領都ジブラルタで血盟旅団との決戦が続きます。
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明日は20時の1回更新です。




