第10話 討伐隊結成とイベント
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イヴェール伯爵家には〈義國旅団〉討伐隊の面々が集まっていた。
ジブリル男爵からの依頼で今度は〈血盟旅団〉を相手に戦うことになったそうだ。
当然、レクスも召集されて大会議室で話を聞いているところだ。
せっかく中等部が始まったばかりだと言うのに、召集が掛かるとは考えていなかった。
〈血盟旅団〉は普通に各貴族の部隊とガイネル隊が叩き潰すはずなのである。
それがどうしてこうなったのかとレクスは考えるが、恐らくギュスターヴの影響だろうなと予想していた。
本来であればギュスターヴは力を求めてアングレス教会を頼り、後に神殿騎士団の一員となるはずである。今回は近くに本拠地がある〈血盟旅団〉に一旦身を寄せたと言うところだろうか。
「よく集まってくれた。〈義國旅団〉に続いて今回は〈血盟旅団〉を討伐することになった。また皆の力を貸して欲しい。奴らは貴族のみならず平民をも巻き込んで凶悪なテロ行為を行う組織だ。捨て置く訳にはいかない」
ガイネルが殊勝なことを言っているが、レクスとしてもどれだけ変わったのか興味はある。最初に口を開いたのは、相変わらず尊大な態度を取っているガストンだ。
「〈血盟旅団〉か……そいつらも各地で戦ってるんだろ? 本拠地は何処にあるんだ?」
「精霊の森ではないかと言われているが、確認が取れている訳ではない」
「では団長は何て言うヤツなんだ? 強いのか?」
「情報ではパスカル・レジスと言う女団長だそうだ。職業は分からない」
ガイネルに質問したガストンは馬鹿にしたような表情で吐き捨てるように言う。
「ふん……今回は女か」
集まった者たちからは当然のように質問が飛ぶ。
真剣さが伝わってくる言葉ばかりで、決して〈血盟旅団〉を舐めていないことが伝わってくる。危険な反社会的組織だと言う話は皆が耳にしているのだろう。
「規模は〈義國旅団〉より大きいのですか?」
「不明だが各地で戦っている総数を考えると大きいと思われる」
次々と繰り返される質問を聞き流しながらレクスは考えていた。
〈血盟旅団〉が蜂起したのはジャグラート王国が挙兵した時だが、本格的にガイネルと絡むのはローグ公とダイダロス公の争い――双龍戦争が始まる直前だったはずだ。
今はまだ4月なのでまだ戦争が勃発するまでには時間がある。
少し前倒しになったようだが何か理由があるのだろうか?
となれば、ガイネルとシグムントの別離ももうじき起こると考えて良いだろう。
ただ、レクス自身が積極介入すれば防げる可能性はあるかも知れない。
「(さて、どうしたもんか……でもなぁ結局、〈義國旅団〉の時もエレオノールたちの運命は変えられなかったからな……)」
実際は多くの人々に確実に変化を与えているのだが、レクスはほとんど気付いていない。それはセリアであり、プラダマンテであり、ギュスターヴであり、カルディア公であり、アングレス教会であり……。
レクスは自身が強い意志を持ってイベントを起こしたプラダマンテや、大きく関わったセリアくらいかなと考えているのだが。
そうやってレクスが今後起こりそうなことをシミュレートしている間にも次々と質疑応答が為されていた。
「ガイネル、規模が違い過ぎると思うんだがそこは大丈夫なのか?」
「ああ、イヴェール家と繋がりの深い貴族の子女が新たに参加してくれるって話だよ。貴族士官学院や中等部からね」
「今回は天龍騎士団の助けを借りることはできないのか?」
「いざとなったら頼むことになるかもだね。遠征軍について行ってるから完全なバックアップではないと思うけれど」
何度も思ったことだが、貴族の子女を参加させることの危うさをどう考えていたのかが気になるレクスである。〈義國旅団〉討伐の時から思っていたが、まぁゲームだしと割り切ってはいたのだが。
「(おいおい。貴族子息に犠牲者が出たらどうする気だよ。イヴェールだけじゃなくローグ公の影響力も落ちると思うんだが?)」
ここで一旦、休憩を挟むこととなったようだ。
イヴェール伯爵家の侍女たちが集まった者たちに果実水を配っている。
壁際で目立たないように座っていたレクスの元にも、柔和な感じの侍女がやって来た。セミロングの黒髪を揺らしながら小走りで近づくとグラスを渡してくる。
「お疲れ様でございます。何かお考えのようですが、レクス様も休憩されては?」
「あ、ありがとうございます。頂きます」
そう言ってグラスを受け取ったレクスであったが、違和感が彼を襲った。
「(レクス様? 何で俺の名前知ってんだ?)」
気になって侍女の顔を見ると、頭に閃くものがあった。
「エ、エヴァ・ヴァルカーレ……」
思わず口をついて出た言葉に侍女の表情が一変する。
それと同時に雰囲気までガラリと変化し、レクスの目の前にいるのは柔和な侍女ではなく何処ぞの諜報員だ。
鋭い目がレクスを射抜く。
「貴様、何故その名を知っている……?」
その強い警戒感にレクスも臨戦態勢に入った。
確かに急に名前を呼ばれて驚いたのかも知れないが、普通にスルーしていれば良かったのでは?と思わないでもない。だがイベントのトリガーを引いてしまったからには解決しない訳にはいかないし、これは進行しても悪影響がないはずだと判断する。
「お前たちの企みはバレている。俺が全てまるっとスルっとお見通しだ!」
――エヴァ・ヴァルカーレ
グラエキア王国の南西にある神聖ルナリア帝國の諜報員。
コードネームは別にあり、エヴァは本名である。
双龍戦争の際に王国に攻め入らんと様子を窺っていた。
イヴェール伯爵家に入り込んで王国の動向を探っていた。
彼女の行動次第でルート分岐がある。
神聖ルナリア帝國はギレ辺境伯領に接する国家だ。
何故、レクスの名前まで知っていたのかは不明である。
「ここではお話はできないわ。ちょっとついて来てくれるかしら」
「ちょいと顔貸せってか? 最近の侍女は随分と怖いんだな」
全くもってシャルとは大違いである。
レクスは可愛らしくていつも真面目な彼女を思い出して、目の前で敵対心を向けられているのにもかかわらず表情が緩む。
「今の間合いは私の必殺の間合い。死にたくなければ従うことね」
「あーお前にとって必殺でも、俺にとっては軽く躱せる間合いだっての。だが、まぁいい。取り敢えずはついてってやるよ」
不本意ながらイベントを起こしてしまった。
ならば、従っておくのが良いだろう。
休憩中なので、大会議室に出入りする者も多く特に怪しまれることはなかった。
そのまま邸宅の外に出て、木々が生い茂っている一画まで連れて来られるレクス。
「驚いたな。私の本名を知っていたのもそうだが、大人しくついて来るのもな」
「別に戦いになっても俺に負ける要素がないからな。大人の余裕ってヤツだ」
レクスの軽口を冗談と思ったのかエヴァから笑い声が漏れる。
その言葉にも馬鹿にしたような感情が混じっていた。
「大人? ふふふ……何を言っているんだ。ガキが」
「見かけは子供でも中身は大人って可能性もあるんだな。これが」
「? 何を言っているかは知らんが、貴様どこまで知っている?」
「だから全部だよ全部。アンタが神聖ルナリア帝國の諜報員だってことから、王国の混乱に付け込んで攻め入ろうと画策していることまでな」
まさかそんな機密事項まで知っているはずがないと内心驚いたエヴァであったが、帝國がレクスにも諜報員を付けている以上、目の前の子供はただ者ではないと気を引き締め直す。それに何を根拠にしてその考えにたどり着いたのか疑問に思い、普通の13歳の子供が考えるようなことではないとエヴァは内心で舌を巻く。
「何故だ……? 何故そんな考えに至った? 私がまともに貴様と顔を合わせたのは初めてのはず。諜報員云々はともかく、攻め込むなんて発想にはならないと思うんだがな……」
「はぁ……そんなんこっちが聞きたいよ。何で俺のことまで探ってんだよ……調査するのはイヴェール伯爵家のはずだろ?」
「レクス。貴様は自分のことを過小評価し過ぎだ。貴様は自分が考えている以上に目立っている。監視対象になる程度にはな」
「へぇ……そいつは光栄なこって。俺は目立たないただの中等部生徒だぞ!」
「目立たない? こんな目立つ生徒が何処にいる」
「もういいよ。俺をどうするつもりだ? 殺る気なら受けて立つぞ?」
その瞬間――空気が凍った。
短刀が、一瞬前までレクスがいた場所を斬り裂く。
凄まじいまでの殺気だが、レクスにとってはむしろ読みやすいて良い。
「何ッ!?」
必殺の一撃が躱されて驚いたのか目を見開いているエヴァ。
だが彼女の両刀の攻撃が次々とレクスに襲い掛かる。
紙一重で躱しつつ抜剣すると伸びてきた攻撃を思い切り弾き返した。
「ぐぅ……」
エヴァが両手に持った短刀をクロスさせて、何とかレクスの一撃を止めたものの、その威力に大地に足を付けたまま吹っ飛ばされる。
地面は芝生がはがれて土が露出してしまっている。
「職業は暗殺者ってところか。連携はいいけど読みやすいな。俺には勝てねーよ」
「(何だこいつは……ただのガキじゃない。魔導士にしてこの剣撃……こいつは強い!)」
未だ痺れの取れない両手の握力を強めて、エヴァは短刀を振るう。
何度も何度も攻撃を仕掛けるが、その悉くを受け流し弾き返されてしまった。
レクスはエヴァを逃がして神聖ルナリア帝國にグラエキア王国侮りがたしと言う報告をさせ、双龍戦争に介入させないようにさせたかったので手を抜いて戦っていた。
エヴァは若くして暗殺者の能力を数多く習得している。
その中でも滅多に見せない能力で勝負を決めようと心に決める。
別にレクスを殺す理由などないのだが、彼女は実力差を突きつけられて柄にもなく熱くなっていた。
だが、それも終わりだ。
再び、剣と短刀の殴り合いが始まるが、手数は圧倒的にエヴァの方が多い。
両刀使いなのだから当たり前なのだが、それを受け切るレクスにエヴァは少しずつ冷静になる。そうでなければ勝てないと理解してしまった。
エヴァは連撃を掛け続け、フェイントと体術を駆使してようやく無理やりレクスのガードをこじ開けることに成功する。
待っていた隙。
ようやくできた隙。
ここ――
「【必中必殺】」
「【因果倶時】」
暗殺者、最強の能力『必中必殺』が放たれる。
同時にレクスも時空導士の能力『因果倶時』を発動した。
その名の通り、攻撃は必ず急所を貫く。
この因果からは――逃げられない。
はずだった。
レクスはその因果を逆転させる必殺の一撃を受け止めていた。
「な……に……!?」
今度こそ最強の技を防がれて頭が真っ白になるエヴァ。
辛うじてレクスから距離を取るが、一体何が起こっているのか混乱が治まらない。
「だよな。来ると思ったんだよ。【必中必殺】」
「ど、どう言う意味だ……何故、防げる!? それに何故知っている? 私の必殺の一撃を……」
「そりゃ。読んでたからな。態と隙を作ったんだし」
「!? それでも防げるはずがないッ!!」
「因果を捻じ曲げる攻撃なんて時間対策してりゃ防げるんだよ」
「意味が分からない……」
「まぁ普通のヤツなら殺れてたよ。気にすんな」
そう言ってレクスが微笑みを見せた上、エヴァを慰める。
魔導士に剣で負けたと言う現実を突きつけられてエヴァは放心状態だ。
しかし気軽にそう言ったレクスに毒気を抜かれてしまったのも事実。
「貴様は何者なんだ……全く分からなくなった……ちょっと剣が使える暗黒導士だと思っていた」
「ま、そこら辺は頑張って調べてくれ。俺の周囲を巻き込まない程度なら別に構わんよ」
「ははは……何なんだそれは……」
「お偉いさんに言っといてくれよ。王国には厄介なのがいるってな」
「私のことを突き出さないのか?」
「別に問題ないし大丈夫」
このイベントを防げば神聖ルナリア帝國の王国介入がなくなる。
これでストーリーが大きく変わることはないので読み易くなるはずだ。
余裕の表情を崩さないレクスを見てエヴァは大きな溜め息を1つ。
そして自然と込み上げてくる笑いを噛みしめながら言った。
「そうか……貴様を監視している者は多い。せいぜい気を付けることだな」
図らずもレクスはイベント『帝國からの女スパイ』を起こしてしまったのだ。
そして特に労することもなくクリアして見せた。
「それじゃ戻るか。面倒だけどな。お前も戻れよ?」
大会議室を抜け出して左程の時間は経っていないはずだが、休憩は終わっているかも知れない。
未だ動かないエヴァを置いて、レクスは仕方なく部屋への道を急ぐのであった。
次回はドタバタ劇です。
ありがとうございました。
また読みにいらしてください。
明日も12時の1回更新です。




