第5話 血盟旅団の乱・陥落
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レクスたちの入学試験の結果が出て中等部への進学も決まり、いよいよ新年度が始まろうとした刻、それは起こった。
〈血盟旅団〉の乱である。
元々、彼らは王国内でテロや貴族の暗殺などを行ってきた過激派であったが、ジャグラート遠征を期に大々的に蜂起したと言う訳だ。
その本拠地はヴィルヌーヴ侯爵領にある精霊の森の隠れ家『レッドムーン』。
各貴族領では標的となった貴族の他にも平民も巻き込まれ、多くの死傷者を出している悪質なテロ組織である。
そんな場所で〈義國旅団〉の元団長、ギュスターヴは厄介になっていた。
レクスとの戦いで思っていた以上に傷んでいた彼は、生きるためにやむなく〈血盟旅団〉を頼ったのだ。
死ぬ気だった彼に再び生きる意志を与えたレクスが知ったら何と言うだろうかと考えると思わず自嘲気味に笑ってしまうが、そんなギュスターヴを敢えて生かしたのは他ならぬレクスなのだから仕方ないだろうとも思える。
「いよう。ギュスターヴ。傷も大分癒えてきたようだな」
「パスカルか……。お陰で良くなった。世話になったな……すぐにここを出て行こう」
ギュスターヴに話し掛けたのは〈血盟旅団〉の頭目、パスカル・レジスであった。
彼女は男も顔負けの体躯を持つ女丈夫である。
どうやらギュスターヴの言葉が気に喰わなかったようで立ち上がろうとする彼を押しとどめながら言った。
「おいおい、釣れないことを言うなよ。お前の理想は知っているさ。共に戦おうじゃないか」
「理想は夢半ばで破れた。敗残者の俺にできることなどない」
自らの不甲斐なさから仲間たちを犠牲にしてしまい、あまつさえ妹までも失った。これが敗残者でなくて何と言うのか。
「いや、お前は強い。それに各地に散った仲間たちからも信頼されている。まだまだ利用価値はあるのさ」
「ふッ……良くもまぁ本人を前に言えたものだな」
対するパスカルはギュスターヴの事情などお構いなしである。
彼女の判断基準は使えるか使えないか、そして利用できるかできないか。
単純明快であると言えよう。
「今、立ち上がらずして、いつ立ち上がると言うんだ?」
「いくら遠征に大軍を動員したからとは言え、国内も全くの空と言う訳でもない。すり潰されるのがオチだ」
レクスのせいで多少は周囲が見えるようになったギュスターヴからしてみれば、正気の沙汰とは思えない。
彼は元々低かったパスカルの評価を下げる。
「ははははは! 〈義國旅団〉の団長も落ちたものだな。覇気が感じられん」
「だから何度も言っているだろう。俺は敗れたと」
しかし彼女の口から飛び出した言葉により、ギュスターヴの彼女に対する評価は最悪なまでに下落することとなる。
「お前の夢は確か王国の改革と平民の地位向上だったな? そんなことをせずとも私についてこれば良い。私が求めるのは国家創造なのだからな」
「!? そんな大それたことが可能だと本気で思っているのか? 一時的に国を作ったとしてどうする? 使徒が戻ってこれば滅ぼされて終わりだ! そうでなくとも貴族士官学院の生徒たちにすら敵わないだろう」
ギュスターヴの頭にはただ1人、レクスの顔が浮かんでいた。
それでもパスカルの自信が崩れることはないようで、その姿からは圧倒的な余裕さえ感じられる。
「可能だ。南西の神聖ルナリア帝國、南の海底都市ファナゴリアと結べば勝てずとも負けない戦いはできる」
「何故そこまで言い切れる……俺にはそれが理解できない」
「ジャグラート王国への遠征は成功はするが、結果的に王国は混乱することとなるだろう。我々に構っている暇などない。そう邪悪な司祭共も言っていたしな」
「邪悪な司祭だと……?」
思わず訝しげな顔になるギュスターヴ。
彼には彼女の言うことが何1つ理解できなかった。
「王国は既に内乱状態にあると言っても過言ではない。王家の力は衰退し、使徒は使徒と相争う。その裏では司祭共やアングレス教会まで動いている。もう終わりだよこの国も」
「そんな胡散臭い連中の話が信じられるとでも思っているのか? お前の正気を疑うぞ!」
「ふははは! まぁ見ているがいいさ。まずはヴィルヌーヴ侯爵を討ち取りその領土を奪い取る!」
「……!!」
言いたい放題、言い散らかしてパスカルは部屋を出て行った。
ギュスターヴとしては彼女のことは気に喰わないが、傷を治してもらった恩はある。
少しだけ彼女のやり様と言うものを見せてもらおうかと思い、その後を追った。
◆ ◆ ◆
既に〈血盟旅団〉の主要メンバーは手配書が出回っており賞金首となっている。しかしそれでも彼らが街に出入りすることは容易い。
蔓延る賄賂、騎士団の怠慢、飢饉の影響で食べ物もなく、寒さに震えて過ごすだけの平民、悪化する治安。
唯一元気があるのは、精霊の森で狩りをしている探求者くらいのものだ。
しかし、そんな彼らも金が回らない時化た領都に滞在する者も少なくなっていた。
〈血盟旅団〉はそこを突いた。
平然と領都内部に入り込み、扇動者と制圧を行う者を潜伏させ、夜襲を仕掛けたのだ。精霊の森周辺の警戒のためにヴィルヌーヴ侯爵が持つ戦力は多くが領都に残っていた。
しかしそれが返って災いとなった。
急に攻め込まれたヴィルヌーヴ侯爵はすぐに臨戦態勢を整え、防御に当たろうとしたが、領都内で謀叛が、更には平民の一揆が起こったとの流言が広がった。
暗闇の中、潜伏していた旅団員たちが誰彼構わずに殺戮を開始。
それによって同士討ちが起こり混乱は加速して、統率が取れなくなる。
更に内応によって内外から突き崩されて騎士団は壊滅、ヴィルヌーヴ侯爵も領都を囲む防壁付近で戦死した。
パスカルは徹底的に降伏した兵や平民たちも含めた全ての者に武装解除させた挙句、探求者ギルドに残っていた僅かな探求者をも殺し尽くした。
領都は完全に封鎖され、陥落の報が外部に漏れ出すことはなかった。
戦勝を祝ってパスカルたちによって酒場で、呑めや歌えやの酒盛りが行われる。
ギュスターヴは戦いに参加することはなかったが、一部始終をじっと見ていた。
今も酒場の片隅に存在感を消すかのようにして座っている。
「はっはっはぁ!! ザマねぇなぁ! ヴィルヌーヴ侯爵も大したヤツじゃなかったてことさ」
鮮やかな勝利を飾ったパスカルは上機嫌で大笑いしている。
「そうだそうだ! 貴族なんざ普段は威張り散らしているが、戦場じゃ碌に戦うこともできねぇ!」
「貴族など何する者ぞ! 一気に勢力拡大と行きやしょう! 姐御!」
「精霊の森を抜けてイグニス公爵領にでも攻め込むかぁ!? 使徒なんざ恐るるに足らずよ!」
好き放題言いたい放題の部下たちの言葉を流して聞きながらパスカルは酒を呑み肉を頬張る。豪快で腕っぷしは確かな女だが、次の手をしっかりと考えているのかがギュスターヴには気になった。彼がチラチラと様子を横目で窺っていると1人の男が彼女の側へと駆け寄ってきた。
「姐御、平民たちが糧食の供出を断ってきやがりましたぜ。どうしますか?」
「ほう……そいつは生意気だね。明日1番に処すとしようか。で、商業ギルドはどうだ?」
「ギルド内に立て籠もってますぜ。中に戦える者もいるみたいです」
「ふッ……明日の光景を見れば考え直すだろうさ。誰も街から出すんじゃないよ!」
「はい姐御!」
パスカルには何やら考えがあるようで明朝に何かをするようだ。
ギュスターヴはそれを見届けなければならぬと覚悟を決めた。
◆ ◆ ◆
――明朝
パスカルは街の平民代表を務める者とヴィルヌーヴ侯爵家に連なる者たちを中央広場へと集めた。
家に閉じこもっていた平民たちは叩き出されて、今から始まるショーの見物人をさせられようとしている。
「皆の者! 集まったようだね。これから我が〈血盟旅団〉に楯突いた愚か者共の処刑を開始する!」
思いもしない言葉に無理やり集められた平民たちから悲鳴のような声が上がる。
逃げようにも逃げることなどできない。
出入り口は封鎖されているし、家族を人質に取られている者も多い。
「まずはこの領地の新たなる支配者となった私に税を納めることを拒否した愚か者からだ! さぁ連れて来い!」
命令に従い、1人の老年の男が引っ立てられてくる。
そして四つん這いにさせられると体を押さえつけられてしまった。
彼如きの力ではビクともしない強力のせいで、身じろぎ1つできないようだ。
その横では大剣を振り上げている男がいる。
ギュスターヴだけでなく見ている者は皆、これから何が起こるのか理解したことだろう。
「最期の言葉を言え! 私が許す!」
「皆、聞け! ヴィルヌーヴ侯爵は確かに善政を行ったとは言えんかも知れぬ。だが、この女は論外じゃ! このようなことは鬼畜の所業よ。なけなしの税は既に侯爵に納めたではないか! 決して屈してはならん! 良いか! 屈してはならぬぞ!」
「よし。中々のご高説ありがとう。貴様ら、私に逆らった者の末路をしかとその目に焼き付けよ! 殺れ!」
ザシュッと言う鈍い音と共に皆に訴えかけていた男は永遠に沈黙した。
ギュスターヴは思わず目を逸らす。
「(あの女は常軌を逸している……俺には相容れることなどできん)」
「さてお次はこいつらだ! ヴィルヌーヴ侯爵の一族、つまりは貴族様だな。これまで民を虐げてきた悪政……とても許すことなどできん! 最期の言葉を許すことすらおこがましい! よって一族郎党皆殺しだ! 殺れ!」
次々とその首に剣が振り下ろされていく。
大人から子供まで――老年から幼子まで容赦なく殺戮が行われ、平等に死を与えられた。
「苦しまないだけ良いと思うのだな。良いか貴様ら! 逆らう者は皆殺しだ! 今後の身の振り方をよくよく考えておくことだ!」
そう言い捨てるとパスカルは側近の男に何か囁いて姿を消した。
広場はもう地獄絵図と化しており、あちこちからすすり泣く声が聞こえてくる。
「俺は、俺は何故動かなかった……あんなことはあってはならない。クソがッ……俺は何をすべきなんだ」
こんなものは自分の理想とは程遠い光景だ。
目の前で起こっている惨劇すら救えずして何が「貴族社会を改革する」だ。
ギュスターヴはあまりにも無力な自分の情けなさと何より動けなかった怒りに襲われ、後悔し懺悔した。
しかし1人で〈血盟旅団〉と事を構えても無駄死にになるのは目に見えている。
無駄死にではかつての同胞たちに顔向けなどできない。
ただでは死ねぬとギュスターヴはそう思っていた。
「このままでは俺も外に出られそうにないな……俺の為すべきことは……」
奴らと同じ空間で過ごすことなどできない。
そう考えたギュスターヴは小さな宿屋に泊ることにした。
宿の女将に金を払った時に見た顔が目に焼き付いて離れない。
パスカルたちの仲間だと思われているのだ。
後日、刑に処された遺体がどうなったのかを聞く機会があった。
商業ギルドに血みどろの惨殺死体が投げ込まれ、有効利用されたそうだ。
「利用された……か。彼らは利用される側になってしまった訳だ」
ギュスターヴは見張りを付けられ、ほぼ軟禁状態になりながら考え続ける。
ありがとうございました。
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