第3話 意外な招待状
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ジャグラート王国への懲罰遠征軍が出陣して間もなく、ロードス子爵家の使いがギルドハウスを訪れた。
預かりものがあるので貴族街まで来て欲しいとのことだったので、レクスはセリアとホーリィと共に馬車に揺られて王城のある城壁内へと入る。
ロードス子爵が王都にいたのはジャグラート出兵の閲兵式に参加するためだったようで、貴族街の邸宅を訪れるのも久しぶりらしい。何かの役職に就いていれば王都に留まるのだが、彼らは現在特に王国の仕事に携わっていないのだ。
ホーリィも連れて行ったのは彼女が古代神を信仰している彼らに会いたがったためである。
「久しぶりに来たわ。私が小さい頃以来かしら」
セリアも滅多に訪れないようで、心なしか声が弾んでいる。
良い思い出でもあるのだろう。
「一体何の用事だろうな。特にやらかした気はないんだけど……」
控えめな大きさの邸宅であるが、それでも十分な広さを誇る白亜の美しい建物だ。
あまり王都へ来ないのにもかかわらず必要なのだから維持するのも大変そうだ。
貴族であれば皆、貴族街に邸宅を構えていると言うことなので、その辺の出費は痛手だろう。
一応は彼らにも悩みはあると言うことだ。
「何かぁ気付かない内にやっちゃったんじゃないのぉ? あなたのことだしぃ」
「うッ……心当たりが……」
ないと言い切れない辺りがレクスのレクスたる所以である。
セリアがそんなやり取りに苦笑いしつつも邸宅へと招き入れる。
「まぁとにかく入りましょ。歓迎するわ」
「んじゃ、お邪魔しまーす」
「お邪魔するわぁ」
セリアも王都へ来てからホーリィに慣れつつある。
最初は初めて会う亜神に対してカチカチになって緊張していたのだが、如何せんホーリィが思ったより人間臭いのでそれが良かったのだろう。
中へ入ると待っていた侍女たちの挨拶を受けて、すぐにロードス子爵の元へと案内された。
20畳ほどの部屋だったが、ここは家族だけで寛ぐ時に使う部屋らしい。
いつも通り温かく出迎えてもらったのだが、彼の目がホーリィに留まると流石に驚いたようで、目を見開いて絶句している。
慌てて子爵夫妻共に礼をするが、そのようなことを気にするホーリィではない。
「聖下、此度はこのような場所へ態々出向いて頂くなど光栄の極みでございます。出迎えなかったことをお許し下さい」
「言っていなかったのだしぃ……別に何とも思っていないから大丈夫よぉ。私の方こそぉ主への信仰に感謝するわぁ」
古代神を崇めている者にとってはやはり亜神の存在は大きいのだと改めて認識させられるレクス。同時にロードス子爵は何故、古代神を信仰しているのかと思う。
「寛大なお言葉、感謝致します。ささ、ホーリィ聖下、大した部屋ではございませんがお寛ぎ下さい」
「ありがとぉ」
レクスもホーリィに倣って隣に腰掛ける。
セリアは久しぶりに両親に会えたことを素直に無邪気な様子で喜んでいるようだ。
すぐに侍女たちが紅茶とお菓子を用意していった。
ホーリィは甘い物に目がないので目を輝かせて喜んでいる。
非常に分かり易い。
「さて本日呼んだのは他でもない。レクス殿にこれを渡すためだ」
ようやく全員が腰を落ち着けると、ロードス子爵はすぐに本題を切り出した。
手には蝋印で封をされた手紙らしき物。
レクスも困惑したが流石に封蝋の印まで分かるはずもない。
「拝見しても?」
「構わない。とある大貴族から預かった物だ。是非君にとね」
大貴族と言われても全く心当たりがないので、少し躊躇したがペーパーナイフで開くと中身を改めた。見るのは少々怖いが、最初に手紙の送り主を確認すると、そこには意外な名前が記載されていた。
「ええ……マジか」
思わずレクスの口から呟きが漏れる。
その手紙の主の名はクレイオス・ド・カルディア。
そう、グラエキア王国の6公爵家筆頭であり、盟主派であるあのカルディア公であった。内容自体は大したことが書いてある訳ではないが、何故か感謝の言葉が躍っている。ますます意味が理解できずにレクスは困惑せざるを得ない。
「そしてこれだ。君への招待状だよ」
「招待状……ですか?」
ロードス子爵から差し出されたのは黒い封筒だ。
聞けばこちらは持参してもらえれば良いそうだ。
「気が向いたらカルディア公爵領の領都アルカディアに来て欲しいようだ。その招待状と言う訳だな」
「カルディア公が!? レクス一体何したの?」
「クレイオスのお坊ちゃんねぇ……私も会いに行こうかしらぁ」
セリアが思いもよらない名前に驚いているが、驚くのはこちらである。
頼むから疑いの籠った眼差しを送ってくるのは止めて頂きたい。
「何でまた私なんかに? 特に接点はないと思うのですが」
「まぁ伝手が出来たと思って受け取っておきなさい」
「(うーん。カルディア公とのイベントなんてあったか? 何か見落としがあるのかも知れないな)」
レクスの中でカルディア公と言えば物語の黒幕の1人だと言う認識でしかない。
分からないものはしょうがないので、取り敢えずは受け取っておく。
受け取りを拒否できるような立場でもないし、そんなことをしてもデメリットしかないだろう。
「ありがとうございます。確かに受け取りました」
「レクス! 行く時は私も連れてってよ!」
「あら? となればやっぱり私も行こうかしらぁ?」
2人が凄い勢いで前のめりになり話し掛けてくるので、その圧に押されてレクスは承知させられてしまった。
「楽しみだわぁ……」
「旅行……旅行……レクスと旅行!」
ホーリィは行ったことがあるのか、何かを思い出すかのように何処か遠い目をしている。セリアは顔を赤くしながら何か呟いているが、小声なのでレクスにはよく聞き取れない。
ただ、嬉しそうなのは確かなようだ。
「(まぁホーリィがいれば問題ないか……)」
そして話題は竜神裁判に移っていた。
「良かったじゃない? あんな魔女裁判みたいなことぉ、茶番だわぁ」
確かにカルディア公が出て来なければ勝負はケルミナス伯爵の勝利で幕を下ろしていただろう。竜神裁判を見ていた限り、ホーリィの言う通り、裏では既に判決は決まっていたに違いない。
何故、彼自身が出てくる事態になったのか、そして敢えて危険を冒す意味とは何なのだろうとレクスは考える。
「お父様、どうしてカルディア公が味方して下さったのですか?」
「ははははは! それは私の日頃の行いが良かったからさ!」
「もう……貴方はすぐに調子に乗るんですから……」
セリアの真面目な問いにもロードス子爵ははぐらかすかのように答える。
夫人のアネットも言葉とは裏腹に微笑ましい様子で見守っている。
「まさか死霊術士を使うとは思いませんでした」
「そうだな。探し出すのは大変だっただろう」
「死霊術士が使った能力『死霊術』の【呼び戻す】はかなりの職業点を稼がなければ習得できない……かなりの使い手じゃないと誰も覚えていませんよ」
レクスが思いの外、踏み込んできたのでロードス子爵は少し汗をかきながらも語る。
秘密にしておいてくれと、そう釘を刺されていたのだからしょうがない。
カルディア公が早くから有能な死霊術士を探していたことは事実である。
「早い段階から探して頂いていたと言うことだ。有り難いが大きな借りができてしまったな……」
「借りですか……(おかしいな……使徒から見れば一介の小貴族。大貴族がそんなことをするか?)」
「と言うことはお父様が、最初から根回しされていたのね!」
「ディオンは愛する貴女のために頑張ったのよ? それを覚えておきなさい」
ロードス子爵であるディオンの代わりにアネットが答える。
竜神裁判に本人が見届け人として出席し、かつ介入するほどの事態を作り出すにはどれだけの対価が必要なのかと考えるとレクスはゾッとする。
レクスが急に黙って何かを考えているのが分かったのかロードス子爵は話題を変えるべく口を開きかける。
「あッ!!」
『!!』
黙っていたレクスが突然大声を出したせいで、この場にいた全員が体をビクリと震わせる。
皆の視線が声の主に集中した。
「ちょ、ちょっとレクスったら何で急に大声なんか……びっくりしたじゃない……」
「ごめんごめん。ちょっと思い出したことがあってさ……いや申し訳ないです」
何故、こんな単純なことを思い出さなかったのかと、レクスは自分の馬鹿さ加減にウンザリする。
これから双龍戦争が勃発するのは全てはカルディア公がカルナック王家に恨みを抱いたのが原因だ。
彼の娘が神聖力の暴走、『神気暴走』で死に瀕していた時に、王家が持つアウラナーガの能力『神気吸収』による治療を頼んだが断られたことが原因で両者の関係に亀裂が入ったのである。
そのことから考えると、考えられるのは1つ。
レクスがロードス子爵に献上した神の想い出を彼がカルディア公に渡したのだろう。そしてそのお陰でカルディア公の令嬢の命が救われたのだ。竜神裁判で神の想い出の効果を知り、向こうから接触してきたと言ったところか。
「とにかく時間を見つけてアルカディアに行けばいいんでしょうか? それともなるべく早めの方が?」
急にいつものレクスに戻ったことに戸惑いつつもディオンは何事もなかったかのように答える。表情を読ませない辺り、流石は貴族である。
「公爵はいつでも良いと仰っていらしたから、いつでも良いと思う」
「分かりました。時期を見て行こうと思います」
「それがいいだろう」
レクスの答えに笑顔で頷くディオンの言葉に被せるようにセリアが勢い込んで話し掛ける。
「レクス、私も行くから!」
「だからいいって。それに行くとしても休暇中になるんじゃないか?」
休暇中でも色々起こるだろうし巻き込まれるから行けるかどうかは分からない。
それでも約束していれば彼女の気も安らぐだろう。
彼女は気が急いているようで頬をプクッと膨らませて不満そうな顔をする
「むーそうだけど……弾丸列車があるからさ。それだと早く行けるんじゃない?」
「ゆっくり楽しめないんじゃないかと思ってな」
そんな乗り物もあったなとレクスが思い出す。
王都とカルディア公爵領などの重要拠点を結ぶ列車の名前だ。
「そっか。ゆっくり観光したいわよね」
「そうそう。一緒にな」
レクスが無自覚にそう言うと、セリアの心はかき乱されていた。
「(い、一緒に!? えへへへ……)」
結局、用事は招待状の件だけだったらしく、後はレクスは何処か機嫌の良いセリアと会話を楽しんでいただけであった。
ホーリィもお菓子を食べながらロードス子爵夫妻に偉そうなことを言い聞かせている。
図らずもカルディア公と接点ができてしまったレクスであったが、別に恨まれる訳ではないので仕方ないかと精神の着地点を見い出していた。
こう言う時は良い方向に考えておくのが吉である。
ありがとうございました。
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