第1話 ジャグラート懲罰戦争
本日より第三章『双龍戦争勃発』編の開始です。
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――聖グローリア暦1329年3月18日
とうとうその日はやって来た。
王城の閲兵式の場には貴族諸侯の騎士団が集合していた。
流石に国を挙げての懲罰戦争と言うことで兵力はかなりの規模に及ぶため、その多くは城壁外で待機している。
この場にいるのは参陣する貴族と彼らの選抜された騎士だけだ。
それぞれが家の力を誇示するかのように彼らの装備は煌びやかで目立つ物であり、人々の目を惹く光景であった。
その中心にいるのはカルナック王家の第1王子でありグラエキア王国王太子のロイナスであった。
カルナック王家のヘイヴォル王とその子女たちの隣でカルディア公もその光景を見つめていた。
彼は王家を守護せし者。
近衛の立場故に懲罰戦争には参加しない。
空同然になるグラエキア王国・王都グランネリアを護らなければならないからだ。
カルディア公の切れ長の目からは何も読み取ることはできないが、彼は閲兵式の前に行われた軍議のことを思い出していた。
◆ ◆ ◆
「何だと!? 計画を中止しろと申されるのかッ!?」
「ダイダロス公! 声が大きいですぞ!」
思わず大声を出してしまったダイダロス公が慌てて口を噤む。
注意したのはイグニス公である。
「カルディア公よ……何を今更なことを言っておるのだ。この日の為に皆準備してきたのだぞ?」
「そうである。出陣前の今、しかも計画を立案した本人が中止を言い出すとはどう言う風の吹き回しなのだね?」
ローグ公とアドラン公も次々と疑問を並べ立てる。
この場にいる4公爵は皆、カルディア公の突然の心変わりに戸惑っていた。
「ジャグラートを占領するだけで十分だと思ったのだ。王家には既に力はない。これ以上の弱体化は不要だ」
カルディア公は彼らが唱えた異議を一蹴する。
その表情はいつもの余裕を湛えた笑みとは異なり無表情であるが、何を考えているのか悟らせない。
「何を申されるのか。いくら筆頭の貴公とは言え、許されまいぞ」
ダイダロス公爵家のヴェリタス公女はヘイヴォル王の側室であり、第3王女のリーゼを産んでいる。
古代竜の血を色濃く受け継いでいなければ王位を継承することはできない。
それ故に計画が為れば、王位継承順位第2位のリーゼが繰り上がる形となるため、ダイダロス公の王国内での影響力が大きくなるのだ。
「ダイダロス公の言う通りだ。私が貴公の計画に乗ったのはそれが自身にとって有益であると判断したからだ。私は反対だ」
ローグ公も断固として反対の姿勢を崩さない。
彼にも彼の思惑があり、その計画に沿って動いている。
「有り得ませぬな。ジャグラートの王位の話も白紙に戻すと言う訳かね?」
「そちらについては特に口を挟むつもりはない。変更するのは王家の問題だけだ」
イグニス公の質問にもカルディア公は意見を変える気はないようだ。
しかし、アドラン公は今更になって彼がどう言おうとも問題はないと考えていた。
「貴公に何があったのかは知らんが、賽はもう投げられたのだよ。ジャグラートに出陣して計画を実行するのは我々だと言うことだ。最早計画は貴公の手を離れているのだよ」
「……」
そう言われると、カルディア公としても沈黙するしかない。
全てを計画したのは気の迷いであった。
彼の大事な娘――第2公女たるシルヴィが命の危機に晒されたせいである。
その問題が解決し、冷静になった今、王家に多少思うところはあっても計画はやり過ぎであると考え直したのだ。
「その通りだ。後は我々が実行に移す。貴公は見ているがよかろう」
ダイダロス公はすぐさまアドラン公の意見に賛同する。
「我々にはまだ利があるからな。今頃になって盟主派としての意見など出されても困ると言うものだ」
続いてローグ公も何やら匂わせ振りなことを言って、この計画と並行して何かの謀を企んでいることを示唆する。
「まぁ、私としては建国の夢が叶うならそれで良いですがな。しかし皆さんの思惑を潰す訳にもいかぬのでな。反対させて頂こう」
イグニス公はどちらでも構わない様子だが、使徒派であり万が一にも野望が成就しない可能性を考えれば、計画の中止など有り得ないと判断する。
カルディア公以外の4人はやる気満々なようだ。
その顔は野心に染まっている。
そこまで言われてはカルディア公にも止めることはできない。
後戻りはもうできないのだ。
この場にいる5公爵は一蓮托生でなのである。
「止むを得ん……」
カルディア公は己の浅はかさに後悔しつつ、ここに至っては是非もなしと諦め呟いた。せめて王国の未来が最悪なものにならないようにすべく今後の計画を練る必要性を感じる。
カルナック王家の血筋を途絶えさせることはできない。
近衛として盟主たる王家を護り、王国に平穏を取り戻すべく動いて行くことを静かに誓った。
「決まりであるな。動き始めた運命と言う名の歯車はもう止まることなどないのだよ」
アドラン公が無慈悲にも言い放つと、ダイダロス公も後に続く。
「全ては貴公が計画した時から決まっていることなのだ。今更後悔しても遅いのだ」
「貴公も同じ船に乗っているのだ。つまらんことを考えないようにするのだな」
そう言い捨てるとローグ公はカルディア公を残して立ち去っていく。
それに残りの3人も続いた。
ただ1人残されたカルディア公は拳を硬く握りしめると決意に満ちた声で言った。
「ガルダームを殺さねばならん。漆黒竜復活の阻止。他にもやることは山積している。尻拭いは自分でやる」
◆ ◆ ◆
閲兵式前、ヘイヴォル王の私室にて。
室内にいるのはこの部屋の主、ヘイヴォル王、そして王太子のロイナスだ。
ヘイヴォオルの申し訳なさそうな目が優秀な息子の姿を見つめていた。
その深い皺が刻まれた顔からは中々喜怒哀楽を読み取ることはできないが、此度の戦争でロイナスが総大将にならなければならなくなったことを痛んでいるのが分かる。
「ロイナスよ……此度はお前まで出陣となってしまいすまぬと思っておる」
以前なら感じられた覇気もなく寄り添い謝罪するヘイヴォルに、ロイナスが明るい声で返事をする。父親であると同時に国王として未だ君臨する彼に心配は掛けまいとしているのだ。
「父上、私は気にしておりません。カルディア公があそこまで強く主張したのです。あそこは私が出るべきでした」
使徒派である5公爵家がカルナック王家の力を抑えようと動いている今、盟主派のカルディア公の意見を尊重するのは必然であった。
一時期は険悪になりかけたが、それで6公爵家筆頭の彼の影響は大きい。
「わしはのう……お前が危険に晒されぬかと心配なのじゃ……決して最前線で戦うことはしてくれるな。ゴホッゴホッ」
「大丈夫ですか父上! 分かりました。そのように致しましょう。私が留守の間はお体に気を付けられますよう」
有能な息子ではあるが、周囲の期待に応えようとするあまりに、そして王家の力を取り戻そうと動くのは目に見えている。
相手は古代竜ゲルオグヴァクスの血に連なる者であり、魔剣メイデンヴァルクスを使いこなす使徒である。
そしてジャグラートの兵は剣を尊ぶ国柄で、強兵揃いときたものだ。
いくらロイナスが黄金竜アウラナーガの血を色濃く受け継いでいる強者であるとしても血による力だけで抗しきれるほど甘くはない。
聖剣や究極魔法を使いこなす5公爵に任せるべきなのだ。
「うむ……相手は1人とは言え、古代竜の血に連なる者――使徒なのだ。くれぐれも注意せよ」
「父上、ご心配には及ばないかと。ジャグラート王国のラーマ王は親しくしていた間柄ですし、彼は聡明で覇気のあるお方です。私は彼ほどの人物が侵略戦争を起こしたとは思えぬのです。恐らくは家臣の暴走が原因。必ずや向こうから頭を下げてこられるでしょう」
ロイナスには確信に近いものがあった。
彼の言った通り、ジャグラート国王は名君として名を馳せている。
必ず何らかの事情があると考えていた。
「ふむ。そうであれば良いのだが……戦争はもうこりごりじゃゴホッゴホッ」
ヘイヴォルの咳は酷くなる一方で心身共に衰えてきている。
父親想いのロイナスとしては、戦争よりヘイヴォルの体の方が心配なのである。
自然と言葉にも、その身を案じる気持ちが籠る。
「もうすぐ閲兵式です。それまでお体を御休めください」
そう心配する言葉を掛けるロイナスにヘイヴォルは念には念を入れておくと決めていた。
「いや、その前にやっておくことがある。これを授けておく。きっと力になるはずだ……ゴホッゴホッ」
咳き込みながらも集中してヘイヴォルが自らに宿る力を解放する。
その瞬間、部屋の中が眩く光り輝き、その体が神々しい光に包まれた。
「こ、これは……よろしいのですか……?」
滅多なことでは動揺しないロイナスが驚愕の表情を見せ、中々言葉が出てこない。
自分はもう長くはない。
そう考えたヘイヴォルが愛する我が子に賭ける最後の保険だ。
「お前の安全が第1なのだ……」
そう言ってヘイヴォルは古代竜に連なる者としての奇跡を見せたのであった。
◆ ◆ ◆
閲兵式は粛々と進められた。
アングレス教会から派遣された総大司教パトリア・ルヒスが古代竜に祈りを捧げ、武運を願う。
そして総大将のロイナス王太子からは叱咤激励と無事の帰還を願う演説が行われた。
閲兵式が終了すると、いよいよ出陣の刻だ。
ヘイヴォル国王とその一族であるカルナック王家の面々、カルディア公らがそれを見送った。
不安な表情をしている者はいない。
兵士たちは中央大通りを通って外へ向かうことになる。
儀仗兵たちが左右を固める中、ロイナス王太子を先頭にして5公爵―ローグ公、ダイダロス公、アドラン公、イグニス公、ファドラ公の騎士団が続く。
最後に貴族諸侯の騎士団が通ると、通りにはその様子を見るために多くの国民が押し寄せており、押し合い圧し合いの状態である。
特に子供たちは興味深々で煌びやかで格好の良い騎士団を羨望の眼差しで見つめている。
自由都市サマサで行われた蛮行に対する誅伐をのための戦争なのだから、多くの国民は理解を示していた。国民から徴兵が行われることもなかったため、彼らに不満はない。
多くの観衆に見送られ城壁の外へ出ると、ロイナス王太子が大音声で叫ぶ。
「さぁ出発だ!! 我々に敗北の文字はない!! ジャグラート王国を誅伐し、皆が無事に王都へ帰還することを願う!!」
まずは自由都市サマサへと向かい、そこから北上する。
まだ雪の残る中、王都グランネリアから出陣した総勢十万にも及ぶ軍が動き出した。
物語や運命と共に。
ありがとうございました。
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