第56話 ローラのお茶会
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中等部の受験が終わった翌日、ギルドハウス前にはローラヴィズからの迎えの馬車が訪れていた。
貴族街に入るのはバルバストス侯爵の邸宅に招かれた時以来である。
それに乗るのはレクスとセリア、ミレアにホーリィ、マイン、そしてカインまで一緒である。レクスは来ないだろうと予想していたのだが、彼に声を掛けた時に何か考えているようだったので、思うところがあったのだろう。
急な参加表明であったが、平民からも多く参加するようで馬車の数は4台にも及んだ。そのため、カインも問題なく乗せてもらうことができた。
久々の馬車に皆が興奮して車窓からの景色を眺めながら、わいわいと騒いでいる。
そこからの見る王都の景色は、いつもと違っているのだろう。
セリアとホーリィだけはそんな彼らを微笑ましく見守っていた。
やがて貴族地区に入ると大きな邸宅が連なるように建ち並んでいるのが見えてくる。やはり平民地区とは規模そのものが違うのがよく分かる。
比較的、王城に近いバルバストス侯爵邸に到着すると、既に多くの者たちが大広間に集まっていた。流石に2月下旬ともなると外でお茶会を催すのには寒すぎるため、今回は屋内である。
「今回のお茶会を主催したローラヴィズ・ド・バルバストスです。皆さん、春からは同じ中等部の仲間となります。縁あってのことですので、身分に関係なくこの機会に多くの方たちとの友誼を持てますように……」
ローラヴィズの挨拶が終わると立食形式のお茶会となった。
今回の主催者はあくまでもローラヴィズ個人なので、バルバストス公爵が出てくることはない。と言うか、現在は本領の方へ戻っているらしく不在のようだが。
テーブルの上には所狭しと極上のお菓子が並べられており、自由に取って食べることができる。
茶葉も複数の種類が用意されているようで、侍女がすぐに入れてくれるようだ。
早速、ミレアとマールはお菓子に夢中になっているが、ホーリィは意外と冷静で何処か憂鬱そうな感じにも見える。
スイーツに目がない彼女だけにレクスは不思議に思ったが、亜神と言う超越者だけに何か感じることでもあるのかも知れない。
「ローラ、今日はお招き頂きありがとう。春からもよろしくな」
周囲のローラヴィズへの挨拶攻勢が治まったところで、レクスは彼女に声を掛けた。
「ぷッ……嫌ね、まだ入学できるって決まった訳じゃないでしょう?」
「もう決まってるよ。俺の中ではね」
ローラヴィズは然も面白い冗談でも聞いたかのように楽しそうに笑った。
笑う中にも上品さがあるのも貴族であるが故であろうか。
「それとローラ、紹介するけどこちらがセリア。騎士科を受けたロードス子爵家のご令嬢だ」
「セリアと申します。ローラヴィズさんよろしくお願い致しますね」
「こちらこそ、レクスから話は聞いているわ。是非仲良くしてくださいね?」
「もちろんです。ずっと領都にいたから友達ができて嬉しいわ」
「ふふ……」
2人が年相応の純粋な表情を見せ、互いに顔を見合わせて笑った。
「そうそう。中等部の先輩方もお呼びしているから、何かあれば聞いてみてね」
「へぇ……ローラは交友関係が広いんだな。貴族ってのは大変だって実感するよ」
謙遜してはにかむローラヴィズ。
やはり美しい。この年齢にしてこの美貌は将来、傾国の美女になるのでは?と心配になるほどだ。
「それにしても貴族か……」
彼女の姿を見て思わず想像してしまう。
貴族になることができれば最大の懸念事項である権力や権威にも対抗できる。
とは言え、それを得られるかも知れないが同時に貴族としての義務を負うことにもなるので面倒なのは変わりない。
権利を持つと義務も生じるものだ。
隣ではセリアとローラヴィズが楽しそうに歓談している。
ホーリィは生徒の1人と何かを話し込んでいるし、何とカインまで話し掛けている。彼は同じ獣人や亜人と知り合ってから元来の元気さを取り戻していたのでレクスとしてもホッとしているところだ。
レクスも情報収集でもするかと動こうとすると、得物は向こうから近寄ってきた。
「レクスさんですね。初めまして。私はカサンドラと申します」
そう言うとニコリと微笑み掛けてきた。
とても清楚な感じがして大人しそうな印象で、薄く紫がかった黒色の髪が美しくて目を奪われそうになる。既に彼女の周囲には取り巻きができているようで、話し掛けられたレクスの方を睨んでいる者もいるほどだ。
「ああ、初めましてだな。カサンドラさん。俺のことはレクスで。その方が楽でいい」
「では私のこともカサンドラとお呼びくださいませ」
「君は確か実技試験の会場で見たような気がするな」
「ええ、私は光闇導士ですので。それよりも凄いのはレクスの方です。あんな威力の魔法と魔力操作の無駄のなさにはとても感心致しました。今すぐにでも宮廷魔導士になれそうなほどの実力だと思います」
どうやらレクスは見られていたようだ。
あの時はとにかく早く終わらせようと事務的に魔法を放っていたので周囲のことは特に気にしていなかった。
ヒナノがいたこともあってさっさと終わらせたかったのだ。
「誰か師匠でもおられるのですか?」
「いや? 剣の師匠はいるけどね」
「まぁ……となると独力で? しかも剣ですか? 剣まで扱えるとなると最早、向かうところ敵なしですね。本当に凄い……」
「日々鍛錬をしていれば、ああなるよ。単に努力しただけだし大したことはしていない」
それを聞いて更に驚きの声を上げるカサンドラだが、レクスは何となく違和感を覚えていた。
清楚系のお嬢様キャラかと思うのだが。
付き合っていく内に分かるかと思い、すぐに考えるのを止める。
そこへ大声で割り込んでくる存在がいた。
「おーおーやっぱり昼行燈か。お前なんかがどうしてこんな場所にいるんだよ。ここはお前がいていいところじゃないぜ?」
「よくもまぁ中等部なんか受けたもんだな。最近は粋がってるみてぇだが調子に乗んなよ?」
こう言う連中は何処にでも現れるものだなぁとレクスは思わず遠い目になってしまう。
「まーそう言うなって。中等部になってそのレベルじゃあお里が知れるぜ? ちょっと自省しような」
「ああ!? そもそもお前なんか貴族様と仲良くしていいはずないだろ」
「お前みてぇなやる気のないヤツが来られたら皆迷惑するっての」
こいつら本当は俺のこと大好きだろと思いつつも、レクスは呆れずにはいられない。その目は節穴のようだし、どうしたものかと考えていると横手から怒りを含んだ声が飛んで来た。
「止めてくれるかしら? レクスは私の大切な友人だし、優秀な人だわ。ここはそんな理由で人を貶める場じゃないの。貴方の方こそ相応しくないのではないかしら?」
ローラヴィズの表情は真剣で本気で怒っているのがよく分かるし、その視線には軽蔑の色が混じっている。
「俺も賛成だな。せっかくの茶会が台無しだ。君たちがやっていることはローラの顔に泥を塗る行為だと気付かないのかな?」
「これだから平民は……と言われるのだろうな。さっさと出て行きたまえ」
他にもレクスを擁護する言葉が掛けられて、庇われ慣れていない身としては少し戸惑ってしまう。流石に主催者のみならず、他の貴族も出てきたとなれば、彼らにできることなどない。
捨てゼリフを残して逃げ去るのみ。
「くそ! 覚えとけよ!」
「調子乗んなや!」
「おー気になるなら正々堂々と挑んで来いよ。殺してやるから」
中等部になったら実力を出して行く必要があるだろう。
この世界は舐められたら終わりなのだ。
レクスは擁護してくれた人々に感謝の意を示し、その名を刻みこんだ。
中でも最初に庇ってくれたのはプレベーラ子爵子息クロヴィスとダルジレ男爵子息のルシアンだ。
貴族だけあって気品に溢れており、お洒落なスーツをビシッと着こなしている。
ゲームでも聞いたことのない名前だが、考えようによっては彼らも言わばモブ仲間のようなものだ。しばらく簡単に話をすると、レクスはお茶をもらって壁際に並べられている椅子へ腰を落ち着けた。
「はぁ……やっぱ社交の場は疲れるもんだな。もし貴族になったら死ぬんじゃないか? 俺」
そこへローラヴィズが近づいてきた。
すぐに気が付いたレクスが先に声を掛ける。
「ホストがこんなところにいたら駄目だよ。もっと皆と一緒にいないと」
聞く耳を持たずにローラヴィズはレクスの隣に腰掛ける。
「私はレクスと仲良くしたいの! なんで分かってくれないのかしら?」
そう言うと彼女はレクスの肩にタッチして寄り添ってくる。
シトラスのような香りが鼻孔をくすぐる。
「俺もそう思ってるよ」
「あら、本当? それは嬉しいわね」
レクスも男なので可愛い子が嫌いなはずがない。
話していれば自然と表情も緩む。
ただ自重しているだけだ。
しばらく中等部の話をした後、ローラヴィズは本題を切り出した。
「ねぇそれで今度の戦争なんだけれど……手紙に書いてあったように先鋒を任された方が危険じゃないかしら? 相手は使徒なのよ?」
「確かに使徒やその血に連なる者と戦うのは危険だ。だけど今回は王太子の近くにいる方がよっぽど危ない」
彼女には彼女自身とバルバストス侯爵の中だけで留めておいて欲しいと誓ってもらった上で、少し踏み込んで話す。
前回のお茶会で侯爵からとんでもないお土産をもらった御礼でもある。
「どう言うこと?」
「敵はジャグラートだけじゃないってことさ」
聡いローラヴィズはすぐにレクスの言いたいことを理解して目を見開いて驚いた。
そして思わず声が大きくなるのを何とか抑えて、ひそひそと小声で尋ねる。
「!! 謀叛が起こると言うの?」
「ああ、そうだ。俺が手紙を送る前、戦争についてバルバストス卿は何て言ってた?」
「武門の家の力を示す時だと言っていたわ」
「それなら大丈夫そうだな。問題はない」
ゲーム世界においてバルバストス侯爵はジャグラート懲罰戦争後も生き残っている。それならむしろレクスがあれこれ教えない方が生存率は上がるはずだ。
「ねぇ……どうしてレクスはそんなことまで分かるのかしら?」
「……俺は独自の情報網を持っている。それを総合して考えた結果だよ」
彼女は信頼できるとレクスは判断しているが、まだ異世界人だと告白する段階ではない。
それに明かさないならそれはそれでいいのだ。
レクスに話す気がないと理解したローラヴィズはそれ以上の追及はしてこない。
本当に聡い少女である。
「あら。こんなところにいたのねぇ。いちゃこらしおってからにぃ」
「ホーリィか……だって聖下も何だか誰かと話し込んでたじゃないですか」
「ああ……大したことじゃないのよぉ。神人を輩出した家の子がいたからぁ……つい話し込んじゃったわぁ」
神人とは古代神の僕であり、その魂に宿星の種を宿す者。
人々を導く者と言われる存在である。
「へーそれって何処の貴族ですか? 教えて頂いても?」
「アレクシス・タウルス・ベルトラン。ベルトラン伯爵家の長男ねぇ。話してたのは次男のロベールよぉ」
古代神繋がりだと知って納得するレクス。
現在、神人が何人いるかは知らないが、ゲームにももちろん絡んでくる。
「レクスー! こんな目立たないところで何してるのかなぁ……」
今度はセリアの番である。
何故か笑みを浮かべながらも怒っているような気がするのだが気のせいだろうか。
「セ、セリア……さん? ど、どうしたのかなー?」
「ううん。最初以外は放置されちゃったから、私のことなんてどうでもいいのかと思って」
「そんな訳ないやろ。今日は出会いを、新しい関係を構築するためのお茶会だぞ!」
「まぁそれは分かってるんだけどさぁ……」
レクスとしてもセリアが言いたい気持ちは分かるだけに強くは言えない。
内心、申し訳ないと謝罪しつつ、彼女との会話を続けようとすると、またまた違う声が掛かった。
「も~レクスったら~こんなところにいたんだね~! お菓子なくなっちゃうよ~?」
「本当にお前はブレないな」
「ホント? いや~テレるな~」
「ミレアちゃん、別に褒められてないのよさ」
結局、ローラヴィズ主催のお茶会は無事に終了した。
未だレクスに悪印象を抱いている者もいるようだが、そんなことを気にする彼ではない。
セリアも緊張しながらも何人か友達ができたようで何よりだ。
剣に関することを除けば、親しみやすい穏やかな性格の彼女を生徒たちが放っておくはずがない。ミレアとマールは何とかなるだろうと容易に想像がつく。
後は合否結果を待つだけである。
そしてロードス子爵家やレクスにとっての試練が間近に迫っていた。
いよいよ勝負の刻――竜神裁判の判決が下される。
ありがとうございました。
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