第55話 中等部入学試験 ②
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午後からの実技試験は騎士科と魔導科で別々に行われる。
騎士科は暗黒騎士のセリアのみ。
魔導科は暗黒導士のレクスと光魔導士のミレア、そして付与術士のマールだ。
お互いの健闘を祈って別れるとそれぞれの会場へと向かう。
「ううううう……」
とぼとぼと歩きながらミレアが唸り声を上げている。
午前の試験をまだ引きずっているようだ。
「終わったものは仕方ない。実技で取り返すしかないだろ。俺が教えた鍛練はやってたんだろ? あれをこなして魔法陣さえ描ければ大丈夫だから心配するなって」
「そうだにゃー! ミレアちゃんはちょっと心配性過ぎるんだねー!」
レクスもマールもこのままだと本当に落ちかねないと判断し慰めの言葉は掛けておく。そこへ思いがけない声が掛けられた。
「あら、レクスじゃない。調子はどうかしら?」
「おーローラじゃないか。久しぶりだね。俺は大丈夫なんだが、こいつがね……」
視線をミレアに移すと、ローラヴィズはすぐに察したらしく微妙な声を上げた。
少し苦笑い気味である。
「ああ……午前中が芳しくなかったのね」
ちなみにローラヴィズのお願いで、お互い呼び捨てで呼ぶことになった。
レクスと愛称のローラ呼びである。
その方が親しくなれると思っての言葉らしいが、貴族と平民なのに大丈夫かと思わないでもない。彼女が言うには王立学園はそんな校風であるらしいが、あまり馴れ馴れしくなり過ぎないように気をつけたいところだ。
「ローラは賢者だったよね。攻撃魔法と回復魔法と付与魔法を全部試されるのかな?」
「一応はそうみたい。まぁ大丈夫だとは思うけれど……」
ローラヴィズの職業である賢者は第5位階までの暗黒魔法と光魔法、付与魔法を使用できる。
ミレアに対して彼女からは余裕が感じられる。
貴族の風格と言う奴だろうか。
微塵も焦りや不安を感じさせない辺り、幼い頃からそんな教育を受けているのだろう。
「じゃ、一緒に行こうか。ミレアも行くぞー。マール」
「ラジャ」
動こうとしないミレアの襟を掴むと、ずるずると引きずって歩き出すマール。
頼んでおいてなんだが、彼女は意外とパワー系なのかも知れない。
力こそパワー!と言う奴だ。
「でも楽しみね……」
「ん? 試験結果が出ることが?」
「違うわ。試験が終わった後のことよ」
「んん……? 何かあったっけ?」
レクスが思い当たらずにローラに尋ねると、彼女はぶくーと頬を膨らませる。
お冠の様子だ。
「もう……! お茶会の招待状を送ったでしょ! 忘れたら承知しないから!」
「ああ、そうだった。ごめんごめん。明日だったな。楽しみにしてるよ」
「他の貴族子女も来るんだからしっかり関係を築きなさいよね!」
「理解している。権力に対抗するには権力だ」
急に雰囲気が豹変したレクスにローラヴィズが思わず息を呑んだ。
レクスは自分の力では抗しえない存在に対する力を持ちたいと考えている。
となれば権威・権力を持つ者――貴族やアングレス教会、富豪、もしくは他国の有力者。
「いや教会は無理か……」
「レ、レクス? 大丈夫なのかしら?」
「え? 何で?」
普通に自覚なく言動に出ていたのだが、レクスは気付かない。
すぐに元のレクスに戻ったことにローラヴィズは少し安堵したが、父親が言ったような彼の得体の知らない一面を垣間見た気がした。
「いいえ……会場ね。お互い頑張りましょう」
「ああ、ローラも頑張ってな」
そして実技試験が始まった。
レクスは攻撃魔法の会場だけだ。
一応、暗黒導士だと言うことになっており、他の職業になれることは秘密だからである。
別の会場にはマールがミレアを引きずっていった。
にこやかな彼女の笑みと絶望感しかないミレアとの対比が面白かったが、レクスは励ましの言葉だけ掛けておいた。
そしてレクスの試験が始まろうとした時に、新たな闖入者が現れた。
それを見てレクスの顔がげっそりとしたものに変わる。
「えーそんな露骨な顔しなくてもいいじゃーん。ちょっと見に来ただけなのにさー」
「ヒナっち、じゃなくて学園長……こんな場所にいていいんですか?」
「いいのいいの。あーしの仕事は事前準備だけだからねー。それにキミの力の一端を垣間見るチャンスなのだよー。ほれほれキミの順番だよー」
「分かりましたよ……大人しくしててくださいね」
小等部で習った魔法を第1位階魔法から順番に的に向けて攻撃魔法を放つだけの簡単な試験だ。
「1stマジック【火炎矢】」
「2ndマジック【火炎球弾】」
「3rdマジック【轟火撃】」
次々と的に魔法を叩き込んで行くレクス。
特別なことをして悪目立ちする気はないので、特に魔法陣をいじることもなく適当に発動している。とは言え、日頃の鍛錬で磨き抜かれた魔法は魔法陣の描写から発動までが異常なまでに速い。
レクスからすれば、ただの作業なので事務的にガンガン放つだけ。
火、氷、風、土の魔法を放ち終えると、周囲には人だかりができていた。
「あーね(この子は想定の上の上を超えてるわ。威力から魔力関係の動作まで次元が違う。あーここまで凄いのかー見に来て良かったっちゃ良かったんだが)」
「えッ……あれ……?」
困惑するレクスに周囲の人々の表情が引きつっている。
中等部デビューをしようと考えていたレクスであったが、派手な入学前デビューとなってしまった。
よく分からないがこんな時は逃げるに限る。
レクスはすぐさま逃げるようにその場から去っていった
「何なの、あれは……(え? 何あれ。え? 気怠そうに魔法撃ってただけなのに……)」
回復魔法の実技を終えて攻撃魔法の会場に足を運んでいたローラヴィズも目撃した者の1人である。ただただ茫然と彼が去ってしまった後を眺めるのみ。
そしてお忍びで会場に来ていたヒナノは普通に教師陣に見つかって問い詰められていた。
「ちょっと学園長! 何なんですかぁ! あの受験生は?」
「あれって小等部にいた生徒ですよね!? 見に来たってことは何か知ってるんでしょう?」
「私よりも強いですよアレは……」
「第2位階魔法すら使えない者も多いのに、ハッ……あれが例の特別変異個体!?」
「古代竜の血に連なる者なんですか!? そうですよね?」
「落ち着いてー! 落ち着いてってー! こら! 落ち着けやーーー!!」
ヒナノの叫び声が会場に響き渡った。
◆ ◆ ◆
レクスと別れたミレアは追い詰められていた。
「こここここでちゃんと魔法掛けなきゃ! これじゃ私だけがぁ~!!」
レクスがこの場にいたら「キャラ変わってんぞ」と言っていそうな言動である。
そんな使命感を抱いて、順番が回ってきたミレアが魔法を発動する。
何に対して回復魔法を掛けるのか。
そんなに都合よく怪我人を用意できるはずなどないので、的に対して光魔法を掛け、その魔力練成や操作、速度、質などを見る。
更に太古の言語による魔法陣の描写と展開の正確さと速度が重視されるのだ。
「1stマジック【光球】」
「1stマジック【解毒】」
「1stマジック【解麻痺】」
「1stマジック【治癒】」
「2ndマジック【聖亜治癒】」
「2ndマジック【身体強化】」
「3rdマジック【全霊治癒】」
覚えている魔法は全て放った。
とにかくやれることはやった。
ミレアはよく理解していないが、第3位階魔法を扱える時点で優秀な部類なのである。
全てを出し切ったミレアは大地に倒れ伏す。
「バタリ……」
「もしもーし。もしもーし」
態とらしく倒れたミレアに声を掛ける者が1人。
「こ、こんな可愛そうな私に構うのは誰……?」
「何言ってるにゃー。ミレアちゃん、あたしに決まってるよのさ」
「マールちゃん……わたしゃもう駄目だよ……燃え尽きちまったよ……真っ白にな……」
「それ前にレクスくんが言ってたねー」
ミレアはレクスの言動をパクることが多い。
それを知っているマールに平然と突っ込まれてしまった。
「……」
「心配ないと思うにゃー。第3位階を使いこなしてるミレアちゃんを落とす馬鹿はいないのよさ」
それを聞いてミレアは自分で立ち上がるとローブについた土埃をパンパンと払い落とした。そして晴れやかな笑みを浮かべてぬけぬけと言い放つ。
「だよね~!! ほら私って追い込まれたら本気出すタイプだしね~。覚醒って奴だよ!」
「まぁミレアちゃんがそれでいいなら、あたしは別に構わないのよさ」
「へへへ……さ、さ~てレクスの様子でも見にいこっか~」
何処かジト目で見つめるマールにミレアの声が上ずる。
そこへ、レクスが通りかかった。
目聡く見つけたミレアが声を掛けるとレクスも気付いたようで近づいてくる。
「おう。2人共、どうだった? 上手くいったか?」
「楽勝って奴よ~!」
「問題ないのよさ」
マールは控えめに、ミレアは胸を張って自慢げに答える。
調子に乗っていると言うことは本当に上手くいったのだろうとレクスは当たりを付ける。
「しっかし、レベルが高い奴が何人かいたぞ。一応は中等部だってことはあるな。職業が魔人の奴とかいたし。シュナイドって奴だ」
「魔人って何?」
職業のことは小等部で既に習っているはずだが、当然の如く覚えていないミレアから質問が飛ぶ。
「『闇魔法』とか使えるんだよ。俺が職業変更したい中の1つだな。ただまだ魔法はあまり覚えてないみてーだな。中等部に闇魔法の魔法陣とかあんのかなぁ……」
魔人は全職業の中で最も魔力の成長率と補正が高い。
更に優秀な能力も多く非常に魅力的な職業だ。
レクスの暗黒導士と同様に暗黒系なので忌避されやすい傾向にあるのは確かだが。
既にほとんどの受験者が実技試験を終わらせているらしく、後は見学する者、帰宅する者など様々だ。
レクスたちはセリアとローラヴィズの行方を捜して試験会場を彷徨う。
寒いのでついつい足早に歩いていると試験会場でローラヴィズの姿を見つけた。
まだ他受験者の実技を見学していた様子だ。
「ローラ、まだ見てたのか。誰か凄い奴いた?」
「ええ、ちょっと気になってね……見てはないのだけれど、よく分からない職業の人がいるって聞いてね」
それを聞いてレクスの好奇心に火が付いた。
「よく分からない?(固有職業のキャラか?)」
「そうね。確か古代法士とか言ってたような……誰も分かってないみたいだったわ」
レクスはすぐにピンときたので分かったが、この世界の者は知らないようである。
「古代法士? 先生方は誰も知らなかったの?(なるほど……まさかの同世代か)」
「そうみたいよ? でも凄い魔法を放ってたわ(分かり易いわね)」
その質問にローラヴィズは何故か怪訝な顔をして答えるが、やはり知らないようだ。
レクスが特徴を聞くと漆黒の美しい長髪の女性だとか。
見ていると吸い込まれそうなほどの深淵なる瞳を持っていたと言う。
「へー興味深いな。ま、入学すれば分かることだし、とっとと帰ろう。俺たちはセリアを迎えに行かなくちゃだな」
「そうね。私はもう帰るわ。迎えも来ているでしょうし」
「セリアに会っていかないのか?」
「ええ、明日を楽しみにしているわ」
ローラヴィズは軽く微笑んで「じゃね」と言い残すと、足早にその場から去っていった。それを見送ってから3人はセリアがいる騎士科の試験会場へと足を運んだ。
騎士科の方も人が疎らになっており、セリアの姿はすぐに見つけることができた。
「セリア、お疲れ様。どうだった?」
「ありがとう、レクス。たぶん大丈夫だと思う。上手く出来たと思うわ」
会心の笑みで答えるセリアに安堵するレクス。
「セリア~これで同じ中等部に入れるね~」
「お前はまだ確定してないからな?」
ミレアは安定のタメ口を利いている。
相変わらず誰に対してもフラットで恐れを知らない。
「ええ~魔法の実力があり過ぎて落ちることなんて考えられないよ~。ねッマールちゃん!」
「うーん。それはまだ分からないのよさー」
調子に乗るミレアにマールが水を差す。
「ひえッ~」
ミレアが情けない声を上げるが、特に誰も気にしない。
優しいセリアだけは彼女を励ましていたが。
「きっと皆、大丈夫よ。帰りましょうか」
「寒いしな。とっとと帰ろう」
「お~し。速く帰るぞ~やっと穏やかな日々に戻れるのだ~!」
「お前は炬燵に入って寝ていたいだけだろ」
「うぐぅ!?」
「あははーミレアちゃんは相変わらずだにゃー」
そんなくだらないことを言い合いながら4人はギルドハウスへの家路についた。
無事に入学試験を終えたことに安堵しながら。
ありがとうございました。
また読みにいらしてください。
明日も12時の1回更新です。




