第54話 中等部入学試験 ①
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聖グローリア暦1329年も2月下旬を迎え、いよいよ竜神裁判の判決が出る日が近づいてきた。
その結果、セリアのロードス子爵家やレクスにどのような裁定が下されるのかは分からない。だが、彼らにとって良い結果となった場合に備えて動いておく必要がある。ロードス子爵夫妻にとってセリアが中等部へ進学することは決定事項であった。
いよいよ入試当日となり、レクスは魔導科、セリアは騎士科を受験する。
2人は開始時間より早くに校門前にいた。
「とうとう入学試験がきたわね。レクスは大丈夫そう?」
「たぶん余裕かな」
本当に余裕綽々としているレクスだが、セリアはまだ不安なようだ。
領都ロドスでどんな勉強法をしてきたのかレクスは知らないが、小等部の内容に毛が生えたくらいの問題ならば心配はいらないように思うのだが。
「う……本当に余裕そうね……」
「セリアも問題集やったと思うけど簡単だったでしょ? それに剣だって使えるんだし問題ないと思うよ」
レクスとしては励ましたつもりだったのだが、そうは聞こえなかったようだ。
両科とも試験は座学と実技形式で行われる。
レクスなら騎士科でも合格できるだろう。
「ううー! それでも心配なの! レクスの意地悪!」
「はいはい。俺は意地悪ですよ」
セリアがその胸をポカポカと叩いている。
今日は比較的、気温が高く暖かい日のせいか、まだ会場に入っていない受験者が多い。校門前で待ち合わせでもしているのだろう。
ミレアも一緒に行くはずだったのだが、叩き起こしても無理だったためシャルに任せて先にギルドハウスを出たのだ。
待っていればその内来るはずである。
「はっはぁ! ここが学園か! 俺様のハーレム生活が今ここから始まるのだ!」
長い銀髪をたなびかせ野性味のある受験者が騒いでいる。
格好からすると魔導士だと思われる。
「シュナイドさん? ちょっと黙っててくれるかしら?」
隣には清楚な感じの金髪少女が笑顔を顔に張り付かせて苦言を呈していた。
更に栗髪色の少女も加勢してシュナイドを姉のように叱り飛ばしている。
「フ、フィーネさん! 怒らないでもいいじゃんかよー!」
「何がハーレム生活なの! 清く正しい学園生活でしょ!」
「本当に……まずは受かってから言ってくださいね?」
レクスがハッと我に返る。
セリアと共に何故か見入ってしまっていたようだ。
彼らももしかしたら一緒に通うことになるのかも知れない。
2人が顔を見合わせて笑い合う。
「うお~い! 間に合ったぁ~!」
遠くから声が聞こえる――何処かで聞いたことのある声だ。
と思ったらミレアだった。
慌てて走ってきたのでゆるふわの髪が乱れている。
膝に手をついて荒い息を整えているのだが、相変わらず体力がない。
「やっと起きたか。遅刻しなくてよかったな。間に合わなかったら俺たちの後輩になってたかもだぞ!」
「ええ~!? お子ちゃまのレクスの後輩なんて有り得ないよ~。ぷぷぷぷぷ……」
「お子ちゃまはお前だよ。毎回毎回その自信は何処から来るんだよ」
毎度のことながら自信過剰の気があるミレアである。
後はマールを待ちながら時間を潰す。
様々な人々が校門を潜って学園の中に消えていく。
王立学園には他国からも多くの貴族や平民が入試に合格して在学している。
今年も色々な人物が入ってきてレクスたちの同級生になるのだろう。
何処かぽわーっとした雰囲気を持つ少女、寒さからか表情1つ変えずにそそくさと消えていく少女、13歳にしてはスリムだが長身の目が細い少年。
レクスはゲーム世界だから色んな属性がついている個性ある性格を持つ人物が多いんだろうなとくだらないことを考えつつ、マールを待つのであった
そこへプラダマンテがやって来た。
いつも通り晴れ晴れとした表情で明るい声で話掛けてくる。
「やっほー! レクスくん来ちゃった! セリアちゃんもミレアちゃんも頑張るんだよ!」
彼女は1つ年上なので今年から中等部2年生になるのだ。
律儀にも丁寧な挨拶を返すセリアと慣れきってタメ語を話すミレア。
「プラダマンテ、態々ありがとうな。春からは先輩だぞ!」
「良い響きだね! キミたちの頑張りに期待するよ! へへへ……先輩かぁ!」
プラダマンテも満更でもない表情で相好を崩す。
まさかこんな未来があるなんて過去の彼女からすれば考えてもみなかったことだろう。
ようやくマールがのろのろと走ってくる。
皆の前まで来ると膝に手を置いて乱れた呼吸を整えている。
流石はミレアの類友、マールであった。
「ごめーん! 寝坊しちゃったのだ……はぁはぁ……」
マールが落ち着くのを待ってレクスが口を開く。
「んじゃ行くか! プラダマンテ、態々見送りに来てくれてありがとうな。ちょっくら行ってくる」
「頑張るんだよ! 未来の後輩たちよ!」
「頑張ってきます! うう……緊張してきたわ……」
「プラダちゃん、行って参るよ~!」
セリアは自信がないようで緊張しているが、ミレアは自信満々の様子でる。
普通、逆じゃない?と思いつつレクスは試験会場へと向かった。
「あったあった。この席か」
受付で受け取った番号の書かれた紙に部屋と席が記されている。
そこが座学の試験場所である。
周囲を眺めてみると焦って本と睨めっこしている者や、知り合いと会話している者、諦めたのか塞ぎ込んでいる者など様々だ。
セリアは復習がてら参考書を見ているが、恐らく緊張をほぐすために無意識でやっている感じである。
一方のミレアとマールは会話に夢中だ。
マールはともかくミレアは本気で不安になってきたレクスである。
レクス自身は受かると確信していたし、点数は別に満点である必要などないと考えていたので余裕綽々100%である。
やがて試験官が入って来てテスト用紙を配布していく。
科目は計算、太古の言語、国語、薬学、魔力学、歴史学、神学など多岐に渡るが問題数はそこまで多くはない。
最初は計算の試験であった。
余裕で早々に終えてしまったレクスは竜神裁判のことを考えていた。
最初の裁判後からレクスに対する取り調べはほとんど行われていない。
ロードス子爵家とケルミナス伯爵家に多くの捜査が入ったのか、それとも――
レクスは後者――最悪なパターンを想像したが、いくらなんでもそんな杜撰で酷い裁判が成立するのか疑問なところでもある。
とは言え、魔女裁判のような理不尽がまかり通る可能性も否定できない。
こんな時に己の無力感に苛まれるのだ。
最初の試験が終わり、次の試験が始まった。
試験官はレクスたち受験者とあまり年の頃が変わらない印象を受ける少女であった。
「何処かで見た気がするな……誰だろ」
またまた試験を即行で終わらせたレクスは彼女のことを記憶と照合する作業を行っていると、じっと見つめられていたことに気付いた少女がニコリと笑った。
思わずレクスの鼓動が跳ね上がり、顔が熱を帯びていくのを感じる。
その美しい瞳に銀灰色の長髪をルーズなサイドテールにしている。
とても可愛い。
「(分かった! 彼女はファドラ公の……イシュタルか!)」
イシュタルがこの時期に中等部に通っている事実に、ジャグラート王国懲罰戦争が近いことを改めて実感するレクス。王国の総力を挙げて叩き潰す戦争になるので、カルディア公を除く5公爵家は全員出兵する。
彼女は兄と共に領都ファドルフィスに戻るはずだ。
「(公爵令嬢なのにこんな仕事もちゃんとやってんだな。偉いじゃないか)」
使徒の子女たちを見る機会などないだろうと考えていただけに、レクスとしてはその姿を目にすることができて嬉しい。
存在を知覚するだけで、ある程度の実力が理解できるので尚更である。
彼女からは確かに強者が纏う覇気と言うべきものが感じられる。
古代竜の血が入っていると言うだけで、強くなれるのだから反則である。
ならば古代神や漆黒神の力を得れば、どれほどの力を振るうことができるのか。
ジャンヌもレクスが魔力研究に勤しんでいなければ、負けていた相手だ。
「(凡人は凡人らしく努力するしかないのかね……でもなぁゲームのガイネルたちってどうやってそんな猛者を倒せたんだ。確か設定だと……)」
そうこう考えている内に試験が終了する。
皆、概ね順調のようだが1人頭を抱えている者がいる。
言わずと知れた脳内お花畑のミレアである。
俯いてぶつぶつ言っているが、何を考えているのか手に取るように分かるので放っておこうとレクスは即決した。
そんなこんなで全ての試験が終わり、昼休憩の時間となる。
後は午後からの剣と魔法の実技試験だけだ。
昼食はシャルが手軽に食べられる物を用意してくれた。
彼女の存在はとても大きく、感謝してもしきれないほどだ。
早速、頂きますと言って皆で食べ始める。
サンドイッチなどの軽食だが、レクスならそれがカツカレーであっても食べるだろう。あれは摂取すると無敵になれるからなと思いつつ、水筒に入った果実水を口を付ける。
「美味しー! シャルさんって料理も上手よね」
「そだな。いつも助かってる。セリアは――」
セリアがせっかく雰囲気を和らげようとしているのにミレアが頭を抱えて発狂し始めた。
「そんなことより、私の進路が危ないよ!」
「ミレアちゃん、残念だったねー」
ぽんぽんと肩を叩くマールに泣きそうな表情で突っ込むミレア。
「マールちゃん!? まだ決まってないから!」
「そんなん、ミレア自身が1番良く分かってるだろ」
レクスは現実を突きつけるのみ。
「分かり過ぎて辛い!」
「ま、まぁ……あまり思いつめないで実技を頑張りましょ。ね!」
戸惑いながらセリアが励ますが、ミレアには全く効果がない。
結局、追い詰められたミレアはズタボロの精神状態で実技試験に臨むこととなった。
だから普段から真面目にやれとあれほど……。
いよいよ、最後の試験が始まる。
ありがとうございました。
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明日も12時の1回更新です。




