第51話 ファルトゥムの寒村
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ジェラルドの案内に従ってレクスたちは寂れかけの村落へたどり着いた。
いくら寒いからとは言え、人の姿は疎らで活気がない。
子供の姿が全く見えない。
もう昼になろうかと言うのにかまどの煙さえ上がっていない。
レクスは村長の家へ連れていってもらうと、商談があると言って部屋に上がり込んだ。全員入るには家が狭すぎたが、外が寒いので何とか鮨詰め状態で入れてもらうことができた。
「それでこんな村に何の用じゃな?」
レクスたちを胡散臭そうな目でじろじろと見ながら村長が切り出した。
その声から懐疑的な感情が感じられる。
「実はジェラルドくんが凄い素材を発見しましてね。これなんですが」
レクスが薬草の葉を取り出すと村長に手渡した。
じろじろと見るが何なのかまでは理解していない。
態度が「これがなんだと言うんだ?」と明白に語っている。
「……? これが何の素材になるのかね?」
「これはエクスポーションの素材となる物で非常に貴重なんですよ」
「……!!」
流石にアイテムの名前くらいは聞いたことがあったようで驚きを隠せていない。
村長はレクスの意図が分かりかねているようだ。
「それでこれを一体どうしようと言うのかね? これを売ってお金にしろと?」
「貴方はこの村が寂れていくのを見てどう思っていますか?」
答えが返ってくると思っていた村長は逆に問い掛けられて困惑する。
しかし答えないとマズい気がする。
その直感に従って村長は正直に答えるべく口を開いた。
「……行く末は暗い。皆、王都へ流れていくからの」
「この村に魅力がないのはまともな産業がないせいだと思うんですよね。まぁ村人が排他的で陰険そうな面もあるかも知れませんけど」
突然の棘のある言い方に村長は警戒感を高める。
場の雰囲気が険悪なものに変わりつつある。
村長はレクスからは子供とは思えない不気味さを感じていた。
「……! 何が言いたいのじゃ」
「このジェラルドくんが両親からどんな仕打ちを受けているかご存知ですか?」
「……」
この村長は知っている。
何故なら父親がところ構わず愚痴っているからだ。
「知ってますよね? 私は子供は地域全体で見守り育てるものだと思うんです。そうしないと家庭内で孤立した子供は必ず歪んで育ってしまう。特に1番子供に愛情を注ぐべき親が害にしかならないとなると、その子供の一生はそこで終了ですよね」
村長は何も答えない。
ジッとレクスの目を見て何かを探ろうとしている。
「子供にここまで言われて腹が立ちましたか? でも先達が後人を導いてやらないとその共同体は破壊されてしまうんですよね。怠ってますよね、この村は」
「わしらに何をさせたいのかはっきりと言えばよかろう!」
じりじりと感じるプレッシャーに村長は思わず声を荒げた。
目の前にいる人物が本当に子供なのか彼は判断できずにいるのだ。
その言動に不気味さを感じざるを得ない。
「貴方たちもこの村に希望を見い出せず腐ってしまった。本来ならばもっとまともなはずなのに環境が貴方たちを変えてしまった。そこでこの村に産業を興してお金を稼ぎ余裕のある生活を送ってもらおうと言うのが私の言いたいことです。衣食足りて礼節を知るって奴ですよ。この薬草は非常に価値が高い。その群生地をジェラルドくんが発見したんです」
「しかし群生地があることを知られれば、探求者に根こそぎ採取され尽くしてしまうのではないのかね?」
「問題ありません。群生地はそうなるかも知れませんが、だとしてもこの村で栽培してしまえば良い話ですよね?」
当然の疑問にもレクスは平然と答える。
この問答を想定しているかのように。
「まさかこの薬草を産業にしろとでも言うのかね……?」
「そのまさかです。栽培方法は私が知っていますのでお教えしましょう。これはちゃんと管理してやれば意外と繁殖力が高いんです。これを定期的に王都の製薬ギルドか探求者ギルドにでも卸せば村に金が落ちる。これはジェラルドくんの偉大なる貢献じゃないでしょうか?」
確かにこれが成功すれば、ジェラルドは村の救世主となる。
だが無料より怖い物はない。
「それでわしに何を望むのじゃ……」
「話が速くて助かります。まずはジェラルドくんを家族の呪縛から解放して欲しいんです。恐らく他の家庭でも似たようなことが起こっているでしょうし。あ、私が言っているのは理不尽な縛めであって、家業を継ぐとか歴史を紡ぐことは必要な行為だと考えていますよ」
レクスも別に確証があって言った訳ではない。
昔の子供に自由などなく、家に縛られる者は多いはずだと推測した上で語っているだけだ。
そもそもこの世界では誰しもが少なからず何かに縛られているものだ。
まぁそこは現代でも同じことかとレクスは思っていたが。
取り敢えず、この村の状況で許せないのは理不尽な束縛のみ。
「解放するとは具体的に何をすればいいのかね……?」
「ジェラルドくん、言ってみな」
こればかりは彼自身の口から言わねば、その切実な想いは伝わらない。
そう考えてレクスはジェラルドのに話を振った。
「僕は……僕はっ……望まれて産まれて訳じゃないって! 産まなければ良かったって! いつも殴られて、文句を言われていつも僕の心が痛いんだ! 僕が技能を売ってお金を稼いだんだ! どうして僕があんな目に遭わなきゃいけないんだ!」
「だそうですが? この村ってまともな大人はいるの? 10歳の子供すら護れないのか? 貧困に喘ぐ村だって自分の子供に愛情くらいは持つもんだよ。最終的に不幸な結末しかなかったとしても、親は子に懺悔するだろうさ」
「……分かった。この子は、ジェラルドはわしが責任を持って護ると誓おう。薬草の栽培方法を教えてくれないか」
村長にも思うところはあった。
しかし自分の力ではどうしようもないと諦め切っていたのだ。
レクスもそれは理解している。
その上で言ったのだから。
閉塞した環境を内から変えるのは難しい。
だが、外からの刺激があれば抜け出せる可能性は高まる。
「承知した。村の人たちに教えよう。だが、ジェラルドの両親には教えないし、教えた場合は報復を行う。それは確約してもらおうか」
「是非もない。約束しよう」
村長は村のためにジェラルドの一家を切り捨てる決断を下した。
「だけどジェラルド。君は王都へ行きたくはないか? それを望めば俺は君を全力で保護するぞ?」
「行きたい……けど僕の家だけ除け者にするのは止めて欲しい……」
勇気を出して言ったのだろう。
蚊の鳴くような小さな声だった。
「やっぱり情は捨て切れないか?」
ジェラルドが黙って頷いた。
気持ちは分からんでもないし、自分を産んでくれた親に期待したい気持ちも分かる。
親は子をあっさり見放すことはできるが、子は親への執着を止められない。
レクスとしては許せないところだが、ここで本人の意志を無視するのは単なるエゴだ。例えそれが信念だとしても、押し通すことはできないし彼の意見を尊重してあげたいと思う。
決して無理強いをするつもりはない。無理を通せば単なる独善になってしまう。
「分かった。君がそれでいいのなら否はない。王都へは来るか? 親と暮らすか? 王都へ来るならさっきも話した通り仲間として迎える。技能を習得させてもらう代わりに、全面的なバックアップを約束する。君が強くなるために全力を尽くすしお金の心配もいらない」
正直、残っても両親はジェラルドに媚びるような態度を取るだけのような気がするのだが。それが決して幸せとは言えないだろうことは想像に難くない。
「迷ってる……王都へは行ってみたいし、僕を本当に必要としてくれる場所で強くなりたい! でも……やっぱり母さんたちと暮らしたい。きっと元に戻ってくれるはず……」
どうしても期待してしまう心情はレクスにも理解できる。
自分自身がそうだったから。
「そうか。分かった。では村で栽培法を教えよう。約束だからな」
ホッと胸を撫で下ろしている村長だが、釘を刺しておかねばならない。
「だが約束は護ってもらう。ジェラルドの名誉と尊厳を回復しこれを護る。そして今後、同じような目に遭う子供は出さない」
「もちろんじゃ……」
しかし、レクスにとって想定外な出来事が1つ。
このイベントをクリアすれば、技能付与士は必ず仲間に加わるはずなのだ。
それが覆された。
クリア条件を満たしていないのか、それとも他に何か原因があるのか。
レクスは困惑していた。
このようなことが今後も起こり得るのか慎重になる必要があるだろう。
「商談成立だな。それじゃあ、後のことはお任せします。村長さんよろしくお願いします」
「すぐにジェラルドの家に行くことにする。良いかね? ジェラルド」
「はい!」
この訳の分からない存在――レクスの扱いには今後とも気を付ける必要がある。
村長は自らの心に強く言い聞かせた。
本格的な指導は3日後から行うことになり、レクスたちは王都へと戻ったのであった。後は定期的に村を訪れてじょじょに任せて、様子を見ていけば良い。
レクスはイベント結果に釈然としないながらも、ジェラルドが今後幸せと自信を持って言える人生になるよう祈るのだった。
ありがとうございました。
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