第50話 ファトゥム大森林にて
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レクスの多忙な日々もここのところは落ち着いている。
来春からまたそんな毎日が始まるので、今の内にやりたいことをやっておくべきだろう。と言う訳で、今まで手を付けてこなかったエクスポーションの素材が採取できる場所で薬草を採りがてら魔物討伐をすることになった。
ファルトゥム大森林のとある場所が穴場になっているのだが、王都の製薬ギルドや探求者ギルドにも知られていない。経験値と職業点、お金稼ぎのためにゲームではお世話になったところだ。
連れて行くのはカインとミレア、ブラダマンテ、マールだけの予定だったのだが、何故か今、レクスの後ろを歩いているのは彼らだけではなくなっていた。
ホーリィ、ヤンたち子供勢、ザルドゥ、ドラッガーまで付いて来てしまった。
穴場なので身内以外には知られたくなかったのだが、どうしてこうなったと言う感が否めない。ザルドゥたちにはカインが話したのだろうが、炬燵の虜であるミレアやホーリィが来るとは思わなかった。
「ほう……こんな場所にエクスポーションの素材があるとはな」
「流石はレクス殿、知識量が半端ないな」
ドラッガーとザルドゥが感心した様子で話し合っているところへカインが嬉しそうに会話に加わる。
「レクスは頭がいいんですよ。昔っからそうでした」
「小等部にしてこれかー。神童タイプなんだな」
「末恐ろしいものだな」
カインはザルドゥたちと出会ってから少し明るくなったような気がする。
これまで何処か悩んでいるような、考え込むようなことが増えたように思っていただけにレクスとしても嬉しいのだ。
「まぁ、この辺に出てくるゴルードラビィは倒しやすい割に、良い経験値になるんですよ」
仕方ないので笑顔で説明するレクス。
ザルドゥたちに説明したはずなのに何故かホーリィがいじらしい態度を態と作って同情を惹こうとする。
「私に黙ってこんな場所で遊んでたのねぇ……仲間外れなんてひどいじゃない?」
「遊んではないな。ってかホーリィはもっと自重して? もう強くなる必要ないでしょ?」
冷静にレクスが突っ込んでいるとザルドゥとドラッガーがひそひそ話を始める。
「亜神殿とタメ口とはな。やっぱり小さな英雄殿は違うぜ」
「俺たちなら死んでいるな」
「そういう話は本人のいないところでやってください……」
「あははははは! 速く魔物と戦いたいなぁ……ね! レクスくん!」
相変わらずプラダマンテは好戦的だ。
君はこんなところじゃ満足できないだろうとレクスは思う。
「いやープラダマンテには物足りないかもなー。ここら辺は大した魔物出てこないから」
戦いの鬼である彼女は常に強者を求めている。
いや餓えていると言っても良い。
「でもいっかー! レクスくんと戦えるのは嬉しいしね!」
ミレアはミレアで通常営業中だ。
平地の森林地帯とは言え、平坦な草原や歩きやすい街道とは違う。
速く位階を上げろとは口酸っぱく言っているのだが、楽な方に流れようとするミレアには通じない。
「歩きにく~い。疲れたよ~。寒いよ~」
「ミレアちゃん、ファイトだよッ! せっかく探求者になったんだからさぁ。お金稼いでスイーツ巡りできるにゃ!」
「そうよぉー。王都の全メニュー制覇とか言ってたじゃないのぉ?」
どれだけ店を巡る気だよと思いつつ、レクスは突っ込むのを諦めた。
突っ込み役がいないのが喫緊の問題だ。
「ヤン、皆は体力はどうだ?」
「兄ちゃんばっちりだよ! 修行の成果ってヤツだね! 皆もそうだよな!」
ヤンがそう言うと付いて来ている子供たちから楽しそうな声が上がった。
一番まともそうなのが最年少の子供と言うのは、そう、残念……残念な大人たちだ。
「お前らも強くなってきたと思うし実戦に慣れるのも必要だからな」
「魔物に勝てるかなー」
「油断しないでいつもの通り魔力練成と操作をしとけばOK」
無事、目的地に到着したので、薬草の特徴を教えながら採り方を教えていく。
根から採り尽くしたら、せっかくの群生地が全滅してしまうのでそれは避けるべきだ。
寒い中、黙々と薬草を採取していると、ゴルードラビィの群れが現れた。
「はーい。たくさんいるから取り合わないようにねー。まずはヤン、カイン、ミレア、マール行ってみよう!」
ヤンたちはまだ小さいので短剣を渡しているが、そこそこ素早いはずのゴルードラビィの動きにしっかりと付いて行っている辺り、真面目に修行をしていた成果が垣間見える。
カインはテッドからもらった大剣を使っているが、豹族で力が強い上に俊敏なものだから次々と得物を狩っていた。
ミレアとマールは光魔導士と付与術士と言うことで杖でひたすら殴っている。こればかりはしょうがないが、マールなら精神系の攻撃魔法が扱えるはずなのだが……。
「皆、若いのによくやっている」
「そうだな。意外と多い。我々も加わるとしよう」
ザルドゥとドラッガーも得物を抜くと戦線に加わった。
見ているのはレクスとホーリィのみ。
「でもここって穴場なんじゃないのかしらぁ? 教えてよかったの?」
「んー教える人間は選びたかったですけどしょうがないです」
少しばかり苦い表情になるレクスだが、それを見逃すホーリィではない。
彼女としてはいまいち素性の知れないマールと、ザルドゥとドラッガーはあまり信用していない。特にカインがレクスに無断で漏らしたのは、よろしくないと考えていた。
「(子供はもっと我がままでもいいと思うんだけどぉ……ってまぁ子供なのかも怪しいんだけどねぇ)」
「あ、そう言えばここってファトゥム大森林か。イベントあったな……」
「イベントぉ?」
もっと後に起こるはずのイベントなのだが、先回りで強制的に起こせそうな気がする。
確か王都周辺の寒村が舞台なので、近くに村があるはずだ。
これはエクスポーションの素材を卸し、村が発展する内容だった。
素材があることがバレてしまった以上、探求者による乱獲が始まりかねないので、いっそのこと、その村に管理を任せてしまおうと考えるレクス。
「レクスぅ?」
「あッ……なんですか?」
「イベントって何ぃ?」
「ああ、口にしちゃってたか。えっとこの近くに寂れた村があるはずなんですが、そこの産業としてエクスポーションの素材を計画的に栽培管理して王都のギルドに卸す仕事を任せようと思うんです。探求者に乱獲されて絶滅しても困りますし、村も発展して一石二鳥って奴ですね」
確か報酬はエクスポーションの値段が下がることと、村から感謝されて定期的にただで製品をもらえることくらいだったはずである。
レクスにとってはそれほど美味しい報酬ではないが、今後のことを考えるとやっておいて損はないと考えたのだ。
「(それってメリットあるのかしら? なんで寒村の存在を知ってるのかも分からないしぃ……仕事を村に任せる必要もないわよねぇ……)」
ホーリィとしては疑問はあったが、変に気取られるのも嫌だったので何も言わないでおいた。
「んじゃ、ちょっと探してきますから、ここは任せますね。よろしく!」
「えーどうやって探すのよぉ?」
「魔力波飛ばせば楽勝だぜ!」
そう言って実行しようとした瞬間、気配を察知するレクスとホーリィ。
一瞬だけ警戒するが、敵意が感じられない。
気配がした方へレクスが歩み寄っていくと茂みから、少年が姿を現した。
「えッ……誰だ!?」
少年はレクスたちに気付いていなかったようで少し上ずった声を上げた。
「あ、どうも初めまして。探求者のレクスと言います。もしかしてこの辺りの村に住んでる人ですか?」
「そ、そうだけど、あなたたちはどうしてこんな場所に?」
「ここで素材の採取と魔物狩りをしてたんです。君は?」
「僕はいつもここで魔物と戦ってるんだ。職業点を稼がなきゃいけないから……」
少年の顔に影が射すのをレクスは見逃さなかった。
何か事情があるようなので、聞いてみることに。
寒村発展イベントから繋がる知らないイベントかも知れないと考えたのだ。
「強くなって探求者にでもなりたいってことかな?」
「いや僕は別に強くなりたい訳じゃない……とにかく職業点を稼いで技能を取得しなければいけないんだ……あ、僕はジェラルドって言います。すみません……」
「そうなんだ。ちなみに何の職業なの?(技能を習得する職業? 何だそれ……覚えられたら強くなれるな)」
「あ、えっと……技能付与士です……」
すぐには思い当たらなかったレクスだったが、その名前を聞いてピンときた。
技能付与士は、他者に技能を付与することができる職業であるが、自分にはできない。職業点によって技能を選択し取得――習得ではない――し、それを付与することができる。
成長率はそこそこ。万能タイプと言えば聞こえは良いが、器用貧乏とも言える。
現実化したこの世界でなら、努力すれば十分に強くなれるとは思うが。
「なるほど! 技能付与士かーレア職業じゃないですか。でもせっかく魔物を狩ってるのなら強くなれると思うけど。探求者になってみたらどうかな?」
「ええッ……そんな……僕が強くなれる訳ないですよ。それに僕は家に縛られてるんです……」
『縛られている』と言う言葉が気になって、失礼とは思いながらもジェラルドに全てを話させることにレクスは決めた。
呪縛からの解放がイベント達成条件になる可能性があるから。
それに話した感じからすると、彼は家で不遇な立場にいるのではないかと思ったからである。
恐れずに問い質してみるとジェラルドも誰かに聞いて欲しかったようで、全てを話してくれた。
胸糞が悪くなるレクス。
「ん~それは酷いと思うな~。私はそんな家から出て自活すべきだと思います!」
いつの間にか近くで聞いていたミレアが柄でもないことを言い放った。
自活するのはお前だよ。
「そんなことがあるんだな……俺は家族といられれば幸せだと思っていたけどそうでもないって分かったよ。ジェラルドくんの頑張りはもっと認められても良いと思う」
「そうだよ! 家族って話してみたら案外上手くいくものだって前に私は分かったんだけど、キミの家はそうでもないみたい!」
「悲しいことだと思うな……家族からそんな態度取られたらどうしようもないよ……」
カインが、プラダマンテが、マールが同情を示し落ち込んだ表情になっている。
しかし大人組の意見は違うようだ。
「まぁ気持ちは分かる。だが、独りで生きるってのは大変だぜ? 君は10歳なんだろ?」
「世間は甘くない。今は我慢すべきだろう」
ザルドゥとドラッガーの意見も理解できるものだ。
この世界は厳しい。そしてこれからもっと厳しくなるだろう。
ホーリィがチラリとレクスの方を一瞥する。
「ジェラルドは本当は強くなりたいんだよな? 父親を見返してやりたいよな? 悔しいよなぁ……虚しいよなぁ……家族が認める云々じゃない。見ようとすらしていない。自分のことを棚に上げて君に当たることしかできない父親に、存在自体を無くそうとする母親。いくら親だからって子供に言っていい言葉じゃない。愛がない!」
レクスは幼少期に負った心の傷は一生消えないと知っている。
愛されて育ってこなかった子供は、親になっても自分の子供を愛することなどできない。
「僕は昔の父さんと母さんに戻って欲しいんだ……」
「ジェラルド。俺の下に来い! 残念だけどそれが君の両親の地なんだよ。貧すれば鈍する。君の功績で村に返し切れないほどの貸しを作ってやろう。親が調子に乗り出すかも知れないから君の両親は関わらせないでおこうか」
そう言うとレクスは邪悪な顔を作った。
とは言え、後はジェラルド次第だ。
ありがとうございました。
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