第49話 レア職業持ちの独白
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ここはジェラルドが住む村。
ファトゥム大森林の中の少し開けた場所に存在している。
人口は50人程度の本当に小さな集落で、王都に近いと言う理由から多くの村民が流出しており、所謂、過疎化が進んでいる。
幸いにも近くにファトゥム修道院があるので、そこへ畑で採れた食糧などを卸しているが、収入減となる物もなく生活は厳しい。
そこで父親と母親、そして大切な弟と妹と一緒に暮らしている。
ジェラルドの職業は『技能付与士』。
他人に技能を付与することができる稀有な職業であった。
そう他人だけにである。
自分に技能を付与することができず、せっかく貯めた職業点で技能を取得しても自身では使用できない。
習得ではなく取得だからだ。
完全に他者への奉仕するためだけの職業なのである。
そこにジェラルドの利などない。
そんな彼に父親はいつもいつも愚痴を零す。
毎度毎度、よくも飽きないものだと思ってしまうほどだ。
「おい、役立たず! テメェは戦って技能を習得することしか出来ねぇんだ! どん臭ぇんだからとにかく魔物を狩り続けろ」
父親は自分が大した職業でもなく技能も持っていない癖にジェラルドに日々当り散らす。コンプレックスをジェラルドに向けて発散しているのだ。
「(僕の技能が売れなかったら暮らしはもっと大変になるのに……)」
技能が売れるかどうかで家計は大分変わってくる。
売れればそれなりに生活できるが、実入りが悪いと家族5人が餓えることになる。
幸いなことにジェラルドはそこそこの剣の腕を持っており、周辺の魔物なら倒すくらいは出来る。
なので毎日のように戦いに身を置いており、それなりの実力を持っていた。
しかし、そうは言っても所詮は寂れた村の子供剣士。
以前、村に訪れた旅の探求者からは強くなることは難しいと言われてしまった。
今日も今日とて魔物を狩り続ける。
そして帰ると問い質されるいつもの光景。
「どうだ? きょうの成果は。職業点は貯まったのか?」
「はい徐々に貯まってきていると思うので、近い内に取得して売れるかと」
ジェラルドの感覚だと、もうすぐ1番職業点を消費しなくても取得できる技能を得ることができるだろう。
これで文句を言われることはないと考えていたが、現実は甘くなかった。
次の瞬間、ジェラルドは吹っ飛ばされてテーブルにぶつかっていた。
そしてようやく気が付いた。
父親に殴られたのだと。
すぐに母親が飛んできて、ジェラルドを庇うのだが、それすら気にいらない父親は2人まとめて足蹴にする。周囲では弟妹たちの泣き声。
「テメェみてぇな半端もんを喰わせてやってんだ! 少しは家のために働きやがれ!」
何か言い返そうとするのだが、言葉が出てこない。
それもこれも幼少期からの虐待のせいであった。
7歳の就職の儀までは、父親はこんな性格ではなかったはずだ。
ジェラルドは朧げながらも覚えている。
「お前は必ず良い職業を授かって俺の果たせなかった夢を叶えてくれる」
そう嬉しそうに話しかけてくれる父親の姿。
しかし授かったの『技能付与士』で技能は【ランダム】。
それらの詳細を知った父親はその日を境に豹変した。
殴る蹴るは当たり前。
だが何よりもきつかったのは言葉の暴力であった。
幼い心を抉る暴言の数々はジェラルドの精神に大きな傷を作った。
「テメェはまーだ自分の立場ってもんが理解できてねぇみてぇだな! この穀潰し野郎がッ!!」
反抗すればいいと誰もが思うだろう。
しかし、できないのだ。
そして段々としようとも思わなくさせられる。
これは精神と肉体に対して同時にトラウマを植え付けられた場合に起こることである。
「ったく。本当に俺の子供なのかオメェは。ちゃんと理解しろ。お前が今生きてんのは誰のお陰だ! テメェは俺の言う通りにしてりゃいいんだよ! できることは技能を売ることだけだ! それしか取り柄がないんだからな! 分かったか!」
そう言い捨ててその場から去っていく父親。
誰のお陰かと言われると、それはジェラルドが取得した技能を売って稼いだお金でじゃないのかと思ってしまう。庇ってくれていた母親もこの日常に疲れ切っていたのか、ふと言葉が口から漏れる。
「どうしてこんなことに……あなたなんて産まなきゃよかったのかしら……」
誰にも聞こえないような小さな小さな呟きだったが、ジェラルドの耳はその言葉を捉えていた。
頭を殴られたかのような衝撃。
父親だけでなく母親までも自分を見限った。
そう考えたジェラルドは急激に生きる意欲を失っていった。
全てにおいて無気力になった彼は、生きる意味を喪失し家から出てファトゥム修道院に足を運ぶことが増えるようになった。
どうして僕はこのような目に遭うのだろう。
父親は自分が為し得なかったことをどうして僕に期待したのだろう。
どうして母親はあんなことを言ったのだろう。
どいつもこいつも、それが本音なのか。
そもそも神様はどうしてもっとまともな……いや普通の職業と技能を授けてくれなかったのだろう。弟も妹はこれから普通の職業に就いて両親からの愛を受けて育っていくのだろう。
全てが憎い。
だが、最早気力などない。
世界が崩壊して全員死んでしまえば良い。
そう言った考えをジェラルドは神に祈り、神さえも呪い始めた。
祈りを終えてふらふらとした足取りで修道院から去ろうとしていると、前からやってきた女騎士に声を掛けられた。
レクスがかつて助けたグランデリアを護る者――オリヴィエ・ラグランジュであった。
「む。少年よ。毎日毎日、熱心に祈るそなたは美しい。神はきっとその姿勢に報いるだろう」
「……そんなことは有り得ませんよ。もう僕がこの世界にいる意味なんてないんだから……」
「少年よ。何かあったと言うのなら、相談に乗るぞ? ここは刺激が少ないだろう? そなたもそれで心が沈んでいるのかも知れん。ははは……そんな暇な私と話すのは嫌かな?」
「お構いなく……僕は何もできない。肝心な時に動けなくなる精神破壊者です。神様ならこの呪縛から解き放ってくれるんじゃないかと思ったんですけど、どうやら無理みたいですね」
プレッシャーを受けると体が硬直して動けなくなる。
鼓動が跳ね上がり、冷や汗が体を伝い、頭の中が真っ白になって思考停止に陥るほどなのだ。それは最初は父親の前だけだったが、徐々に悪い方向へ向かい、今では村中の人間の目を気にするようになってしまった。
「少年。修道院に入ってみてはどうか?」
「神様はもういいんです。いいんですよ」
心配して環境を変えてみるように言うオリヴィエの言葉も響いた様子はない。
自暴自棄になったジェラルドは全てがどうでもよくなっていた。
ぶっきら棒な態度で出て行こうとすると再び声が響く。
高く清らかで澄んだ声だ。
「あら。神様はいらっしゃいますよ? 古代竜様はかつて漆黒竜を倒して世界に平和をもたらしてくれたのです。それは全ての人々が祈りを捧げたからに他なりません」
そこにいたのは白い少女――グランデリアであった。
その紅の大きな瞳に見つめられて動くことができない。
だが、いつもの苦しいだけの硬直とは違う。
彼女は続ける。
「私もレクスと言う少年によって助けられたことがあります。あの時は死を覚悟したものですが、私の願いは神へ届いたのでしょう」
「それは貴女が敬虔な信者だから特別な計らいだったのでしょう」
「そんなことは有りません。確かにレクス殿は自らの御力でことを為そうをされる印象を受けましたが……もし貴方が神を信じないと言うのなら、そのような生き方もあると言うことです。さぁ私の前で全てを告白しなさい。私が貴方を縛るものを解いて差し上げましょう」
ジェラルドは何故か、その惹きつけられるような瞳から逃れる術を持たなかった。
彼女の前で、懺悔する礼拝者のように全てを吐き出すことになってしまう。
項垂れるジェラルドに対して聞き終えたグランデリアが言葉を掛けた。
「子供は親を選べない。親は子供を自分の色に染め上げることができる。貴方は両親に恵まれなかったのです。家から出て1人で……独力で生きていくことをお勧め致します。私も複雑な生まれ……それでも両親は愛してくれました。私は幸運に恵まれたに過ぎません」
「家から出る……ですか。そんなの考えたこともなかったなぁ……」
狭い環境の中で育つと視野も狭まってしまい、視野狭窄に陥ってしまうことはままあることだ。
ジェラルドの目からはいつの間にか大粒の涙が零れ落ちていた。
「『技能付与士』……大いに結構ではありませんか。自己を捨ててまで他人の力になる。何と言う自己犠牲でしょうか。神はどうしてこのような職業を御作りになったのか……」
少し上を向いて竜神の像を眺めながら、はっきりと言い切るグランデリア。
怯えと絶望しかなかったジェラルドの目に最早、曇りはない。
仲間にさえ恵まれれば、これほど憎悪した職業でさえ、天職になるかも知れない。そんな希望を心に灯したジェラルドはグランデリアとオリヴィエに一礼すると、修道院を後にした。
「少しでも彼が救われれば良いのですが……」
「真に……」
彼女たちは彼の背中を心配げな表情で見守っていた。
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