第8話 ナニもしていないのに気絶されました
「入れ」
そう言って招き入れられたのは、里の中でもひと際大きい家屋である。
普通に考えれば里長の家だと思うのだが、いきなりそんな場所に俺のような不審者を招き入れても良いのだろうか……
「なあ、信用してくれるのは嬉しいんだが、流石に無警戒過ぎないか?」
「別に、お前を信用したというワケではない。むしろ信用できないからこそ、身内を差し出すのだ」
「……」
う~む、やはりダークエルフは自己犠牲的な考え方をするんだなぁ……
人族だと身内最優先ってタイプが多いから、なんか凄いなって思ってしまった。
自分でも幼稚な感想だとは思うが、正直それを良いとも悪いとも言えないため、ただ「凄いな」としか表現できなかった。
「身内ってことは、ピローは里長の親族か何かなのか?」
「里長は私の祖母だ」
やはりこの家は里長の家で間違いないようである。
しかも、どうやら里長は女性のようだ。
「里長が女性っていうのは珍しいな」
「……言っておくが、おかしな真似をすれば、たとえどんな手を使ってでもお前を殺すぞ」
「いやいや、俺がそういうことするタイプだったら、さっきの状況でピローにエロいことをしない理由ないだろ」
「それは単純に、私がお前の性の対象にならなかっただけだろう。実際、お前からは欲情の気配を感じなかった」
「お、おいおい……? それはもしかして、俺がババ専――もとい熟女にしか欲情しないとでも思ってるのか!?」
「そうではない。祖母は私と違い美しい容姿をしているのだ」
「私と違いって、それは流石に――ってああ、そういうことか……」
俺は祖母と言われ真っ先に老婆を想像したが、長命種に属するダークエルフであれば祖母だろうが曾祖母だろうが若々しいという可能性は十分にある。
しかし、そうだとして「私とは違い」ってのはどうなんだ?
俺から見れば、ピローだってメチャクチャ美人なんだがなぁ……
「誤解があるようなので訂正しておくが、人族の美的感覚からすればピローは間違いなく超絶美人に属するぞ」
「……何? 私が、超絶美人……? そんなワケが――」
「いや、マジだから。あんな出会いじゃなきゃ一目惚れするレベルだぞ」
あのときは不意打ちを警戒していたからこそ平静を保てたが、街で遭遇したら確実に見惚れていた自信がある。
もしあんな奇襲ではなく、ハニートラップであったなら……、俺は死んでいたかもしれない。
「馬鹿な! あのときお前は、間違いなく邪な気配を発していなかったぞ!」
「意思疎通の特技は便利だが、絶対の精度はない。それは使い手であるピローが一番わかってるだろ?」
「それは……」
意思疎通の特技は、相手に自分の意思を伝えたり読み取ったりといったことが可能だが、細かな内容や本心を読み取ることはできない。
具体的には、機嫌が良いのはわかっても、それが何故かまではわからないといった感じだ。
つまり、ある程度感情をコントロールする訓練をしていれば、意思疎通を誤認させることも可能となる。
「信じられないならこれも証明しよう。ふん!」
「っ!!!!!!??????? な、な、なぁーーーーーーっ!? お、お、おま、ナ、ナニを考え――、きゅう……」
「え?」
俺が封じ込めていた性欲を解き放った瞬間、ピローは凄まじい速度で後退し、そのまま白目をむいて気絶してしまった。
「き、貴様!? 何をした!?」
少し離れた位置で様子を見ていたネイル氏が一気に警戒色を強める。
状況的に無理もないのだが、本当に俺はナニもしていないのでどうやって誤解を解けばいいかわからない。
「ま、待て! 俺はナニもしていない!」
「何もしていないでピローがいきなり気絶するワケないだろう!」
「そうなんだが、そうじゃないんだ! 俺はただ、少しエロイことを考えただけで――」
「き、貴様! やはりそういう目的か! ピローを手籠めにし、里長を襲おうなどと、万死に値するぞ!」
クッ……、本当に想像しただけでナニもしていないというのに……
こうなれば、いったんネイル氏にはお眠りいただくしか――
「うるさいぞ……、一体何事だ……」
俺がネイルを制圧しようと決心した瞬間、奥の扉が開き澄んだ美しい声が聞こえてくる。
その余りにも美しい響きに、警戒態勢だというのに思わず視線をが扉に釘付けなってしまった。
扉から現れたのは、凄まじくグラマラスで美しいダークエルフの女性だ。
エルフは基本的に菜食主義者なので肉付きが悪いことが多いのだが、この女性は――どことは言わないが今まで見てきたエルフの中でも圧倒的なサイズ感がある。
それだけでも男であれば誰もが凝視しかねないというのに、それに加え美顔にくびれに美脚などなど、必ずどこかしらの性癖にヒットしそうで恐ろしい……
しかし、それだけでは説明できない存在感と知性を感じさせるのは一体何故なのだろうか?
理由は言語化できないが、俺は間違いなくこの女性こそがこの隠れ里の里長なのだと確信する。