第5話 特技のお話をしました
特技とは、この世界に存在する法則を限定的に無視して結果をもたらす、文字通りの特殊な技能である。
特技自体の種類は千差万別であるため中には理論上可能なものも存在するが、基本的には超常現象を起こすことができる技術と思っていい。
説明できない何かが起きた場合、まず特技の仕業であることを疑われるくらいには世の中に浸透している知識だ。
水使いは無から水を生成するし、炎使いも同様に燃料や火種がなくとも炎を出すことができる。
研究が進めばもしかしたら原理も解明できるかもしれないが、学者や研究者でもなけれな考えるだけ無駄と言っていいだろう。
だから【粘液生成】についても同じように考えればいいだけなのだが、何故か周囲には俺の体液を増量して放出する特技だという誤情報が広まっていた。
恐らく誰かが悪意を持って広めたのだと思われるが、気付いた頃には噂が広がり過ぎていて、未だに発生源は突き止められていない。
せめて体液でないことを証明できればよかったのだが、特技は超常現象であるため、残念ながら俺には絶対に違うという根拠は提示することができなかった。
無論、俺自身には絶対に違うと言える感覚がある。
もし体液なのであれば、増量したり減少すれば感覚的にわかるハズだし、限界まで使用すれば必ず水分枯渇状態に陥るハズだ。
そんなことは似たような性質の水使いを見ればわかることなのだが、生成されるのが粘液であるがゆえに変な偏見を持たれてしまったらしい。
「俺はかつて一度だけ粘液を枯渇させたことがあるが、別に体中の水分を奪われたりなんかしなかった」
「……その【粘液生成】とやらが、水使いの【水生成】と同じ原理なのであれば、そうだろうな」
文字通り水を操る水使いは、【水生成】という特技を持っている。
汎用性が高く人気のある特技だが、それゆえに求められる場所も多く、料理人のように向き不向きがある特技と言えるだろう。
それこそ水のない土地では、毎日限界まで水を生成させられることもあるため、それを避けるために冒険者になる者もいるようだ。
そんな彼らの実体験でわかったことだが、たとえ限界まで水を生成しても、疲れはするが脱水などの症状は表れないらしい。
まあ、体から全ての水分を絞り出したとしても池を満たせるほどの量にはならないので、当たり前と言えば当たり前の話だ。
疲労を感じることから、何らかの力を消費しているのだろうが、枯渇したからといって死ぬワケでもないので、生命力の類ではないと予測されている。
しかも年齢や体格に関係なく個人差が結構大きいので、何か未知のエネルギーが使用されているのは間違いない。
エネルギーの呼称は国や宗教などにより様々だが、冒険者の教本に記載されていたので俺は魔力と呼んでいる。
「貴様が蛙男や半魚人を例に出した理由もわかったぞ。奴らは自身の粘液で刃などを通りにくくする。私の矢が逸れたのも、それの応用だな?」
「まあ、そういうことだ」
ダークエルフさんの言う通り、この防御方法は蛙男などを参考に思いついたものだ。
しかも俺は自由自在に粘液の粘度を変えることができるため、本家本元よりも強力な防御方法となっている。
「そういった戦闘方法がモンスターを彷彿とさせた結果、体液だと疑われるようになったのではないか?」
「グっ……、痛いところを……」
実際、それも理由の一つではある。
俺の戦い方は粘液が飛散しやすく、とにかく見た目が悪い。
以前は戦闘力を期待されてパーティに誘われたこともあったが、俺の戦い方を見たものは二度と俺と組もうとはしなかった。
それどころか、変身の特技を持つ特殊な蛙男だと疑われ討伐されそうになったこともある。
「……いいだろう。特技については実際にこの目で見ていることだし、貴様の言い分を信用しよう」
「え? そんなにあっさり信用して、大丈夫か?」
「なんだ? 信用して欲しくないのか?」
「いや、そんなことないけど……」
俺が語った内容に偽りはないが、ダークエルフはとても警戒心の強い種族なので、真偽とは関係なくもっと疑われると思っていた。
というか、信用されるワケはないと思っていたので、正直拍子抜けしたような気分である。
「知っての通り、私達はエルフから理不尽な差別を受けている。貴様と同じように、事実とは異なる内容で迫害されたことだって幾度となくあるぞ?」
まあ実際、エルフはダークエルフの差は肌の色だけだと証明された今も、それを認めていないワケだしなぁ……
「それに、私は【意思疎通】の特技である程度相手の心理を見抜くすべがある。少なくとも、貴様は嘘を言っていない」
「っ!? おいおい、自分の特技をそんな簡単に言っちゃっていいのか!?」
「一方的に相手の特技を知っているのは、対等じゃないだろう」
ダークエルフってこういうところあるんだよな……
高潔というか、お人好しというか……
「呆れた顔をしているが、貴様だって大概だぞ? 自分の命を狙った相手を殺さず、愚痴に付き合わす冒険者など聞いたこともない」
「……ごもっともで」
こればかりは何も言い返せなかった。
「フンっ! ……それで、貴様を狙った理由だったな。ある程度察しはついていると思うが、私達の集落がここにあることは誰にも知られるワケにはいかない。もし近寄る者がいれば、全て排除する掟になっている」
ダークエルフはエルフに迫害を受けているため、基本的には人目につかない森の奥などに隠れ住んでいる――と言われているが、実際は森に限らず色々な場所に隠れているので、発見されることは滅多にない。
だからこそ、もしその隠れ場所の情報がエルフの耳に入れば、最悪の場合討伐部隊が差し向けられる可能性まであるのだ。
少しでも情報が洩れる可能性があれば潰す――というのは危機管理としては当然のことだろう。
「……ただ、今回貴様を狙ったのは、それだけが理由じゃない」
……ん? なんですと?