第31話 真っ向から受けて立ちました
灼熱亀の攻撃方法――通称『火炎独楽』の厄介なところは、何よりもその不規則性にある。
というのも、『火炎独楽』は厳密には攻撃ではなく防衛手段であるらしく、対象を狙って発動してるワケではないからだ。
それなら無害では? と誰もが考えるだろうが、どこを狙っているかわからない攻撃というのは戦い慣れてる者ほど面倒と感じるものである。
しかも『火炎独楽』はその名の由来となった通り独楽と同じ性質を持っているため、壁や別の個体の『火炎独楽』に当たると別方向に弾かれるのだそうだ。
その光景を実際に見たことはないが、それがどれだけ厄介かは容易に想像できる。
実際、洞窟などの狭い空間で複数の灼熱亀に遭遇した場合、高ランクの冒険者パーティですら壊滅的被害を受ける可能性があるらしい。
そんな危険な『火炎独楽』と同じ系統であろうファティーグの攻撃だが、一番の強みである不規則性がないためはっきり言って脅威性は低い。
体格の関係で攻撃範囲が広いことと、質量の関係で防御が難しいという点はオリジナルに勝るが、それ以外は制限も多く下位互換と見なして問題ないだろう。
「ぶるるるるるるるぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
口から吐く火炎が尻から出るガスにも引火し、炎の範囲は人一人分程増している。
しかし俺は炎対策で薄く泡を纏っているため、引火の心配もない。
回転する体に当たると危険だが、ここは多少のリスクを負ってでも引き付けてカウンターを狙うべきだ。
(ピロー!)
ファティーグの『火炎独楽』を躱しつつ、ピローに合図を送る。
ピローとはあらかじめ【意思疎通】による合図を決めているため、声を出さずに連携を取ることが可能だ。
すぐに反応したピローが、先ほど用意した石を粘液の上に滑らせる。
人の頭ほどある大きさの石は、どうやら漬物石であるらしい。
石を探しに行ったピローが何故か民家から出てきて一瞬不思議に思ったが、漬物石であれば納得である。
漬物石はその名の通り漬物を作る際に使用する石で、役割としては漬け込む素材の水分を出すために上に乗せる重石だ。
その重さは漬け込む野菜などの量により変わってくるが、一般的な家庭では5キロから10キロくらいの漬物石を使用することが多い。
この隠れ里のように安定した食料確保が難しい生活をしている村などでは、保存を目的として大量に漬け込むためか重めな漬物石をよく見る気がする。
この石も確実に10キロ以上――、恐らくは20キロ近くある手ごたえを感じた。
これならば、上手く当てることができればファティーグの頭を確実に潰すことができる。
問題は、どう当てるかだが……っ!
「お、おい! 本当に大丈夫なのか!?」
「ああ、まだ大丈夫、だ」
背中に走る痛みが表情を取り繕うことができないレベルに達し、ネイルにもやせ我慢がバレてしまった。
今はまだなんとか立てているが、これ以上疲労が進めばこの粘液の上で動くことは確実にできなくなるだろう。
……つまり次の攻撃が、自力でファティーグを討伐する最後のチャンスになるというワケだ。
「く、来るぞ!」
もう少し時間が欲しかったが、溜め時間が完了したらしくファティーグは再び炎を吹き出しながらクルクルと回り始める。
タイミングを計る余裕はないが、あの程度の回転速度であれば目視でもなんとかなるハズだ。
「ぶるるるるるるるぅぅぅ!!!!」
突っ込んでくるファティーグに対し、躱すことなく真っ正面から迎え撃つ。
失敗すれば『火炎独楽』に轢かれることになるが、躱しながらカウンターで石を当てる技術など俺にはないので、文字通り命がけで狙うしかない。
狙うのはもちろん頭部で、回転の勢いに対しカウンター気味に石を当てるべく集中力を高める。
事前に自分で目のマッサージも行ったこともあり、視界は良好だ。
しかしそれでも、動く物体をピンポイントで狙うのは恐ろしく難易度が高い……
本当はさっきまでの直進時に狙う方が難易度が低かったのだが、実のところ回避される可能性があったためビビッて覚悟が決まらなかったという背景がある。
というのも、ファティーグの移動方法は尻からのガス噴出による直進のみで方向転換は困難だが、止まること自体はできる可能性があったからだ。
恐らく口からのガス噴出は尻に比べて出力的に劣っているだろうが、それでも一定の噴出力はあるので最低でも減速することはできるだろうし、最悪の場合滑らせた漬物石の威力も減らされる可能性がある。
本来なら漬物石単体の威力だけでも十分に頭部を潰すことができるハズだが、悪魔の頑丈さや減速率次第では確実に仕留められるとは言い難い。
それに対し今の『火炎独楽』であれば任意で止まることは困難だろうし、漬物石に対しガス噴出で干渉することもできない。
ファティーグは突撃だけじゃ埒が明かないと思い攻撃方法を変えたのだろうが、こちらにとってそれは千載一遇のチャンスとなった。
滑らぬようしっかりと補助棒で片足を固定し、砲台になったような気持ちでもう片方の足を漬物石に添える。
蹴りだす力加減はこれまでの経験頼りだが、似たようなことは何度もしてきたので不安はない。
「……っらぁ!!!」
そしてファティーグをギリギリまで引きつけ、漬物石を思い切り蹴りだす。
想定した通りの速度で放たれた漬物石は地面を勢いよく滑り、そして――――




