第30話 危険な攻撃にチャンスを見出しました
ネイルとピローには距離を取ってもらい、俺とファティーグの周囲に粘液を展開する。
ファティーグに滑るための潤滑液を提供することになるが、乾いてしまい立たれるよりは遥かにマシと言える。
足のある生物は立っている状態が基本状態であるため、立っていない状態では本来の力の半分も発揮できないからだ。
ファティーグの場合は筋肉が機能しているかわからないためどれ程効果的かはわからないが、フットワークが使えない以上左右の動きには滅法弱い。
「っらぁ!」
「ぐぼぉ!」
地面を滑って横に回り込み、そのまま滑った勢いを乗せた蹴りを腹部に叩き込む。
ゴブリン程度ならこの一撃で即死させられるほどの威力なのだが、ファティーグは苦悶の声をあげるのみで大したダメージを受けた様子がない。
その証拠に、間髪入れずに寝返りをうってこちらに向き直る。
「ぐっ……、な、なんで剣を使わねぇと思ったら、そういうことかよぉ……」
俺の腰にぶら下がってる二振りの剣は、その見た目に反して剣としての役割はほぼないと言っていいものだ。
龍の骨を加工して作られたこの剣は、頑丈さだけが取り柄で切れ味は全くない。
打突用の武器として使えなくはないが、主な役割は移動の補助道具である。
これは雪の上を滑る際に用いる補助棒から着想を得て用意した道具であり、粘液の上を滑る移動方法の要とも言える存在だ。
この二本がなければ訓練している俺でも粘液の上で加速したり方向転換するのは不可能だし、凹凸などによる想定外の挙動への対応もできなくなる。
そのため紛失しないよう剣に偽装し常に身に着けているし、簡単に壊れないよう龍の骨を素材として選んでいる。
龍の骨は加工が難しいが極めて頑丈であり、永久不変とも言われる耐久性を持つ優れた素材だ。
その性質ゆえにアンデット化した際は厄介な存在ではあるが、ファティーグの呪いを受けてもびくともしないのは非常に心強い。
冒険者として稼いだ金の大半を失うことになったが、手に入れた甲斐はあったと言える。
「なるほど、これは近寄れんな……」
ネイルが投石の間合い調整のために粘液の中に踏み込もうとしたが、あまりの滑りにすぐ足を引っ込める。
恐らく俺が普通に立っているのを見て自分もできると思ったのだろうが、そんなことが簡単にできるなら俺は今までソロ活動を強いられることはなかっただろう……多分。
俺のこの戦法は強力な反面、共闘する場合近接攻撃職とは極めて相性が悪い。
敵も味方も無力化してしまうため、パーティどころか人気の狩場では自主的に使用を禁じていた。
ただ、俺が注意を払っていても勝手に乱入してきて巻き添えを喰らうケースもないワケではない。
そういった積み重ねで徐々に悪評が広がり、俺とパーティを組もうとする者は誰もいなくなったのであった(元々ほとんどいなかったが)。
まあ正直、こればかりは自己責任でもあるため文句を言う筋合いはないと思っている。
しかし、相性が悪いのはあくまでも近接攻撃職だけなので、遠距離攻撃職とはむしろ相性が良いハズなのだ。
現に今も有効打こそ与えられていないが、戦闘自体は有利に進められている。
自分で言うのもなんだが、戦力面で見ればかなりの優良物件だというのに、一体何故こうも避けられるのか――っと思考が逸れた。
別に集中を切らしたワケではないのだが、単調な作業を繰り返しているとどうしても別のことを考えがちになるので、せめて次の演技について考えることにする。
「ぶおぉぉぉぉぉぉっっっ!!!」
勢いこそあるが、ファティーグの突進は直進しかないため躱すのは容易い。
しかも一回の噴出に溜めが必要らしく、連発もできないため躱してしまえば無防備な隙を突くことができる。
こういった同じパターンの攻撃は慣れてしまうと退屈な作業になりがちで、それゆえに油断してミスを招きがちだ。
中堅くらいの冒険者がそういったミスでよく命を落とすが、俺は整体で反復作業は慣れており集中を切らすことはない。
むしろ目の前のことに集中しつつ別のことを考えることこそが、この手の作業を長時間続けるコツだったりする。
「はぁ……、はぁ……」
「む、止まったぞ? ガス欠か?」
その文字通りの表現に思わず吹き出しそうになったが、確かにその可能性は十分にある。
似たような性質を持つ【風生成】は実のところ周囲の空気を取り込んだうえで風を作っているが、【ガス生成】は恐らく体内で生成しているため生成量に限界があるからだ。
「可能性はあるが、油断するなよ。最悪、不意に飛んでくる可能性だってゼロじゃない」
とは言ったものの、その可能性は限りなくゼロに近い。
それでも警戒するのは、つい先ほど決めつけた結果痛い目を見たからだ。
優れた風使いは生成した風で飛行すら可能だが、自己生成タイプの【ガス生成】では恐らく不可能だと思われる。
俺も同じ自己生成タイプなので感覚的にわかるが、自分の質量を上回る量を生成するにはかなりの時間をかける必要があるからだ。
これは自己生成タイプ共通の性質と言っていいかもじれない。
それでも自分の体を動かすほどの出力を実現しているのは大したものだが、ああいった技術は限定条件が多く融通が利きづらい。
一定時間の溜めが必要なことと、イメージしやすい部位であることはほぼほぼ必須条件である。
魔力消費量も多いため、ガス欠になったとしても不思議ではない。
……ただ、ファティーグが【ガス生成】を使い始めてからまだあまり時間が経っていないことを考えると、ガス欠ではなく何か別の行動を取ろうとしていると考える方が無難だ。
「……っ! ヤツが何か仕掛けてくるぞ!」
ネイルが【超聴覚】で何かの予兆を聞き取ったようだ。
それが何かまではわからないが、今までとは別の攻撃方法であることは間違いない。
そう予測し大きく回避できるよう身構えた瞬間、ファティーグが火炎放射を開始する。
さっきまでは突進で近づいてからだったが、どんな意図が――っ!?
「う”お”お”お”おおおぉぉぉぉっっ!!!!」
ファティーグが火炎放射を開始した直後、体を不自然に曲げた状態でクルクルと独楽のように回転し始める。
そして方法はわからないが、そのまま俺の方向に突っ込んできた。
(灼熱亀!?)
この攻撃方法は、火山地帯や洞窟などで出現する灼熱亀と呼ばれる魔物の厄介な攻撃だ。
というか、この攻撃しかしてこないうえに複数体で出現するため事故率が非常に高いのだという。
幸いファティーグは単体だが、体格が大きい分攻撃範囲も大きい。
まあ、今の俺なら回避は問題ないが――、いや、これはチャンスか……?




