第27話 こちらの状況を大分見透かされてしまいました
俺が疲労を無効化するには、いくつか条件がある。
この世の摂理や法則を捻じ曲げるような大それた効果であるがゆえに、その条件はそれなりに厳しい。
まず前提として、施術する対象の疲労が回復可能な状態であることが最低条件となる。
この条件を満たしていないと、疲労を完全に無効化することはできない。
理由は単純で、俺ができることは厳密に言うと状態の維持だけだからだ。
疲労という概念自体に干渉しているファティーグの『呪い』とは異なり、俺の施術はあくまでも医療・美容行為である。
それも、本格的な医療行為とは異なり、怪我や病気を治すことはできないし、精神を癒すこともできない。
もちろん施術で体の怠さを取り除いたり、心地よさから精神を安定させることはできるが、それは間接的な効果であり根本的な解決になるワケではない。
……俺にできるのは本当に、疲れを癒すことと、健康維持の補助をすることだけなのである。
「おいおい~、何かあるならさっさと始めた方がいいんじゃねぇかぁ? 時間、ねぇんだろぉ?」
「……さて、どうだろうな」
「とぼけたって無駄だぜぇ? 時間制限は絶対にある! それは間違いねぇ!」
「大した自信だが、何か根拠はあるのか?」
「摂理を曲げるっつーのはそういうことなんだよぉ。おめぇが本当に勇者じゃねぇっつーなら、時間制限は確実としてぇ、他にもいくつか条件があるハズだぁ。で、その内の一つはもうわかってるぜぇ? 若さだろぉ?」
「……」
まあ、気付かれることも想定内ではある。
ファティーグによる被害はこれまでにも数件報告されていたし、その経験から『呪い』のかかり具合に個体差があることくらいは確実に気付いていただろう。
その点、長命種は見た目で年齢の判断がし難いので最初は疑う程度だったかもしれないが、今は俺という物差しがあるので年齢の条件についてもある程度絞り込まれたハズだ。
「俺のストレスはなぁ、ガキには滅法かかりが悪いんだよぉ……。理屈はわかんねぇが、おめぇら3人がストレスの影響を極端に受けねぇのは、それが関係してるとしか思えねぇ……」
……わざわざ教えてやるつもりはないが、ファティーグの言っていることはほぼほぼ正解だ。
疲労状態は数値化できないので明確な基準はないが、概ね年齢に依存していると言っていい。
疲労は、普通に生きているだけでも確実に蓄積されていくからだ。
もちろん、疲労状態は遺伝や環境、生活習慣や病気などに大きく影響を受けるが、若いうちは休めば回復可能である場合が多い。
健康体であれば、たとえ著しく体力を消耗しても一晩寝れば元気になる――これが若者の特権である。
……しかし、人族であれば大体20代辺りからこの回復力が落ち始める。
初めは微々たる差であるため感じない者も多いが、疲労は確実に体を蝕み始めるのだ。
原因は未だに研究中であるため解明されていないが、基本的には加齢による身体機能、神経機能の低下により疲労の原因となる毒素が抜けなくなる――という説が有力らしい。
結果として、若い頃は0まで回復していた疲労状態が、加齢によりどんなに休んでも0にならない状態になってしまうのだ。
親父はこの0にならない疲労を、「回復不能ダメージ」と呼んでいた。
俺も整体師として熟練の域に達してから知覚できるようになったが、確かにどんなに整体や指圧を施してもお手上げというケースは多々あり、それは高齢であればあるほど顕著になる。
疲労の最大値を100とした場合、人族であれば40代で大体20~30くらい、50代で50~60以上の回復不能ダメージになるイメージだ。
その点、長命種の中でも若い時期が長いエルフなどは疲労の蓄積は少ない方だが、それでも完全に0というワケではない。
長く生きれば生きるだけ神経機能なんかは劣化していくし、怪我や病気などにかかる可能性も高くなるため、疲労は確実に蓄積されていく。
そしてその疲労――回復不能ダメージが1でもあった場合、疲労を無効化することは不可能となる。
「それとなぁ、もう一つ気付いたことがあるぜぇ? 今のおめぇには、少しだけストレスを感じるんだよなぁ?」
「っ!」
おいおい、まさかこっちの疲労状態まで把握できるのか?
……いや、違うな。俺には『呪い』をかけなおせるから気付いたのか。
「お、おい! ヤツの言ってることは本当か?」
「それについては、一応事前に説明しておいただろ?」
「そ、そうだが……」
否定したいところだが、どうやらファティーグも確信しているようだし隠す意味はないだろう。
ネイルはともかく、ピローにはバレバレだっただろうしな……
悪魔の『呪い』は、一度指定した対象をもう一度指定し直す場合、若干の制限がある。
具体的に言うと、指定不能時間のようなものが存在しているのだ。
これは過去の記録と、この戦いにおける検証でもわかっている確実性の高い情報と言っていいだろう。
実はこの戦いには、その制限を利用した作戦も組み込まれていた。
恐らくファティーグは、「ダークエルフ」もしくは「この森にいるダークエルフ」などの条件指定で『呪い』をかけたと思われる。
だからダークエルフ以外の生物には影響がなかったし、無機物にも影響が出ていなかった。
そしてこの条件指定こそが、ファティーグの足を引っ張ることとなったのである。
ファティーグによる疲労の増加は、やろうと思えば対象の命を奪うことすら可能な強力な『呪い』だ。
疲労程度で大げさと思う者もいるかもしれないが、過労死という言葉がある通り疲労は十分死因となり得るのである。
肩こりなどの部分的疲労が原因で、心臓や脳の病になってしまう症例も少なくない。
……肩こりが万病のもとと言われる所以である。
そんな強力な疲労の『呪い』だが、強力であるがゆえにファティーグにとっては大きな問題を抱えていた。
……殺さぬよう調整したり、加減するのが難しいのである。
贅沢な話ではあるが、じっくりと痛めつけ長時間愉しみたい悪魔にとっては悩ましい問題と言えるだろう。
「流石にこれ以上ダークエルフにストレスを与えるのはマズイが、おめぇは死んじまっても何も問題ねぇからなぁ! 感じたぜぇ? 手応えをよぉ!」
ファティーグがこの里を襲撃した目的は、アシュアさん――厳密にはその特技である未来視能力だ。
それを殺してしまっては意味がないので、現在指定している条件のまま『呪い』を強めるのはリスクが高い。
かといって、条件指定を変えようとすれば指定不能時間がある関係で逃げられる可能性があるし、最悪返り討ちにあう可能性だってある。
……だからこそ、アシュアさんには敢えてここに留まってもらったのだ。
この作戦により、少なくともダークエルフが『呪い』により殺される可能性は減少した。
しかし、俺に対してはいくらでも『呪い』をかけ直すことができるため、恐らく指定不能時間が経過するごとに手応えを確認していたのだと思われる。
本当に、厄介なヤツだ……