第26話 時間がないことも織り込み済みでした
現状最大の問題点は、ファティーグを仕留める決め手がないことである。
奴を無力化するには頭を潰すか、最低でも切り落とす必要があるのだが、そのどちらも俺達には実行するすべがない。
ピローの特技である【意思疎通】は【読心】ほどの精度はないが、ある程度の対象の心理状態を読み取ることができるうえに、自分の意思を遠隔で伝えることもできる。
上手く利用すれば情報戦では非常に強力なのだが、当然だが直接攻撃に利用することはできない。
ネイルの【超聴覚】も諜報や情報戦、暗殺などには向いているが、非攻撃系特技なので同じく攻撃に利用することは不可能だ。
となるとやはり俺が攻撃を担当するしかないのだが、残念ながら俺も直接的な攻撃力についてはあまり自信がない。
悪魔がまともな生物であればいくらでも殺す手段はあるのだが、窒息もしないうえに内臓などへのダメージも意味が無いとなると、ほとんどお手上げ状態である。
(ウッドさん達は――、無理そうだな……)
先程の爆発による被害は甚大だ。
爆発に巻き込まれた者は、俺達を除いて誰も立ち上がれないでいる。
いや、もしかしたら――
「おい」
後悔の念に圧し潰されそうになっていると、ピローが俺の肩に手を置き首を横に振る。
……そうだった、俺が表面上どう取り繕うとも、ピローには【意思疎通】で伝わってしまう。
恐らくだが俺の心情を読み取り、今は考えるなとでも言いたかったのだろう。
「……すまん、切り替える」
「そうしろ。……しかし、どうするつもりだ? あの爆発をまた使われると厄介だぞ?」
「爆発については、そこまで警戒しないでも大丈夫――、だと思う」
ガス爆発に限らず、爆発とは基本的に気体の急激な膨張により発生する熱、音、光を伴った破壊作用のある現象だ。
その規模は発生源が何かにもよるが、実のところただ爆発しただけでは大きな被害は発生しない。
ガス爆発や粉じん爆発は熱や炎を伴うため吸い込んだり焼かれたりすれば危険ではあるが、その規模はガスや粉じんの量に比例するため、余程大きな空間にでも充満しない限りは火傷などのダメージを負うことはないのだ。
無論、至近距離であれば小規模の爆発でも被害は発生するが、今回の状況においてはその条件を満たしていない。
それならば何故ここまで甚大な被害となったのか?
……その原因は、爆発により吹き飛ばされた飛来物のせいだ。
爆発において最も危険であり殺傷力が高いのは、急激な気体の膨張により吹き飛ばされた岩や金属の破片といった飛来物である。
稀に起こる爆発事故も、ガスや粉じんの充満した密室を形成している部屋の物や壁などが吹き飛ばされるからこそ大きな被害が発生するのであり、仮にガスを溜めた袋などに火をつけたとしても爆弾のような威力を発揮することはない。
先ほどファティーグは、粘液の被膜の中にガスを充満させ、それに火をつけることでガス爆発を起こした。
これだけでは恐らく、ダメージを受けるのはファティーグのみだっただろう。
しかし、ファティーグの周囲には投石により大量の石が転がっている状況だった。
……つまり、爆風に弾き飛ばされた石が散弾の如く周囲に飛び散ることになったのである。
結果的にはこちらの攻撃を跳ね返されたようなものだが、その威力は倍返しどころの話ではない。
火薬を用いているワケではないが原理は大砲などと同じであり、石といえども殺傷力は十分にある。
不幸中の幸いだったのは、その前に放った矢の残骸が疲労によりボロボロになっていたことだろう。
それに、飛び散った石についても疲労の影響を全く受けていないワケではないので、多少は威力が減衰したと思われる。
……それでも、転がっているデコボコに凹んだ寸胴鍋を見る限り、ウッドさん達が無事とは到底思えないが。
「ガス爆発は基本的に密閉空間でしか発生しないが、今のファティーグにそれを作るすべは――恐らくない。あるとすれば、それはアンデッドなどと同様体内になる。いくら悪魔でも、次に自爆なんかすれば流石に行動不能になるだろう」
アンデッドや魔物の死骸が爆発した際に飛び散るのは、当然だがその肉片や骨片である。
肉のような柔らかな物体でも十分な殺傷力を持つため驚異ではあるが、流石のアンデッドでも肉体が粉々になれば動くことはない。
それは肉体を再生できない悪魔にも言えることなので、既にボロボロな状態のファティーグが再度自爆をする可能性は低いと思われる。
無論可能性はゼロじゃないが、その程度であれば俺が対処できるし、むしろ決め手が生まれるため大歓迎だ。
「けっけっ! 安心しろよぉ? 奥の手だっつったろぉ? あんないてぇ真似、もうしねぇぜ」
ファティーグの言っていることは本音だろうが、だからといって絶対にしないという確証にはならない。
今はしなくとも、気が変わる可能性だって十分あるからだ。
「だがよぉ、おめぇらだってモタモタはしてらんねぇんだろぉ? あれこれ保険かけてる暇なんて、ねぇんじゃねぇかぁ?」
……まあ、当然見抜かれているか。
ファティーグに一定以上の知能が備わっていることはわかっていたし、時間を与えれば見抜かれるであろうことは予測できていた。
しかし、だからといって時間をかけずにファティーグを仕留めることはできなかったので、見抜かれること自体は織り込み済みである。
むしろ見抜いてくれることに期待していたので、作戦通りとまでは言わないが好都合ではあることは間違いない。
人は自分にとって納得できる答えがあると、盲目的にそれを信じやすくなるものだ。
悪魔が人と同じとは限らないが、今は同じと信じて騙され続けてくれることを祈るしかない。
――残り時間は約1時間。
この時間を目いっぱい使い切るつもりで、時間を稼ぐ……