第25話 指揮官や参謀の苦労を知りました
この世界の生物は、種族を問わず必ず何らかの特技の素養を持っていると言われている。
一体どうしてそんな素養を持つのか? 神から与えられた恩寵? それとも超能力の一種?
……その理由は未だ解明されていないが、何にしてもこの世界にはそういう法則が存在している――という認識だ。
そして特技には、個体ごとに一つまでという基本的な法則も存在している。
これも種族問わず広く認知されている法則だが、とある時期からその法則に縛られない者達が現れるようになった。
――それが、勇者と呼ばれる者達である。
「……俺は、勇者なんかじゃない」
「あぁん? んなわきゃねぇだろ~? 疲労の無効化なんつぅ大それたマネ、一つの特技でできるワケがねぇ!」
疲労とは、なんらかの過負荷により強度や活動力が減退した状態を表す言葉だ。
生物と無機物ではその内容が異なるが、万物に存在する概念と言っていいだろう。
つまりそれを無効化するということは、摂理や概念を捻じ曲げているということを意味する。
体力のある者や動物を「疲れ知らず」と表現することもあるため、人によっては「そんな大げさな」と思うかもしれない。
しかし、完全に疲労を無効化できるのであれば、それはもうただ疲れにくいのとは別次元の状態だ。
何をやっても疲れないということは、要するに運動で発生する過負荷の影響を受けなくなるということでもある。
本来であれば疲労を考慮して加減すべきところを、一切気にせず全力を出せるのだから、その恩恵は体力面だけでなく精神面にも大きいと言えるだろう。
さらに言えば疲労による休息も必要なくなるため、長時間全力で疾走したり、力仕事をしたり、戦闘をしたり……などといった無茶が全く無茶でなくなるという……
肉体が頑丈になるワケではないので怪我はするし、当然死ぬこともあるが、それはもう超人と言っても差し支えない存在である。
派手な身体強化などと比べると見た目的には地味かもしれないが、本来成しえない結果をもたらすという意味では同等以上であり、しかも強化系の特技と併用できるとなればその効果は絶大なものとなる。
ファティーグが「大それたマネ」と言うのも、決して過言ではない。
しかし――
「その通りだ。しかし、実際に疲労を完全に無効化できるのであれば、こんな結果にはならなかっただろう?」
そんな簡単な話であれば、あれこれ作戦など立てる必要もなかったし、ここまで苦戦することもなかったハズだ。
「……万能じゃねぇっつうのはわかるぜぇ? ストレスの影響を受けてねぇのがお前達だけってこたぁ、何か限定条件があるんだろぅよ。……だがなぁ、限定的だったとしても、俺から見りゃ十分最悪な気分なんだよぉ!」
まあ、恐らくは疲労の概念から生まれた存在であるファティーグにとって、疲労を無効化できる存在などいれば、それは間違いなく天敵である。
あるいは、自己同一性を脅かす存在と言い換えてもいい。
それがたとえ限定的であったとしても、俺の存在はさぞ不快なことだろう。
「こんなに不快な気分は、マジで生まれて初めてだぜぇ? てめぇらは、ただオモチャにするだけじゃ気がすまねぇ……。寿命が尽きるまで、ありとあらゆる絶望を刻み込んでやるからぁ、ぐふぇふぇ……、覚悟しろよぉ?」
辛うじて原型を留めている口が歪み、醜悪な笑い声を漏らす。
この状況においても俺達を殺すよりも快楽を優先する辺り実に悪魔らしいが、だからといってそれが甘さや隙になるワケではない。
悪魔は加減を間違えオモチャを壊したとしても「あ、やべ、ミスった」くらいにしか思わないので、残念ながら命を盾にするような戦法は不可能だ。
「……ネイル、奴がガスを生成するのを感知できるか?」
「あ、ああ……、さっきと同じような音がすれば、だがな……」
ネイルの特技は【超聴覚】だと聞いている。
分類としては身体強化系になるが、その中でも特化型と呼ばれる特技だ。
五感全てを強化できる【五感強化】などに比べると汎用性で劣るが、文字通りの特化型であるためその強化値は凄まじいものになっている。
遠距離から対象の呼吸や心臓の鼓動を聞き取れるのは戦闘において非常に有用だし、悟られない場所から情報を盗み聞きするといったことも可能となるため、様々な分野で活躍できる超優秀な特技と言っていいだろう。
ネイルはその特技を活かし、里へ近付く者をいち早く察知する役割を担っていた。
俺とピローが里に入った際に真っ先に駆け付けられたのも、ファティーグのガス爆発を察知できたのも、それが理由である。
「負担をかけて悪いが、ファティーグがまた何かやらかさないか、監視を頼めるか?」
「……任せろ。疲労無効化のお陰で、まだまだ余裕だ」
特化型の特技は、その極端な強化値のせいで取り扱いが難しいのも特徴だ。
【超聴覚】であれば、余りにも色々な音が聞こえるせいで特技発動中は大騒音の中にいるような状態になってしまうらしい。
それもあって精神を病んでしまう者も多く、【超聴覚】はハズレ特技だと言われることもある。
こういう使いこなせさえすれば優秀なものをハズレ扱いするケースは、能力に限らず道具などでもよくあることだ。
ちゃんとした使用方法を守れば最高性能を発揮する道具も、その方法を学ばない――あるいは煩わしく思って守らなかった結果、使えないとゴミ扱いされることが多々あるのである。
その点、ネイルは【超聴覚】を封印することもせずしっかりと使いこなしているようだ。
それは求められた結果かもしれないし、必要に駆られて使わざるを得なかったのかもしれないが、何にしても尊敬に値することだと思う。
「……助かる。頼らせてもらうぞ」
ネイルの言うように、疲労無効化により騒音による脳などへの負担は軽減されているのだろう。
しかし、聞こえる音が軽減されるワケではないので、精神的負担は確実にあるハズだ。
俺には想像することしかできないが、恐らく凄まじい不快感なのではないだろうか……
「任せろと言っただろう。それより、これからどうするつもりだ? まだ戦う意思はあるようだが、策は残ってるんだろうな?」
「……もちろんだ」
ただし、残された策はもう一つしか無い。
それも、運任せで他人任せの策とすら呼べないような内容だ。
恐らく勝率はもう、2割以下と言っていいだろう。
……しかし、それを伝えれば士気にかかわるため、ネイル達に伝えることはできない。
それだけでなく、悟られないよう自信ある表情すら見せる必要がある。
まったく、胃が痛くなるぜチクショウ……




