第24話 状況がかなり悪くなりました
……日の出から少し時間が経ったためか、美しく青い空が広がっている。
普通に生活していると空を見上げる機会などあまりないので、新鮮な気分――――
「っ!?」
自分が倒れていることに気付き、跳ねるように飛び起きる。
(意識を失ってた!? どれくらい!?)
生死を賭けた戦闘において、気絶するというのは死んだと言っても過言ではない状況だ。
逆に言えば、気絶しても死んでないのであれば、必ず何か理由があるということでもある。
気絶時間が短かったか、あるいは追撃をする余裕がなかったか――
「クソがぁ……、いてぇぞぉ……、マジでぇ……」
その答えは、ファティーグの状態を見ればすぐにわかった。
「……その割には元気そうに見えるが?」
「動く分には問題ねぇがぁ、いてぇもんはいてぇんだよぉ! だからやりたくなかったってぇのに、最終手段を使わせやがってぇ……」
ファティーグが追撃をしてこなかった理由は、単純に自分もダメージを受けていたからのようだ。
実際、ファティーグの全身は焼き焦げており、あちこち欠損した箇所も確認できるため、見た目は間違いなく満身創痍である。
……あくまでも見た目だけは、だが。
「クッ……、一体、何が起きた……」
俺のすぐ横で倒れていたピローが意識を取り戻す。
位置関係から察するに俺が庇ったのだろうが、その瞬間を全く思い出せなかった。
「……ガス爆発だ」
「っ!? ガス……、可燃性の気体のことか?」
「……ああ。恐らく奴の特技は【風生成】ではなく、【ガス生成】だったんだろう……。すまない、完全に俺の読み違えだ」
衝撃のせいで記憶が少し飛んでいるが、この状況と周囲に漂う僅かな異臭が答えを教えてくれた。
既に読み違えているため断定したくはないが、少なくとも俺の知識ではそれ以外に思い当たる節はない。
ガスとは比較的近年生まれた呼称で、主に可燃性の気体を指す言葉だ。
厳密には全ての気体を指す言葉だったらしいが、様々な用途で可燃性ガスが用いられるようになってから広くそう認識されるようになったと言われている。
「……いや、私はそんな特技があること自体知らなかった。お前を責めるつもりはない」
ピローが知らなかったのも無理はない話である。
実際、【ガス生成】はかなりレアな特技であり、使用者がほとんど存在していないからだ。
だからこそ俺も想定していなかったし、もっとポピュラーな気体操作系特技である【風生成】だと誤認してしまった――
「おい! 今のは何だ!? 聞いてないぞ!」
「っ!? ネイル! お前も無事だったか!」
爆発に巻き込まれなかったのか、ほぼ無傷のネイルが合流する。
「あ、ああ、ヤツから何か異音が聞こえたから、咄嗟に距離を取った。……それで、今のは一体何だったんだ?」
「ジェルが言うには、ガス爆発らしい」
「ガスだと!? ……そういうことか」
ネイルも、「ガス爆発」という言葉だけで何が起きたかすぐに理解できたようだ。
理由は恐らく、エルフやダークエルフが狩りを生業とする種族だからだろう。
……狩人や冒険者は、ガスの危険性を身を持って体験している者が多いのだ。
「しかし、奴が何をしたのかはわかったが……、文字通りの自爆だぞ? 何故まだ動けている?」
「それは悪魔だから――、としか言いようがないな……」
ファティーグの状態は人族であれば間違いなく致命傷であり、普通なら立つことすらもできないように見える。
それができているのは、悪魔の身体構造が人族と似て非なる確かな証拠とも言えるだろう。
どうやら一応痛みは感じているようだが、傷や怪我くらいでは身体能力にほとんど影響がないのかもしれない。
「化け物め……、自爆の概念が揺らぎかねんぞ」
自爆は、一部の特技を持つ者だけが使える正真正銘の『奥の手』である。
自らの生命を犠牲にしてでも敵を滅するという覚悟がなければ普通は使えないため、自爆をした者に対し尊敬の念を抱く者も少なくはない。
だから不快そうな顔をしているネイルの気持ちもわからなくはないのだが、残念ながらファティーグがやったのは間違いなく自爆そのものである。
具体的なやり方は、自身の特技である【ガス生成】で粘液内をガスで充満させ、何らかの方法で着火する――という単純な方法だ。
本来ガスは可燃性の気体に過ぎず、それだけでは爆発などしないのだが、密閉された空間に充満することで爆発する危険性が生まれる。
詳細な理由は学者でもなければわからないが、とにかくガスの濃度が重要らしく、密閉された空間ではその条件を満たしやすいのだそうだ。
つまり、拘束するために高めた粘度が、密室を形成する手助けにもなってしまった――ということである。
完全に想定外だったし、今さら悔いても仕方ないのだが、モヤモヤとした気持ちはぬぐえない。
「しかし、話には聞いていたが、ここまで凄まじい威力があるとはな……」
ピローは実際に見たことがないようだが、やはり狩人として知識はしっかりと学んでいるようである。
実のところガス爆発は、一般的にガスを利用しない現代の社会では滅多に発生することがなく、爆発することを知らない者も少なくない。
じゃあ、何故狩人や冒険者がガスの危険性を知っているか?
それは、爆発する条件を満たした存在と出くわすことがあるからだ。
……その存在とは魔物、もしくはその死骸である。
魔物――特にアンデッドの類はその体内にガスを充満させている個体が多く、倒した際に爆発する可能性があるのだ。
そのため基本的には火気厳禁であり、そもそも近距離戦が推奨されていないのだが、そうは言っても急襲されたりなどどうしようもないことが多々あるため、多くの冒険者から嫌われている。
中でも巨大な魔物の死骸やそれをベースとしたアンデットはとても危険で、爆発すれば最悪数十人を巻き込む大惨事になりかねない。
だから狩人は巨大な獲物を仕留めた際は速やかかつ慎重に解体を行うし、冒険者も魔物の死骸を放置しないことが鉄則となっている。
「しかしよぉ、やっぱり、おかしぃよなぁ? 特におめぇら三人は、ぜぇーーーーったいにおかしぃ! どうやってるかは知らねぇが、疲労を無効化してるとしか思えねぇ……」
ファティーグは手足の動作確認をしながら、焼け爛れた顔を向けてくる。
目は開いていないが、その視線は間違いなく俺を捉えていた。
「でもってぇ、そんな大それた真似ができるとすりゃあ、俺の心当たりは一つしかねぇ。……おめぇ、勇者だな?」
「「っ!?」」
ファティーグの言葉に反応し、ピローとネイルが目を見開いて俺を見てくる。
そしてその視線には、驚愕だけでなく僅かな期待のような感情も込められているように見えた。
……しかし、残念ながら俺はその期待に応えることはできない。
俺は……、勇者なんかじゃないからだ。




