第20話 やはり悪魔は非常に面倒な存在でした
戦場などの「死」が集まりやすい場所では、死霊などのアンデットに分類される魔物が生まれやすい。
火山などでは火の精霊が生まれやすいし、森には木の精霊が生まれやすい。
つまりこれらの現象はこの世界の法則によるものであり、それぞれ性質は違えど本質は同じ存在と言える――というのが現在主流の考え方である。
だから悪魔も精霊やアンデットと同じように、なんらかの概念が色濃くなったことで生まれた存在だと考えられた。
この概念自体フワッとした抽象的な言葉だが、現代では「要素」や「本質」、「印象」といった内容を包括した意味の言葉として用いられている。
例えば「火」や「炎」といった言葉は人により印象が異なるだろうが、概念として見れば「火」の概念になる――といった感じだ。
悪魔には『呪い』というわかりやすい能力があり、その性質から恐らく概念自体に干渉をしていると推察されている。
その理由は、スクラッチの『呪い』が生物の傷だけでなく、武器などの無機物のキズにさえも干渉していたためだ。
中々に出鱈目な能力だが、そもそもの成り立ちが「傷」という概念からなのであれば、干渉できたとしても不思議ではない。
……いや、正直納得したくはないのだが、実際に干渉できているのだから認めるしかないのである。
「俺のストレスに耐えたことといい、何か対策でも練ったんだろうがぁ、無駄だぜぇ? とりあえず、ダークエルフはこうだ」
そう言ってファティーグが目を細めた瞬間、木の上で弓を構えていた何人かが体勢を崩して木から落下してしまった。
「ウッドさん!」
落下した一人であるウッドさんにネイルが駆け寄る。
ウッドさんは受け身こそ取ったものの、眉間を押さえて苦悶の表情を浮かべていた。
「す、すまん、急に目がかすんで、頭痛が……」
チィッ! やはり眼精疲労か!
予測していたとはいえ、こんなにも早く手を打ってくるとは……
もしかしてコイツ、この見た目で頭まで回るのか?
だとしたら本当に最悪だ!
「ほほぅ、昏倒するくらい強めにしたつもりだったんだがなぁ? 何人かは全く効いてねぇみてぇだし、これは何やったかしっかり聞き出さなきゃなぁ?」
ファティーグは楽しそうに独り言を呟きながら、ニチャァと醜悪な笑顔を浮かべる。
そのあまりの悍ましさにゾワゾワとした怖気が背中を走り、腕中ビッシリと鳥肌が立つ。
今までも強力な魔物相手に恐怖を覚えたことはあったが、まさか純粋な気持ち悪さからも恐怖感が生まれるとは知らなかった。
……しかしこれでまた、いくつかわかったことがある。
一つは、『呪い』の対象指定方法だ。
ファティーグの『呪い』は、この里に住む全てのダークエルフにかけられていた。
その中には直接ファティーグを見ていない者も含まれていたので、最初はこの里全体にかけられた『呪い』なのだと疑ったのだが、それなら俺や家畜などに影響がない説明ができない。
となるとやはりこの里の住人一人一人に対し『呪い』をかけたということになるが、視認せずにそんなことができるのであれば必ず何らかの条件が存在するハズ――というところまでは予測できていた。
……そして、さっきのファティーグの言動で、どういった原理なのかがほぼほぼ確定してしまった。
「ネイル! 作戦4だ!」
「っ! わかった!」
ファティーグは、『呪い』をかける際に視認を必要としていない。
いや、そもそも狙ってすらいない。
ただ、「ダークエルフ」と指定しただけである。
原理などわかるハズもないが、悪魔はそれだけで『呪い』をかけることができてしまうのだ。
はっきり言ってメチャクチャな能力だが、『呪い』は最初から出鱈目な性質をしているので何があってもおかしくない。
細かな検証はできないので絶対にそうだとは言えないが、ピローの合図が間違いなければ先ほどファティーグが放った『呪い』の影響は戦闘に参加していない他のダークエルフにも出ているようだ。
……つまり、防御も回避もできないということである。
まあ、最悪な状況ではあるが、これも一応は予測通りだ。
そのための対策も、機能していると思って間違いないだろう。
「がぁ~! うっとおしぃなぁ! おいぃ!」
無事だった者は弓を捨て、攻撃方法を投石に切り替えている。
落下したウッドさん達は正確に狙いを定められないようだが、それを補うように細かな石を複数同時に投げることでカバーをしているようだ。
見た目は完全に浮浪者に石を投げつけている酷い絵面なのだが、間違いなく矢による攻撃よりもファティーグは嫌そうにしている。
……しかし、やはりダメージ自体はあまり与えられていなさそうだ。
「あふぉどもがぁ~! こんなことしてもぉ、時間の無駄だぞぉ!?」
ファティーグにとっては時間の無駄でも、こっちからすれば有効な時間稼ぎだ。
ただ、用意できた石には限りがあるので、この攻撃も長続きはしない。
本当は石の鏃でも用意できれば良かったのだが、残念ながらそんな時間もなかった。
まあ仮に用意できていたとしても、恐らくほとんどダメージは与えられなかっただろうが……
「ふぅ……、ジェル、追加の石とコレを持ってきたぞ」
俺も一緒になって石を投げつけていると、集落を駆け回っていたピローが軽く息を切らしながら駆けつけてきた。
追加の石については頼んでなかったのだが、どうやら駆け回るついでに集めてきてくれたようだ。
「助かる。このまま少し投石を引き継いでくれるか?」
「それは構わないが……、あまり効果的には見えないぞ」
「いいんだよ。時間稼ぎなんだから」
石は金属類よりも疲労強度で優れていることが多いため、ファティーグに対してそれなりに有効ではある。
ただ、加工に時間がかかるため、3時間程度では十分な量の鏃を作成する余裕はなかった。
しかも強度や重量の面で金属に劣るため、用意できたとしても大したダメージを与えることはできないと判断し、石製の武器は用意はしていない。
実際、用意できた数少ない銅の鏃でもせいぜい小突かれた程度の痛みしか感じていなかったので、判断自体は間違っていなかったと思われる。
……正直、有効な武器も用意できず厳しい状況ではある。
しかし、少しでもダメージを与えられることについては、まだ救いがあると言えなくもない。
というのも、悪魔は精霊や死霊とは違い受肉しているため、物理的に干渉可能な実体を持っているからだ。
そして、恐らくは人間がベースになっているがゆえに、ちゃんと殺すことができる――というのが重要なポイントである。
それは歴史も証明しているのだが……、歴史には同時に面倒な情報も記録されていた。
――悪魔の体は、非常に頑丈である、と。




