第19話 悪魔がどのような存在か説明しました
――――再び時を遡ること数時間前。
「人族の研究では、悪魔とは怨念や負の感情といった概念の集合体ではないか――と仮定されています」
「怨念や、負の感情……?」
「はい」
ダークエルフの若手? の代表はウッドさんのようなので、彼を中心に説明を進めていく。
「詳細がわかっていない悪魔も複数いますが、例として有名なスクラッチという悪魔を紹介します。スクラッチは200年前に討伐された悪魔ですが、10年前に再び出現したことで話題となりました」
「……? それは、実は討伐し損ねていた、ということか?」
「いえ、スクラッチは確かに討伐に成功しています。その証拠に、スクラッチの躯は復活などされないよう、聖教会で今も厳重に封印されているらしいです。つまり10年前に出現したスクラッチは、200年前とは別個体ということになります」
「別個体……、それでも同じ呼称をしていることに、大きな意味がありそうだな」
「ええ、10年前に現れたスクラッチは見た目も性格も、記録とは全く異るものでした。これは200年前にも討伐に参加した長命種の証言があるので、ほぼ間違いありません。それでもスクラッチだとわかったのは――、『呪い』の効果が200年前と全く同じだったからです」
「っ!?」
正直俺としては長命種だろうがなんだろうが、200年前の人の記憶など信じる気にはなれない。
ただ、記録を補足する証言ということであれば十分意味はあるし、信憑性も高くなってくる。
……ちなみに、証言をした長命種とはエルフのことなのだが、印象が悪そうなのでここでは伏せておくことにした。
「で、ここからが仮定を踏まえた話になるんですが、10年前に現れたスクラッチを討伐した際、いくつか情報が得られたそうです」
「ん? 10年前に現れたスクラッチは、もう討伐されているのか?」
「あ、そうなんですよ。スクラッチについては記録から対策を練り易かったっていうのもありますが、他にも生まれて間もなかったことや、特技が200年前よりも対処しやすかったりと、いくつもの幸運が重なったようです。中でも大きかったのは、今の勇者の中にスクラッチの天敵が存在したことですね」
「天敵?」
「はい。スクラッチの『呪い』は傷の増幅なんですが、これは理論上、傷さえ無ければ防ぐことが可能です。つまり治癒術が対策になると言えばなるのですが――」
「っ!? そうか! 再生の勇者、レナトゥスだ!」
俺の言葉に反応したのはウッドさんではなく、その後ろで興味深そうに話を聞いていたネイルである。
「正解だけど、なんで知ってるんだ?」
「っ! そ、それはその、10年ほど前、たまたまアシュア様と父上の話が聞こえてきて――」
「ネイル、あれほど盗み聞きはよせと……」
「す、すいません」
ウッドさんの言葉から察するに、もしかしてネイルには盗み聞きをする悪癖でもあるのだろうか?
まあネイルの年齢なら10年前はまだまだ子どもだし、その手の話に興味があったのも十分理解できる。
俺も子どもの頃は、勇者の話を聞くの大好きだったからな……
「……話を続けますが、いくら治癒術が対策になると言っても、古傷や細かな傷を全て治癒することは不可能です。仮にできたとしても『呪い』による増幅を上回る速度で治癒術を行使できる者なんて、それこそ聖女クラスじゃないと無理ですからね。……ですが、再生の勇者はそういった常識とはかけ離れた再生力を持っていました」
勇者とは、とある条件を満たした者の中でも、冒険者ランクS級に至った者にのみ与えられる称号である。
昔のことは知らないが、少なくとも今は勇ましさとは関係なく純粋に強さのみを評価した称号であるため、勇者と呼ばれる者は全員共通して物凄く強い。
その中でも再生の勇者レナトゥスは三強に数えられるほどの実力者であり、齢60を超えた今もなお現役で活躍する生きた伝説である。
「それに加えて単純に強いので、二代目スクラッチは最終的に再生の勇者一人の手で討伐されたようです。それもかなり余裕があったようで、対話したのか拷問したのかは不明ですが、いくつかの情報を聞き出すことに成功しています。その一つとして二代目スクラッチは、俺を生み出したのはお前達だ――と言ったそうです」
「……お前達とは人族――いや、違うか。恐らくは、亜人族も含めた全人類…………っ! まさか、そういうことか!?」
ウッドさんは説明するまでもなく答えに辿り着いたようだが、ダークエルフであればすぐに気付くだろうとは思っていた。
しかし、その後ろにいるネイルは全くわかっていないのか、「どういうこと?」と言いたげに間の抜けた表情を浮かべている。
アシュアさんも嘆いていたが、マジで若手の教育が行き届いていないのかもしれない。
「スクラッチは他にも俺を殺しても無駄だ! いつか別の俺がお前を殺す! とか色々喚いていたらしいですが、それだけでもある程度どんな存在かは絞り込めますよね?」
「ああ…………、精霊、なのだな……」
「せ、精霊!? そんな! 精霊が、あんな醜い姿なワケはないでしょう!?」
ウッドさんの言葉に、ネイルが物凄く嫌そうな顔で反論する。
亜人族は精霊を神格化していることも多いのでその反応もわからなくはないのだが、精霊がどのような存在であるかは随分前に世界中に広く知れ渡った公開情報だ。
公開当時は認めようとしない者も多かったが、様々な研究結果が実演されたことで、今となってはほとんど一般常識と化している。
「いや、私も当時は精霊を美しい存在だと信じていたのでネイルの気持ちも理解できるが、残念ながら精霊とは必ずしも美しい存在ではないのだ。……ここにいる何人かは、実際にソレが生み出された瞬間を見てしまっている」
「っ!? う、生み出された!?」
常識を覆すような新説や推論というものは、普通中々認められないものだ。
そして、それを認めさせる最も効果的な方法は、実際に見せてみることである。
「ネイル、精霊は……、人工的に生み出すことができるのだ」
「なっ!?」
亜人族にとって、精霊は神に等しい存在であった。
しかしその幻想は、人族の研究により打ち砕かれることになったのである。
「知っている人も多いようですが、精霊は火や水といった概念の集合体です。そしてそれは、条件さえ整えれば人工的に発生させることができる。恐らくウッドさん達はそれを見たのでしょうが、どんな見た目をしていましたか?」
「……私が見たのは、ただ形だけを人に似せたような、醜い泥の塊だ」
土の精霊は、一番人工的に生成しやすい精霊だと言われている。
当時は実演する際に必ず土が選ばれていたようなので、恐らくウッドさん達もそれを見たのだろう。
「そ、それは本当に、精霊だったのですか?」
「ああ。ネイルも木の精霊は見たことがあるだろう? あの泥の塊は、間違いなく木の精霊と同じ存在感をまとっていた」
「そんな……」
俺は実際に見たことないが、自然発生する精霊はとてつもなく美しい見た目をしているらしい。
ネイル達が見た木の精霊もさぞ美しかったのだろうが、それが生成された泥の塊と同じ存在だと知ったらショックを受けるのも無理はない。
それでもウッドさんは間違いないと断定したのは、精霊が放つ特有の波動のせいだろう。
俺も詳しくは知らないが、あの妙な存在感こそが精霊である何よりの証明なのだそうだ。
「原因は特定されていませんが、精霊は概念という曖昧な要素の集合体であるがゆえ、人の意思が混じると歪みが生じるのだと言われています。結果として、人工的に生成すると醜い見た目になりやすい――というのが現在有力な仮説ですね」
「……まさか、それで悪魔も醜い見た目をしているのか?」
「あくまでも仮説ですし、悪魔は受肉しているという点で精霊とは少し異なります。ただ二代目スクラッチが漏らした情報を加味して考えると、似たような存在であることは間違いないようです」
さて、納得してもらうために若干遠回しした説明になってしまったが、ここからが本題だ。
残された時間で、悪魔の性質を理解してもらい、作戦を立てなければ……




