第18話 ファティーグ対策を色々と用意しました①
――――ファティーグが現れる数時間前。
「まさか、我々が動けなくなっていた原因が、ただの疲労だったとはな……」
「いやいや、疲労を舐めちゃいけませんよ。疲労は誰にでもある身近なものであるがゆえに、あらゆる死因に繋がるんですから」
現在この場所――アシュアさんの家に集まっているのは、比較的『呪い』の影響が少なかった若者ばかりだ。
と言っても、ダークエルフとしては若いというだけで、実際はほとんどが100歳近い年齢らしい。
見た目は若くとも、人族目線では完全に高齢者である。
「……そう、だな。実際に体験したからこそ、改めてその通りだと実感する」
この人――ウッドさんは、よくわからない部外者である俺の言葉に一切反論しようとせず、苦笑いを浮かべながら頷いて見せる。
やはりピローやネイルより長く生きているからか、冷静に物事を判断できているし、感情のコントロールも上手い。
話が早くて俺としてはひっじょ~~~~~~に助かる。
「まあ、納得できていない人も若干名いそうなので改めて説明しますが、皆様がファティーグにかけられた『呪い』は、ほぼ間違いなく疲労の増幅です」
「……その前に、無知で恐縮なのだが、我々は悪魔についてほとんど知識がない。悪魔とは一体どんな存在なのだ? そして『呪い』とはなんなのだ? ……まずは、それを教えて欲しい」
「う~ん……、正直に言いますと、悪魔については人族も大した情報を得られていません。だからほぼほぼ仮説になっちゃいますけど、それもいいのなら」
「仮説でもなんでも構わない。我々はただ、一体どんな存在を相手にしているのかを知りたいのだ。最低限それを知らなければ、恐らく立ち向かえぬ者もいる……」
ウッドさんがそう言うと、半数近い人数が俯いたり目を逸らしたりする。
なるほど、そういうことか……
「未知への恐怖――、というヤツですね?」
「ああ……。私も含め、ここにいる者のほとんどが何の前触れもなく、何の抵抗もできずに『呪い』とやらにかかっている。信心深い者は、本当に神の呪いなのではないかとすら疑っているだろう」
人は基本的に、得体の知れないものに対し恐怖を抱くものだ。
幽霊や神なんかはその最たる例で、存在が確認されてもいないのにも関わらず「幽霊が出るかもしれない」とか「罰が当たるかもしれない」などと恐れられたりする。
悪魔の存在を知らない者であれば、悪魔に対し恐れを抱くのも当然と言えるかもしれない。
「……わかりました。では、簡単にですが説明しましょう」
◇
「いってぇなぁ……」
ファティーグは頭をボリボリと搔きながら周囲を睨みつける。
矢を放った者は全員分散しているし、十分な距離を取っているため反撃される心配はない……ハズ。
「矢があんなにもボロボロになるとは……。あれも疲労だというのか?」
「多分間違いない。その証拠に、疲労強度の差で少しずつ結果が変わっているだろ?」
「……確かに」
ファティーグの足元に散らばる矢の残骸はほとんど原型を留めていないが、鏃は材質によって破損状態に差が出ていた。
これは十中八九、疲労強度や疲労限度が影響していると思われる。
「やっぱり、金属類は基本的に厳しそうだな」
ほぼ全ての物質には、疲労強度や疲労限度というものが存在している。
これは物質そのものの強度とは別で、大きな解釈では耐久度に含まれる概念だ。
生物における疲労とは少し異なるが、本来であれば壊れないような荷重や負荷による影響が蓄積されるという点では同じであるため、「疲労」と一括りにされている。
疲労に対する強度は生物と同様で材質ごとに異なるが、硬いからといって疲労強度も高いというワケではないのが注目すべき部分だ。
「クッ……、まさかこんなことでも我々の状況が仇となるとはな……」
「いやいや、仮に銅の武器なんてものが存在したとしても、役にはたたなかっただろうさ」
当然と言えば当然だが、武器や防具に選ばれる材料は強度的に勝る金属が採用されやすい。
中でも鉄や鋼なんかは強度が高いため、どこでも目にする素材と言えるだろう。
それに対し銅は、強度的に脆いため基本的に武器や防具の材料に選ばれることはない。
武器屋などで稀に売られている銅の剣などは、実際は純粋な銅製ではなく、合金である青銅製である。
それでもあれば多少はマシだったのだが、残念ながらダークエルフの里には存在しなかった。
「……なるほどなぁ、いてぇと思ったら、こりゃ銅かぁ?」
ファティーグに直撃して唯一まともに形を保っていた鏃は、純粋な銅を加工したものだ。
銅は単純な強度は脆い部類に入る金属だが、疲労限度や疲労強度については極端に高いことがわかっている。
鍛冶屋に聞いただけなので詳しいことはわからないが、銅は他にも錆びにくかったり抗菌作用があったりという理由で硬貨などに使用されることが多いらしい。
俺はその性質と数少ない記録などから、ファティーグ対策として銅が有効であると当たりを付けていた。
ただ、知識としての準備はあっても直近で戦うつもりなど当然なかったので、武器としての準備は全くしていなかった。
だから今手に入るある銅製の物を利用するしかなかったのだが、残念ながら自給自足の生活を強いられていたこの里にはほとんど存在しなかったのである。
硬貨すらもなかったため、あの鏃は俺の手持ちの銅貨を加工して即席で作ったものだ。
……つまり、数にも限りがある。
「お前の入れ知恵かぁ? だが、残念だったなぁ! 俺ぁ、こんな柔らけぇモンじゃ殺せねぇぞぉ?」
そう言ってファティーグは、銅で作った鏃を指でグニャリと潰して見せた。




