第17話 戦いが始まりました
――――翌朝。
里の入り口に、小柄な一人の男が現れた。
この里は森の中に巧妙に隠されており、普通の手順では絶対に辿り着けないようになっているのだが、男は何事もなかったかのようにノロノロ歩いて近づいてくる。
もし男が無理やり草木や沼を突っ切ってきたのであれば必ずなんらかの痕跡が残るハズだが、葉や枝、泥が付着している様子もない。
……それはつまり、男が正規の手順でここまで辿り着いたということを意味する。
やはり、協力者さんとやらが持つ情報は全て漏れていると思った方が良さそうだ。
(しかし、実物を見るのは初めてだが、マジでどこにでもいるオッサンにしか見えねぇ……)
悪魔――ファティーグの見た目は、どこの酒場でも目にするような小汚いオッサンであった。
俺が見た資料によると、悪魔の見た目は大抵の場合どこにでもいるようなオッサンやオバサンだと書かれていたのだが、まさかここまでガチのオッサンだとは思っていなかったというか……、正直信じたくなかったという気持ちが強い。
理由は完全に心情的なもので、こんなみすぼらしオッサンが強敵とか……、はっきり言って嫌過ぎるからだ。
悪魔は歴史上、人類に対し凄まじい被害をもたらしてきたが、こんなオッサンがそれをやったと思うと胃が痛くなってくる……
いや、だって、あんなのに王国の騎士団が全滅させられたり、S級の冒険者が何人も蹂躙されたってことだぞ?
……彼ら彼女らがどんな気持ちで散っていったかを想像すると、胃だけじゃなく心まで痛くなってくる。
「アレに手も足も出なかったとか、マジでキツイな……」
「おい!」
「あ、ゴメンゴメン」
ネイルがキレ気味に怒鳴ってきたが、今のは流石に俺が悪いので素直に謝る。
「別にネイル達をからかおうとか挑発しようと思ったワケじゃなくて、想像したらキツ過ぎてつい口に出してしまっただけなんだ。いや、ホント同情する。ネイル達だけじゃなくて、今までアレの犠牲者になった全ての人に……」
冒険者に限った話ではないが、命のやり取りをする職業において、敵対する相手の実力を見た目で判断することほど愚かなことはない。
……しかし、それでも油断して命を落とす者が後を絶たないのは、それだけ人が視覚情報に頼っているという証拠でもある。
実際、武術や戦術でも、相手の油断を誘うことは有効とされており、技術として取り入れている者は少なくない。
俺自身もそういった戦術を好んで使っているので、それはよ~~~~~~~~くわかる……
わかるのだが――
「擬態するにしても、アレはやり過ぎだろ……。アレで強いとか完全に詐欺だし、美人局レベルに罪深いわ……」
「つつ、も……? なんだそれは?」
「知らないなら気にしないでくれ」
説明すると「そんなものと一緒にするな!」と怒られそうだが、悪質という意味では似たようなものだと思う。
存在自体が詐欺というのも、悪魔の悪魔たる所以と言えるかもしれない。
見た目で油断を誘い、勝てても達成感がイマイチで、負けると尊厳を破壊されたうえで殺されるとか、マジで最悪だ。
「ホント、せめて強敵には強敵らしくあって欲しいよな~」
「……それをお前が言うのか?」
「お? もしかして俺のこと褒めてくれてる?」
「フン!」
そんな素直になれない女子みたいな反応をされても可愛くないぞ――と言いたいところだが、ネイルもダークエルフの多分に漏れず美形なので、それなりに可愛く見えてしまうから少し複雑だ。
整体を施してからは妙に従順な態度だし、もしかして俺は何か未知のツボでも押してしまったのだろうか……?
「なんだぁ~? なんでブサイクな男が一匹増えてるんだぁ~?」
ネイルと緊張感のないやり取りをしていると、近付いてきたオッサン――ファティーグが首をかしげながら疑問を口にする。
その見た目から得られる印象通りの間延びしたダミ声に、俺は思わず苦笑いを漏らしてしまった。
「あぁ~ん? お前、今俺のこと嘲笑ったなぁ~?」
「あ、いえいえ、そんなことは」
「よ~し、死ねぇ!」
ファティーグはそう言って、俺に人差し指を向けてくる。
「「……」」
「…………んん? なんだぁ? なんで倒れないんだぁ?」
「あ、もしかして今『呪い』使いました?」
「『呪い』……? ああ、そういや~人族はこれを『呪い』って言うんだっけなぁ~。ってことはお前、人族かぁ?」
悪魔の放つ異能力を『呪い』と呼ぶようになったのは確かに人族だが、昨今は他の種族にも浸透している言葉なので、普通はそれだけで人族と断定することはできない。
とりあえず、すっとぼけておこう。
「いえ、違いますよ?」
「あぁ~ん? じゃあ何族だぁお前ぇ?」
「私はこういう者です」
そう言って俺は懐から冒険者証を取り出し、やや低めに提示する。
無論これは予定外の行動だが、作戦通り意識を引き付けることには成功した。
――つまり、戦闘開始である。
ファティーグが冒険者証を確認しようと意識が下に向いた瞬間、複数の矢が降り注ぐ。
と、同時に俺とネイルはバックステップで距離を離す。
矢はファティーグの首や後頭部に突き刺さった――かに見えたが、触れた瞬間ボロボロになり突き刺さることはなかった。
「いってぇなぁ……」
どう見ても無傷に見えるが、小突く程度のダメージは与えられたのか……?
「お前の言った通り、矢は通じないか……」
「いや、完全に無効化されるワケじゃなさそうだし、そんなに悲観しないでもいいと思うぞ」
記録によると、ファティーグにはほとんどの武器による攻撃が通らなかったと書かれていた。
だから今ので殺せるとは最初から思っていなかったが、まさか全種通らないとは――――いや、そうでもないか?
ファティーグの足元に散らばる矢の破片の一つ……
アレはもしかしたら、この戦いの大きなヒントになるかもしれない。




