第13話 交渉が完了しました
【契約】は、主に商人などの取引を行う者に発現しやすい特技だ。
その性能は文字通り契約に特化されており、様々な約束事に利用されている。
制約や条件は使い手次第で内容が変わるが、基本的には条件や罰則などについて「双方の合意を得ること」で成立する仕組みだ。
これも特技を使用しない普通の契約や条約と変わりないが、もちろん特技ならではの強みがある。
その強みとはいたってシンプルで、「契約条件を破りにくくなる」というものだ。
特技に詳しくないものはよく勘違いするのだが、【契約】の特技には条件を破った際にペナルティを発生させるような性能はない。
いや、世界は広いのでどこかに存在する可能性もなくはないが、あったとしても殺傷力のあるペナルティを与えることはできないと思われる。
これはあくまでも俺がそう思っているだけで絶対にそうだとは言えないのだが、一応根拠はある。
冷静に考えればわかることなのだが、ペナルティ――罰則というものは、条件を破った際に別途与えるものだ。
契約自体はその内容を網羅した決め事に過ぎないため、破ったからといって契約自体に何か効力があるワケではない。
特技としてみる場合、実はこういう部分が重要になったりする。
特技は、才能や修練により、メインの能力に様々な追加効果を与えることが可能だ。
追加効果を習得するのは運も絡むため中々に困難だが、その分便利で応用力も高いため、一つの目標として掲げる者も多い。
しかし、あくまでも追加効果であるため、本来の能力から大きく逸脱した効果は得られないということが長年の研究からわかっている。
つまりその観点から考えると、ただの決め事に過ぎない【契約】には、ペナルティを直接与える効果を追加することはできないということだ。
しかも、それが殺傷力を伴うペナルティとなると、本来の意図からあまりにも逸脱している。
もし、そんなことができるのであれば、それはもう悪魔の『呪い』と同レベルの悪質な特技になってしまうだろう。
……何故ならば、【契約】を破らせる方法などいくらでもあるからだ。
「意外だな? ジェル殿は【契約】などアテにしないものと思ったのだが」
「それは時と場合によります。それに、ここのような小規模な村や里だからこそ有効な契約方法というものがあるんですよ」
「……ふむ。知識の差が出たか。やはり世情に疎いのは大いに問題だな。……では、とりあえず保障については問題無しということで良いか?」
「まずは一旦、ですがね。細かな調整は後ほどしましょう。それでもう一つの条件ですが、これは単純にファティーグの討伐に皆様の協力をいただきたい――ということですね」
契約条件のすり合わせについてはアシュアさんを治療しながらでもできることなので、さっさと次の話に進めることにする。
「それは当然そのつもりだったが……、『呪い』がある以上我々は大した戦力にはならないぞ?」
「『呪い』については俺がなんとかします」
「っ!? まさか、解呪だけでなく防ぐことも可能なのか?」
「俺の予測が正しければ、ですがね」
これについては、解呪が成功すれば十中八九防げると思って間違いないだろう。
正直さっきまでは五分五分くらいの確率だと思っていたが、アシュアさんの【予知夢】の内容を聞いた限り問題は無さそうである。
「頼もしい限りだな。……もしや、ジェル殿はSランクの冒険者なのか?」
「残念ながらSではありませんが、一応去年Aランクにはなりました」
「……ふむ。その若さでそれなら、将来性は高そうだな」
「そのくらいの自負はありますね」
正直、悪魔を討伐するとなるとAランクでは心もとないと思われても仕方ないと思っていたが、アシュアさんは一切不満そうな態度はとらなかった。
それどころか、ある種の期待を込められた視線を感じた気がする。
……まあ、俺のような若造には、アシュアさんの真意を見抜くことは不可能だが。
「わかった。『呪い』をどうにかできるのであれば、我々も全力で戦闘に協力しよう」
「ありがとうございます。で、最後の条件ですけど、もし敗色が濃厚になったり、アシュアさんがファティーグの手に落ちそうになったら……、俺がこの手で、アナタを殺します」
俺がそう言った瞬間、我慢して黙っていたネイル氏が一気に臨戦態勢に入る。
「やはり、貴様はここで殺――」
「ネイル!!!」
今にも飛び出してきそうだったネイル氏だが、アシュアさんの怒声を受けて金縛りにあったように硬直する。
いや、今のはマジで怖かった。
汚い話だが、少しチビってしまったかもしれない……
「し、しかしアシュア様……、こ、こればかりは、許容できません……」
ネイル氏はビビりながらも、なんとか細々と声を絞り出す。
正直俺はまだ声も出せない状態なので、ちょっと尊敬したかも。
「私もこればかりは言わせてもらおう。ネイルよ、私はそもそも、この状況が改善されないのであれば自ら命を絶つつもりだったのだ。ジェル殿に言われるまでもなく、な」
「なっ!?」
「驚くようなことではないハズだぞ? 私がファティーグの傀儡になれば、この里の者はおろか、世界中に多大な被害を与えることになるだろう。それだけは、絶対に避けねばならない」
「そ、それは……」
そう、この戦いにおける最大の敗北条件は、アシュアさんがファティーグの手に落ちることである。
それに比べれば、全滅した方が遥かにマシな結果と言えるだろう。
「納得しやすいよう敢えて言葉にするが、仮に私が攫われ、ファティーグに逃げられた場合、討伐するのは非常に困難になるだろう。そして、恐らくはこの里だけでなく、世界中が奴の遊び場にされるハズだ。傀儡となった私に意識が残っているとは思えないが、仮に残っていた場合は――生き地獄だろうな」
傀儡となっている以上精神は壊されている可能性が高いが、アシュアさんが言うように意識を残される可能性もゼロではない。
むしろ悪魔はそういう精神的な拷問が大好きなので、残せる手段があるのであれば嬉々として残すハズだ。
「まあ、それでも流石に世界は滅ばないだろうが、きっと私の名は悪名として歴史に刻まれることになるだろうな。そして、もし絶滅していなければだが、ダークエルフの迫害も今より酷くなるに違いない」
その場合アシュアさんは完全に被害者なのだが、ぶつけようのない怒りの矛先は大抵の場合家族や同族に向けられることになる。
そうなれば、もうエルフだけでなく、全種族から狙われることになるだろう。
「自分のことだけ考えるようで申し訳ないが、私はそんな生き地獄を味わいたくないし、生き恥もさらしたくもない。だから予知夢でジェル殿のことを知らなければ、私は今頃とっくにこの世を去っていたのだ」
「そ、そんな……」
ネイル氏は本当に想像していなかったようで、かなりショックを受けている様子だ。
流石にそのくらいは予想しておけよと言いたいところだが、状況が状況なのできっと動揺していたんだろう。
……そういうことにしておいた方が、精神衛生上良い気がする。
「……ただ、普通に自害しても蘇生される可能性はある。そのための保険として、ピローを含む親族にはより完全に殺してもらうよう頼むつもりだった。……しかし、私もそれは酷な頼みだとは十分理解している。だからこそ、自ら汚れ役を買って出てくれたジェル殿には感謝したいくらいだ」
まあ、実際はただ合理的に考えたうえでの条件だったのだが、アシュアさんは敢えて聞こえが好くなるよう説明したのだろう。
確かにその方が納得してくれやすそうだし、否定はしないでおく。
「では、条件については全て問題無しということでいいですね?」
「ああ。この里の長としても、私個人としても、宜しく、頼――」
「っ!? アシュア様!?」
アシュアさんは、言葉の途中でドアにもたれるよう倒れこみ、そのまま意識を失ってしまった。
恐らく、本来なら立つのもままならない状態だったのを、なんとか気力でもたしていたのだろう。
ただ、それ自体は大したものだ――と素直に称賛したいところだが、欲を言えばもう少し頑張って意識を保っていて欲しかった。
ネイル氏に対し、施術のことをどう説明したものか……




