第11話 お説教と交渉が同時に始まりました
「……ほ、報酬より、まずは俺の身の安全を保障して欲しいな」
若さゆえの盛んな本能を抑え込みつつ、まずは一番大事なことを要求する。
「ほぅ、謙虚だな。報酬はいらない――ということか?」
「いやいやいやいや! 正直、報酬についてはメッチャ惹かれますよ!? でも、死んだらそれも無駄になるじゃないですか!」
「あ、ああ、その通りだな」
俺が食い気味に反論すると、流石に少し引き気味の反応をされてしまった。
まあ恐らくアシュアさんも冗談のつもりだったのだろうが、こんなことであとで揉めたくはないので、強めに否定しておくのが正解だろう。
「アシュア様! このような状況で、冗談はおやめください!」
「いや、別に冗談のつもりはないが――」
「貴様もだ! 邪な欲望を剥き出しにしおって……、恥を知れ!」
ネイル氏はアシュアさんの反応を無視し、俺に対して怒りをぶつけてくる。
それに対し俺はため息を吐きつつ、ネイル氏を無視して再びアシュアさんの方に向き直る。
「ほら、こういう人がいるから、信用できないんですよ」
「……すまんな。若手の育成に手が回っていないのはこちらの失態だ」
「なっ!? アシュア様!?」
「少し落ち着けネイル。このまま醜態をさらすのであれば――、恥を知るのはお前だ! ……と言わざるを得ないぞ?」
「っ!」
アシュアさんの良く通る大きな声に、ネイル氏は明らかにビビった様子で後退った。
正直、俺も結構ビビった。
アシュアさんは最後に冗談っぽく一言付け足していたが、アレは明らかに真に迫る感情が込められていたと思う。
「ネイルよ、私達にとって最悪の結末はなんだ?」
「それは、我々が全滅し、この里が壊滅すること……、かと……」
「わかっているではないか。つまり私はジェル殿に対し、その最悪の結末を回避するという難題を我が身一つでどうにかしてくれませんか? と、厚かましいお願いをしているのだぞ?」
「っ!? そ、それは……、しかし、だからと言って、アシュア様が――」
「里長である私が真っ先に身を挺さないでどうする? それに、これはあくまでも交渉の一手目だぞ? ジェル殿が望むのであれば、そこで情けない姿をさらしている孫娘も含む、親族全てを指しだすことも考慮せねばなるまい」
「……」
そう、死んでしまっては意味がないというのは、別に俺だけの条件ではないのだ。
もし俺の手を借りれなければ、この里に住むダークエルフは間違いなく全滅することになるだろう。
それも、ただ殺されるだけならマシな方で、恐らく時間の許す限り玩具にされ、尊厳を踏みにじられる可能性が高い。
そんな最悪の結末に比べれば、大抵のことはマシに思えるのではないだろうか。
まあ要するに、アシュアさんは家族のために身売りをしようとしているのだ。
これは貧しい農村ではよくあることだし、実際俺の住んでいた田舎でも自分を売る者が一定数いた。
多くを救うために少数の犠牲を払うという考え方は好きではないが、これはあくまでも俺の好き嫌いであり、上も下もない個人だからこそ言えることだ。
しかし、国や一族、組織の上に立つ者であれば自分の意思とは関係なく、心を鬼にして犠牲を払う選択を取らなければならない。
アシュアさんはただ、上に立つ者の役割をしっかりと全うしようとしているだけなのである。
ネイル氏の気持ちもわからなくはないが、何の代案もないのに吠えているだけでは、ただアシュアさんの覚悟に水を差すだけだ。
「……ネイル、状況が理解できたか? 私は今、恥を忍んでジェル殿に値引き交渉をしようとしているのだ。そしてその交渉において、お前の態度ははっきり言って害にしかならない。私の身を案じてくれる気持ちは嬉しいが、これ以上は里への敵対行為と見なすぞ」
「……すみま、せん」
ネイル氏は気の毒になるくらい顔を青ざめさせ、意気消沈してしまっている。
正直俺も「何もそこまで言わんでも……」と思わなくもないが、恐らくこれ以上の問答を防ぐ意味でバッサリと切り捨てたのだろう。
それはつまり、時間的猶予があまりないことの証左でもある。
ただ、それはそれとして――
「やっぱり、ズルいです! そんなこと言われちゃ、条件を上乗せしにくいじゃないですか!」
アシュアさんは多分予知夢で俺の性格なんかも把握しているだろうし、あえて俺が望むのならと口にしたのだろう。
残念ながら、こう言われて「じゃあもっと報酬を上乗せしよう」と遠慮なく言えるほど、俺は節操なしではない。
交渉や取引において感情を挟むとろくなことにならないとは聞くが、俺はそういったことに慣れてないので、どうしても情や良心の影響は出てしまう。
「フフッ、見ての通りあまり余裕がなくてな。そのくらいは許してくれ」
「……」
アシュアさんの表情は余裕たっぷりに見えるが、全体的に観察してみると手足は僅かに震えているし、重心がブレブレだ。
……よくあの状態で立っていられるものである。
「……まあ、俺も鬼じゃないんでキツイ条件を吹っ掛けるつもりはありませんよ。ただ、そこのネイル氏に限らず、独断で俺を狙うヤツは絶対出てくるでしょう? 最低限それを防ぐ提案をしていただかないことには、ねぇ?」
「そんなに難しく考えずともよい。私がジェル殿の所有物となれば必然的に里長を辞めることになるし、この里も離れることになるだろう。そうなれば、皆が私の特技を秘匿する必要はなくなる」
「いやいや、そんな簡単な話じゃないでしょう……」
里と関係無くなれば誰も自分を助けようなどとは思わない――とでも言いたいのだろうが、そもそもな問題として里の住民がアシュアさんのことを簡単に手放すとは到底思えない。
アシュアさんが人格者なのは出会って間もない俺でも理解できるし、そのうえ未来視の力まで持っているのだからその人的価値は絶大だ。
恐らくだが、この里が今まで発見されずにいたのにも、未来視の力は大きく貢献しているハズ。
神仏のごとく崇拝されていたとしても、不思議ではない。
「心配せずとも、我々には去る者は追わず、干渉しないという掟がある。私が里を抜けると決定すれば誰も手出しはせんよ」
掟、ねぇ……
確かに亜人種は基本的に掟を重んじており、それを破るくらいなら命すら捨てる覚悟があると聞いたことがある。
しかし、強制力のない約束事をどこまで信用していいものか、俺は正直懐疑的だ。
少なくとも人族は、契約や条約をあっさりと破るからな……
種族は違えど、知性がある以上必ず損得勘定はするハズなので、なんやかんや屁理屈をこねて正当化してくる可能性は十分にある。
ただ、粗なんてものは探せばいくらでも見つかるものであり、それを気にしていればいつまでも終わりなど見えはしない。
特に今は時間的余裕がないため、どこかで妥協しないと俺もダークエルフも全員最悪の結末をたどることになるだろう。
う~む、何か良い落としどころはないものか……




