第10話 超絶美女に何でもしてくれると言われました
「……一方的に重大な情報を聞かせて逃げ道なくすのって、ズルくありません?」
「それについては申し訳ないと思っているが、どの道ジェル殿も知ることになっていたと思うぞ? 何故ならば、ファティーグの狙いは私の特技だからだ」
「っ!」
そういうことかよ!
滅茶苦茶ヤバい状況じゃねぇか……
というか、ピローはそんなこと言ってなかったぞ?
……いや、事が事だけに言えなかったのか?
思わず寄せた眉間のシワを揉みほぐしつつ、一応理由を尋ねてみることにする。
「……あの、一体なんでそんなことに?」
「我々も確実にこれだという原因は把握していない。……ただ、一つ気になることとして、最近この国に存在するエルフの集落の一つが壊滅したという話がある」
「エルフの集落が壊滅って……、そういえば最近ギルドでそんな話を聞いたような……」
冒険者ギルドには亜人種も数多く所属しているが、当然ながらそこにはエルフも含まれている。
しかし、エルフは他種族とパーティを組むことが滅多になく、ダークエルフ絡みのこと以外では冷静なため、基本的にはあまり目立たない存在だ。
それに加え俺は元々エルフが嫌いなので関わらないようにしていたのだが、あの日は珍しく受付で大騒ぎしていたのでしっかりと記憶に残っていた。
「その集落には我々の協力者が潜伏していたのだが、壊滅に巻き込まれたためか連絡が途絶えている。……そして、程なくして里にファティーグが現れた」
「……一応確認ですけど、その協力者っていうのは――」
「無論、エルフだ」
「ですよねぇ……」
詳細はわからないが、エルフの集落は何かの襲撃で壊滅状態になったらしい。
受付で大騒ぎしていたエルフはそこに住んでいたようだが、どうやら襲撃は討伐依頼で外に出ていた、ほんの半日の間に行われたようだ。
そのエルフの話では、住人の半数以上は殺されており、半数は行方不明とのこと。
家屋などが無事なことから、恐らくは人身売買を目的とした盗賊団の仕業ではないかと予測されていたが、相手が悪魔なのであれば話は変わってくる。
エルフは見た目が美しいため、人身売買目線で言えば商品価値が高い。
だから行方不明者については生きている可能性も高く、対応が早ければ無傷で助けられる可能性もあるが、悪魔の仕業であれば残念ながら生きている可能性はほぼほぼないと言っていいだろう。
何故ならば、奴らが人を攫う目的は、根城に持ち帰って自らの快楽を満たす玩具にするためだからだ……
どんな扱いを受けるかは悪魔の趣味次第となるが、攫われた者が生きていたという記録はほとんど残っていない。
ほとんど、と言うと可能性はゼロではないと甘い希望を抱きそうになるが、残念ながら辛うじて生き残った者も精神が壊されており、完全に廃人と化していたらしい。
つまり、アシュアさんの言う協力者というのも、その犠牲になった可能性が高いということだ。
ダークエルフに協力しているということは、恐らく倫理観が現代寄りの若い個体だったのだろうが……、全くもって気の毒な話である。
「彼の名誉のために言わせてもらうが、我々を裏切ったという可能性は絶対にないと思っている。彼は若かったが、私が知りうる限りでは最高の工作員だったし、今のダークエルフの状況を本気で改善しようとしてくれた真の同士だった。その彼から情報が漏れたのだとしたら――それはもう、運が悪かったとしか言いようがない」
それについては、俺も疑いようはないと思っている。
事実上の敵対関係にあるダークエルフから信頼を得ていることもそうだが、未来視系の能力を持つアシュアさんが言うのであれば、それは何よりの証明ともいえるからだ。
……その彼はきっと、想像を絶するような方法で情報を絞り出されたに違いない。
恐らくだが、ファティーグがエルフの集落を狙ったのはただの偶然だ。
悪魔は美しいものを汚すことを好むため、襲った理由なんて「エルフだったから」くらいに違いない。
そこに偶然ダークエルフの協力者がいて、弄ぶ過程でアシュアさんのことを知った。
これは確かに、不運としか言いようがない。
ただ、これはもう天災レベルの不運だ。
恐らくだが、ファティーグの狙いはアシュアさんの特技というより、それを悪用したもっと悪辣な何かと思われる。
その内容次第では、この国どころか、世界的に見ても未曽有の危機的状況である。
そして、それだけ規模がデカいと、どこに逃げてもほとんど意味がないだろう。
……というか、ほぼ間違いなく逃げた方が状況が悪くなる可能性が高い。
悪魔に未来視系の能力など与えてしまえば、ただでさえ高い討伐難易度がさらに跳ね上がることになる。
そんなのはもう、魔王がもう一人生まれたようなものだ。
ただでさえ人類側は厳しい状況だというのに、今度こそ本当に滅びてしまいかねない。
……そして、それを阻止できる可能性があるは、多分俺だけだ。
これは驕りなどではなく、状況的に俺しかいないというだけの話である。
今から討伐隊を組む時間はないだろうし、そもそも俺やダークエルフの言葉を街の連中が信じてくれる可能性は低い。
つまり、この森に入った時点で俺に逃げる選択肢など無かったのだ……
「ま、まあ、ここに来た時点で逃げるつもりはなかったですし?」
「そう言ってくれると助かる。大した報酬は払えないが……、私のできることであれば何でもするつもりだ」
「っ!? い、今、何でもって言いました?」
「ああ。悪魔の道具にされるのは御免だが、ジェル殿にであれば隷属しても構わないぞ?」
「なっ!? アシュア様!?」
この超絶美女に、何でもしていいだって……?
い、いやいや、まずは生き残らなければならないんだぞ!?
落ち着け、落ち着くんだ俺……




