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第1話 街を救ったのに追い出されました



「クソッ! こんな街、こっちから出てってやるよ!」



 そんな捨て台詞を門兵に投げつけ、長年暮らした街から出ていく。



「おう! 二度と帰ってくるなよ!」


「っ……」



 冷たい言葉が俺の背に放たれる。

 あの門番ともそれなりに長い付き合いだというのに、止める気は一切ないらしい。

 正直あまり期待はしていなかったが、ぜめて「がんばれよ」の一言くらいあっても良いのではないだろうか?



(こんなことなら、マジで街なんて救うんじゃなかった……)



 これは負け惜しみの妄言などではない。

 実際についこの前、俺はこの街を救っているのだ。





 ◇





 10年ほど前、俺は親父に連れられてこの街へとやってきた。

 親父は田舎では有名な整体師で、偶然立ち寄った貴族にその腕を見込まれてスカウトされたのである。

 お袋は既に他界していたので俺が田舎に残る選択肢は最初からなかったのだが、俺自身も都会への憧れはあったので不満はなかった。


 この街に移住してしばらくの間は、スカウトした貴族の口コミもあって整体院はかなり繁盛した。

 実際、親父の整体技術は凄かったのでリピーターも多く、生活水準も上がったので移住は大成功だったと言えるだろう。


 俺も親父の助手として働き、2年目くらいには一人で患者を任される程度には整体の技術が上達していた。

 子どもだったので体力面で苦労することはあったが、モチベーションは高かったので辛いと感じたことはなかったと思う。

 ……しかし、そんな充実した日々は突如終わりを迎えることになった。


 ――魔王の誕生。

 それにより、世界中の魔物が活性化したのである。


 要するに、整体なんてしている場合ではなくなってしまったのだ……

 もちろん俺も整体師の一人として整体を軽んじるつもりはないのだが、純粋な医療と比べてしまうとやはり重要性という面では劣っていると言わざるを得ない。

 平和な状況ならともかく、死と隣り合わせの殺伐とした状況で整体に通う余裕などあるハズもなく、整体院はあっという間に廃れてしまった。


 そして、仕事がなくなれば都会の生活は途端に苦しくなってくる。

 ある程度蓄えがあるとはいっても、都会は物価が高いため収入がなければすぐに底をついてしまう。

 となると選択肢として有力なのは田舎に戻ることなのだが、一度高い生活水準を味わってしまうと昔の生活に戻るのはかなり難しい。

 何より、街に留まっても魔物の襲撃の恐れがあるというのに、田舎へ無事に帰れる保証などあるのか?

 ……そもそも、田舎は無事なのだろうか?


 色々とネガティブな要素が重なったことで、俺と親父はここで生活を続ける道を選んだ。

 整体院に開店休業のような状態であるため俺が引き継ぎ、親父は冒険者となり外で稼ぐようになった。

 患者はほぼいなくなったが、俺一人であればこれまでの蓄えで十分に食いつなげる――と、親父は判断したのだろう。

 ……そして親父は、何度目かの討伐依頼で帰らぬ人となった。



 その後、俺は整体を続けながらも体を鍛え、親父と同じ冒険者になった。

 理由は色々あるが……、やはり俺は、親父の背中を追いたかったのだと思う。


 親父はきっと、再び世界が平和になったあとは整体師に戻るつもりだったハズだ。

 だから俺も親父と同じように、世界平和に貢献しつつ、同時に整体の腕も磨き続けようと思ったのである。


 ――しかし、その前途は多難だった。

 原因は主に、俺の特技(スキル)にある。

 この特技のせいで、俺は他の冒険者から嫌われ、パーティを組めなかったのだ……





 ◇???





「ジェル・ローションを街から追い出したですってぇぇぇぇぇぇ!?」


「ぐぉ……、お、落ち着いてください、勇者どの……」


「落ち着けですって!? これが落ち着いていられるワケないでしょ!?」



 私を含むほとんどの冒険者は、国より発令された大討伐依頼に参加するため、しばらく街を離れていた。

 その隙を突くように、一週間ほど前に魔物から襲撃を受けたらしい。

 しかも、その魔物というのが飛竜(ワイバーン)だったというのだから、驚愕せずにはいられなかった。


 飛竜(ワイバーン)とは亜龍(レッサードラゴン)の一種だが、飛んでいることと群れを作ることから脅威度は本物の(ドラゴン)に匹敵すると言われている。

 仮に群れでなくはぐれ個体だったとしても、A級冒険者のパーティで討伐するのが普通であり、常識だ。

 しかし、この街を拠点としているA級冒険者のほとんどは大討伐で出払っていた。

 一体どうやって――と思いギルド長に問いただしたところ、なんと飛竜の群れは全て()一人により撃退されたのだという。


 それを聞いた瞬間、そういえば大討伐に彼は参加していなかったということを思い出し、同時に彼なら問題なくやってのけるだろうと何の疑念も持たずに納得ができた。

 だから私は立場上、彼にこの街を守ってくれたことのお礼を言いたいと願い出たのだが――、彼はこの街を救ったあと、住民全てから非難を浴びて街を去ってしまったらしい。


 ……仮にも、街を救った英雄を、よ?

 たとえどんな理由(・・・・・)があったとしても、決して許される行為ではない。



「マジでやめとけペル! お前の力じゃ、ギルド長を絞め殺しちまうぞ!?」


「……正直そうしてしまいたいくらいですが、後始末が面倒そうなのでやめておきます」



 力を緩めると、ギルド長は膝をついて嗚咽を繰り返す。

 かつてはそれなりの実力者だったハズだが、実に情けない姿だ。



「おいおい、冗談でもタチが悪いぜ? ペル」


「……」



 冗談?

 笑わせないでと言いたいところだけど、残念ながら今は作り笑いすらできる心境じゃない。

 ギルド長もそれがわかっているのか、青ざめたまま文句の一つも言ってこなかった。



「まあ、ペルの気持ちもわかるぜ? 確かに、この街を救ってくれたことには感謝すべきだ。……でも、街の連中の言い分もわかるだろ。いくら救うにしたって、流石にやり方ってもんがある。あんなドロドロの粘液まみれじゃ、別の災害で上書きされたようなもんじゃねぇか。きったねぇったらありゃしねぇ……」



 この男――オルコ・カステットの言葉には、心の底からの嫌悪感と、侮蔑が込められていた。

 しかしそれと同時に、僅かながらも嫉妬心を感じるのは……、恐らく気のせいじゃない。

 理由は単純で、オルコには一人で飛竜の群れを撃退する実力などないからだ。



 ……確かに、彼の戦い方は周囲への影響が著しく、それゆえに他の冒険者から嫌われパーティを組もうとする者は誰もいなかった。

 にもかかわらず、彼はたった数年で冒険者階級最高位であるS級に次ぐ、A級に到達している。

 それがどれ程のことかは、同い年で未だB級に留まっているオルコなら痛いほど理解しているハズだ。



「オ、オルコの言う通りです。確かに街は守られましたが、その後始末はあまりにも大変で、住民からは大量の苦情が――」


「苦情? 彼がいなければ、今頃この街は火の海に沈んでいたのですよ? それを、たかが粘液まみれ(・・・・・)になったくらい、なんだと言うのです!」



 飛竜の主な攻撃方法は、上空から炎弾をまき散らすことだ。

 これを群れで行うため、狙われた村や街は瞬く間に火の海に沈むことになる。

 ……恐らくS級の冒険者であっても、この攻撃から街を守れる者はほとんどいない。


 彼の行動は万人を納得させるものではなかったかもしれないが、命を助けられておいて文句を言うなど、贅沢を通り越して神経を疑うレベルだ。

 絶対に、裏で何か陰湿な情報操作が行われたに違いない。



「……力の勇者、ペル・ファヴォーレ・ミュスクルの名において進言します。なんとしてでも、ジェル・ローションを連れ戻してください」



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