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第8話 配信切り忘れ

 十月十九日。十月第三週の土曜日、今日は《《いちごみるる》》ちゃんの誕生日だ。


 苺果の誕生日ではなく、VTuberのキャラの誕生日である。


 今日はふんだんに配信が行われる予定だ。朝の九時からゲーム、昼十二時には誕生日ケーキを食べながらの雑談、さらにサカナお姉さんとのコラボ、のちに今後の活動の発表となっており、ファンの貴重な土曜日おやすみを独占してやろうという気概を感じる。


「お兄ちゃんってVTuberにあんま興味ないよね?」


「うん、ない」


 ――とは過去に言ったものの、苺果の行動が全然気にならないわけではない。夜勤の関係で、朝早くから起きることはあまりしないようにしているため、起きた時点で配信をやっているのであれば見にいくつもりだった。


 苺果からは配信が終わったら通話しようと提案されている。好きな食べ物や好きな本などの話をゆっくりとする二人きりの通話は、好きだった。


 ピピ、ピピ、ピピ……


 十二時にかけた目覚ましを叩き割る勢いで止めて、二度寝。

 起きたのは十五時だった。


 ふとんのなかに潜ったまま、スマホをいじってYouTubeアプリを開く。苺果はまだ配信をしていた。タップして開くと、かわいいBGMと弾んだ苺果の声が聞こえる。

 苺果――いな、いちごみるるちゃん。


「それでまあ発表に移るよ~! ええっとね、年末に連続で歌ってみた週間を作るよっていうのとねー、新衣装です!」


 拍手の効果音《SE》。


 黒塗りのシルエットが画面に公開される。


「こうして姿を更新するのは半年ぶりかな? 新衣装はクリスマスに発表します!」


『楽しみにしてる』

『おめ』

『めで鯛』


 ……など、好意的なコメントが流れていく。

 流れから察するに、サカナお姉さんとのコラボ配信は終わって、配信自体も終了するところらしい。


「じゃあ、みるる隊のみんなは、年末の活動楽しみにしててね? そろそろお開きにするよ~!」


『は~い』

『いまから貯めとかなきゃな』


「ん? 『クリスマスチキンはみるるちゃんと食べられるんですね?』うん! そうだよ! だからちゃんとみるるのクリスマスプレゼントスパチャ貯めといてよね」


『了解』

『おつみるる~』

『おつみる~』


「おつみるるるるる~ん! ばいばい!」


 配信が終わる……と思いきや、画面が暗くなっても、音がなにかかすかに聞こえる。


 椅子が軋む音がして、そのあとに「はあ~」と嘆息が聞こえた。


 そしてLINEの着信音が鳴った。2コールもしないうちに、苺果は通話に出る。


「あ、もしもし、サカナちゃん? んーさっきはありがとう!」


 ――これは「配信切り忘れ」ってやつだよな……?


 透夜:配信切れてない


 急いでLINEを送ってみるが、既読もつかない。

 心配でこれ以上配信を見ないという選択肢が思い浮かばなかった。


 コメントはほどほどに流れている。


『配信切り忘れてるぞ!』

『裏の顔が見れるのか!?』

『気になるけどバイトだから落ちるわ』


「え、お兄ちゃんのこと? クリスマスに配信しちゃってもいいのかって? あーあぁ、まあ、うん……え!? なんでサカナちゃんがそんなこと言うの!?」


 苺果がわめく。


「VTuberだって立派な仕事なんだから! お兄ちゃんだってわかってるくれるもん! クリスマスに一緒に過ごせないからって別れちゃうなんてこと、あるわけないもんっ!」


 どうやらクリスマス配信の話題らしい。


『ん? 彼氏がいる流れ?』

『お兄ちゃんって呼んでるだけの彼氏だったりして』

『いちごみるるガチ勢恋涙目展開』


 高速でコメントが流れる。

 コメント欄は荒れてしまうかに思われたが――


『彼氏いるのにクリスマス配信泣ける』

『もともとVなんて高嶺の花だったし……』

『クリスマスに彼氏いるのに配信してくれるのえらい』


「じゃあ、サカナちゃんと苺果どっちを選ぶか勝負ね!?」


 ――勝負ってなに? 透夜がどちらかを選ぶか勝手に勝負されている?


『っていうかお祝いしてあげよう、みるる隊!』

『おめでとう! みるるちゃん』

『みるらー、ほれ、拍手!』

『万歳万歳万歳』

『幸せになってください』


 みんな苺果の本名バレを気にした様子もなく、お祝いムードになっている。よく調教されていて謎。

 苺果は病んでることを隠しもしないし、調べ方を工夫すれば顔も出てくるので、VTuberのキャラとして推されているというよりは、等身大の女の子みたいな推され方をされているのかもしれない。


 なんとなく察するものがあって、Xを開くと『いちごみるる』がトレンドに上がっていた。


 投稿はみんな『おめでとう』『結婚式も配信してくれよな』などがおおむねだったが、『サ/カ/ナさんと取り合ってるのが気になる……』や『恋愛リアリティショーじみてる』『失恋した(´;ω;`)』『クリスマスにいっしょに過ごせない彼氏かわいそー』などもある。


 そりゃ同時接続者数が数百とかなんだから、いろいろな人がいるよな。


「でもサカナちゃんはなんでお兄ちゃんに興味があるの?」


 少しの間を置いて、サカナお姉さんの返答を聞いたらしい苺果は戸惑った声を出す。


「……え? それって……」


 透夜はそれ以上聞いているのが悪い気がして、YouTubeアプリを閉じた。


 十六時くらいだったが、カーテンの向こうの空は曇天らしい。暗い部屋の中で透夜はもう一度布団を深くかぶって、目をつむった。



 LINEの着信音が鳴って、目を開けた。

 いつの間にか透夜は眠っていたようだった。

 時刻はもう二十一時になっていた。


「もしもし」


「もう、お兄ちゃん! 既読つけてくれないんだから!」


「ごめん」


「配信切り忘れたの教えてくれてありがとうね! ね、見た? Xのトレンド、久々! VTuberのニュース記事にもなってる! マシュマロが恋愛相談で埋まってるよ!! すごーい!! 大バズリだ!!」 


 苺果は大喜びのようだった。うきうき弾んだ声音で、透夜の心も少し軽くなる。


「切り忘れた後の通話は、ぜんぶ聞いたわけじゃないんだ……途中で離脱した……」


「配慮できる人なんだね。お兄ちゃんがデリカシーのある人でうれしいよ。あ、クリスマス、配信予定立てちゃってごめんね、でもVTuberはこういう職業なんだよ! わかってくれるよね?」


「そこは、うん、大丈夫だよ」


 クリスマスはいつもひとりだったので、今年も別に期待していなかった。


「それでね、サカナちゃんのことなんだけど」


「うん」


「苺果はサカナちゃんを正式にライバルとして認めることにしました!」


「……え?」


「お兄ちゃんに選ばせてあげるって言ってるの!」


「サカナお姉さんと、苺果の、どちらかを……?」


「うん! でもでも、いま、お兄ちゃんと付き合ってるのは苺果なわけだし、可能なら、お兄ちゃんには苺果を選んでほしい。可能ならっていうか、そう! サカナちゃんより苺果を選んでもらうために! 選択の機会を与えようっていうことかな!」


「二つ以上ある中で比較して選ばれる……っていうのは、承認欲求満たされそう」


「そうだよ。苺果は承認欲求の鬼だからね! お兄ちゃんは苺果を選んでくれるって信じてるよ。お兄ちゃんの人生に苺果は絶対必要だもん!」


「すごい自信」


 そこまでは笑っていられた。


「うん、お兄ちゃんの人生には、お兄ちゃんのこれまでの価値観をガラッと変えてくれる女性が必要なんだよ。マニック・ピクシー・ドリーム・ガールっていうの? 苺果、そういうのは得意だから!」


「自称するもんなの……?」


「サカナちゃんはそんなふうにはきっとなれない。だから苺果の勝ち~」


 俯瞰しきった苺果の断言だった。

 勝ちを確かめるために、あえて自由にさせる。バトルバランスを完全に把握した王者の余裕。


「……ちゃんと恋人になろうって言ったばかりじゃないか」


「サカナちゃんを振って苺果を選んでくれたら、よりちゃんとした恋人になれると思う!」


「さいですか」


「ともかく~! お兄ちゃんは苺果以外を選んじゃだめなんだからね!!」


「もう今日は通話切るよ」


「えっ、もう?」


「またね」


 透夜は一方的に通話を切った。

 意識していなかったが、後から振り返るに、苺果を好きな気持ちを無視されているようで透夜は腹が立っていたのだと思う。微妙な苛立ちがあった。


 一日がふとんに入ったまま終わる。空腹も感じない。

 苺果と交際するようになってからはメリハリのついた毎日が多かったが、これでは苺果と付き合う前に戻ったかのようだった。


 苺果がいないときには虚無感が訪れる。あの騒がしさが、眩しくて、恋しい。


 今日見たSNSの反応を思い出す。『配信者とリスナーは繋がれるわけもないのはわかってるけど、彼氏はやっぱりうらやましい』などと、交際相手を羨望する声も多少あった。


 苺果は美少女で、インフルエンサーで、VTuberで、ネットの脚光を浴びてて――透夜なんかにはもったいなほどの人。


 透夜とは、立場が、違う。


 でも――


 スマホが震えた。


 サカナ:急だけど、明日会える?

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