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第7話 三角関係+たこやきパーティ+コスプレ=??

 苺果:サカナちゃんとLINEしてるのだって浮気なんだからね


 透夜:はい


 苺果:お兄ちゃんの彼女は苺果しかいないってことを理解させ(わからせ)てやる!!


 透夜:はい


 苺果:土曜日、苺果の家に来て! 三人でたこパしよ!


 透夜:はい


 苺果:友達いない人みたいな返事やめてよ(うさぎが笑い転げているスタンプ)


 透夜:刺してくるのやめて


 そういうことになった。なにがなんだかわからないが、苺果はたこやきパーティのたこやきも料理の腕の見せ所だと思っているのかもしれない。

 たこやきパーティなんて透夜はもちろんしたことがない。たこやきは好きでも嫌いでもないけど、苺果が作ってくれるものならなんでも好きな自信がある。


 土曜日、十八時。


 透夜は指定された時間に苺果の家へ向かった。


 昨日まで気温は二十度だったのに、今日は十二度くらい。急に気温が低くなったので、薄手のジャンパーを羽織ってきた。

 片手にはスーパーの袋を持っている。手ぶらで行くのはよくないだろうと思い、ジュースとお菓子を買ってきた。


 透夜:着いたよ


 苺果:待ってるね!!


 一階のエントランスの呼び出しボタンを押して、ドアを開錠してもらい、エレベーターで上に上がる。


 今日はサカナお姉さんも来る予定だった。


 鼓動が少し速い。緊張している。


 浮気なんてそんなつもりはなかったが、サカナお姉さんとはあれから連絡をとっていない。「ちらっ」と覗くようなスタンプは送られてきたが、透夜はそれに返信しなかった。既読無視だ。


 玄関ドアの前まで来て、大きく息を吸い、チャイムを押す。


 扉の内側で動く気配がして、ドアが開いた。


「おかえりなさいませ、ご主人様!」


「えっと、その恰好……」


 苺果は特殊な恰好をしていた――特殊というか、有り体に言えば、メイドのコスプレだ。淡くピンクがかった髪の毛は、うさぎのヘアゴムで縛ってツインテールに。薄ピンクのシャツはとても苺果らしく、フリルのついた白いエプロンがボリュームのあるスカートの上にかけられている。


 前回部屋に行ったときにカーテンレールに山ほど掛けていたコスプレのうちのひとつだろう……という予想はついたものの、なぜ今コスプレをしているのかわからず透夜は戸惑った。


「お兄ちゃんが喜ぶかなって着替えてみた! どうかな?」


「……かわいいよ」


「えへへ、ありがと。入って~」


「おじゃまします」


 パーティを盛り上げようってことなのかな?

 よくわからないけど、まあ苺果が楽しんでるみたいだから、いっか。


 透夜はそう結論づけて、招かれるまま、部屋に入った。


 玄関には相変わらず来客人数以上の靴が置かれて、廊下も段ボールが積まれている。キッチンだけは片づけられていて、生ごみの臭いはなくなっている。


「あーやっと来たね。透夜君」


 部屋に入ると、たこやき機がセットされた座卓の前に、サカナお姉さんがすでに座っていた。彼女は水色のもこもこしたモンスター(?)の着ぐるみをまとっていた。ツノのついたフードまでかぶって、両手足もこもこしていて存在感がある。

 見慣れない姿に若干ビビりながら、透夜は頭を下げる。


「お久しぶりです。サカナお姉さん」


「久しぶりっていうほどかな? まあ座りなよ~」


 ワンルームはそれなりに片づけられていた。服の山と布団は隅のほうに寄せられている。サカナお姉さんの助力があったことは想像に難くない。


 透夜は座って、そわそわと周囲を見回して、サカナお姉さんのまわりにあるアルコールの姿を認めた。色気のないハイボールの銀色の缶や緑茶割、瓶入りのウイスキーが多い。女性でも飲みやすいような可愛らしいアルコール度数ではない。

 サカナお姉さんのキャラじゃないな、これが素なのかな?

 この間の飲み会ではサカナお姉さんは自分を抑えていたのかもしれない。


 視線に気づいたのか、サカナお姉さんは透夜のために缶を選ぶ動作をする。


「どれがいい? 甘いの、辛いの、好みある?」


「いや、僕は……」


「ボクは今日は配信おやすみだってちゃんと告知してるからね。飲むよ。付き合ってくれたっていいじゃないか」


「……わかりました、いただきます。でも苺果には絶対飲ませないでくださいね。十九歳なんですから」


「わかってるよ~」


 透夜はハイボールの缶を受け取った。


 キッチンでなにやら作業していた苺果が、お盆を持って戻ってくる。お盆の上にはボウルに入った溶き粉と、アルミのバットの上には刻まれたタコが乗っている。


「は~い、じゃあタコパしよしよ」


 透夜はそこで袋から午後の紅茶やみかんジュース、コーラ、チョコレートの袋などを出した。


「これ、飲み物とお菓子。たいした量じゃないけど買ってきた」


「ありがと~! 広げて広げて~。今日は楽しく三人でお話しようね」


 いいのだろうか?


 透夜の視線がサカナお姉さんと苺果を行き来する。サカナお姉さんと関係するのは、浮気だとかなんとか苺果は言っていたので、苺果の目の前で会話するのは、なんとなく意識してしまう。

 苺果の心境を想像するに、嫉妬していないわけではないけど、サカナお姉さんとも仲がいいから、完全に拒否できないって感じなのかな――とも思う。


 女性同士の友達ってどんな感じなんだろう?


 女性でもないし、友達もいない透夜には、わからない感覚だ。


「豪勢に一個につきタコ二個入れちゃおうか?」


「いいねえ!!!」


「あとでお兄ちゃんが持ってきてくれたチョコレートも入れてみよーっ? 一回やったことあるんだけど、おいしいんだよ」


「えー! そーなんだ! 甘いのもいいね」


 透夜の微妙な気持ちも知らず、苺果とサカナお姉さんは盛り上がる。

 苺果が寄せてあった荷物から、ミラーボールを取り出して電源を入れた。同時に部屋の電気の光量も最低にする。


 部屋に赤や黄色や青色の、七色の光が躍る。


 メイドさん苺果と、着ぐるみサカナお姉さんが、ちらつく光に照らされて、なんだか視界が華やかだ。

 特別な空間で、仲良しな人たちとこうやって過ごすのは、ちょっと楽しいかもしれない。


 透夜は特別言葉を発することなく、ハイボールをちびちびと飲んだ。

 苺果は手際よくたこやきを焼き、皿によそってくれた。

 サカナお姉さんの飲酒ペースはかなり早く、透夜が一缶開けるころには、三缶くらい飲んでいた。


「ちょっとサカナお姉さん、飲みすぎじゃないですか?」


「だいじょうぶ、だいじょうぶ、にょほほ」


 少し充血して潤んだ目や、上気した頬から、へろへろの酩酊感が漂っている。

 大丈夫ではなさそうだったが、いざとなったら苺果の家に泊まるだろうから、いいかと透夜は無言で自己解決した。


 ゆっくり食べているうちに、時間は二十時となっていた。


「お兄ちゃんたちばっかり酒飲んでてずるい。苺果もピンモン飲みた~い」


 お酒を飲んだわけでもないのに、頬を赤くして、テンションが高い苺果がそんなことを言い出した。


 透夜は聞きなれない単語だった。


「ピンモンってなに?」


「ピンクのモンエナ!」


「なるほど」


「コンビニで買ってくるから、二人とも待っててくださーい」


「こんな遅くに苺果を一人で歩かせるわけにはいかないよ」


「いやー、コンビニまで徒歩一分くらいだし、人通りも多いし。大丈夫だよ。それにサカナちゃんをひとりにしておくの、なんか怖いし」


「じゃあ僕が買ってくるから苺果はここにいて」


「やだよ~。外の風浴びたいの!」


 苺果はひとりで立ち上がってしまう。


「はいはいはいはい! サカナも行きます!!!」


「サカナお姉さんはもう外を出歩かないでください」


「うん、お兄ちゃんといっしょに部屋にいてね」


 苺果のことは心配だったが、言われたとおり、待つことにした。


「苺果が帰ってきたら驚かせてあげよ~っと」


「え?」


 サカナお姉さんはふらつきながら立ち上がった。彼女は透夜の買ってきた午後の紅茶ストレートティーにウイスキーを混ぜて飲んで、出来上がっている。

 部屋を出るとき、ふつうに転びそうになったので、透夜は支えてあげた。


「今日はね、たこパの前にいっしょに買い物に行ってね、締めにやきそばでも作ろうかって話になったの。冷蔵庫にやきそばがあるから作っておいたら、苺果、喜ぶんじゃないかにゃってー」


「そうなんですね」


 勝手知ったる他人ひとの家。サカナお姉さんは躊躇なく、冷蔵庫を開け、やきそばを取り出し、棚から塩コショウや、調理用油を取り出す。

 酔っぱらいのやることだから、透夜は少し離れたところで注意深く見ていた。


「サカナ"s キッチンのお時間です! たららら~ん」


 サカナお姉さんは、ひとりで歌いながら、コンロに火をつける。


 火をつけたあとから「あれ? にんじんなんかも入れたほうが豪華かな?」などと言い始める。


 苺果の家のキッチンはさすが一人用のマンションと言ったところで調理場はとても狭い。そこでサカナお姉さんがごそごそとしているうちに。ふいに。


 ぼうっと炎の音がした。


「あっ、やばっ」


 サカナお姉さんのもこもこの着ぐるみの袖――おそらくはかなり燃えやすい素材――に、オレンジ色の炎が躍っていた。


 年間百人が死亡しているという、着衣着火。


 サカナお姉さんはびっくりしすぎて、「やば!」と言いつつも、かたまっている。


 透夜は瞬時に動いた。ガスコンロの火をとめて、蛇口から水を出す。


 サカナお姉さんの傍によって炎のついた腕をつかみ、水に突っ込む。

 じゅーっと音をさせて、煙があがる。焦げ臭いなかで、サカナお姉さんは「ぶはっ」と息を吐きだした。


「び、びびったぁ!」


「それはこっちのせりふです……」


 もう明らかに火が消えたとわかる、もこもこがべしょべしょの状態になってから、透夜は水を止めた。

 鼓動が速くなって痛いほどだった。


「今のは僕がいなかったら、死んでたかもしれないんですよ? 死ななくても、やけどあとが残ったかもしれないです。もっと気を付けてください」


「う……ごめんなさい……ありがと……気持ちわる……」


 腰が抜けたのか、酔いが限界だったのか、サカナお姉さんはその場にしゃがみこんだ。そして、「濡れてて気持ち悪い……」と言いながら、もこもこの着ぐるみを脱ぎだした。チャックを下げて、上体を露出させて、腕を出すだけ。止める暇もない。あっという間だった。


 痩せた身体が露わになる。

 控え目な白い胸元が、透夜の視界に入る。苺果よりも小ぶりな胸元。胸を覆っているブラジャーは純白で、真ん中に小さなリボンがついていた。

 バストの下には肋骨が浮いており、不健康な感じがした。普段は着ぶくれして見えていたのか、想像よりもだいぶ痩せている。


 ちゃっかり見るものは見てしまったが、透夜は冷静に言った。


「着るもの、持ってきますね」


 部屋に戻り、すぐに目についたキャラクターもののパジャマを手に取って戻る。

 サカナお姉さんに手渡し、彼女に肩を貸して、部屋へ移動する。


「ありがと……」


「やきそばは僕が作ってるんで、その間に着替えててください」


「助かる……」


 なんだかいつもよりふにゃふにゃしているサカナお姉さんを部屋にひとりきりにして、扉を閉めてしまう。女性の着替えに興味がないわけではなかったが、透夜には苺果という彼女がいるのだし、こんなときに覗くなんて趣味が悪い。

 ――もこもこの服を着て料理するなんて、本当に危ないんだな。あわや死傷者が出るところだった。

 透夜は嘆息して、やきそば作りを引き継いだ。にんじんを切り刻んでいる間に、鍵が開く音がした。


「ただいまー。あれ? なんか焦げ臭い?」


 玄関のドアが開いて、苺果が戻ってきた。手にはピンクのモンエナと、レディーボーデンの大きなアイスがある。


「おかえり。ちょっといま火事になりかけた」


 苺果が冷凍庫にアイスを突っ込み、ずかずかと――自分の家なんだから当然であるが――部屋に入り、また声をあげる。


「なんでサカナちゃん着替えてるの!?」


「服が燃えたから」


「えええ……」


 燃えた着ぐるみを確認し、苺果は呆れたような、不思議な声を出した。

 透夜が渡したパジャマに着替えて、うとうとしているサカナお姉さん。その横に座り、ピンクのモンエナを開ける。どこからともなく出したストローをさして飲み始めた。


「お兄ちゃんが作ってくれたやきそば食べてー、アイス食べたら、お開きにしよっか」


「そうだね」


 苺果は夜風にあたって、少し落ち着きを取り戻したようだった。


 透夜はさっとやきそばを炒め、皿に盛りつけて二人の前に出したが、箸の進み具合はあまりよくなく、苺果に「残りは明日食べるね」と言われてしまった。

 サカナお姉さんはすっかりもう寝入るモードに入っていて、毛布をかけられており、女性二人の空間にお邪魔するのは悪い気がして、透夜もそろそろ帰ることにした。


「片付けは明日サカナちゃんといっしょにやるから」


「おっけい。今日はありがとう。楽しかったよ」


 苺果にエントランスで見送ってもらった。


 ヒヤッとすることもあったけれど、今日は楽しかった。


 暗い部屋の電気をつけて、ふとんに身体を沈み込ませると、今日あったいろいろな出来事が頭の中に蘇った。

 友達がいる感覚って、こんな感じなのかもしれない。

 お酒を飲んだせいもあるかもしれないが、奇妙な高揚感があり、胸の空虚さが塗りつぶされているような気がした。

 夜眠るときまで、その充実感は続いた。


 翌日、起きると、サカナお姉さんからLINEが来ていた。


 サカナ:ボクの裸を見たのは苺果には黙っておくね?


 苺果に隠し事がひとつできてしまった。


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