第24話 二人想いあっての結婚式
アンチ事件から二年経った。順調に苺果と透夜は交際を続け、今日、ついに結婚式を迎えた。結婚式会場は、沖縄で海辺のチャペルだ。
結婚式は小規模なものを行った。披露宴といった仰々しいものはなしで、挙式と会食だけ。
招待したのはサカナお姉さん、叔父さん叔母さん、夜永、マユさん――五名。
本当は二人だけで式を執り行うつもりだったのだが、夜永が執拗に「結婚式行きたい」と言い、叔父さんが「結婚祝いになにもあげられないから少し援助する」と言ってくれたので、やっぱり晴れ姿を見せる必要があるだろうということになった。
苺果は純白のドレス。透夜はタキシードで、二人で歩いているところに、花びらをみんながまいてくれる。
誓いのキスは終わって、バージンロードを逆行し、海の見える庭に出るところだ。
天気は晴れており、青い空と、その空の色を反射する海がよく見えた。ひらひらと綺麗な花びらが舞うのが夢みたいで、今日は祝福された日なのだなと、改まった気持ちになる。今日が門出。本当の出発地点である。
「おめでとう!」
「幸せになってね!」
「苺果があっ、私の苺果がっ、結婚しちゃううう。今しか言えない。『結婚したのか、俺以外のやつと』!!」
茶髪の女性――おそらくマユさんであろうその人は謎の叫びをし、泣いている。隣のサカナお姉さんも感激して泣いていた。
外に出てブーケトスして、最後だ。
夜永が「ブーケトスは山場だよ」などと一方的にいろいろ教えてくれたので、透夜と苺果はそういうものなのかと素直に考えて、組み込んだ。でもまあ未婚の女性陣は三人しかいない。
三人前に出てきてもらって、苺果が彼女たちを背に、ブーケを投げた。
「ちょ、勢い良く投げすぎだからっ!」
危うく取り落としそうになりながら、キャッチしたのは、サカナお姉さんだった。
みんな拍手する。
もちろん透夜も拍手。
「次また結婚式に呼んでくれるのを楽しみにしてるからね。奈々世ちゃん」
夜永はにやりと笑ってそんなことを言った。どうやら人の結婚式が好きらしい。
親戚が多いと結婚式に呼ばれることも多いから変な癖がつくのかなと透夜は思った。
このあとは結婚式場で苺果と透夜の写真撮影。苺果のお色直し――着たい着たいとわがままを言ったピンクのふわふわのドレスに着替える。正午を過ぎたころに会食、というふうに段取りされている。
「じゃあまたあとでね、みんな!」
苺果は手を振って、透夜も控え目に手をあげて、スタッフに案内されるまま裏のほうへ回った。
「透夜、ここまでくるのに長かったね」
透夜にしか聞こえないような囁き声だ。
苺果が透夜の手をとる。その左手薬指には、ピンクシルバーの指輪が輝いている。透夜の左手薬指にも、シルバーの指輪がある。
「そうだね」
「また明日から、よろしくね」
苺果はにこりと笑った。可憐な笑みだった。
「こちらこそ、ありがとう」
透夜はじんわりと喜びの感情が胸にひろがっていくのを感じていた。
室内にも戻り、「新婦さま、こちらへどうぞ」とスタッフが案内する衝立の中へ、苺果は消える。
用意された椅子に座り、透夜はこれまでのことを考えていた。
まず夜永は一人暮らしを成功させた。今現在は埼玉から離れて、横浜でネット通販の会社に勤めている。平々凡々なOLとして、大きな問題もなく、うまくやっているらしい。
サカナお姉さんは今まで通り、VTuberをやっている。地道に絵を描いてきたのが功を奏し、イラスト関係の本の出版の声がかかり、何冊か出た。イラストレーターとしてはかなり上手くいっているほうだろう。あとなぜかオリジナルソングも何曲か出すことになっており、そちらの面での成功も期待されている。
アンチ事件は被害届を出して、裁判まで一年半ほどかかった。宇吹碧桜は最後まで苺果に謝罪することはなかった。判決後の手紙で、「申し訳ありませんでした」と汚い字で述べたのみである。
今回、結婚に至ったのは、アンチ事件がほとんど解決したことが大きい。
また、ローンが組める三年という区切りが近づいてきていることも理由としてあった。
とはいえ、ローンは《《保険》》で、透夜は一括でマンションを買ってしまうつもりだが。
親の遺してくれた二千万円に縋りついていた透夜はもういない。この二千万円は苺果との生活に使おうと、新たに決めた。
ブランド物のバッグや化粧品に消えるのは嫌だけど、結婚費用や二人のための生活費に消えるならいいか、と思えるようになったのだった。
「おまたせ~」
そこでふわふわのドレスに着替えた苺果が戻ってきた。
「行こう、みんなお腹空かせて待ってるよ」
式場側が用意した車で、ホテルの会食の場所に向かう。
ホテルには一足先にみんな戻っていて、会食の席にもうみんなついていた。
苺果と透夜が現れると、みんな拍手で出迎えてくれた。
「みなさん、ありがとうございます。この場には身内しかいませんので、堅苦しいのはやめにして、みなさん気を楽に。食事を楽しみましょう」
透夜はそんなことを言って、乾杯の音頭をとった。
透夜と叔父さんは、それぞれビールと日本酒。
苺果を筆頭に女性陣はカシオレだった。苺果がシャンパンなんか飲みたくないと言ったのでそうなって、みんなつられた。
会食は和やかに始まった。
「ドレスかわいい! 写真撮ろ! 写真!」
「いえい、みんなで撮ろ!」
サカナお姉さんとマユさんはなぜか仲良くなっており、ドレス姿の苺果も交えて写真撮影したりなどしていた。夜永だけ仲間外れかと思いきや、意外にも夜永もここ二年の社会人生活がコミュ力を育てたのか、果敢に話しかけにいき、最終的には四人で写真を撮影していた。
「総司君も連れてきてもよかったのにー」と、苺果。
対するマユさんは「いや、総司は総司で、友達の家へ泊まるの楽しみにしてたからね。大丈夫でしょ」と軽い感じだ。
総司君というのは、マユさんのお子さんである。
今日は友達に事情を話し、友達の家に預けてきたらしい。
マユさんにとって今回の結婚式は、久々に育児から離れて羽を伸ばす旅行となったようだ。
「結局、トウと奈々世ちゃんが付き合ってるっていうのは嘘だったわけだけど、それはそれとして、奈々世ちゃんっていい人いるの?」
「――ぶっ」
夜永が鋭い質問をして、サカナお姉さんが吹き出している。
「それ苺果もききたーい」
「コイバナって楽しいよねえ」
叔父さん、叔母さんは、静かに料理を食べているが、透夜が見ているのに気づくと微笑んだ。その細められた目と皺を深くした顔に「立派になったな」と思われていそうだなと察して、透夜はくすぐったいような気持ちになった。
この前、苺果と透夜の両親の墓参りをして、報告は済ませたが、両親よりも間近で成長を見られている感があってくすぐったい。
会食は楽しく終わった。
「じゃあみんな、結婚式は今日で終わりだけど、これからも苺果たち夫婦をよろしくねえ! 帰りは気をつけてね! またね!」
苺果が大きな声でそう言う。
それからみんな「お幸せにね」などと口々に言い、ぞろぞろ席を立ち、解散となった。
苺果と透夜はスタッフに案内されて、着替え、化粧を落とし、普段着に戻った。
宿泊先はスイートルームだ。沖縄を二泊三日で観光するだけで、新婚旅行らしいことはしないので、お金をかけることができた。
スイートルームは最上階近くにあり、眺めがとにかくいい。
部屋も広いし、とにかくラグジュアリー。
大きなキングサイズのふかふかのベッドに二人で横になり、「今日は疲れたね」と言いあう。
「ありがとうね、透夜。ここまで苺果を連れてきてくれて」
苺果は疲れが滲んでいるが、満足げな笑みを浮かべていた。
苺果は今日一日にこにこしていたなと透夜は思い返して、そんなふうに笑顔にできたことを誇らしく思った。
あれから苺果と同棲するようになって、精神科にちゃんと通わせて前向きに治療させている。透夜がほとんど付きっ切りで見ているためか、ODをすることはなくなった。自傷は禁止していて、たまにそれで癇癪を起こすこともあるけれど、それでもどうにか苺果の話を聞くことで防げている。このまま安定した生活をしていれば、自傷の癖も治る日が近いのではないかと思われた。
VTuberのほうはかなり成功していて、オリジナルソングでCDを発売することが決定した。
VTuberに明るくない透夜からしてみると、音楽業界に進出するのが謎なのだが、歌い手のようなものかと思えば、まあまあ納得はできた。
もしかしたら売り上げによってはライブもする可能性があるが、生歌には自信がないと苺果は零している。透夜は歌っても数曲で済む、話すことが主のファンミーティングはどうなのかと提案していた。どうなるかはわからない。まだいろいろと夢は膨らんでいく最中だ。
「ねーねー今日キスもしたし、指輪も嵌めてもらったけど、まだ聞いてないセリフがある!」
「……なに?」
「もおおおお、わかってるでしょ!」
苺果はべしべしと軽く透夜の腹を殴る。
透夜は笑って、それをやめさせると、苺果を抱きしめた。
「愛してるよ、苺果」
毎日、味がする生活が、これから一生続く。
〈完〉
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ここまで読んでくださり、ありがとうございます!!!
これにて本編完結です。
おまけ話が続きますのでブクマを外さず、お待ちください。




